とある"鬼"の物語
鬼は、人に災害を持ってくる存在。
悪いモノ、恐ろしいモノの形容詞として使われるコトバ。
生誕し、物心ついたときからずっと一人だった彼-佐都 龍介-は、今、絞首台の上に立っている。
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彼は肉体に恵まれていた。
まるで自分のことは自分で守れと神様が言っているかのように。
「お前は身体が強いからね。ここのみんなを守ってやってくれ。」
そんな神の啓示を無視するかのような言葉を口にしながら、神父はニコリと笑い、彼に微笑みかける。
その目を一切見ようとはせず、腕を組み壁にもたれかかりながらまた眠りにつく。
ここは、原磯市にあるとある教会だ。
年季が入った教会、というのが第一印象ではないだろうか。お世辞にもキレイとは言い難い場所だ。
彼はここで育った。
彼は孤児だ。
生まれてから親の顔を知らない。生まれた直後に産み落とした親は自らのエゴにより彼を川岸に捨てた。
それを拾ったのがこの教会の神父だった。
この教会では孤児を預かり世話をしている。
よく言えば神父の面倒見がいい、悪く言えばおせっかい焼きである神父は、「なんとかなる」とていの良い言葉を吐き出しながら子どもたちを預かっているのだ。
信徒も少なく安定した収入もないが、神父はその得意の話術でなんとか経営をきりもみしていた。
「神はね、簡単に私たち人間を見捨てるよ。私にも君たち孤児を見捨てろと何度も啓示を出している。だから、私はあいつらを利用して金を稼いで君たちを養っているんだ。どうだい?罰当たりだろう。」
神父としてそれでいいのか。
だが、そんな話を笑顔でする神父を、彼は好きだった。
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熱い。
熱い熱い熱い。
彼はハッと目を覚ます。見渡すとそこは真紅の炎が一面を覆う場所だった。
どこだここは。俺は夢を見ているのか。
違う。
ここは教会だ。
跳ね起きてほかの子どもたちを見に行く。
子どもたちは、既にこの世にはいなかった。
全身は焼けただれ、のたうち回り、熱による熱傷で身体が壊死しつつある人間だった何かがそこら中に転がっていた。
「子どもたちを守ってくれ。」
神父によるそんな呪いの言葉が、彼の危機察知能力を高めていたのか。
神からの贈り物であるその身体が、彼だけを守ったのか。
どうして神は、彼だけしか守ってくれないのか。
炎をかいくぐり、教会の外へと出る。
するとそこには、仕事を"終えた"であろう一団が下卑た笑みを浮かべて談笑しながら帰路につこうとしていた。
赦すわけがなかった。
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彼は今、絞首台にいる。
神に代わって裁いた人数はおよそ10人。
怒りによる残虐的な殺し方、また殺した人間がその土地の有識者が雇った人間だったこともあり、彼の裁判は驚くほどスムーズに進行してしまった。
一段、また一段と天国への階段を上っていく。
そして最上段へと到達した。
日本の死刑システムは、執行者の精神面を考えるため5人が同時にボタンを押す。4つはダミーとなっていて、本当に対象の足元と命を落とさせるボタンは一つだけである。
特に恐怖心はなかった。
虚無だった。
しかし、いつまで経っても足元の床が抜けることがない。
しばらくすると声をかけられた。
「私たちの仲間になるなら、まだその命をクソったれな神様に献上する必要はないよ。」
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こうして、俺は今ここにいる。
鬼として。
これは、"鬼"が生まれるまでの物語。
そしてここからが、俺の"鬼"として生きた物語。
-佐都 龍介-