アンケート(1)
目の前の少女から一通りの説明を受けた俺は事の顛末をまとめた。
「つまり......踏切で急に倒れた俺を偶然見かけた君は、虎すら顔負けする猛ダッシュで駆けつけると、決死の思いで、一切のスピードも緩めない電車から、半ば足を無理やり引きずる形で間一髪、あともうちょっとで御陀仏のところを助けやが...助けてくれたと」
「そういうこと!」
少女は自慢気に踵を返す。どうだ、と。
……俺の犯した過失とは――滅多に人が通らないこんな廃れた農村に、見かけない制服を来た少女とすれ違うのを珍しい、くらいに頭の片隅に置いたことだった。
まさか、追ってきてたのか。
くそ!『そういうこと!』じゃないんだよ・・・!!!
なんだこの情報量は!!!
ちくしょう。
てかあれ、、、君...見た目に反して意外とパワフルなことするんだね……その小さな身体のどこから、一連の行動のエネルギッシュさが溢れ出てんだよ…。
未だにベッドから身を起こしたままの俺は辺りを見回した。
パッとみたところ普通の部屋だ。
今まで抱えた疑問を晴らす為に俺は少女に質問する。
「気になってたんだけど、ここはどこなんだ?」
「私の住んでるマンションだよ、目覚めそうにもないから連れて来ちゃった」
「そっかぁ」
さっきからツッコミ所が多い。
「それより先に私に何か言うことがあるんじゃないかな?危うく私、初対面の人と心中しちゃうところだったよ」
ああ...自殺を目論んだ俺の行動は、外からみたら体調でも崩して丁度そこが線路の上だった。
くらいにしか思われないのか。
これこそ不幸中の幸いだ。自殺未遂とかでゴタゴタにならなくて良かったよ。
「ありがとう、おかげで助かったよ。生きてて良かったぁ(とても芝居がかかった風に)。あと、君の名前とか聞いてもいいかな?」
恩人に対する態度を装ってみたが、ちょっと口説いてるみたくなってないだろうか。
「篠町瑠璃奈。みんなからはルリって呼ばれてるよ!」
お礼を言われて上機嫌になった篠町、と名乗る少女は辺りに花でも咲くんじゃないかと疑える程良い笑顔で答えた。見るからに純粋そうだ、俺が近づいていい輩じゃないな。
「本当にありがとう篠町さん。何かお礼と」
「辻村君もルリでいいよ」
「いや、さすがにそれはキツいか...」
……なんで俺の名前知ってんだ……。
辻村、というのは俺の苗字だ。
さっき初対面って言ってなかったっか。
当然俺にも篠町さんとの面識は無い。
質問責めで少女には悪いが、致し方ない。
「篠町さんと俺って会ったことないよね?」
「バリバリ初対面だよ。なまっ、名前は持ってた財布に入ってる学生証に書いてた」
少女は悪びれることもなく、しかし俺に向けた目線は下に逸らしながら言った。
初対面の人の財布の中身を勝手に見るな。
さっきから左手になんか持ってると思ったら俺の学生証だったのかよ。
ん?なまっ名前?…生名前って言った?
そこであんまり美味しくなさそう...と思う俺ではない。似つかわしくない素振りで少女が詰まった理由を、なんとなく察する。
まあ、どうせこれっきりだしいいか。
「通う高校は違うけど、私と同い年なんだね~辻村君って。へ~...確かあそこの高校って結構偏差値高いとこじゃん!」
グイッと親指と人差し指で架空の眼鏡のレンズをつまんで持ち上げる動作をする彼女。
頭良さそうとでも言ってあげれば喜ぶんだろうか。
「ぷっ、く…くくっ...しょ、証明写真まで目ェ腐ってるよ…ど、どこ見てるんだろこれ」
俺の学生証を見たまんまの彼女はなにが面白いのか、笑いを堪えてる様子だ。
「篠町さんって高校二年生なんだね」
目の前の少女に個人情報が露呈してしまった事を淡々と告げられ、諦めの体勢に入った俺は次いでに知った事実を口にする。
そっかーずっと年下かと思ってたー。
同い年かー。中学生かと思ってたー。
学生証と財布、返してくれないかなー。
「そうだよ~辻村君は今まで私を年下だと思ってたでしょ。まあ、身長小さいし、子供と勘違いされるのは慣れてるんだけどっ」
不服そうに少女は言う。
勘違いされるのは身長のせいだけじゃないだろ。
口に出したくなったが、恩人(笑)に気を悪くされても困る。ここは穏便にいきたい。イエスマンになろう。
俺は深く深く、溜めるように言い放つ。
「そうなんだねぇ」
「興味なさそうだなぁ…」
少女は落ち込んだ。
駄目だ。向かない。
相手の好感度が下がったのを肌で感じる。
恋愛ゲームの主人公が持つ謎の特殊能力をついに開花させてしまったか――やれやれ。やれやれだ。
いつの日かと同じように下らない事を考えた俺に少女は、あ――と思い出したように辻村君っ!と付け加えた。
少女と会話をしてるとなぜだか胸にこもるものがあった。
なんだろう・・・さっきから引っ掛かる、この違和感はなんだ?
数秒も経たず、俺は違和感の正体に気付いた。
この少女は俺を呼びかけている――
アイツとかコイツとかソイツとかアソコの、とか。その他諸々。毛程も気にしてなかったが、うーん...。
誰かに名前で呼びかけられるのってのはあまり、慣れないな...と自著気味に思ってしまった。
「辻村君が言いかけてたことだけど…」
お礼のことか。俺は緊張感から、生唾を飲んだ。なんだ?
なんだ?一体何を要求して来る?
「別にお礼とかはいいかな!」
さっき遮られた話題を、代わって彼女が続けてくれた。
な、なんて無欲で素晴らしい人間なんだ・・・!
おそらく、将来彼女は人の上に立つ人物に成長することであろう。頑張れ!少女!負けるな!少女!
この言葉に俺と言ったら、もう歓喜の歓喜。
よっしゃ!その言葉を待ってた!と
ついぞ急ぎ足に俺は即座に返す。
「そっっっっっか!!!何から何まで感謝してもしきれないなぁ!!!(超高音)あ、財布と学生証は返して貰うから!それじゃあ俺はこれで!!!!!!」
今日一番、元気の良い声が出た。
ポカンと呆けた顔の少女の手から学生証。
次にベッド横の台に大切そうに置かれた財布を奪う(自分の物)と、部屋を抜け出して、玄関前まで俺は全速力で駆け出した。
謎のパワフル少女(仮)篠町瑠璃奈さんとやらには金輪際会うこともないだろう。
死ぬのは・・・・・・また日を改めようか。
もうこんな面倒くさい事になるのはうんざりだ。早いとこおさらばしよう。
そう思った矢先のことだった。
昨日まで間違いなく履いていた白のスニーカーが目に入るその刹那
俺の身体はピタリとその場に留まった。
もちろん走るのを止めた訳ではない。
身体にギリッとトラックでもへばりついたような感覚。
足が1cmたりとも前に出ないのである。
本気で前に進もうと、力でを入れてみるが、身体は固定されたまま。重い。重すぎる。
先程の彼女はまだ部屋に居るはず。
『なにか』が俺の後ろにいる?
……………なにこれ?ホラー???
背中にヒシヒシと伝わる存在感。
「うぅ、嘘だろ・・・」
冷や汗を垂らす俺の『背後』からその場に似つかわしくない、明るい声音が玄関に響いた。
「ちょっとアンケート形式の質問にさえ答えてくれれば大丈夫だから!」
振り向くと少女は申し訳なさそうにはにかんでいる。俺の背中の中央部分にキュッと伸ばして掴んでいた右手を放して。
―――君...力強すぎないかい?トラックどころか、ダンプカーでも引きながら走ってるのかと思ったわ。
しかも全く後ろから物音しなかったんだけど。
いつの間に近づいて来たのかな...?
どうやら。
彼女の台詞にはまだ先があったようだ。
無欲で素晴らしい人、という評価を改めようか。
めっちゃ欲あるわ―――これ。何的欲求かは知らんが、なんなん、欲あるやんコイツ。もう欲まみれや。欲望の化身やんけ――
俺の手のひらは絶賛大回転中。
少女の部屋の壁に立て掛けられた時計はチッと、音を鳴らして、深夜1時を指した。
読んで頂きありがとうございます!
04/22 大幅に修正しましたすいません(-_-;)