異世界ジャガイモ法廷~勝訴のために検察側が乗り越えるべきハードルは中々に高いのですよというお話~
「なろう」ではお馴染みの中世ヨーロッパ風異世界、俗に言う「ナーロッパ」。「中世」じゃねえだろとか、ヨーロッパ風かどうかすら怪しいだろ、とかいうツッコミはさておき、そこにジャガイモが存在するのはおかしいのではないかという議論があります。
しかしながら、「ナーロッパ」に「ジャガイモ」が存在することはあり得ないと立証するための条件というのは、中々に厳しいのです。
まずそもそも、「ジャガイモが存在するのはおかしい」説の根拠は、現実の中世ヨーロッパにはジャガイモは無かった、ということです。
ご存知かとは思いますが、ジャガイモの原産地は南米アンデス山脈で、ヨーロッパに伝播したのは1570年頃とされています。なので、「中世ヨーロッパ」にはジャガイモは存在しないわけですが、ここで問題にしているのはあくまで「ナ―ロッパ」です。史実のヨーロッパそのものではありません。
「ナーロッパ」と一口に言っても、その設定は千差万別ですので、いくつかのケースに分けて考えてみましょう。
まず、その世界が我々の知るヨーロッパそのものである場合。そのまんまだとファンタジーではなく歴史ものになってしまいますので、魔法が使えたり魔物が存在したりするパラレルワールドということです。
まあ、かなりマニアックな設定と言えるでしょう。
敢えてこんな設定を選んだ作者が不用意にジャガイモを登場させたりするケースはごくまれかと思われますが、やらかしてしまうことも無いとは言えません。
その場合弁護側は、魔法技術の発達により大航海時代の到来が早まったとか、ドラゴンがアンデス山脈まで飛んで行ってジャガイモの味を気に入り種芋を持ち帰ってきて眷属たる竜人に栽培させていたとか、ジャガイモが存在してもおかしくない理由を持ち出してくるでしょう。
なので、検察側は、それらの主張が当該作品の他の設定と整合性がとれているかどうかを追及していくことになります。
具体的には、すでに大航海時代に突入しているのであれば、「新大陸」からの大量の銀の流入により、銀の価値の低下とその反作用としての物価の高騰などが起きているはずだが、作中にそういった描写が見られない点を指摘するとか。
作中の描写からドラゴンの航続距離に疑問を呈するとか、ですね。
さて次に、なろう作品の大多数を占めるであろう、風俗文化が昔のヨーロッパと似ているだけの、全くの異世界であるケース。
エルフとかゴブリンとかドラゴンとかが存在する世界なのですから、植生も現実のものとは異なっている可能性が高いのですが、まったくかけ離れたものではないという前提で議論したいと思います。
最初に検証すべきは、「ヨーロッパ風の文化が発展する風土と、ジャガイモの原種が自生していることは相容れない」、という命題です。
現実のヨーロッパを含むユーラシア大陸にジャガイモの原種は自生していませんでしたが、異世界ならば自生していてもおかしくないはずという主張は当然出てきます。
なので、「ナーロッパにはジャガイモが元からあったんだよ」という主張に対抗するためには、「ヨーロッパ風の文化が発展する風土と、ジャガイモの原種が自生していることは相容れない」ということを証明する必要があります。
ジャガイモの原産地は、再三述べている通り南米アンデス山脈。標高3.000~4,000メートルの地域です。つまり、かなりの高地ですね。
一方、ヨーロッパ風の文化は……まあ、何をもって「ヨーロッパ風」と呼ぶのかはさておき、衣服や風俗などの面では、あまり高地での生活に適応したものとは言えません。スイスあたりならかなりの高地ですが、ナーロッパの文化風俗がスイス風というのはあまり見かけません。
ですが、作品の舞台となる土地とジャガイモの原産地が一致、ないし隣接している必要は必ずしもありません。
もし仮に、現実の世界において、ジャガイモの原産地がヒマラヤ山脈あたりだったとしたら、アレクサンドロス大王が遠征の際に持ち帰ってきたり、シルクロード交易でヨーロッパに持ち込まれたり、といった可能性はあり得たでしょう。
作中世界において、舞台となるナーロッパ地域と交易が可能な範囲内(当然、地理は現実の世界と一致している必要はありません)に、ジャガイモの原産地が存在し得ないということを立証――うん。やはりこの論法には無理があるようなので、別の攻め口でいきましょう。
ジャガイモの大きな特徴の一つは、栄養に乏しい土地や寒冷地でも高い生産性を示し、救荒作物として非常に優秀という点です。
そのため、1840年代のアイルランドに見られたように、ひとたびジャガイモが疫病などで全滅すると、それに頼っていた人々が大規模な飢饉にさらされるといった事態も生じるわけですが、ともかくジャガイモは小麦などよりも断然多くの人口を養うことが出来ます。
このことから、「ジャガイモが昔から存在するということはそれだけ人口が増えているはずで、ナーロッパの牧歌的なイメージと相容れない。よって、ジャガイモが存在するのはおかしい」という命題が導き出されます。
しかし、ここで異世界ならではの事情が作用してきます。そう、魔物の脅威です。
ここでは、人間と同等の知性を持つ魔族や動物並みの知能しか持たない魔獣を一括りにして、「現実世界には存在しない、人類を脅かす存在=魔物」と定義します。
ジャガイモの普及に伴って食糧事情が改善し、より多くの人口を養えたとしても、その分魔物の被害により人口が調節されているとしたら――。
さらに突き詰めていくと、魔物の被害により現実の中世ヨーロッパよりも一段と農業生産の条件が厳しいと考えられるナーロッパでは、ジャガイモが普及していると設定することではじめて最低限の人口を養い得るのではないか。つまり、ナーロッパにジャガイモは必要不可欠ということに――。
うん。何だか藪蛇になりそうですが、検察側の対応としては、作中における魔物の脅威度の描写と、人口および食糧事情の描写を検討し、「作中の人口は小麦を中心とした農業生産で養い得る範囲内であり、ジャガイモが普及しているのだとするとバランスが崩れる」ということを論証しなくてはなりません。
三つめのケースは、一度文明が崩壊した後の二周目の世界である場合です。
ここで言う「文明」は、我々の――現実世界の文明であっても、異世界の古代文明であっても構いません。
この設定の恐ろしいところは、ジャガイモのみならず、トマト、唐辛子、煙草、トウモロコシといった、本来中世ヨーロッパには存在しなかった諸々が、文明崩壊前に世界中に伝播していたという論法により正当化されてしまうという点です。
ジャガイモに関して言えば、先ほどの「ジャガイモの普及と人口増加の関係」を持ち出すこともできますが、その場合でも、「ジャガイモが存在することで、文明崩壊後の食糧事情がようやく改善し、中世ヨーロッパ程度まで回復したのが作中の世界である」と言われてしまえば、それ以上の追及は難しいと思われます。
ただし、この設定は作品の根幹にかかわるものであるため、単にジャガイモが存在する理由付けのためだけに持ち出してくることは困難なのが救いと言えるでしょう。
あと、異世界ジャガイモ問題においてしばしば弁護側により展開される論法、「異世界語を日本語に翻訳した結果『ジャガイモ』と呼ばれているけれども、実際にはジャガイモによく似た別の作物である」という可能性についても検討してみましょう。
実際、一般にジャガイモの別名として用いられる「馬鈴薯」は、元々中国では「ホドイモ」というマメ科植物のことを指していたようで、同じように地下茎が肥大して食用になるという特徴は持つものの、ナス科のジャガイモとは全くの別物でした。
(ちなみにこのホドイモ、東北地方の一部などでは栽培され食用にされているそうです(正確には近縁種のアメリカホド)。食べたことのある読者様いらっしゃいますかね?)
異世界において、本来のジャガイモとは全く別の植物が収斂進化――全く別の生物が進化の結果たまたま似たような姿になる現象。魚とクジラがよく似た姿であるといった類――によって同じような特徴を持ち、『ジャガイモ』と翻訳されている可能性は、十分にあり得ます。
これに対抗する検察側の論理としては、「見た目、味、食感など、全てが完全に『ジャガイモ』と一致しているということは考えられず、転生者・転移者である主人公が違和感を抱かないのはおかしい」といったところでしょうか。
ただし、この論法は主人公が生粋の現地人である場合には使えません。彼らにとってはそれが「ジャガイモの味」だからです。
なのでその場合は、そのような植物が進化したことと作中の設定との整合性を追及していくしかありません。
さて、ここまでの議論の中で、「いやそもそも問題なのは異世界にジャガイモが存在すること自体じゃなく、それについての説明が無いことじゃないのか」と思われた方もいらっしゃるかも知れません。
しかし残念なことに、現行の日本の法律では、異世界におけるエルフやゴブリンの存在をその発生過程から説明する義務が無いのと同様に、異世界にジャガイモが存在する理由を説明することも義務付けられてはいないのです。
もちろん、そういった設定を作中で詳しく説明している作品も存在しますが、説明するかどうかは作者の善意に委ねられているのが現状であり、早急な法改正が望まれます。
ただ、仮に説明が義務付けられたとしても、作品によっては、そのクライマックスにおいて、世界の秘密が明らかにされるとともにジャガイモが存在する理由も語られる予定だった、ということもあり得ます。
そのため、連載の初期段階での取り締まりは冤罪を生むのではないかと懸念されています。
やはり、「取り締まりは完結済み作品に限る」といった規制とワンセットでの導入が望ましいでしょう。
ことほど左様に、異世界ジャガイモ取り締まりには無数の抜け道が存在し、検察が乗り越えるべきハードルは高くそして数知れないのです。そのため、起訴に至らないケースや、起訴にこぎつけても公判を維持できないケースが後を絶ちません。
それでもジャガイモ警察は、日夜人知れず取り締まりに勤しみ、検察は立件のために心を砕いているのです。敬礼。
ジャガイモ警察・検察の方々に敬意を込めて♡