完璧令嬢だと思っていた婚約者がツンデレだった
僕の婚約者は完璧だ。
僕はセシル・ローランド、伯爵家の長男である。この度、11歳になった僕と同い年の伯爵令嬢キャサリン・スペンサーとの婚約が決まった。僕はゆくゆくは伯爵家を継がなければならないので、婚約者を決められることは当然で、特に不満もなかった。
「キャサリン・スペンサーです。どうぞよろしくお願いしますわ」
キャサリンはつややかな長い黒髪に、翡翠色の瞳をもつとても美しい令嬢だった。礼儀作法も完璧で、話してみるととても賢いとわかる。話を聞くのがとても上手だが、意見を求めたらしっかりとした的確なものを述べてくる。
こんな女性が婚約者で、きっと僕は幸せ者なんだろう。
だが、彼女は僕を見ていない。政略結婚だから愛がなくても当たり前なのかもしれないが、キャサリンは常に優雅な微笑みを浮かべているのに、本当に笑ってはいない。僕は彼女の笑顔を見てみたかった。
「キャサリンは何が好きなの?」
「そうですね……刺繍などでしょうか」
さすが、完璧な解答だ。僕はキャサリンと仲良くなりたいと思っているのだが、なかなかキャサリンの微笑みは崩せない。
「セシル様は何がお好きですか?」
「僕は乗馬が好きかな。よかったら一緒に乗ってみる?」
「……いえ、せっかくですが遠慮しておきますわ」
だよね。
「そういえば、今度は私の弟のノアを連れて来ますわ」
今度、僕の妹のグレイスとキャサリンの弟のノアが婚約することになったのだ。僕たちが婚約してから1年ほど経ったが、キャサリンは相変わらず完璧な微笑みをたたえている。
「二人は初対面だよね。ノアはどんな子なの?」
「生意気なガキですわ」
んん? 今淑女らしからぬ言葉が聞こえたような……
「間違えましたわ、生ガキが好きなんですのよ、おほほ」
笑顔が引きつってるよ。キャサリンが珍しく焦っているのがおもしろくて、ちょっと意地悪をしたくなった。
「へえ……僕の大切なグレイスを生ガキが好きなノアに任せられるか、心配だなあ」
ちょっと本音も入っている。僕の妹のグレイスは僕と同じ銀髪に藍色の目をした美少女で、優しい子で本当にかわいいのだ。ノアがグレイスを幸せにできるかはちゃんと調べておかないと。
「そんなことないわよ! ノアは私の弟なんだから!」
予想外の反応だ。いつもの微笑みは消え、少し怒ったように顔を赤くしている。
「キャサリンって、ノアのことが好きなんだね」
「そ、そんなことないわ!」
ますます顔を赤くして、キャサリンはぷいっと顔を背けた。ちょっとかわいい。いつもの作られた微笑みよりこっちの方が好きだな。
でも僕がキャサリンの完璧な微笑みを崩せたのはそのときだけだけだった。なかなか手強い相手だが、僕は目標が困難なほど燃えるタイプなんだ。
それから、グレイスとノアは無事に婚約した。ノアはそれほど生意気なガキでもなく、グレイスとの仲は良好のようだ。ノアと話すときのグレイスはとても楽しそうで、僕は嬉しい。少し寂しいけど。
今日はノアとキャサリンが一緒にうちに来ている。
「ノア、一緒に馬に乗らないか?」
僕が誘うと、
「乗馬だったら、姉さんの方が得意ですよ?」
ノアがそう言ったので、思わずキャサリンを見る。
「キャサリン、そうだったの?」
「ち、違いますわ。そんな……少しやったことがあるだけですわ」
「何言ってるんだよ、姉さん。昨日だって思いっきり……っ痛!」
ノアが急に脛を抱えてうずくまった。
「何でもありませんわ。ノアはほっといて行きましょう」
なんだかはぐらかされてしまったが、もしかするとキャサリンは僕が思っていたような令嬢ではないのかもしれない。
僕はそれからも、なかなかキャサリンの鉄壁の微笑みを崩せずにいたが……今日こそはキャサリンの笑顔を見たい。朝から体がだるかったが、久しぶりにキャサリンに会えるので僕はなんとか笑顔を浮かべた。
「セシル様、ごきげんよう」
「やあ、キャサリン。元気だった?」
「ええ、セシル様は……大丈夫ですか?」
「何が? 僕も元気だよ」
「いえ……少し無理されているような気がしたので」
敵わないなあ。でもせっかく会えたんだからキャサリンと話したい。
僕は大丈夫だと言って笑ったが……
まずいな……熱っぽさが増してきてふらふらする。会話も頭に入ってこない。
「……様? セシル様? 大丈夫ですか、ああこんなに熱が!」
キャサリンが額に当ててきたてのひらがひんやりして気持ちいい。どうしてそんな顔するんだ、僕は君に笑っていてほしいのに……
気が付くと僕は自分のベッドに横たわっていた。隣にいるキャサリンが泣きそうな顔でこっちを見ている。僕、気絶したのか、かっこ悪……
「この、ばかっ!!」
思いっきりキャサリンに怒鳴られた。
「どうして体調が悪いと言ってくれなかったの! すごい熱だったのよ!」
こんなキャサリン初めて見た。
「久しぶりにキャサリンに会える日だったから……」
「そんなの、これからいくらでも会えるでしょう!」
「ごめん……心配してくれたの?」
「心配に決まってるじゃない! もう死んじゃうかと思ったんだから」
キャサリンの瞳から涙がこぼれ落ちた。
「泣かないでよ、キャサリン……笑って」
「こんな状況で笑えないわよ……」
そう言って僕のために泣いてくれるキャサリンはとてもかわいかった。
「僕は君の笑顔が見たいんだ。後、一緒に乗馬もしたい」
「何よそれ……馬を乗りこなす令嬢なんて、おしとやかじゃないでしょう」
「僕はそんなキャサリンが好きだよ」
「は!? 好き!?」
うん、僕はキャサリンが好きだ。馬を乗りこなし、弟のことが大好きで、僕のことを泣いて心配してくれるツンデレなキャサリンのことが好きだ。
キャサリンは真っ赤になって震えている。
「こ、今度、セシルが元気になったら一緒に馬に乗ってあげてもいいわ!」
僕の婚約者、かわいいなあ。
それから僕の体調は回復して、キャサリンと馬に乗る約束をした日になった。
「一人ずつ乗る? それとも一緒に乗る?」
「い、一緒に乗るわ」
嬉しい展開だが、キャサリンと密着してドキドキする。
馬が駆け出し、風を切って走る。
「あ〜気持ちいいわ!」
キャサリンが笑顔を見せた。それは僕がずっと見たかった笑顔で、危うく僕は手綱を落としそうになった。
「ねえ、セシル……ずっとあなたは私と仲良くなろうとしてくれてたのよね。でも、本当の私を知ったら嫌われるんじゃないかと思って、私はあなたに寄り添おうとしなかった。ごめんなさい」
「キャサリン……」
「私、本当は乗馬も大好きで、弟とはケンカばっかりで、素直じゃなくてかわいくない女なのよ。でも、私も……その、セシルが……す、好きよ」
それは反則だ。
「キャサリンはすごくかわいいよ?」
「ば、ばか!」
僕の婚約者はツンデレで、とてもかわいい。
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