3-11、後輩達の成長と躍進
開会式も終わり、大会は各コートで一斉に始まる。まずは、四つあるコートのうち、AとBが新人戦の男女個人形、CとDは一年生大会の男女個人形だ。
ワアアアアアアアアアアアアアアアー ワアアアアアアアアアアアアアアアー
「バッサイ・・・・・・ダァイーッ!」
「ジオンッ!」
「セエェパァーイッ!」
「セイエンチィーンッ!」
どんどん進む新人戦のスケジュール。まずは長谷川が登場。前原は初めての監督席に座り、ドキドキしている。
「赤、県立柏沼高校! 長谷川選手!」
「はいっ!」
「青、県立明日市工業高校! 阿久井選手!」
「うーっす!」
前原は長谷川の姿をじっと見つめ、相手選手を次に目で追ってから、思っていた。
「(長谷川君、何の形で攻めるんだろう?)」
コートに入った長谷川は、すっと一礼。そして、気合いを入れて発声。
「ジオーンッ!」
松楓館流の第一指定形、慈恩。審査会のためにたくさん練習していたから、この形で勝負することを選んだのだろうか。
スウッ ダンッ! ススゥ シュバッ バンッ バババッ! ススゥ シュバッ
バンッ! バババッ! シュババッ シュババッ シュバシュババッ あぁーいっ!
黒帯が揺れ、力強さと貫禄を増した長谷川。以前のような危なっかしさは無く、安定した形だ。連突きも、中段前蹴りも、ひとつひとつ力強く演武している。
「(おぉー・・・・・・審査会の時よりさらにうまくなったなぁ、長谷川君!)」
・・・・・・ダァンッ! ダァンッ! ダァンッ! スウーッ パアンッ ススゥーッ
パパァーンッ! ああぁーーいっ! スウッ スッ
茶帯の頃とは別人のような、しっかりとしたジオン。
その後、相手選手の演武も、同じく松楓館流のカンクウ大だった。スピードは相手選手が一枚上手だが、力強さでは長谷川の方が上。さて、判定はどうなるのか。
「判定ーっ!」
ピィーッ・・・・・・ ピッ!
バッ ババッ バッ ババッ ババッ
「(あああぁぁーーーーっ・・・)」
「赤、2! 青、3! 青の、勝ち!」
惜しくも、旗一本差で長谷川は敗れてしまった。僅差だったのか、明らかな差と判断したのか、各審判の内心はわからない。どちらかを挙げねばならない審判の人も、大変な立場なのだ。
「前原先輩ぃ・・・・・・。自分、悔しいっす! あー、くっそぉ、一本差なんてー」
「ドンマイ、ドンマイ! 僕も、相手の速さを取るか長谷川君の力強さを取るか、判定がどちらに転ぶかドキドキしたけど、ほんと惜しかったよー・・・・・・。あぁー、残念ーっ」
悔しがる長谷川の肩を、前原はポンポンと叩いていた。
その様子を黒川が見ており、同じ赤側から長谷川に向かって拳をぐっと突き出し、無言の会話を交わしていた。
前原は黒川の後ろにつき、続く試合の監督役として見守る。
その間に、隣のコートでは阿部が出陣。監督席に座る田村とお互いに拳を合わせ、阿部は両頬をパンと叩いて気合い十分な様子。
「赤、県立柏沼高校! 阿部選手!」
「はあいっ!」
「青、県立宇河中央女子高校! 三林選手!」
「おすっ!」
阿部はゆっくりとコート中央へ進む。田村が座って見守る中、阿部が踏みしめる一歩一歩が、強い闘志を感じさせる。
「(さぁて、阿部は、何をまず演武するのかねぇー? 良い気迫だねぇ!)」
「カンクウ、ダイィーーーッ!」
スウッ サッ フワァァァァ サァァァッ タンッ!
阿部は、これまた審査会で初段取得時に猛稽古した観空大を選択。呼吸やリズムが、まるで春季大会の時の川田を思わせる。初段を取ってから今日まで、川田や森畑にしっかりと鍛えられた形を、一回戦でお披露目だ。
バッ ズバッ! スウゥ サアァ バッ パァン! バッ パァン!
シュバッ ダンッ ダンッ ダンッダンッ たあぁーっ! ・・・・・・
「(おおぉー。やるなぁーっ! 川田の観空大そっくりじゃんかーっ!)」
・・・・・・サッ ダッ ババッ バシュ! ササッ ダッ ババッ バシュ!
細かく立ち方や技の組み合わせが入れ替わる、観空大。
阿部は、ブレることなくしっかりと一つ一つの技に気迫を込めて演武。
・・・・・・シュバッ パァン! スゥッ クルン パパァン! ババッ スッ
ダッ! ダァン! たあぁーぃっ! スウウッ タッ
田村が見ている阿部の形には、川田の影が見える。最後の残心もしっかりと目に力を込め、一礼。
その後、相手選手は剛道流のセーパイを演武。しかし、圧倒的に阿部の形が上回っていた。
「判定ーっ!」
ピィーッ・・・・・・ ピッ!
バッ バッ バッ バッ バッ
「赤、5! 赤の、勝ち!」
赤旗五本の完勝。阿部は思わず、相手に一礼後に顔を両手で覆った。それを田村がしっかりと拍手で迎えていた。前主将と現主将のコンビが、ばっちり噛み合っているようだ。
「くすっ。うまくなったなぁ、阿部チャン! あの、川田センパイと森畑センパイの後輩だもんなぁーッ! 茶帯の頃と別人だなぁー」
「末永さん。柏沼高校は、あの伸び代が驚異的だよね。でも、君はインターハイ準優勝の経験値と風格がある。ヨーロッパでもトップクラスだったんだ。大丈夫!」
「くすくすっ。なんくるないさぁー、福田コーチっ! ワタシは、この大会も制して、関東選抜から全国選抜へと躍り出るんだからぁー。ワタシを慕って入ってきた子たちのためにもね、海月女学院として、ワタシは看板背負って戦いますよぉー。負けられないんだーッ!」
同じ赤側の端で、小笹と福田が、阿部と田村のやりとりをよく見つめていた。
その小笹は一回戦、和合流のチントウで難なく完勝。周囲も、「さすがインターハイの銀メダリストだ!」とざわついていた。勝てて当たり前な立場というのも、ある意味大変だ。
「(勝てた! 形の試合で、完勝! ・・・・・・やったよ、川田先輩! 森畑先輩!)」
阿部は、初の完勝で表情がさらにきりりと引き締まった。
その主将の様子を、一年生大会のコートから大南と内山も同時に見ていた。その二人も、先輩の勇姿を見て、アイコンタクトでお互いにこくりと頷く。そして、きらりと目を輝かせ、自分のコートを見つめ直していた。
一年生二人も、約半年前のような子供じみた姿ではなくなっていた。日々の稽古、そして、経験値から来る自信は人を変える。前原は、ふっとそんなことを頭に浮かべていた。




