家庭内お下がりハーレム(2/2)
俺の親父…望月海斗が行方不明になる事は、望月家の人間にとって日常茶飯事だった。
とはいっても、誘拐された訳でも家出した訳ではない。なので、俺たちは特に心配していない。
…まぁ感覚が麻痺してしまっているだけで、本当はより心配しないといけないのだろうが。
——親父は現在、異世界に召喚されている。
そして、それは今回に限った事ではない。
親父はどうやら、初めて異世界転生されてこの世界に戻って以来、幾度と無く異世界に召喚されているらしいのだ。
…正直、所帯持ちのサラリーマンが浮気のアリバイ作りに出張をよそおう以上に荒唐無稽な話ではあるが、どうやらホントの事らしい。
実際、俺は一度だけ親父が異世界に旅立つ瞬間を目の当たりにしたことがある。
あれは確か、土曜日の昼下がりの事——
母さんが作ったオムライスを食べた後、当時小学生だった俺と親父の二人で皿洗いをしている最中——
『おー、何かまた呼ばれたっぽい。エイジ、俺ちょっと行ってくるな』
皆によろしく、と。
——そう言って親父は泡だらけのマグカップを持ったまま、虹色の光になって目の前から消えた。
ナハダやシェアさん達が言うには、それは恐ろしく高度な召喚魔法なのだという。
いつも親父だけで異世界に行ってしまうため、向こうで一体どんな事をしているかは本人以外詳しくは分からない。
けれど、そうして家を留守にした時はいつも数週間か数か月もすれば……。
『ただいま、っと。いやー今度は巨人族ばっかりの世界で大変だったわー』
『つーかトイレの便器がスゲーでっけーの!!最初に俺、落っこっちまってさぁ!何とかトイレのずっぽんで…』
など言いながら、親父は新たな伝説と共にこの家に帰ってくるのだ。
——ちなみに、帰ってきた時もまた泡だらけのマグカップを手に持っていた。
ふらりと異世界転生して、世界を救い、また同じようにふらりと家に帰ってくる。
それが英雄……望月 海斗の日常だった。
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「さすがにキスするのはダメだと思うんだけど」
俺は手にしたトーストを齧りながら、毅然とした態度で向かいの二人に物申した。
「お、今日のオムレツ完成度高いなぁ!むぐむぐ」
「もうナーちゃん、頬っぺたについてるわよ。もっとお行儀良くして」
あっさり無視された。
「エイジも食べてるか?若いんだから、朝からしっかり食っとけよ」
体育会系な台詞を吐きながら、自分は既に2皿目を食べ切ろうとしているナハダさん。
「折角だから私のも食べる?」
それに対し、比較的小食のシェアさんがフォークにに刺したウィンナーを差し出してくる。
「い、いや…貰うなら自分で取るから」
朝目覚めてナハダさんとシェアさんにもみくちゃ(婉曲表現)にされた後、俺たちはリビングで朝食をとっていた。
テーブルに並んでいるのは、洋風の朝食。
トースト、オムレツ、ウィンナーにサラダ…。
生まれてこの方、ずっと口にしてきたメニューだ。
「いいから。ほら、お口開けて?はいあーん…」
「ナハダさん。シェアさんがウィンナーくれるって」
「お、マジか!サンキュー!はぐっ」
「あ〜!ナーちゃんが食べたぁ!もぅ、エイジくん…」
「あーん無しなら貰いますから…もう、そういうのは親父だけにしてやって下さいよ」
俺はサラダに手を伸ばしながら、本日何度目かの抗議を口にした。
「え〜?別に気にする事じゃないと思うんだけどなぁ」
「いいえ、高校生男子なら思いっきし気にする事なんです!」
「むぐむぐ。もはや今更じゃないか?キスもOKしてるんだし」
「いや断じてOKしてないから!ナハダさんはいい加減俺のファーストキス返して!」
「無茶言うなよ…」
普段から無茶苦茶されているんだ。たまには俺の無茶も聞いてほしい。
「エイジ。どうせ最後には流されるんだし、いい加減諦めたら?」
「な、流されてないから!No More セクハラの姿勢だから!」
後ろから聞こえた失礼な台詞に対して、俺は身をよじり、その声の主がいるキッチンの奥に向かって反論した。
俺たちが食事をしてる間も、手忙しくフライパンの油がはねる音がする。恐らく今食卓にいない、もう一人の分を作っているのだろう。
「いやいや。ウチの子はみんな、お父さんと一緒で流され体質だから」
「え、何その悲しい遺伝…」
「あんたは特に顔立ちもお父さん似だし、きっと濃く血を受け継いでるのよ…っと!」
話しながらも見事上手にオムレツをひっくり返した、そのエプロン姿の女性がお皿を取りにキッチンの奥から出てきた。
——生まれて17年間、共に過ごしていてもつい目が止まる程に……その人は“白”だった。
髪も、肌も、瞳も、どれも全てが真っ白。
唯一、彩りのある桜色の唇も他の人と比べればかなり薄い方だ。
平均の成人男性ほどはあるであろう背の高さも相まって、白い首筋のラインがすっと伸びて見える。
そんなただでさえ人の目を引く容姿に加え、肩まで伸びた真っ白な髪の向こうには……妖精のようにすっと細長い耳が顔を覗かせていた。
正直、身内にこう思うのも気恥ずかしいが…俺はそれを雪原に隠れた白うさぎのようだと子供の頃から思っていた。
「なーなー。そっちにライター置いてない?」
…まぁ。これでタバコさえ止めれば、恐らく完璧だろうに。
「パッと見つからないけど…ナハダさん。そっちにライターあります?」
「ん?ああ、これか?ほらよっ」
「うん。ありがとう」
「……ネロさ〜ん?これで何本目ですか?」
「ん?大丈夫だって。まだ3本目だから」
「もうそんなに……いつも服に煙の臭いつかないか心配なんだけどなぁ。一応、保育士だし」
「心配しなくても、ちゃんと換気扇の下で吸ってるから」
「このホタル族め…」
俺はナハダさんから受け取ったライターを持ってキッチンに向かった。
基本的に、ライターを手渡すのは俺の役目だ。特に強制されている訳でもないが、一緒に暮らしていく中で自然とできた役割だ。
「ほら。あんまり朝から本数いかないでよ」
そしてそのライターを投げて渡しながら、いつもこうして小言をセットにする。
すると——
「へへ。分かってるって」
——こうしていつも、イタズラがバレた子供のように笑うのだ。
これはナハダさんとは別ベクトルの、なんというか“嗜んでる”笑顔だ。
この一連のやり取りが、なんだかんだ俺にとっての、親子の語らいになっていた。
「さ、お許しも出たことなので…」
そう言って、エプロンのポケットから最近お気に入りの「ピース」を取り出して、何一つ躊躇うことなく一服し始めた。
「………っはー。生き返るわー…」
——望月ネロ。旧姓、ネロ・エクシィル。
——種族はハイエルフ。
「ま、エイジも二十歳になったら楽しめ」
「いや、母親が小遣いの殆どを煙にしてるの見てるから一生吸わないよ」
「なんだ、つれないな息子だな…」
——そして、俺の生みの母親だ。
「ふーっ……あ。言い忘れてたけど、あんたのファーストキスって私だからね?」
「待って、母さん。聞き捨てならないんだけど」
たった今、信じたくなくなったけど。外見も何一つ遺伝しちゃいないし。
「え、いつ?どこで?どうやって?え、怖い!5W1Hで疑問なんだけど!」
「いや、Whoは私だって」
「んな事は分かってるよ!嘘であって欲しかったけども!」
「嘘じゃないわよ。Whenは3歳くらいの頃に」
「え?あ、ああ…………なんだ、子供の頃の話かぁ。そっかぁ。良かったぁ。ホント良かったぁ」
「うわ、エイジ…何お前ちょっと泣いてんだ。どんだけ安心してんだよ」
当然だ。初キスの相手が母親だなんて、もし本当だったらそれは……一生拭えない、世紀末レベルの黒歴史だ。
でも流石が実の親だ…例えこのキス魔だらけの家庭内でも、親子という最後の一線を守ってくれていたのだ…!
今朝から色々されたからだろうか、それだけの事が何故か無性にジーンと胸にくる。
俺はこの時ほど、母親の倫理観に感謝したことはない…!
「——後は、エイジが中学2年の時にも1回したなぁ」
「……………は?」
思考停止。
一瞬で俺の世界は沈黙した。
「ソファで昼寝してるあんたの寝顔を見て、思わずブチュっと」
「嘘であって欲しかったなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!(2回目)」
前言撤回。この人達に倫理観なんてモノは備わっちゃいない。悪魔だ。
青少年の淡い純情を、その場のノリで陵辱する悪魔だ…!!
「えー、じゃあホントにネロ姉のがファーストキスだったのかよー!ちくしょー!負けたー!」
「そっかぁ。エイジくんの初めての人はぁ、お・か・あ・さ…」
「死体蹴りホントやめてっ!!」
何が猫人族だ。半妖だ。ハイエルフだ。絶対全員、サキュバスか何かに違いない。
そういえば、一人暮らしの決まった兄貴がこの家を出る時も……
『あのさ、うん。まぁ、この家にはお前だけになっちまうけどさ。よりにもよって……えーっと、何とか、元気出せよ?』
と、要領を得ない言葉をかけてくれたが…今にして思うと兄貴も当時は被害者の一人だったのかもしれない。
…今度、美味しいお菓子でもお土産に会いに行こう。
「つーか、私らにしたら中学生も高校生も3歳と一緒で子供だって」
「そうよね〜」
「だなー」
「そりゃ、エルフや半妖とかの寿命と比べたらね!」
例えエルフが200、300年と生きようと、たった一度きりの短い思春期を生きている俺に二度目のファーストキスは無いのだ。
そんな相対性な時間の捉え方をされても、納得出来るずが無い。
「何だったら私たちって、この世界にいる限り、歳は取らないから」
「えっ……何それ。本当ですか?」
17年間この家で生きてきて、まさかの初耳だった。
「あら?エイジくんには言ったこと無かったかしら?何でもぉ、異世界で生まれて時間を過ごしてきた生き物は別の世界に来ちゃうと、その時点でその生き物の身体を流れている時間が止まっちゃうみたいなの」
「は、初めて聞きましたよ…」
だからこの人達…みんな20歳前後の子供を育てといて、自分も同い年レベルの見た目してたのか……
いや、そもそも寿命が何百年もあるなら元から若々しいんじゃないのか…?
「…そもそも、皆って歳いくつなんですか?」
「 エ イ ジ く ん 」
「あ。すみませんでした。もう一生聞きません。調子乗ってすみませんでした」
しまった、どうやら俺は好奇心に負けて毒ガスの箱を開けてしまったらしい。
あの年に1、2度しか怒らないシェアさんが途端にブチ切れた様子を見るに、深追いは禁物だと本能で察する。
「別に私は言ってもいいと思うけどねぇ」
「そーそー、シェアは気にしすぎなんだって。別にそれが分かったからって、しわくちゃお婆ちゃんになる訳じゃないんだしさー」
「そ、そういう問題じゃなくって……!だって、その…え、エイジくんに引かれたくないし…」
先程の怒りを内包した笑顔も忘れて、本気で落ち込んむシェアさんの様子を見て…俺は急いで何か言わなければと思った。
「い、いや!シェアさん大丈夫です!もう本当に聞きませんし、その…種族なんて関係なく、その人にはその人にあった時間の流れ方があるというか、その中でこうして俺が生きている時間とシェアさんの生きてる時間が重なった奇跡に乾杯というか、何だったら少しくらい数字が多くっても一周回ってファンタジー感であんまり実感がわかないというか…!」
「え、エイジくん…嬉しいか嬉しくないか微妙なトコだけど、ありがとう…」
(こいつ、普段から私らに弄ばれてうんざりしてるはずなのに。なーんで、ここで優しくしちゃうかなぁ…)
やっぱり父親似だなぁこいつ、とネロが心の中で納得している時、必死でシェアを宥めていたエイジはふとある事に気がつき、口を閉ざした。
(あれ…?そういえば猫人族って、普通の人間と同じくらいの寿命だったような……?)
そうなると、異世界からこの世界に来たのってだいたい外見通りの年齢だと思うのだが…。
「……ねぇ、ナハダさん?」
「んー?何だエイジ?シェアの面倒はもういいのか?」
「…ナハダさんって、本来なら歳いくつなの?」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
沈黙。そして…
「……………ネロ姉、おかわり!」
「おい」
「ほら!ナーちゃんだってやっぱり言えないじゃない!」
「私の場合はなんか数字がリアル過ぎて笑えないんだよ!ネロ姉!」
「はいはい、ちょっと待ってねー…先にジェダルナの分、ラップしちゃうから」
そこから数分ほど、ナハダさんとシェアさんの取っ組み合いが行われたが、ここでは慈愛の心で割愛しよう。
ともかく本日3皿目のナハダさんの注文を聞き受けた母さんは、先ほど作っていたものであろう朝食の皿をお盆に並べてラップをした。
ついでに母さんも本日5本目のタバコに火をつけていた。
「そういえば、ジェダルナさんはまた徹夜?」
「そうみたいよ。また締め切りがギリギリなんですって」
「売れっ子作家も大変だなぁ…」
——望月ジェダルナ。旧姓、ジェダルナ・トラ・バース。
——種族、ダークエルフ。
ただ今部屋に自主的にカンヅメ中の彼女は、我が家唯一の芸術路線であり、つまり小説家だ。
実はかなり前からミステリー作家としてそれなり名を馳せていたのだが、つい先日、突然の方向転換の末にまさかのラノベ作家デビュー。
転身直後は世間からの反響も批判も凄まじかったが、現在連載中のデビュー作『ある日トイレ掃除してたら突然、神様が現れて異世界に召喚された件』は、その世界観のリアリティさと謎に深い伏線の数々に新古問わずファンも多いらしい。
ぶっちゃけ世界観については、異世界出身のジェダルナさんが書いてるのだから当然なのだが。
ただ、本人曰くかなりの遅筆らしく…大体ほぼ毎日夜中まで部屋に籠って執筆している。
その薄っすらと黒い肌に、さらに目の下には必ずクマが出来ており、端から見ればかなり不健康に見える。
「ま、後でコーヒーと一緒に持ってってあげるから大丈夫よ。ほい、これはナハダの」
「ぅわーい!ありがとっ、ネロ姉!愛してる!」
「へいへい」
本日3皿目のナハダさんの朝食を運びながら、母さんは適当に返事をしていた。
と、
「あ、そういえばだけどさ………エイジ——」
母さんはふと思い出したように、俺が今…最も聞きたくない台詞を言い放った。
「——今度、学校の三者面談があるって話だったけど………どうすんの?」
ダークエルフ(欠席)ぇ…。
更新が予告より遅くなってしまいました。家庭内お下がりハーレム(相変わらずタイトルひどいな…)を今話で終わらそうとすると色々詰め込もうとしちゃって、時間かかりました。
はよ異世界行けやって人がいましたら、ごめんなさい。多分これ、異世界と現代とで物語進行していくのだと思います。
今週はあと2回くらい更新したいです。
次回………親父と進路。