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17歳の異世界ハローワーク(仮題)  作者: 小倉ゼンマイ
4/5

進路相談。そして、異世界へ


――通学路にて


「……で、今度の三者面談どうするんだって言われてさ。猫川は進路とか考えてる?」


俺は学校への通学路を歩きながら、隣にいる幼馴染の猫川ネコガワ 銀次郎ギンジロウに話を振った。


「あ?進路?そーだなぁ……やっぱ男に生まれたからには、冒険したいよな!」


「バカだなー、お前」


「え?何で?」


こいつに相談しようと思っていた俺が馬鹿だったと、心の中で後悔した。


「~♪」


当の猫川はお気に入りの曲を口笛で吹きながら、手元に目線を下ろしている。

今朝の猫川の集中力は、もっぱら手に持った本日発売の漫画雑誌に全て向けられているようだった。


相変わらず歩きながら器用に読むなぁ、と感心してしまう。

今だって前を向いていないはずなのに、横断歩道の前できっちりと足を止めてみせた。


長年の経験上、こうなった猫川にはもう何を言っても生返事しか返っては来ないだろう。

こういう無駄な集中力がこの幼馴染の良くも悪くもな所だ。


俺はあっさり会話を諦め、熱心にページをめくる猫川の隣で静かに青信号を待つ事にした。


(なんか、この信号を待つ時って、いつも猫川が隣にいる気がする…)


思えば猫川とは小学校で知り合って以来、こうして慣れ親しんだ通学路を一緒に登校している。

別に待ち合わせも約束もしていないのだが、お互い適当に学校に向かっていると、必ず途中どこかで出会って一緒になるのだ。

認めるのも癪だが、きっと波長が合っているのだろう。


「……俺、決めたわ」


と、漫画雑誌を読み終えたらしい猫川が唐突に口にした。


「一応、幼馴染のよしみで聞くけど……何が?」


「俺、将来は漫画家になる!」


俺は再度、こいつに進路の相談をした事を心底後悔した。


「…今度は何の新連載に影響された訳?」


「いやいや。俺は本気だって!」


「先月、ジェダルナさんの本を貸した時はラノベ作家になるとか言ってなかったか?」


「あ。あれはダメだ。なろうで数十話書いたら大体満足したから。けど漫画は良いぜ~、なんせラノベと違ってコマの構図や表情で一気に情報を表現できるんだしな!」


これだ。この男、猫川の最大の悪癖たる、“熱しやすく冷めやすい”やる気。

剣道やバンド、料理などなど……猫川は度々何か趣味を見つけてはハマり、一定のレベルまで上達すると途端にそれを止めて別の趣味に移るのだ。

一度盛り上がってからの集中力やパワーは凄いだけに、興味が失せてからはもう一切触れる事はしない。


つまるところ、飽きっぽいのだ。


「周りが進路だ模試だって時期にお前は…三者面談はどうするんだよ?」


「原稿用紙17ページの読み切り漫画原稿を叩きつけてやる」


「無駄にロックだなぁ」


やる気モードの猫川なら、何気に本当にやってのけそうで末恐ろしい。


「そんで、卒業したらトキワ荘に行く」


「いや、トキワ荘は老朽化でとっくの昔に取り壊されてるから」


「ええ!?嘘だろ!?」


「なんか同じ名前の漫画家志望のシェアハウスならあるらしいけど…」


「いやー…やっぱオリジナルじゃないと意味ねぇよ」


ようやく信号が青になり、俺たちは再び通学路を歩き始めた。

漫画雑誌を閉じ、身軽になった猫川はスキップしながら俺の数歩先を歩いている。


「……というか、漫画家なんて。そんなの絶対なれる訳ないだろ」


俺の少し前を歩く猫川に、俺は意図せずイジワルな言い方をしてしまった。


「あ?そんなのやってみないと分かんねぇだろ」


「分かるよ。俺もお前も、才能なんて無いし」


「それもやってみなくちゃ分かんねーだろ。というか、才能があるからやるとか、ないから諦めるとかじゃないだろ」


「いや、そうかもだけどさ……」


卑屈な物言いをする俺を真っ直ぐに見つめてくる幼馴染の視線に、思わずたじろいでしまう。

こうして夢を語る時の幼馴染は、思えば小学生の頃から俺には眩しすぎて、正直…少し苦手だ。


「だからって……自分の目指した夢が必ずそのまま収入のある仕事になるかと言うと、現実問題そうじゃないだろ?」


「あー金なー、確かに欲しいよなー……ま、そん時はバイトしながら夢追い人だな。フリーター最強!」


「お、おい。そんな適当に将来決めていいのかよ…」


「っても、エイジ。将来やりたくない仕事やったって絶対楽しくないぜ?」


「楽しい楽しくないとかじゃなくて、嫌でも仕事はしなきゃダメだろ」


「っかー!若者のくせして、おっさんみたいな事言いやがって!エイジ、お前やりたい事とかねぇの?」


「やりたい事って、それは……」


痛い所を突かれた。

生まれて17年間。何かに熱中した事もなければ、特別目指した事もない。

そんな俺に、一生の仕事につながるようなやりたい事があるはずもない。


けれど、強いて言うなら……。

…俺は、今朝自宅で起こった一連の出来事を思い出した。


「……あの家を出て、1人暮らしがしたい。かな」


「……………小さい。エイジ、お前マジ小さい」


「ち、小さくないって!俺にとっては目下、最優先事項なんだよ!」


「あんだけ美人の人達と一緒で、何がそんなに不満かねぇ…」


その美人な人達というのが、全ての原因なのだが…。

これ以上、青少年のいたいけな純情を傷つけられてはたまらない…。


いや。それ以上に……


――俺は、あの親父の代わりに過ぎない

――その事が、ひどく許せない。


「ま。でもエイジらしくていいんじゃねーの?収まりがいいというか、身の丈というか」


「失礼が漏れてるぞ。でも、そこから進路ってどう考えたらいいんだ?」


「そんなの俺が知るかよ。というか、いくらここで進路の話したって無駄だって。俺達バカなんだから」


「ぐっ……」


正直、学年成績最下層の猫川ほどではない筈だが、大っぴらに誇れるほどの成績ではないのは事実なので反論が出来ない。


「なら……どうすればいいんだよ」


「そりゃ、“あいつ”のトコ行くしかないだろ」


そう言って、猫川は似合いもしないウィンクを俺に飛ばしてきた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「で、何でそこで私のトコに来るのよ…!」


「頼むよ~委員長。俺たちの知り合いに頭イイのって委員長しかいないんだよ。相談のってよー」


「悪い、委員長…」


「だからって、昼休みジャストに来ることはないでしょ!しかも他クラスだし!何だったら委員長やってたのは去年までだし!あーもぉ、ツッコみ所が多過ぎる!」


教室内で一気にツッコミをまくし立てた彼女の名前は、大葉オオバ 良子ヨシコ。あだ名は委員長。


去年、俺と猫川と同じクラスで委員長をしており、黒髪メガネにお下げというTHE・委員長というチャームポイントを有している。

成績・内申ともに優秀で、模試の結果も毎度全国トップレベルらしい。

2年生になってクラスは別になってしまったが、この子気味のいいツッコミを聞きたくなって時々こうして俺たちは彼女のクラスを訪れて話しかけに来るのだ。


「まーまー、委員長。そうカリカリせずに生きてこうぜ。よっと」


「っと。悪い、隣の子の席借りるな」


「って、ちょっと!何で自然とあんた達と昼食一緒にする流れになってるのよ!」


「いや、一応進路の話になるから長くなるかなって」


「折角だし、委員長のおかずもちょっと貰もーっと思ってな」


「猫川。あんたのは本当にタチが悪い…はぁ、もういいわよ。好きにして」


「んじゃ、いただきまーす!」


「はい…いただきます…」


「ホント悪い…委員長。代わりに俺のおかずやるから…」


「ありがとう…望月くんのお弁当、美味しいもんね」


猫川は机に購買で買って来た総菜パンを広げながら、委員長のお弁当から手づかみで卵焼きを略奪している。

俺も家から持たされた弁当を開け、委員長に代わりの卵焼きを差し出した。


「それで何、進路?何でみんな私のトコに来るかなー…」


俺の弁当から卵焼きを箸でつまみながら、委員長がため息交じりでそう言った。

嫌々ながらも、既に話を聞いてくれようとしている所に、委員長の隠しきれない面倒見の良さを垣間見た。


「あ、やっぱり他の人も進路の相談に来るんだ」


「ええ…それも進路指導室じゃなくて、決まって私の所にね」


食事時にまで来たのはあんた達が初めてだけど。と、ぼやく委員長。


「それも理系文系どっちがいいとか。就職に有利かどうかとか。そんなの私が知る訳でしょ!自分で考えないさいよ!」


「おお、荒れてるな…」


「こっちは、朝から既に12件は相談という名の愚痴に付き合わされてるからね…」


見れば、少しやつれている気もする。ここまで来ておいてあれだが、少し間が悪かったのかもしれない。


「まーでも安心しろ、委員長!俺とエイジは、もうやりたい事が決まってるからな!」


「え?珍しい…あんた達はてっきりちゃらんぽらんしてるイメージだったけど」


委員長の瞳が、驚きの色に満ちて光り輝く。


「失敬な!俺達だってちゃんと将来を考えてるからこそ、こうして委員長のトコまで来たんだ!なっ!エイジ」


「え…あ、あぁ……まぁ…そうだな」


「ふーん。で、あんた達の夢は?」


「少年誌連載持ちでアニメ化決定の売れっ子漫画家」


「実家を出て東京で1人暮らし」


「はい、アウト。どうぞお引き取り下さい」


一転。委員長の目から光が消え、ゴミを見るそれに変わった。

食事時になんて目をするのだろう。彼女の中では今現在、汚物を見ながら食事している事になるのだろうか。


「おい猫川。お前さっき連載とかアニメ化の話なんてしてなかったろ」


「お前だってエイジ。東京で一人暮らしって何だよ、欲張りすぎだろ」


「い、いいだろ。上京の夢くらいあっても」


「待って。ストップ。その低レベルの議論ストップね」


委員長はその手に箸を握りしめて、肩を震わせながら俺たちの話を遮った。

どうして肩を震わせているのだろう。怒りかな?怒りなのかな。ま、そうなんだろうな。


「なんだよ委員長。俺達の夢に何か文句でもあるのかよ?」


「あるよ!文句しか!お昼休み削られてかつおかず奪われてまで相談しに来たのが小学生レベルの内容でビックリしてるよ!」


「ま、待て委員長。クラスの人達がめちゃくちゃビビってるから」


一息ついて。


「まずね。漫画家の方は論外として」


「ああ!?俺の人間国宝への第一歩に何言ってくれてんだ!?」


「え、猫川。お前漫画描いて人間国宝になるつもりだったのか」


「正真正銘のバカはおいといて……望月くんっ!」


「え、は、はい!」


委員長に大声で名指しされると、思わず気持ちのいい返事をしてしまう。

これから説教されるのであろう事が、肌で伝わってくる。


「一人暮らしって、家賃や生活費…そういったお金はどこから出てくるの?」


「えっ、と……」


「たぶん望月くんって進学だよね?なら両親に出してもらうの?話はした?そもそも大学一年目から一人暮らしするなら、当然親の許可は必要だし」


「いや、その……まだ、かな」


「もし実家通いの大学以外認められなかったら?無理を通しても、学費まで出してもらえなかったら奨学金とか考えないとだけど、大学ごとに違うよ?比較した?」


「う……全然、分かんないです」


「他にも山ほどあるけど…最後にさ、望月くん東京に大学がいくつあると思う?」


「えー、っと……さ、30…くらい?」


「国立・公立・私立含めて130以上。それだけの候補から一人暮らししたいって理由でどこまで絞り込めるっていうの?」


「委員長!もうその辺にしてやってくれ!エイジが死んじゃう!」


「いや、まだまだ言い足りないけれど……そもそも一人暮らしは方法であって目的じゃないからね。エイジくん」


「はい、はい……申し訳ありませんでした…」


あまりの惨状に猫川がドクターストップをかけてくれる中、俺は机の上に崩れ落ちた。

委員長の正論のマシンガントークを前に、俺はただただ謝罪を述べる事しかできなかった。


「あーホント時間損した。とにかく、2人とも進学ならとにかく大学名とかじゃなくて学部と学科を調べる事。まずはそれから!」


「はい、肝に銘じます…」


「ちぇー…」


同級生とは思えない威圧感の前に、高校生男子2名、その後はただ粛々と食事を進める事しかできなかった。




―― 数分後。


「というか、何で望月くんは実家を出たいの?」


ちょうどお昼を終えて、弁当を片付けていた委員長がふと思い出したように口にした。


「う……」


「あれ?委員長知らないの?こいつん家」


「?うん、全然…そんなに変わってるの?」


「こいつの親父。嫁さん4人抱えてるんだ」


「え……は、はあぁぁぁぁぁ!?」


「しかも全員、外国人。こいつの母親なんて髪も目も全部真っ白で」


「え?は?待って、え。望月くんって日本人だよね?」


「はい…父親も日本生まれの日本育ちです…」


「………そ、想像を絶したわ。なるほど、それは出たい気持ちもわかる…」


「は?なんでだよ委員長。男としては羨ましい限りだぞ?」


「いやいや、家庭内がインモラル過ぎるでしょ」


「……委員長っ!!」


「…えっ!?何!なんか望月くんが泣いてる!」


「エイジの好感度が、1上がった」


「猫川、変なシステム説明やめて」


この学校に入って以来、俺の家庭の異常さを肯定してくれる同士を俺は初めて見つけた…!


ここに誓おう。俺は委員長に対して、最大級の親愛を捧げる…!


「と、というか…望月くんのお父さんって何の仕事してるの?」


「えっ………あー」


が、これには困った。いくら委員長と言えど、『年がら年中、異世界に召喚されて英雄やってるよ!』なんて正直に言えない。


「その、遠い場所を転々と……というか」


「遠い場所って…海外?すごーい、もしかして外資系?」


「そう言えば、しょっちゅう出張に行ってるんだよな?確か」


「へー、凄いヤリ手のビジネスマンなんだ…」


「あ、あはは…」


実際、うちの家計を支えているのは全て母さんを始めとする女性陣なのだが…。


と、委員長が思いついたように口を開いた。


「でも、それだけ凄腕のお父さんならさ。進路の事とか相談してみたら?高校生の頃の話とか、色々聞かせて貰えるかもよ?」


「………それは、嫌だ」


不思議と、素直な気持ちが淀みなくすっと口から出てきた。


「…すっごい拒絶反応。エイジにしては珍しいな」


「えっと……ごめん。もしかして、というかやっぱりというか…親父さんの事、嫌い?」


「いや、別に嫌いって訳じゃないんだけどさ…」


俺は少し時間をかけて、それを言葉にする準備をした。


「なんか、親父には普段から……負けてるって感じるんだよ」


「?負けてる……?」


「だから、その親父を頼るのは……今は嫌だ」


「???」


「あー…俺は何か分かったわ」


「え、嘘」


「俺もエイジも男だからなぁ。やっぱ近くにデッカイ奴がいると悔しいし、俺だったらムカつく」


猫川が補足してくれた事に、俺は心の中で同意する。

俺と同じ17歳の時に、親父は俺の知らない世界で冒険して、活躍して、母さんたちに認められて…。


それに比べて……夢もやりたい事もなく、ただ時期が来たからって慌てて進路で悩んで…。

そんな自分がひどく惨めで、ただただ劣等感に押しつぶされそうになる。


実家を出て行きたいのも、言ってしまえばこのためだ。

ナハダさん、シェアさん、ジェダルナさんに母さん…。

あの人たちに囲まれて“親父の代用品”として過ごす日々から逃げ出すことで、俺は“俺である”ための何かを、守ろうとしているのだ。


「ま。でもやっぱ親だって昔は高校生だった訳でさ。今の俺らと比べたらスゲーってなって当たり前じゃん?俺たちは俺たちで今できる事をやろうぜ」


「……それもそうだな」


「おお、猫川が珍しくイイ事言ってる…」


「失礼だな、俺だって漫画家の卵だぜ?名言の一つや二つ、出せて当然だろ」


「ああ、まだ漫画家の夢は諦めてないのね…」


猫川と委員長が何度目かの口論を擦る中、俺は浅く深呼吸をした。

猫川が励ましてくれて、まだ少し心に薄暗い気持ちは残っているが、それでもまずは立ち止まらずに考えようという気になった。


「……一先ず、放課後は委員長に進路指導室にでも連れてってもらうか」


「だな。前向きに行こうぜ、エイジ」


「え?はぁぁ!?何で私が、2人で勝手に行きなさいよ!」


「まーまー。折角ここまで付き合ってくれたんだ、最期まで3人で行くに決まってんだろ」


「悪いな、委員長…」


「いやいや、なんで言い出しっぺの望月くんがやれやれ顔なのよ!!ねぇ、ちょっとー!?」


恐らく俺と同じくらい流され体質な委員長にさらなる親しみを感じながら、俺は気持ちを新たにすることにした。

とにかく今は、どれだけ惨めでも前に進もう。


そう思い、顔を上げて空を見上げた時――


ふと。窓の向こうに、虹色に光輝く一筋の線が空に見えた気がした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


―― 一方、その頃。

―― 望月宅 リビングにて。


「……ふぁぁ」


「あ、ジェダ姉。おはよー…もうお昼だけど」


「ああ…おはよう、ナハダ。お前仕事はどうした」


「やだなー、今日は夜勤だって」


「そうか、それは悪かった。朝食の皿を返しに来たのだが…ネロはどうした」


「ネロ姉は部屋でお仕事中。ジェダ姉もネロ姉もデスクワークですごいよなー…私なんて5分と机に座ってらんないよ」


「それもどうかと思うが……ん?」


「?ジェダ姉、どうし………えっ」


「なぁ、ナハダ。今の…」


「ああ。多分…いや、絶対。魔力の気配」


「これだけ明らかに感じるほどの魔力の規模…それにこの感じ…」


「も、もしかして…!カイトが、帰ってきたのか!?」


「いや、この感じ…あいつのとは違う。何だったら、少し弱い…」


「で、でも!だったらこの世界で魔力なんて……誰が」


「…分からない。けれど――」






「――なにか、思いもよらない事が起こる。そんな気がするんだ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……信じらんないっ!!普通、放課後2時間以上も拘束する!?」


「いやー、俺もこんなに真面目な放課後過ごしたの久しぶりだったわー」


「悪かったよ、委員長…」


「だから、望月くんはいい加減そのやれやれ顔をやめてくれるかな…!」


結局、放課後になって逃げだそうとしていた委員長を捕まえ、俺たちは進路指導室で色々と大学の資料を見ていた結果、気が付くと既に18時を過ぎていた。

辺りは早くも日が落ち、俺たちの今歩いている校門に続く道もかなり薄暗くなっていた。


「でもお陰で、かなり学部や学科の違いには明るくなったよ」


「そう…それはそれは良かったわね」


「ま、結局エイジはどれもピンとは来てなかったけどなー」


「お、おい…」


「あのさぁ、私の数時間返してくれるかな?」


「ま、待ってくれ!委員長!助かったのは本当なんだ!だから頼む、嫌わないでくれ…!」


「あの猫川。なんで望月くん、昼休みから私への好感度こんなに上がってるの?」


「さぁ…なんかいい事でもあったんじゃないか?」


俺の最大の理解者たる委員長には、絶対に嫌われる訳にはいかない。

これからは優しくしていかなければ…。


「じゃあ、私…これから本屋で参考書探しに行かないとだから」


「よし、お供しよう」


「お、エイジやる気だなぁ。俺もコミックス買いについてこっと」


「あんた達は鬼か何かか!?」


あれ…委員長の買い物の手伝いをする事でポイントを稼ごうかと思ったのだが…。


「おっかしいな…どうして拒まれるんだろう」


「寧ろどうして喜んで連れてってもらえると思ったのよ。望月くんの思考の方がおかしいわよ……あれ?」


「あ?どしたの、委員長。急に立ち止まって」


「いや、その……校門のところに、何だか変わった人が」


「変わった人…?」


「なんだ不審者かー?……あれっ、なんか美人じゃね?変な恰好してるけど」


突然足を止めた委員長の視線の先を追うと、校門のすぐ側に一人の女性が立っているのが見えた。

その女性には、少なくとも二つ、遠くから見ても誰もが目を留めるだけの特徴があった。


一つ目は、その女性の腰まで伸びた長い黒髪。

まるで絵本に出てくる『かぐや姫』のように、くせっ毛一つない真っ直ぐと伸びた髪が、彼女の背中を頭の先から腰まで覆うように豊かな黒色の光沢を放つ。

そして、その毛先は何一つ装飾の無い髪留めで纏められており、一応の動きやすさを得ているようだった。


そして二つ目は、高校前という景観から明らかに浮いた服装。

端的に表現するなら、それはコスプレだった。

紺色のロングコートの上から右肩にいかにも分厚そうな鉄製のプレートを備え、まるでファンタジーに出てくる冒険者のような格好をしている。

これで大剣でも背負っていれば不審者よろしく通報もできたのだが、どうやらそうもいかないらしい。


「猫川はあーゆーキャラを漫画で描けばいいんじゃないか?」


「だなぁ。正直、すっごい描きたい。なんというか、不思議と本物って感じがする」


本物、という言葉に思わず我が家の異世界の人達の姿を思い浮かべたが、すぐにまさかと切り捨てた。


「バカな事言ってないで、目線逸らしながら通るよ。これ以上面倒なんて御免なんだから…」


そういって委員長に急かされるまま、俺達は校門をくぐろうとした。


――と。


「あの……エイジ様、でいらっしゃいますか?」


「え……?」


まさかの件の女性に背後から声をかけられた。

心の準備をしていた筈だったが、俺は思わず驚きの声を漏らしてしまい、咄嗟に振り返ってしまった。


(げ、望月くん…話しかけられてるし!最悪!)


(お、やっぱかなりの美人。エイジいいなぁ)


猫川が小声で呟くように、確かに近くで見るとその女性の美貌がはっきりと伝わってきた。

およそ20代前半と推定できるだけの若さが、その顔立ちと肌に表れている。


(けれど、今……どうして俺の名前を?)


目の前の女性への疑問が頭を埋め尽くし、言葉を失っている俺にその女性はさらに口を開く。


「私、異世界より参りました。冒険者ハローワークの者です」


あ、この人関わっちゃダメ系だ。と後ろの二人がエマ―ジェンシーコールを送ってきた一方で、俺は一つの言葉を咀嚼していた。


―― 異世界、と。


それは…親父だけが、行くことを許された――


「エイジ様、あなたを探しておりました。申し訳ありませんが、もう時間がありませんので……失礼します」


「えっ…」


(ちょっ…!!)


(おお、まさかのナンパか…!?)


考えが纏まらずにいると、突然俺の右手に柔らかな感触が伝わってきた。

それが、目の前の女性の同じく右手に握られているからだと気づいた時には既に……。


俺の視界は、虹色の光に包まれ……。


瞬間、俺は勢いよく空に引っ張られたかのような凄まじい引力を感じ……そして。







俺の目の前に、大きな噴水が現れた。


「……………は?」


突然の出来事に、俺は自分の目を疑った。


「何だ、これ………おい、猫川!委員長!」


到底、自分の理解を超えた出来事が起きたことだけを確かに信じ、俺は後ろにいる筈の同級生二人の名前を呼びながら振り返った。

けれど、そこには誰一つ……人影はなく。

その代わりに……まるで中世ヨーロッパのような石畳の地面や建物が視界を埋め尽くした。


「…どうなってんだ、これは」


「……エイジ様」


と、声のした方向へと反射的に顔を向けると。


先程、校門の前で声をかけ、突然俺の手を握った…あの黒髪の女性の姿があった。


そして、その女性は…静かに、けれどなにかを祝福するように。


その一言を口にした。




「――ようこそ、異世界へ。エイジ様」




そして、俺は――親父と同じ、17歳の時に――異世界を訪れたのだった。

かなりクドクドした部分と軽快な部分との味付けに悩んでしまった感があるのですが、ついに異世界編が始めるのですから。


細かい事はよいのではないでしょうか。


次回、異世界とハロワと年上お姉さん(n回目)。

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