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狼の贄~念真流寂滅抄~  作者: 筑前助広
第三章 雨の波瀬川
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第六回 隻腕②

 その渡世人は、孤月を見るなり


「先生」


 と言って、腰を上げた。


「半四郎か」

「へい。急に姿を消したんで心配したんですよ」


 この三十路になろうとする渡世人は、孤月の弟子の一人だった。だが弟子と言っても、剣術の弟子ではない。〔殺し〕の弟子なのである。

 江戸に流れた孤月は、両国界隈の首領おかしら嘉穂屋宗右衛門かほや そううえもんのお抱えとなった。暫くは一人働きをしていたが、弟子を取ってくれというたっての頼みで、ひとりふたりと教えを授け、今や十名を超える殺しの師匠になってしまった。


「探したのは、嘉穂屋さんの命令か」

「それもございやす」

「帰らぬ場合はせとも言われたか?」

「そんな事はございやせん」


 半四郎はそう言ったが、図星だろうと孤月は思った。多くの秘密を知っている始末屋を、野放しにする事は危険なのだ。しかも、嘉穂屋という男は軽薄な男として知られている。


「まぁ、構わん。俺は遅かれ早かれ死ぬのだからな」

「何を気弱な事を仰ってるんですかい。先生のような男は閻魔に嫌われまさぁ」

「そうならいいのだが、生憎これは死病でな。もうじき死ぬ。だから、その前に左腕の敵を取ろうと、江戸を出たわけだ」


 半四郎は孤月に向けていた視線を、軽く伏せた。


「今は勘弁してくれ。左腕の仇さえ討てば、煮るなり焼くなり好きにしていい」

「実はそんな事だろうと思っておりやした。なので、先生に教えを受けたもんを十人ばかり連れてきたんですがね」

「駄目だ。これは俺一人で踏む仕事ヤマだ。手を出すんじゃねぇ」


 孤月は吠えてみせたが、半四郎は顔色一つ変えなかった。見ない間に、一端の男になっている。出会った頃は、粋がっていた子供ガキだった。そんな男たちを、幾人か作り上げた。それが、やりがいになっていたという事は否定できない。


「しかし、先生。あっしらは、先生を親父とも思っておりやす」

「その気持ちは嬉しいが、これは俺のけじめってもんなのだ。頼むから邪魔しないでくれ」


 そう言うと、半四郎は軽く微笑んで頷いた。


「先生は頑固だからなぁ。わかりました。でも、先生がこの仕事ヤマを終わらせたら、俺達に甲斐甲斐しく世話させてくださいよ」

「そんな事をしては嘉穂屋に逆らう事になるぞ」

「どうせ死ぬ男を無理に襲って怪我する事はございませんよ。それに言ってきたところで、そん時はしゃいい」

「勝手にしろ」


 そう言うと、孤月は腰を上げた。

 第二の人生は、人の生き血を啜って生きるような糞ったれたものだがったが、唯一の光明は半四郎のような弟子を取れた事だろう。しかし、その弟子にも生き血を啜らせなければならない所が、また辛い事なのだが。


〔第六回 了〕

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