王家の墓所へアンデッド退治へ行きます
征輝はひとまず、弱くても戦う方法を模索することにした。夜明け前にランニングを追加し、剣の鍛錬も欠かさず行うことにしたのだ。カリスとはあれ以来会っていないのだが、一体どうしているのかフェトとエレスに聞いてもわからなかった。
そんな征輝の元へ、ある人物がやってきた。
「ユキテル殿ー。探しましたよ!」
初めて見る青年だった。庭園で双子に見守られながら木剣で素振りをしていた征輝は、誰だろうと首を傾げる。
「あなたは……」
黒髪に灰色の目を持ち、どこか頼りなさげな雰囲気を持っていた。ひょろりとした体型であり、人の良さそうな顔をしている。ひとまず、外見から年上だろうということはわかった。
「あ、初めまして。私はエリオット・ライナーと言います。本日付けでユキテル殿の鍛錬に付き添うことになりました」
「え? カリスさんは……」
これに答えたのは、どこか険悪な顔をしたフェトだった。
「ユキちゃんから外したよ」
「え? 外した?」
「うん。だってカリスのせいでユキちゃんが……」
エレスはフェトの口元に手を当てた。
「ううん、なんでもないんだ。カリスは別の任務があって、そっちを優先することになったんだ。ごめんね、言うのが遅れて」
「そうだったんだ……」
征輝は少しほっとしてしまった。この前の一件以来、カリスに会うのは気まずいと思っていたからだ。エリオットに視線を移せば、どこか居心地悪そうにしている。
「そういうことなので、僕が来ました。えっと……、今から王家の墓所に行って、アンデッドの駆除をします。ユキテル殿は後方で見学をしていてくれますか?」
「は、はい、わかりました」
「よかった。では、グループ登録をしましょう」
征輝は自分のステータスを見た。グループ登録の欄を確認するのだが、そこにカリスの名前は消えていた。自らが知らぬ間にグループ登録を外されていたようだった。少し傷つくが、ひとまずエリオットを登録する。
【エリオットを仲間にしますか?】
・はい
・いいえ
征輝は『はい』を選択した。それとともに空白だったグループ欄にエリオットの名前が浮き上がる。
【エリオット・ライナー】 レベル71 槍
無事に登録が完了した。
「エリオットさん。アンデッドの駆除って、定期的に行われているんですよね?」
「はい。アンデッドは墓所の亡骸に残留した魔力に引き寄せられるので、放置しておくと溢れ返って大変なことになるんですよ」
「魔力に引き寄せられるんですか?」
「あー……、その……」
言いにくそうにするエリオット。これに見かねて口を挟んだのはフェトだった。
「五百年前、この地に勇者がやってきたの」
「うん」
「勇者はこの国の罪なき民と王を殺した。王は死ぬ寸前、自らに呪いをかけたの。死後も民達を守る戦士であろうと」
「……え」
エレスが悲しそうに目を伏せた。
「王はおぞましい怪物に成り果て、アンデッド達を使役して人族をこの地から追い出したんだ。殺しても死なない死霊の軍団は、さすがの勇者達も歯が立たなかったらしいよ」
「そんなことがあったんだ……」
「王は民達を守った後、自ら墓所へと眠りについた。でもその呪いはまだ切れてなくて、王の魔力に引き寄せられたアンデッド達が、どこからともなく湧いてくるんだ」
五百年前の悲劇が未だに続いていることに、征輝は心を痛めた。
「死後も民を守ろうとするなんて、本当に心優しい王様だったんだね」
エリオットも辛そうにしていた。
「我らはアンデッドを討伐した後、必ず墓参りをします。王の魂が安らかに眠るように」
「僕も、一緒にお祈りをさせてください」
「勿論です。ささ、ユキテル殿。準備をして一緒に参りましょう」
「はい」
征輝がフェトとエレスを見ると、二人はにこやかに手を振っていた。
「いってらっしゃい、ユキちゃん」
「気を付けてね、ユキお兄ちゃん」
「うん、行ってくるよ」
征輝はまだ見ぬアンデッドに不安を抱きつつも、王家の墓所へ向かうこととなった。
王家の墓所へは他の兵士達も行くようだった。全員で五十名ほどであり、十人ずつ隊が分かれている。王家の墓所はノーブルセレスト城の北にあり、光の届かない深い谷底を進むこととなった。
「ユキテル殿」
馬上にいるエリオットが話しかけた。征輝も一応馬に乗っており、エリオットの横へと並ぶ。
「なんでしょうか、エリオットさん」
「カリス様のこと、悪く思わないでくださいね」
「え?」
唐突にどうしたのだろう、と征輝は当惑した。
「実は、先日兵士達の休憩所でカリス様が話をしておられる際、私もいたんですよ」
「……あぁ、そのことですか。全部本当のことなので、申し訳なく思っています」
実際征輝は気絶するか後方で見学していただけで、カリスがずっとレベル上げをしてくれていたのだ。
「やっぱり、最初のほうの会話は聞いておられなかったのですね」
「最初のほうの会話?」
「はい。でも、それを語る前に、少しだけ話をさせてください」
エリオットは思い出すように、空を一度仰いだ。征輝は彼の言葉を待つ。
「ユキテル殿は空に浮かぶ大陸を知っていますか?」
「あ、はい。一度見たことがあります」
フェトとエレスが城の屋根に上がった際、征輝も追いかけて城の屋根に乗ったのだ。その時に、空の彼方に大きな大陸が浮かんでいるのを見た。
「私とカリス様は、空の大陸に住んでいる黒竜族と同じ種族なんです」
「空の大陸に黒竜族が……?」
「はい。五百年前に人族が攻め込んできたとき、黒竜族は空に逃げ延びました。他の種族を見捨てて……」
「え?」
「カリス様のご先祖は王族だったんですが、地上の者達を見捨てたまま逃げられないと、空には逃げなかったんです。そして地上にいる者達を助ける為に人族と戦ったんですが、地上の者達を見捨てた裏切り者としてカリス様のご先祖を罵りました。カリス様のご先祖は黒竜族達を代表して謝罪をしたんですが、長い間偏見と差別を受けることになったんです」
「そんな……。地上に残って戦ったのに……?」
五百年前に勇者が攻め込んできた、という話は知っていた。空に浮かぶ大陸に逃げた種族がいるということも。
「……カリス様も卑怯者の黒竜族の子孫として、幼い頃はイジメの対象にされました。大人達を含めて周囲の態度は冷やかで、カリス様は物心つく前から悪意に晒されてきたんです。……でもそんなカリス様を救ったのが、ゴルドネア国王でした」
ゴルドネア国王。その名を何度も聞いて知っていた。トルテディア国を治めている王だ。
「フェト様とエレス様が、とても優しい王様だと言っていました」
「はい。ゴルドネア様はカリス様を我が息子同然に可愛がり、周囲に黒竜族に対する偏見をなくすように訴えかけたんです。そういう事情もあり、カリス様はゴルドネア国王に対して異常に敬愛しているところがありまして……。ゴルドネア国王に召喚されたユキテル殿に、嫉妬をしているんだと思います」
征輝としてはどう答えていいのかわからなかった。嫉妬、と言われても、肝心のゴルドネア国王には一度も会ったことがないからだ。
「僕は羨ましがられるようなことなんて、何も……」
「カリス様は、召喚されたのがユキテル殿でなかったとしても、冷たく当たっていたでしょう。あの方は意外と子供なので」
「子供……、ですか?」
「はい。でもそんなカリス様が、兵士達の休憩所であなたを褒めていたんですよ。愚直だけれど根性は誰よりもある、って」
「え?」
征輝はどういう意味だろう、と悩んだ。少なくともカリスに根性がある、と思ってもらえるようなことは何もしていないからだ。
「レベル上げのときに何度も魔物に致命傷を受けたにも関わらず、泣き言も恨み言もなく、レベル上げをしていたんでしょう? カリス様が仰っていました」
「あ、いや、僕は……」
「カリス様は口は凄く悪いですが、気を許した相手にはとても優しい人なんです。……だから、どうかあまり気にしないでくださいね」
征輝は小さく頷いた。
谷を抜けると、一面に青白く発光する花が咲き乱れる場所へと到着した。昼間だというのに空は暗く、風はひんやりとしている。
「ここが、王家の墓所?」
正面に純白の大きな尖塔が見えた。周囲は切り立った崖で囲まれており、まるで秘境だった。青白く発光している花は美しく、つい見とれてしまう。
「ユキテル殿。アンデッド達が起きます。あなたは後方で自分の身を守っていてください」
エリオットに言われ、征輝は後ろに下がった。前を向けば兵士達が戦闘態勢に入っており、武器を構えていた。
「くるぞ。全員、油断をするな」
今回のアンデッド討伐の指揮官を任されている男性が言った。それとともに、地中から次々と手が出てきた。
「うぁ……っ」
腐った体を持つゾンビやグールがどこからともなく姿を現した。どちらも死肉を漁る魔物だが、ゾンビは死後に魔物となった存在であり、腐っていることから容姿は醜く死臭がする。グールは美しい容姿で人を惹きつけ、人を襲って食らう魔物だ。
(本で知っていたけれど、実際に見るとかなり怖い……)
兵士達は次々にゾンビやグール達を倒し始めた。彼らの持つ武器はアンデッドに対して特化しているらしく、次々と切り伏せてただの骸へと変えていく。
と、ここで征輝は兵士達の合間を縫って走ってくるゾンビを目にした。明らかに征輝をターゲットにしており、一直線に向かってくる。
「ひっ!」
眼窩は窪み、鼻は削げ、肌は青紫色。ホラー映画さながらの恐ろしい形相をしたゾンビに、征輝は震え上がった。
◆操られしゾンビ レベル78
迫ってくるゾンビの名前を見て、征輝は眉を寄せた。
(操られし……?)
脳裏に浮かんだのは、フェトとエレスより聞いた五百年前の話。王は勇者と戦うべく自らに呪いをかけたのだ。
『王はおぞましい怪物に成り果て、アンデッド達を使役して勇者達をこの地から追い出したんだ。殺しても死なない死霊の軍団は、さすがの勇者達も歯が立たなかったらしいよ』
五百年も昔の話だ。
『王は民達を守った後、自ら墓所へと眠りについた。でもその呪いはまだ切れてなくて、王の魔力に引き寄せられたアンデッド達が、どこからともなく湧いてくるんだ』
そう。五百年も昔の話だというのに、王は完全に眠りにつくことはなく、未だ守ろうと戦っているのだ。
(なんて哀しい……)
ゾンビが征輝に向かって大きく右手を振り上げた。征輝は両手で剣を抜こうとするが、間に合わない。
「……っ!」
ゾンビの手が征輝の左腕に当たった瞬間、ゾンビの体がまるで空気に溶けるように白い光となって消えた。
「え?」
唖然とし、声が漏れた。征輝自身何が起きたのか全くわからない。
(なんだ、今の。ゾンビが消えた?)
レベル七十八のゾンビが目の前まで迫ってきていたのだ。だが、どこを見てもゾンビの姿はない。征輝は左右の腰についている鞘から剣を抜いて両手に構えると、念のために警戒をした。するとそこで、エリオットの声が聞こえてきた。
「ユキテル殿! 逃げてください! そっちにグールが!」
湾曲したナイフを手にしたグールが向かってきていた。征輝はエリオットの指示に従って逃げようとする。だが、グールの名前を見てしまった。
◆操られしグール レベル75
(これも、操られているんだ……)
グールが征輝の腹部を目掛けてナイフを突き刺した。全ての身体面で劣る征輝が、グールの攻撃を避けられるはずがないのだ。
「……ぐふ……っ」
口から血を吐いた。グールは征輝を食らおうと、征輝の喉を掴む。だがその刹那、グールの体が空気に溶けるように白い光となって消えた。
(また、消えた?)
背後へ倒れて気を失う間際。
征輝は、五百年前の悲劇はまだこの地で続いているのだと思った。
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