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1 「森緑のリト」(2)

昼近くになった所で馬車はカイサロという宿場町に辿り着き、通りの出口寄りにあった一軒の万屋の前で停車した。

 このカイサロ宿場も旧街道沿いの他の宿場町と違わず閉店宿が目立ち寂れている。それでもカイサロ宿場は皇都に入る為の関所に一番近いので、最後の休息をとる者もいる分少しは活気があった。

 検義士サコルは馬を繋ぎ止めると、万屋(よろずや)へ入っていった。決して広い店ではないが、店内の商品棚にはとても寂れている店とは思えないような珍しい品々が並んでいる。


「おい店主、この店は営業しているだろう?」

 サコルの声を聞き商品棚に隠れて読書していた店主が怪訝そうに立ち上がったが、相手の官吏服と腕の吏章を見るとあわてて態度を変えた。

「これはこれは、検義士様。おかげさまで、へへ。何か要りようですかい?」

「何か昼飯になるものはあるか。馬車で食える物がいい。」

 店主は店先の馬車をちらりと見ると何人分ですかい、と聞いた。

「罪人に飯をやってどうする。一人分だ。」

 店主はそりゃあそうですねぇと愛想笑いをしながら、葉に包んだ握り飯と水筒入りの茶を渡した。

サコルが店を出ようとすると店主は揉み手のまま馬車の前まで見送りに付いてきた。馬車の荷台には、百舌鳥(もず)を模った検義士の吏章紋入りの幕が被せられている。

 店主はサコルが手綱を解いている隙に、好奇心の魔が差し荷台に被せられていた幕の中を覗こうとした。

「何をしているっ!」

 サコルの怒声に驚いた店主は慌てて幕から手を離そうとしたが、かえって幕がめくれあがってしまった。そして鉄檻の中身(・・)を見て飛び退った。

「うわァ、旦那、こりゃ未開人じゃないですかい。嗚呼、汚らわしいモン見ちまった!」

 サコルは舌打ちした。

「馬鹿者め、盗み見などするからだ。己は検義士の仕事をなめているのか!」

「とんでもねぇです!わしが馬鹿でした。ご勘弁くだせぇ」

 サコルはこの店主を殴り飛ばしたい衝動に駆られた。この任務は極秘に、と命じられていたのだ。それを皇都まであと少しというところで台無しにされた。口封じに殺してしまうという手もあるが、宿場ではかえって騒ぎが大きくなる。

「ああそうだ、さっき棚の奥にあった献上コルムチ酒な。先日酒蔵に盗人が入って大量の盗難にあったんだが、俺がその盗人を捕縛してな。しぼりあげたら酒はどこぞの店(・・・・・)へ流したと言っていた。お前さん、何か知っているか?」

 店主は後ずさった。献上コルムチ酒は旧街道を根城にする破落戸のツテから仕入れたものだった。ビルリンク・ルム皇国では盗難品の売買を禁じている。何を弁解しようか言い淀んでいる間に、サコルの方が先に言葉を継いだ。

「俺は知っているかと聞いただけだがな。末永く商売がしたかったら、さっきお前が馬鹿な好奇心で見たモノは忘れろ。いいな。」

 サコルは御者台に上がりながら苛立たしげにそう言放ち、馬に鞭を振った。

(いいさ、もともとこの店を選んだ理由は、何かあれば口止めする種があったからだ)

そう苛立ちを鎮めながら、馬車は再び皇都へ走りだした。


 サコルの馬車が走り去った後、店主が気を落ち着かせるために一服していると、すぐまた別の客が店に入ってきた。

旅装束の温厚そうな顔をした客は煙草と蚊よけ香を買い求め、代金を店主に渡しながら訪ねた。

「先程店先で何か揉めてましたかな?通りから大声が聞こえたもので。」

「ああ、ちょっとな。ウチに買いに来た検義士サマの機嫌を損ねちまっただけよ。」

「ほお。それはなんでまた?」

 店主はバツが悪そうに鼻を掻きながらボソボソと付け加えた。

「まあ、あれな。最近絶世の踊り娘のカシムリちゃんがちょっと手癖の悪い事をしちまって手配されてるって噂があったろう。だからもしかしてと思ってよ。檻の中の罪人を覗き見たくなっちまって。ところが見てみると中身はとんでもねぇ…」

「とんでもない中身、ですか?いったい何者だったんです?」

「い、いや。なんでもねぇ。普通のコソ泥風だったよ。」

 店主はもう勘弁してくれという風に手のひらで挨拶をした。客は丁寧に礼を言って去って行ったが、質問をしている時にその温厚そうだった相貌が一瞬、獰猛な光を走らせた事に店主は気付かなかったのである。


 さっきの店主とサコルの会話は檻の中のリトにも聞こえていた。

しかし「汚らわしい」という言葉も衰弱した身には怒りとして昂ることなく、鈍痛のようにリトの心の底に沈んだ。

 リトには死なない程度のわずかな食料が檻に用意されていたが、それも一日前に食べつくしている。御者台で握り飯を頬張るサコルを食い入るように幕の隙間から見ていると、リトの視線に気付いたサコルは振り返ってじろりと睨み、「もうすぐ処刑されようっていう奴にわざわざ飯はいらんだろう。」しかも未開人に、と言って再び前方を向いたのだった。

 リトは空腹と悔しさで袖の布を噛みしめた。口に広がる土埃の味。みじめさのあまり涙が滲んだ。

ルム人もこの国の皇帝も、一体「何が」偉くて他民族の尊厳を踏みにじり命奪う権利があるのか。その「何が」を聞くまでは処刑なんかされたくない。憎い。いや、憎い。

 リトは捕らえられた時サコルに手加減なく蹴飛ばされ、家畜の様に無理矢理引きずられて檻に入れられたため、空腹だけでなく怪我の痛みにも耐えなくてはならなかった。馬車は大変揺れ、体中に痣が出来ている身を鉄柵が容赦なく甚振る。おかげで幾度か気を失いかけた。その度に耐えようとするが、耐えたところで処刑されるという事実がリトの気力を徐々に奪い始めてきている。


檻の中で横たわりながら、リトは固く目を閉じて事の発端、サコルに捕まった時の事を思い出していた。










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