百五十八話 監視者
この島についてざっくりと答える話です。
ついでにちょっとリリムの出生についても。
「コーヒー飲むかい?」
私達は家主のアルファさんに応接間へと通された。
そして今、コーヒーをカップに注いでいる。
何だが捉えようのないフワフワした人だ。
「私は無糖で」
「おや?ミルクは入れなくて良いのかい?」
「子供扱いしないでくれる?あなたより年上よ」
「これは失礼しました。マダム」
けど紳士的で接しやすいけど心は開いてはいけないような人。
似てる人は終夜さんだ。
だけど終夜みたいに内部から漏れ出している恐ろしい気配はない。
「君は?」
…私のことかな?
話の内容からしてコーヒーにミルクか砂糖を入れるかの話だね。
「ミルクを少し多めで」
「あたいは月夜と同じく無糖で」
「で、リリムはミルクだね」
「コーヒーぐらい無糖で飲めるようになってるわい。百年以上、経っているのだぞ」
「そうか…。君が島を脱出してからもうそんなに経つのか」
リリムさん、百年以上前にこの島を出たんだ。
というか育ての親ってことはわかったけどこの人とリリムさんって他にどんな関係があるの?
育ての親ってことは生みの親は別に居るよね?
「ところでアルファさんは師匠とどんな関係なんですか?」
「ただの育ての親だよ。彼女の両親が僕の領域にまだ産まれて間もない彼女を抱きかかえて逃げてきた所を保護したのさ。まあ、その二人はもう亡くなってるけどね。ホムンクルスだから寿命が短いかかったのさ」
「…領域というのは?」
「この島は五つのエリアに分けられていてね南の領域を僕、アルファが北の領域をベータ、西の領域をガンマ、東の領域をデルタがそして中央の領域をイプシロン。それら四名の行動を監視するために造られたのが僕、アルファってことさ」
「何の監視ですか?」
「彼らが与えられた研究だ。ベータは『争いがなく効率の良い無駄のない社会』がテーマだ」
『争いがなく効率の良い無駄のない社会』って何だろう?
戦争がなくて効率よく社会が回る世界ってこと?
「ガンマは『全てを克服した生物による幸福な未来』だ」
「何よそれ?」
「さあね?テーマを出した創造主は『生物はいつか死ぬ。病気にもかかる。そして怪我もする。それら全てを克服した生物は何だ?』と口癖のように言ってたからね」
要するにその創造主は医学を発展させたかったってこと?
「デルタが『文明を衰退させることなく繁栄させる滅亡なき国』だ」
「それって永久に自国を滅亡させずに保ち続けるってことですか?」
「まあ、簡単に言えばそうだね。最後にイプシロン、彼女の研究テーマは最も無理難題であり、早急に凍結された案だ。『絶望は消え去り希望で満ち溢れる絶対的な安念を約束する世界』だ。…はっきり言うと彼らの研究は全て破綻している。目的から大いにずれて非人道的な研究しかしていない」
「アルファさんはそれをわかっていて止めないの?」
「僕は監視者を任されているが名ばかりで後付けの役所だ。領域を与えられているが元はイプシロンが担当していた場所。僕は赤子でもできる傍観者さ。それに僕には彼らに対抗できる力はない」
そう言うとアルファは立ち上がって服を捲り上げる。
アルファの体は継ぎ接ぎだらけで皮膚の色があってない場所等があった。
「…僕が普通のホムンクルスなのに永遠に生き続けている理由だ。培養した自分の臓器や皮膚を繋げて生きている。たまに女性の部位ができることがあるけどね。この体に変えるまでは女性の体、だったんだよ。声帯はまだ生きてるから使ってるだけ」
ああ、それで声が女の人だったんだ。
アルファさんの性別が時々、入れ替わるとかリリムさんはどうやって初めは見分けていたの?
「僕は彼らの元になった個体だが不老不死の能力は備え付けてない。当然、筋力もないし魔力回路もなき。ああ、リリムの不老不死は自然発生したモノだから安心してね。魔力回路は元から」
「何て荒技なの。あなたを突き動かすほどの執念っていったい何?」
「僕を造った創造主との約束だ。彼らの機能を停止して廃棄する。それを成すまでは僕は死ねない!」
アルファは感情が昂ぶったのか机を拳で思いっ切り叩いた。
その衝撃で皮膚の繋ぎ目から血が出て慌ててアルファは縫い合わせる。
どうやら血が出た部位は最近、繋げたばかりらしい。
「その創造主の子孫が果たせば良いでしょ?何をやっているのかしら」
「…凍結されたのにイプシロンは稼働してるんだよ?」
「…最悪ね」
「何が最悪なの?」
確かに敵が増えることは最悪だけど夜真砥達なら倒すことはできるでしょ?
「そいつら研究の支障になる理由で島民を始末したのね。そしてイプシロンは再び稼働した」
「ああ、研究の支障になるからという理由で彼らは創造主たる島民すら始末した。『創造主らは研究には不要』と判断し消したんだよ。運良く最後まで生き残ったのが僕を造った創造主、彼は僕に任務を与えて最後の力を振り絞り島全体を覆う大結界を張って息絶えた」
夜真砥達が瘴気って言っていたあの紫や黒の靄って結界だったの!?
というか島全体を覆うほどの結界ってどれほどの覚悟があれば発動させれることができるのだろう。
「…どうか頼む!」
アルファは突如、頭を垂れた。
また、大粒の涙も落としている。
「世界最強の十人がこの島に会するなど何百年も訪れなかった絶好の機会なんだ!彼らを停止させるためなら僕は何だってする!この命が果てようとも戦い続けるさ!だからどうか力を貸してくれ!」
アルファは決してこの言葉を言いたくはなかった。
創造主のため一人になろうとも止めようと決めていた。
けれども何度、試行錯誤しても勝てないことは明白、その時、育ての子のリリムが世界最強の十人を連れて帰ってきた時、一本の細い糸が垂れ下がってきた。
どうしてもそれにすがるしかなかった。
そうしないと命を懸けて、彼らを止めた創造主に合わす顔がない。
だからアルファは誇りを捨てて、頭を垂れたのだ。
「…いや、頼まれなくてもやりますよ。だって師匠の恩人でしょ?ここで断ったら弟子じゃないでしょ!ね、師匠!」
「うむ。このために儂は帰ってきた奴らを倒すために」
「…ありがとうありがとう」
正の答えが返ってくるのは理解していた。
だけどアルファは感情のまま感謝を述べて泣くしかなかった。
ちなみにリリムが言っていた『お姉ちゃん』とはアルファのことです。
過去にアルファが女体の時に『お姉ちゃん』と言っていたからです。
なお、リリムが島から脱出する時は 男体ではなく女体でした。
それではまた次の話で!
ああ、次も南側です。




