3-1、柏沼高校文化祭「柏葉祭」、開幕!
ふわぁ・・・・・・ん ほわあぁ・・・・・・ん
ふわぁぁぁ・・・・・・ん ほわぁぁん ふわぁぁぁ・・・・・・ん
甘く馨しい、心地よい香り。
この季節の、ある期間だけの、特徴的な香り。
・・・・・・サササササササササァァァ・・・・・・
・・・・・・ササササササササァァァァ・・・・・・
耳に優しい、木の葉の囁き。
涼しく乾いた、夏が去りし後の、清涼感に溢れた風。天高く、青く澄んだ空が鮮やかだ。
ザワザワザワザワザワザワザワザワ がやがやがやがやがやがやがやがや
がやがやがやがやがやがやがやがや ザワザワザワザワザワザワザワザワ
今日は、柏沼高校の文化祭である「柏葉祭」の一般公開日。
市内や市外問わず、校内にはあちこちから多くのお客さんが来ており、中も外も大盛況だ。
~~~ 三年四組の教室で、そうめん早食い大会を正午より行いまーす! ~~~
~~~ 弓道場にて、和弓を使って弓道体験ができまーす! ~~~
~~~ 料理部特製のカレーを、調理室で提供してまーす! お試し下さーい! ~~~
~~~ 二年六組でプラネタリウムを上映いたしまーす! 来て下さーい! ~~~
~~~ 柏葉寮で、華道部と茶道部共同の、お茶会と生け花体験やってまーす! ~~~
あちこちのクラスや部活が、模擬店や体験コーナーの案内で声を張り上げている。まるで、お正月前の商店街の賑わいのごとく。
柏葉祭の実行委員テントでは、委員長の森畑と他のクラスの委員、そして同じく実行委員の井上が、扇子をパタパタとしながら、まったりとしていた。
「ふぅー・・・・・・。なんとか、ここまでサマになったわねー・・・・・・。天気も無事で良かった!」
「トラブルもなく、このまま終われば大成功だぜ? さっすが委員長! 菜美の仕切りがすげぇから、スムーズにいってるよ!」
「井上も、打ち合わせ会議、いろいろと手際よくやってくれて、ありがたかったよ! ほんと、ありがとねーっ! そっちは、クラスのお店は、順調?」
「だいじだ! うちの、そうめんの早食いコーナーは、簡単だしおもしれーしで、けっこう賑わってっから! 菜美の三年三組は、どーよ?」
「私のクラスねぇー。なんか、『たこ焼き仮装カフェ』なんて変な模擬店だけど、けっこう賑わってたかなー。田村がさ、牛の着ぐるみに入って、たこ焼き焼いてんの! 笑えるよーっ」
「なんだそりゃ! 伝説になるなぁ! 一組は、悠樹と真波が、本職のようにシェイカー振って、トロピカルなノンアルコールカクテルやってたぞ? 沖縄っぽさ満点だったぜ!」
「九組は、『男の腕相撲くじ』なんて、意味不明なお店だったよ。まぁ、男子しかいない理系クラスだから、ノリが違うのよねー。腕相撲で勝ったら、商品がもらえるんだって道太郎が言ってたよ。私ら女子じゃ、そんなの無理じゃんねー?」
「腕相撲なんて、道太郎ならまず負けねーな。あいつ、剣道部や野球部に張り合える腕っ節じゃんか。何考えてんだ、あいつのクラスは・・・・・・」
「中村が言ってたけどさ、理系選抜の七組は、意外なことに『本格理系中華』って店なのよねぇー。まったく理系関係なく、普通に、中村がエプロンして調理室の一角で本格中華を作ってたのが驚きよ! 中村が料理なんて、イメージないのにね?」
「陽二、もしかしたら、インターハイの時にあの民宿で料理の美味さに目覚めたのかもしんねーぞ? 中華ってのは意味不明だけど、沖縄料理にはすごく感動してたみたいだしな」
「沖縄か・・・・・・。懐かしいねー、もう遠い昔の感じー。私らも、恭子に部活引き継いでから、もう二週間も経ったもんなぁ。再来週は、恭子たちも初段とれるかなぁ? 黒帯になってくれるといいなー。二年生三人とも、さ」
「審査会、月末だよな? 今回、審査員て、一級資格審査員レベルの、四大流派の偉い先生がたくさん来るんだろ? よりによって、そんな時なんてなぁー」
「まぁ、考えようだけど、厳しい先生に見てもらってそれで取得できた段位の方が、後からいろいろと本人のためにはなるんだけどね?」
「誰が審査員で来るんだっけ?」
「えーと、私もはっきり覚えてないけど、確か糸恩流の源田千蔵範士、和合流の真山高三範士、松楓館流の植竹誠二範士、剛道流の山内剛傳範士、の四人だったと思う。そこに、県連の師範が数名入ると思う」
「とんでもねぇ一級資格審査員ばっかじゃんか! 各流派の技術本部長レベルだぞ、それ!」
一級資格審査員とは、各流派のトップレベルの師範で、錬士、教士、範士などの師範称号を持っている中でも技術に特に秀でた大先生方がいるレベルだ。
普通、県レベルの審査会であれば二級資格審査員などが入り、三段位までを審査するが、今回はそこに一級資格審査員も訪れるという。ごまかしのきかない、空手界のトップクラスの師範に阿部たちは審査されることになる。
ちなみに三年生はみな、昨年末の審査会で公認の二段位を合格している。三段を取るには、まだ修業年数が足らないので、高校卒業後、成人式を終えた後くらいで受験可能になるだろう。
「まっ、普段の稽古どおりできれば、誰に見てもらってもだいじだろうけどね?」
「でもよ、俺たちならいざ知らず、後輩五人がその師範たちを前にするなんて、心配だぜー」
「審査会当日、真波と前原がついてってくれるみたいだし。何だかんだで、引き継ぎはしたけど、まだまだ教えなきゃなんないことだらけだよねー」
「引き継ぎって言やぁ、空手道部伝統の『押忍やきそば』の味は、教えきれてなかったな! 売れてっかな? だいじかなー。ちょっくら、様子見ついでに、菜美の分も買ってくるわ」
押忍やきそばとは、代々、柏葉祭で空手道部が出す模擬店だ。
スパイシーでピリ辛なソース焼きそばだが、これがうまいと毎年評判だ。きっと今頃、長谷川たちが焼いているかもしれない。
じゅわじゅわじゅわ じゅじゅじゅーーーー じゅわわわわわ
じゅわわわ じゅわわわ じゅーーーーーー
「みつる! ソース足んないんだけど! どーすんだよこれ?」
「わ、わからん! 恭子、スパイスがもう無くなってきたぁ!」
「えぇ? なんでぇ! ・・・・・・真依、紗代はどこいったの? ヤオリンに買い出し?」
「あ、さよは、クラスの子と校内回ってくるって言ってましたけど・・・・・・」
「えーっ、なんでよ! あー、もー、手が足りないよぉーっ! 売れてるのはいいけどさ」
料理部と共同で、空手道部メンバーは押忍やきそばをフライパンで作っているが、どうやらてんてこ舞いのようだ。
前原たちがいた頃はメンバー数も多かったのでそれなりに回っていたらしいが、いまや部員数も五人になってしまったためか、すごく忙しいようだ。阿部の悲鳴が、森畑にはどこかから聞こえたように感じた。
「・・・・・・うおっす! 大盛況だな、恭子! 押忍やきそば、売れてるね!」
「い、井上先輩ーっ、もうわたし、クラスと部のダブルヘッダーで身体がもちませんよぉ」
「とりあえず、二人分できる? 俺と菜美の分。実行委員テントで食うからさー」
「二人分なら、なんとか! ・・・・・・敬太、真依、二人前ーっ!」
桃色のバンダナを三角巾のように巻いた阿部は、まさに威勢のいいおかみさんといった感じだ。奥から、黒川と内山の元気な返事が聞こえた。
「ただいま戻りましたぁ! あ! 井上先輩こんにちはー」
「ちょっと、紗代! いつの間にいなくなってたのよ! もぉーっ、手が足りなくて忙しいのよーっ! さぁ、すぐに中に入って、また手伝って!」
「すみません、阿部主将ー。ちょっと、友達が弓道部のとこ行きたいって言ってたんで。すぐに支度して、入りますね!」
大南は萌葱色の手ぬぐいを頭に巻いて、花柄のエプロンをして阿部と一緒に並んだ。
「いやぁ、阿部主将って呼ばれ方、だんだん慣れてきたかぁ?」
「まだ、全然ですよー。でも、他の部の同級生も、まだまだ主将だの副将だのって実感が湧いてないって言ってますねー・・・・・・。わたしは結構、早く慣れそうな感じはしますけど」
阿部は照れながら、井上と話している。大南に主将と呼ばれているのが新鮮な感じだが、こうして、じっくりと井上と話し込む阿部も目新しく新鮮な感じだ。
「ま、再来週は審査会。そこで、まぁ厳しい審査員だろうけど、初段が取れれば恭子もさらに貫禄が付くってもんよ! 一年生二人も、茶帯になれるといいなー」
「そうですね。わたしはまず、段の取得ですね! ・・・・・・はい、お待たせしました井上先輩。美味しい、押忍やきそば二人前でーす!」
ソースの香りが美味しそうな熱々の焼きそばを井上は受け取り、阿部とハイタッチしてその場から移動した。
「さぁて、どーせならついでに、あちこち見回ってから戻っかなー」
わいわいわいわい わいわいわいわいわいわいわいわい わいわいわいわい
校内は、廊下も階段も、ものすごく人でごった返している。
井上は、焼きそばの入った袋を片手に、人波を避けながら校内を歩き回っていた。