3-3、不穏な空気・・・
じゅわんじゅわん じゅわわわわーーー ほくほくほく じゅわわー
「おい、ラー油がもう無いぞ! だれか、おれに、新しい調味料を回してくれ!」
前原と田村が考え込んでいた頃、中村は汗を拭いながら中華鍋とフライパンを振るっていた。
三年七組は、理系選抜クラス伝統という中華屋を出店。ここも、なかなか盛況のようだ。
「おーい・・・・・・。おーい、兄ちゃんよぉ! おい、こら、メガネ!」
「おぉい! うぉい! おめーだよ、おめぇ! 客が呼んでんのに、無視かこらぁ!」
「ん? あ、あぁ。誰も手が回らないのか。・・・・・・すみません、お待たせしました!」
中村は鍋の火を止め、ピンク色と茶色の髪をした二人組の席へ向かった。
「おっせぇんだよ! おい、ガリ勉かおめぇ? おい、フカヒレスープ、つくれよ!」
「オレは超高級寿司な! おい、待たせたんだからよぉ、ワビとしてできんだろ?」
がやがやがやがやがやがやがやがや がやがやがやがやがやがやがやがや
中村へやたら難癖をつける二人組。それを見て、他のお客さんは少しずつ席を立ち始めた。
「いや、お客さん、うちのクラスは、この三つのメニューだけでして。シュウマイと、担々麺と、ホイコーローの・・・・・・」
「うっせぇんだよ! なんだ、てめぇ! おい、こら、ガリ勉! ぶっとばされてぇのか?」
「他んとこにいる仲間も、呼んじゃうよー? 客を待たせて、この対応。なんだおめぇ!」
ガタタンッ! ガタンゴトンッッ!
「「「「「 (どうしよう、先生呼ぼうか? どうする? やべぇよ!) 」」」」」
じゃらじゃらした鎖のようなネックレスに、ごろごろ填めた指輪。タバコの火でつけたような、クレーターのような傷跡と、ナイフの傷のようなものが二人組の腕にははっきりと見える。
イスを蹴り倒し、エプロン姿の中村に詰め寄る二人。それは、繁華街のチンピラのような威嚇の仕方で、いかにもお定まりの不良といった感じだ。
「・・・・・・お客様・・・・・・。ここは、迷惑になります。・・・・・・おれに不備がありましたのなら、むこうで話は、ききますので・・・・・・」
目を伏せて、静かにその二人組に語りかけた中村。いつのまにかその騒ぎで、部屋の中は閑散としており、クラスの人たちもその異様な様子には手を出せず、廊下から震えて見ているだけだった。
「「「「「 (中村くんが危ないよ。だれか、先生・・・・・・いや、警察を!) 」」」」」
ザワザワザワザワザワザワザワザワ ザワザワザワザワザワザワザワザワ
「なんだぁ、てめぇ、オレたち相手に、表出ろってのか? おもしれぇ、やってやんよ!」
「おい、周りうるせぇよ! 通報なんかしやがったら、ただじゃおかねぇぞ! このメガネの兄ちゃんが、すっとろいのが悪ぃんだかんな! 文句あんかこらぁ!」
「「「「「 な、なかむら君・・・・・・ 」」」」」
ホールスタッフやレジ係をしていた七組の女子も、不良二人に絡まれる中村を隅で震えて見ている。
「佐々木さん、柏木さん。心配要らない・・・・・・。ただ、ちょっと、おれのエプロン、持っててくれないか? この方々と、すぐ、中庭の隅で話は終わるからさ」
そう言って中村はクラスの女子にエプロンを渡し、腕まくりをしたワイシャツ姿で中庭の隅へ。そこは、あまり人目に付きにくい建物の陰になっている場所だ。
エプロンを預かった女子は心配そうに、ギリギリ見える範囲の所まで追っていった。他の男子は、職員室へ何人か駆け込んでいった。
「おい、ばかかてめぇ? ここでは、何されても文句言えねーよな?」
「柏沼高校は、黙って勉強だけしてりゃいーんだよ。こんな文化祭なんて、くっだらねぇの」
「・・・・・・おれの料理にケチつけるならいざ知らず、クラスや他のお客さんにまで迷惑をかけ、まったくもって不愉快な連中だ・・・・・・」
中村は前髪をさっとかき上げ、メガネをくいっと指で上げ、不良たちを静かに睨みつけた。
「・・・・・・手を出したらお前たちは、もう終わりだからな。難癖つけてないで、とっととここから帰れよ・・・・・・」
「なんだこいつ? おーい、ちょっと? 漫画の読み過ぎか? ぶっとばされたいの?」
「かまわねぇ! どうせ、ぶっ壊す気で来たんだ。やっちまうべ! ・・・・・・泣けよ、おらぁ」
ぶんっ ぶおおおおんっ
茶色い髪の不良が、指輪をいくつも填めた拳で思いっきり中村の腹をめがけて殴りかかってきた。その瞬間、中村がとった行動はふっと息を吐いたのみ。その場からまったく動かなかった。
どかんっ どすんっ
「おいガリ勉! 泣けよ! 泣いてオレらに、土下座しろ! ひゃっはははは!」
「・・・・・・何か、まだ、用件はあるのか?」
「「 なにっ! 」」
思い切り腹を打たれた中村。しかし、まったく効いている様子は無い。冷ややかに不良たちを見ているだけだ。物陰から見ているクラスの女子や、他の教室から騒ぎを見ていた人たちも、これには驚きの表情。
「おいおい、こんなガリ勉メガネに、なめられてんじゃねぇよ! ・・・・・・こーやんだよっ!」
ピンク色の髪をしたもう一人の不良が、今度は顔めがけて思い切り腕を振りかぶり、殴りかかってこようとした。しかし、中村に向かって拳を振り上げたその瞬間・・・・・・。
ヒュウンッッ・・・・・・ シュバアッ! ピタッ
「うっ! ・・・・・・あ・・・・・・」
不良の両目の前に、中村はピースサインを平行にしたようにして指を突き出していた。
ぴたりと両方の目玉の前に止められた、刃先のような指先。不良が拳を振り上げたときには、すでに、中村の指先は突き出されていた。まさに、お手本のような「先の先」だ。
「(な、なんかこいつ、やべぇ! なんだ、これ。何されたんだ・・・・・・)」
「(が、ガリ勉じゃねぇのか? 見えなかったぞ。ふざけんなよ! なんだ、こいつ・・・・・)」
「・・・・・・消えろ。柏葉祭を楽しまずに、壊すやつは、帰れ! 次は、止めないからな?」
ばたたたっ ざざっ ざざざざざざざっ
不良二人は、慌ててそのまま逃げ出していった。この一悶着に、中村はやれやれといった感じで、またクラスのお店に戻っていった。見ていた人たちからは、自然に、拍手や賞讃の声が沸き起こっている。
中村はふっと笑って、また中華鍋を振るい始める。何事も無かったかのように。
しかし、騒ぎはこれで終わったわけではなかった。
* * * * *
わいわいわいわい がやがやがやがや
・・・・・・ふわぁん ふわわぁぁん・・・・・・
馨しい芳香を放っているキンモクセイとギンモクセイ。オレンジ色の花と白い花は、見た目こそ違えど、ほぼ同じような香りを放ち、人々の心を和ませる。
そんな木々の影でも、また、何やら楽しい声とは違ったものが響いていた。
「あの・・・・・・ほんとに・・・・・・やめてください! いやです・・・・・・むりです!」
「ほんと、あの、ぼくたち、お金ありませんから! おねがいです、ひなを離して!」
「うるっせぇなぁ。きみたち、中学生のカップルぅ? なら、お兄さんたちに、ちょーっとお金貸してって言ってるだけだろぉがボケェ! おい! 早く出せよ!」
「なんだおまえ? その握った拳、まさか、オレらをぶっとばすっていうのぉ?」
なんと、中学生カップルの青木と磯原が、絡まれていた。さっきとは別の不良たちに、だ。
一生懸命抵抗しているが、残念ながらまったく相手にならない。二人とも一応、空手はできるはずなのだが、不良の迫力にまったく為す術無しと言った感じだ。
「・・・・・・あははっ! でもまさか、等星の二人も来てたなんてねぇーッ! ワタシも沖縄以来だから、なぁんか、懐かしいなぁーッ!」
「制服姿なんて初めてだから、わからなかったぞ、末永小笹。それが海月女学院高校の制服なのか。なかなか似合ってて、かわいいじゃないか!」
「・・・・・・あ。キンモクセイの香りだ。・・・・・・ほら、有華。小笹さん。いい香りねー」
「朋子はこういう、和の雰囲気好きだよなぁ。私は空手道部の押忍やきそばってのを食べたいんだが・・・・・・。さっき田村に聞いたが、うまいらしいぞ!」
「ワタシはこのキンモクセイって、トイレの芳香剤みたいで苦手ー。・・・・・・って、あれ? なにあれ? え? ケンカかなぁッ! なんだぁー?」
「なんだ? 雰囲気が、違うな。・・・・・・ろくでなし共が、中学生の男女に絡んでるのか!?」
「・・・・・・。・・・・・・まったくもう、せっかくの文化祭なのに・・・・・・」
「おぉーいっ! ねぇッ! 何してんのさぁッ?」
中学生二人が絡まれているところへ、小笹と崎岡、そして朝香が偶然にも通りかかった。キンモクセイの香りが好きな朝香が、敷地の隅々まで歩いていたおかげだ。
「・・・・・・ちっ。めんどくせぇな。・・・・・・なぁに、オレたちは、この子らに、ちょっと楽しいお話をしてたとこだ。関係ないねーちゃんらは、すっこんでな!」
「あの、その! た、助けて下さい! その・・・・・・この人たち、恐喝を・・・・・・」
「おいおいおいー。そーじゃねえって! おいっ! わけわかんねぇこと言うんじゃねぇ!」
不良が怒鳴ると、中学生二人はびくっと竦んでしまった。
「ちょっとォッ・・・・・・。どう見ても、楽しい話じゃないねッ! くすっ。見ーちゃった!」
「このまま警察に突き出すか? どうする、朋子・・・・・・。問題事はまずいけど・・・・・・」
「・・・・・・。有華・・・・・・。これが悪いと言われるなら、私は武道なんか今すぐ辞めるわ」
不良たちは片眉を引き上げ、眉間にしわを寄せて朝香たちを威嚇。
ニット帽を被った片方の不良が、ニヤニヤしながら朝香の肩にいやらしく手を回してきた。もう一人は、ポケットから何やら小さな刃物を出し、小笹と崎岡に向けた。不良たちは、ニヤニヤと勝ち誇っている顔だ。
「おーおぉー? よく見たら、美人なねーちゃんだなぁお前? じゃ、こいつらの代わりに、お前がちょっとオレらに金貸してくれよぉ? このまま、オレとつき合ってくれてもいーぜ?」
そう言って、さらに朝香に絡むニット帽の不良。唇と鼻に銀色のピアスをし、手首には金色の鎖のようなアクセサリーをつけている。朝香は無視し、目もくれていない。
「・・・・・・そこの君たち、もう、行って大丈夫よ。・・・・・・この人たちは、、私たちがちゃんと、話をして帰っていただくから・・・・・・。怖い思いしたね。でも、もう大丈夫。さぁ、行って」
朝香は、大きなキンモクセイの木に隠れた中学生二人に、にっこり笑って声をかけた。
中学生二人は、おそるおそる木の陰からでてきて、朝香に「ありがとうございます」と言って一礼し、何度か振り返りながらも急いで走っていった。
「はぁ、はぁ・・・・・・。こ、怖かったな、ひな。・・・・・・でも、あの人・・・・・・どこかで見たことが・・・・・・」
「康太、がんばってくれてありがとう・・・・・・。・・・・・・でも、わたしたち空手やってるのにさ、ああいう場面で・・・・・・役に立たないなんて・・・・・・。さっきのきれいな人はさ、わたしもね、見たことある人なんだよね・・・・・・。どこかで、絶対に、見たんだよなぁ・・・・・・」
「とりあえずさ、実行委員の本部に、言った方がいいね! ひな、いこう!」
「そうだね! さっきのお姉さんたちが、あぶないもん! 怖い人らに、やられちゃうよ!」
たたたたたたたっ たたたたたたたっ
二人は額に汗を垂らしながら、実行委員のテントへ走っていった。
キンモクセイとギンモクセイの木が、枝を風で揺らしながら、深緑の葉を鳴らしている。
小笹と崎岡に小さな刃物を向けている不良に、朝香に絡んでいる不良。身体つきは、みな大柄の男たち。どちらも、女子三人に気味の悪い笑みを浮かべている。
「おぉーい、ねーちゃんよぉ! どうしてくれんの? オレらのお友達、逃がしちゃったね。おかげで、オレら、ちょっと頭に来てんだわ? どーする? もっとオレらの仲間、ここに呼んじゃってもいいぜ? ねーちゃんら代わりに、オレらと、気持ちよく遊んでくれよぉ?」
「おい、お前の方、そっちの美人をくれてやっから、ヘマすんなよなぁ? オレは、こっちのアイドルみてーな子と、スポーティーな美人の二人をやっちまうからよぉ」
不良の首元から見える、刺青のような模様と色。刃物は、飛び出し式の小型ナイフだろうか。にたっと笑った口元からは、ピアスのついた舌がぬるっと横に動いた。
「小型ナイフ・・・・・・。おい、あんた! そんなもので私たちを脅して、これ、犯罪だぞ!」
「薄っ気味悪いなぁッ・・・・・・。せっかくの文化祭なのに、台無しよぉ、あんたらのせいで!」
「へっへへー。関係ねぇよ。知ったこっちゃねぇよ。そんなことより、ねーちゃんらが、オレらにつき合って、いいことしてくれりゃ、話は収まると思うぜぇ? 小柄なねーちゃん、お前、アイドルみたいな顔だし、いい体つきだなぁ、おいー・・・・・・」
掌で、刃物の柄を軽くポンポンと浮かせては、キャッチを繰り返す。その不良は一歩、小笹の胸に手を伸ばして、足を進めた。
シュルンッ・・・・・・ シュルルウゥッ ヒュバアァッ! パシイィィィッ!
「な!」
不良の掌から刃物が浮いた瞬間、小笹のスカートが花のように開き、ふわっと舞った。
その瞬間、刃物は遙か遠くに飛んでいた。一秒とかからない、光のような瞬時の出来事。
「くすっ。ワタシたちに刃物向けたからには、もう、これ、正当防衛だよねぇーッ?」
「だめだ末永小笹! 頼むから、警察沙汰は勘弁だ! 戦っちゃだめ。朋子、逃げよう!」
「(こくり)」
刃物を蹴り飛ばした小笹の回し蹴りを皮切りに、崎岡が朝香に目で何かを合図。
頷いた朝香は、肩に触れていた不良の腕をばしっと弾き飛ばし、一気に逃げようと駆け出した。
ぱあんっ!
崎岡も、刃物を持っていた不良の目の前で、なんと大相撲の「猫だまし」のようなことをして目眩まし。そして怯んだ瞬間に、小笹の手を引っぱって、駆け出した。
ぐいっ!
「いたっ! ええ! ちょっとぉーッ!」
「逃げるぞ、末永小笹!!」
「何でぇッ? あんなバカみたいなカッコ悪いやつら、やっちゃえばいーのにぃ!」
「未熟だな、末永小笹! さっきの中学生が助かれば、もういいんだ。武道は、わざわざ戦いを呼び込むものじゃない。逃げられるなら、それが最良なんだよ? 面白半分で実戦を行うより、まずは、命優先で逃げることを考えなきゃ」
「そんなー! そんなぁーっ! ワタシ、あんなやつらすぐ倒せるッ! こういう時のための空手じゃんーっ!!」
「ばか! いいか末永小笹。空手は、どうしようもなくなったときか、人の命が追い詰められたときだけ、使えればいいんだ! これは、いつからか知らんが等星女子高の歴代主将に受け継がれている鉄則なんだ!!」
朝香とともに、人の多いところまで逃げようとした崎岡。しかしすぐにそれは、逃げられないものだと知った。崎岡たちは逃げられない。不良たちに回り込まれてしまった。
ざしゅ ざしゅ ざざっ
「有華! どうしよう・・・・・・まいったなぁ・・・・・・」
「仲間を呼ばれたってことか。くっ。この学校の間取りの土地勘がないから、この校舎裏から正門までどれくらいか、わかんないな」
先程の不良二人が、すぐに仲間を二人呼び寄せた。中村が追い払った不良とは、また違う奴らだ。
崎岡たちが逃げた方向は、西体育館から東体育館へ繋がる通路の奥。皮肉にも、実行委員テントがある文化祭本部や正門からはまったく逆方向で遠回りな方角だった。三人はほとんど人通りの無い、目につきにくい場所に自ら入り込んでしまった。
「おいおい、この女らなのぉ? 言うこと聞いてくれない、おてんばな子たちはさぁ?」
「みんな、美人でかわいーじゃぁん! ねー、オレらと一緒にぃ、神奈川へ帰らない?」
「おめぇら、来るのおせぇよ! かまわねぇ、みんなで、この文化祭、荒らしちまおうぜ!」
「オレたちで、最高に楽しい土曜日にしてあげるからなぁ! もう、逃がさねぇぞコラ!」
女子三人は、大柄な不良四人に囲まれた。一人が発した言葉によると、どうやら、県外から文化祭や学園祭荒らしに来ている連中らしい。
・・・・・・ヒュウゥゥゥッ・・・・・・
・・・・・・ヒュウゥゥゥッ・・・・・・ かさかさかさかさ・・・・・・
日陰を抜ける、秋風。落ちているギンモクセイの葉が、風で流され運ばれていった。
わいわいわいわいわいわいわいわい わいわいわいわいわいわいわいわい
「ただいまー。わりぃ、菜美。焼きそば冷めちったかもしんねー。さ、食おうぜ?」
「井上、おそいよ! 何か、大変なことが起きてるみたい。先生が言ってた。私らも、見回りに行こう! 変な不良みたいなやつらが紛れ込んでて、中村のクラスもやられたって!」
「な、なんだそれ! じ、事件じゃんか! まじかよぉー・・・・・・。あ、おい、菜美!」
森畑と井上も、テントから慌てて走って飛び出した。
楽しい雰囲気が一気に危険な雰囲気となった。いったいどうなる、柏葉祭。




