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第2話 異世界に来た実感を噛み締めました

 目が覚めると、そこは異世界だった……というよりは、草原だった。

 草原で横になっていた僕は上体を起こし、周りの状況と自身を確認する。

 周りを見渡せば、そこは小さな村の一角。草原の先には羊が群れを作り、見知った面々が畜産業を営んでいた。


「……見知った?」


 そんなことは無い。だって、初めてこの異世界に来たんだから、誰も知っている訳が無い。

 記憶の齟齬が発生しているぞ自称神様。それに――。


「若い、よね……?」

 明らかに自分の姿が自称神様と出会ったときの姿と合わない。

 -4、5歳はされている。高校生の姿だ。

 自称神様は現在の姿でなんて言っていたのに、それも適当だったらしい。


「…………どれだけ適当なんだ……自称神様……」


 僕はしばらく頭を抱えた後、自身に与えられた、この世界での設定がどれくらい適当なのか検証を始めてみた。


 まず見た目。顔……は、すぐ確認できないから後に回すとして、身体の方。やっぱり実年齢より若い。自分が高校生だった頃にそっくりだ。服装は近世的なプールポワンではなく、むしろ現代的なカットソーに近い代物だ。生地はごわごわしていて肌触りが悪いけど、ここら辺は異世界といった所かな?


「あと、これは何だろう……?」


 自分の手のひらに刻まれた小さな紋様。鍵穴のようなマークに見覚えがない。

 異世界で出来た痣だろうか?

 そう考えているうちにふと、大事なことを思い出した。

 記憶だ。転生したのに赤子からスタートじゃないってことを考えると、まっさらな状態でいきなりこの場所に現れたか、何かしら記憶があるかのどちらかのはず。


「よし、集中だ……思い出せー……」


 意識を思い出すことに集中させて、どちらのパターンに当てはまるのか僕は探った。

 まず思い出すのは前世の記憶。自称神様と出会う直前の記憶は全く思い出せないけど、自分が何処で何をしていたかくらいは、多少思い出せた。

 前世では一度、ブラックな企業に勤めた後退社し、コンビニバイトで生活していた普通の日本人。

 これといった趣味はなく、普通にゲームをして、たまに運動をして、山も谷もなく日常を過ごしていたんだっけ? うーん。


「我ながら、何もないなぁ……」


 自称神様に言われた『子供を助けてトラックに轢かれて死んだ』という設定が案外、唯一の長所になるかもしれない。

 ……それはそれで悲しくなる。嫌だ。


「で、これは前世の記憶。さて、この世界で過ごした記憶はあるのかな……と」

 瞼を閉じて、再び意識を集中させる。

 始めに浮かんだのはこの世界での両親の顔。生まれたばかりの記憶だろうか?

 涙を溜めて喜んでいる様子が手に取るように分かる。

 次に初めて歩いた記憶で、食べ物の好き嫌いがあって。

 ……これはピーマンによく似た野菜かな? 昔は苦いものが嫌いだったっけ。

 対照的に、果物は美味しそうに食べているから、甘いものが割りと好きなことを思い出す。

 幼年期、少年期と過ぎ、今から1年ほど前に、先ほど見た紋様が手に浮かび上がっていたようだ。

 記憶を辿れば、どうやらこの紋様は何かの資格に相当するらしいけど……。

 何の資格か思い出そうとした時、村の方向から僕を呼ぶ声が聞こえた。


「おーい、キョウスケ。今日は出発の日だろう。馬車が待っているから早く家に戻ってきて、カストレアの街へ向かいなさい」

「っと、はーいっ!」


 今僕のことを『キョウスケ』と呼んだのは、この世界での僕の父親だ。あの自称神様はどうやら、名前まで転生させてくれたらしい。

 ……言葉が分かったのは、この世界の記憶があるからだろうか? ということは、文字もある程度読めるのかな? この世界の識字率がどれほどか分からないけれど。

 ところで、出発の日って、何の出発の日だっけ?

 なんてことを考えながら、僕はその場から立ち上がって村へと駆け出すと……。


「えっ?」


 一歩踏み込んだ瞬間、身体が宙を舞った。

 重力を無視したような浮遊感は、中々心地好い。

 宙に舞っている最中、自分が居た位置を見た。すると、地面は凹んでいて、足跡がはっきりと残っているではないか。

 明らかに身体能力が普通じゃない。……いやでも、この世界では普通なのかもしれない。

 …………。

「いやいやいやいや! 絶対に普通じゃないよこれーっ!」


 余りにも長い滞空時間。景色がまるでスローモーション。

 僕の体はそのまま空中で弧を描き、重力に従って地面に落ちていき――ドーンという大きな音と共に、この世界での実家の前に落下した。


「……早くとは言ったけど、飛んで来いとは言ってないぞ?」


 土煙が舞う中、父親がやれやれと覗き込んできた。


「あ、はははは……。ちょっと、踏み込み過ぎちゃった……」

 そう言って苦笑いを浮かべると、父親はいくらアレでも、気をつけろよ? と言い、その場から離れていった。

 ――ああ、自称神様。あなたが特典として付与した『頑丈な身体』は、とても機能しているようです。




 結構な高度から落ちたのに無傷だった僕は、自室の荷物を持ち出し、馬車に積んでいく。

 積みながら僕は、荷物の積み込みを手伝ってくれている父親に声をかけた。


「そういえば、父さん。僕、これから何処に行くんだっけ?」


 全部の記憶を思い出せていない僕は、今日何処で何をしに行くのか覚えていない。

 あまりにも知っていて当然な質問に、父親は頭を軽く掻いた後にこう言った。


「地面に頭でもぶつけて忘れたのか? カストレアの街に行って、迷宮探索の養成所に入るんだろう? 紋様持ちは無条件で冒険者になることが出来るのと、その親族に対して多額の支援が贈られるからって、俺達の心配をよそに喜んでいたじゃないか」


 そんなこと言ったんだ。元気だったんだなぁ……辻褄合わせの僕。

 今の僕と正反対に近い設定で辻褄が合わされていたことに色々思っていると、父親が積荷の作業を一度止め真剣な目で僕を見据えた。


「なあ、キョウスケ。今怖気づいたとか、嫌になったとか、行きたくないって思ったなら……行かなくてもいいんだぞ?」


 慈愛のこもった眼差しを受けて僕は、良い父親だなぁなんて考えながら、同じく作業の手を止めて答える。


「そんなこと無いよ。むしろ、未知って楽しみじゃない? 普通の人が行けない場所へ行って、新しい光景を見るなんてそうそう出来ないよ。すごい楽しみ! だから、大丈夫」


 これは嘘じゃない。現に、楽しみな自分がいる。

 僕がそう言うと、父さんはしばらく考えた後に、


「そうか」


 と、一言だけ言い、荷物の積み込み作業に戻った。

 僕も、荷物を再び詰め込み始めた。




 ――『死ぬ前に帰って来い』なんていう父さんの見送りの言葉を最後に、僕は馬車に乗ってカストレアの街へ向かった。

 僕はカストレアの街へ向かっている最中、御者のおじさんに色々と話を聞いた。

 まず、カストレアの街について。カストレアの街は、深い堀と高い城壁に囲まれた大きな都市らしい。

 主な産業は商業。他国から輸入された工業製品や、食物がこの街へ集まり、それを他の都市へ流通させて都市を運用しているみたい。

 ただそれ以外にもあって。それが異世界要素なモンスター退治のお仕事。

 この仕事は、高潔な騎士も無頼漢も、それこそモンスターが退治できる人なら子供でも行える仕事らしく、

街に存在する依頼仲介所を通して依頼を受けて、達成することで報酬が貰える。

 紋様持ちの坊ちゃんなら、近いうちに訪れるかもしれませんねなんて、御者のおじさんは冗談っぽく笑った。僕も少しのわくわくと、まだ見ぬモンスターへの恐怖に引きつって笑った。

 次に人柄について。基本的には人当たりのよい、いい人が多いって話なんだけど。御者のおじさんはそれだけじゃないと言う。


「光ある場所に影ありってことでさ。街のいい面のおこぼれすら貰えなかった奴らも多くいるよ。殆どは裏通りとか、人気の少ない所にいるから会うことは無いがね」


 今は違法な亜人の人身販売もあるんだとか。

 ……え、この世界って亜人がいるの? ちょっと会ってみたい。


「……人身販売に興味を持つのは、あんまりいい事とは言えないと思いますぜ、坊ちゃん」

「えっ、あっ、違います! そっちには興味持ってないです!! あの、ほら、他にも、何か特色はあるんですか? 迷宮探索の養成所があるっていうくらいだから、街の中に迷宮とか!」


 変な趣味を持っていると思われても困るので、話題を逸らす。

 おじさんはしばらく考える素振りをし、そうさねぇ……と、思案した後に、こちらを一瞥してこう言った。


「それに関しては、この先の坊ちゃんの辿りつく先で聞いたほうがいいかもしれませんね。あっしも、そこまで詳しい訳ではないですから」


 すまないねと言わんばかりに苦笑いをしたものだから、僕も苦笑いを返してしまった。

 この先、何が待っているんだろうか?

 未知への興味に胸が高鳴りながらも、心地好く揺れる馬車の中で、僕はいつの間にか眠ってしまった――。



「坊ちゃん、目的地に着きましたぜ」


 僕が目を覚ましたのは夕刻。体を起こして馬車を降りる。

 馬車の止まった先を見ると、そこにはレンガ造りの大きな建物と、広い空間があった。まるで学校だ。


(……あ、養成所だから学校みたいな見た目でも間違ってないか)


 なんて一人で納得した後、荷物の積み下ろし作業を自分もやろうと動こうとした時、後ろから声をかけられる。


「――君が、新しく入る子?」


 柔らかい空気感を纏った女性の声にドキリとする。

 ゆっくりと振り返ると、そこには黒いケープに身を包んだ、角の生えた銀髪の女性が立っていた。

 絹糸のような細かい銀髪は、夕日を浴びて燃えているように見える。


(綺麗……角が生えてるから竜人かな? すごい)


 その姿に見惚れてボケっとしていると、目の前の女性はおーい? と言いながら顔を近づけてきた。


「うわっ!」


 女性の急接近に驚いた僕は思わず飛びのいてしまい、再び実家でやってしまったように、猛スピードで後方へ吹っ飛んで――……。


「……へ?」


 ――行くことは無く。がっつりと目の前の女性に腕を掴まれていたことで、その場に留まっていた。

 女性は、困ったように微笑むと、僕を軽く引っ張って体制を整えてくれた。


「あ、あの……ありがとうございます」

「あはは……いえいえ、ごめんね? 急に驚かせて。この養成所に男の子が来ることって早々無いから珍しくって、つい」


 彼女は僕の腕を離して、てへっと笑う。

 笑ったときにチロリと覗かせた赤い舌を見てドキりとした僕は、顔を紅潮させながら一歩下がった。


「い、いえ。急に飛びのいた僕も悪いですし、お互い様です……。あ、あの、あなたは……?」


 おずおずと聞いてみると、彼女はふわりと微笑んだ。


「そう言えば、まだ名乗っていなかったね。私はファルミー。ファルミー=レイフォードって言います。立場上は、あなたの……えっと、キョウスケ君の指導を行う人です。それと、角は気にしないで? これからよろしくね、キョウスケ君」


 彼女――ファルミーさんは、僕の手を取る。

 竜人でも手は柔らかいんだな……なんて考えて、自分が名乗っていなかったことに気がついた僕はこう言った。


「僕は恭介……キョウスケって言います。知らないことが多々あるので、どうぞご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」


 夕日に照らされながら。

 竜の亜人と手を取りながら。

 僕は、異世界に来た実感を噛み締めていた――……。 







「……あの、積荷もう降ろし終わったんで、帰ってもいいですかね?」

まだおじさん要素はありません。

次回から本格スタートです!

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