無力で役立たず
噂はすぐに広まった。異世界より召喚した異世界人のレベルが、十五でストップしたまま上がらない、と。
ウルバーニに連れられてレベルを上げに森にも出かけたのだが、ユキテルのレベルは十五のまま変わらなかったのだ。
『ユキテル殿。落胆することはない。どこか遠出をする際は、遠慮なく言ってほしい。城から兵士を護衛につけよう』
ウルバーニの慰める声が耳から離れなかった。
(最悪だ……)
城内を歩けば、ひそひそと噂をする声が聞こえた。それが非常に居心地が悪く、征輝は自然と部屋に引きこもるようになってしまったのだ。
「ユキお兄ちゃん。剣術の練習をしよう? 僕が教えてあげるよ!」
そう言ったのは、エレスだった。練習用の木剣を手に、征輝へ声をかけたのだ。
「うん、ありがとう。エレス様」
幼い子供にまで気を遣わせていることが、非常に情けなかった。ユキテルは木剣を手にすると、エレスと一緒に剣の練習をすることにしたのだ。だがエレスの方が剣術の腕は高く、征輝の攻撃は掠りさえもしない。けれども、気晴らしになった。剣を無心で振るっていれば、嫌なことは忘れられたのだ。
部屋の隅に目を向ければ、フェトが椅子に座って本を読んでいた。
「うー、ユキちゃんが新しく覚えたスキル、やっぱりどこにも載ってない」
征輝とエレスは二時間ほど手合わせをすると、休憩をとることにした。
「フェト様、僕が新しく覚えたスキルって……」
征輝はレベル十五になった際、新しくスキルを覚えたのだ。
――アップデート
それがどういうスキルなのか、征輝にはわからなかった。試しに使ってみたのだが、何の変化もなかったのだ。
「アップデートっていうスキル……。きっとこれのせいで、ユキちゃんのレベルが上がらなくなったんじゃないのかな……」
「そう、なのかな……」
「きっとそうだよ! だってレベルが十五のままストップするなんて絶対におかしいもん!」
本をバンバンと叩くフェト。エレスもうーん、と唸っている。
「だよねぇ……。レベルが十五でストップする人なんて、僕も聞いたことないし」
征輝は内心酷く落ち込んだ。双子に心配をかけまいと表情は冷静を装っているつもりだったのだが、双子はそれをすぐに見抜いて焦り始めた。
「だ、大丈夫だよ! ユキちゃんのことは、私とエレスが守るから! ユキちゃんは心配しないで!」
「そうだよ! ユキお兄ちゃんは僕とフェトで守るよ! だからユキお兄ちゃんはドンと構えていて!」
余計に征輝は落ち込んでしまった。幼い二人に気を遣わせていることが、とても悲しくなったのだ。
「有り難う、二人とも。……あ、そうだ。僕、お茶を貰ってくるよ。二人はここで待ってて」
二人にこれ以上かっこ悪いところを見せたくなかった。征輝は無理やり笑顔をつくると、部屋を後にする。
(もうレベルがあがる見込みなんてないのに、僕はどうして未だに剣の練習をしたり魔法のことを勉強しているんだろう……)
レベルは十五のままストップしているが、征輝はウルバーニより教わった剣の使い方を練習していた。何かをしているほうが余計なことを考えずに済んだからかもしれない。
(……そうだ。戦い方を学ぶことは、決して悪いことじゃない。この世界には魔物という敵がいて、容赦なく命を狙ってくるんだ。だったら、せめて逃げ延びられるように最善を尽くさないと)
だが果たして本当にそれだけでいいのだろうか。征輝の心に澱のようなものが蓄積していく。
征輝は地下へ向かう階段に到着すると、ゆっくりと下り始めた。征輝自身も驚いたことなのだが、城の台所が地下にあるのだ。故にお茶を淹れるのも毎回地下に行かなければならない。途中には兵士達の休憩所もあるのだが、その近くへ差し掛かった時笑い声が聞こえてきた。扉が開きっぱなしであり、蝋燭の明かりが漏れている。
「ったく、もうちょっと使える奴かと思ってたが、ダッセーよなぁ……」
特徴ある声に聞き覚えがあった。カリスだ。
「本当だよな。異世界から召喚した奴が、あんなのだなんて誰も想像しないよな」
「レベルが十五でカンストとか、マジでありえねえだろ。俺の労力と時間を返して欲しいぜ。本当に無駄足だった」
大勢の笑い声が響いた。どうやら兵士達と喋っている最中らしく、回廊にまで聞こえる。
「魔王様も残念がってるだろうなぁ。大量の魔力を消費して異世界から呼び寄せたっていうのに。……噂じゃ、人族どもが呼び寄せた奴は随分と有能らしいな」
「あぁ。なんでも魔法が凄いらしい。伝説の勇者の再来とまで言われているらしいぞ」
「ハッ! 伝説の勇者様ときたか。うちの異世界人にも見習ってほしいよなぁ。民の税金で養われてるって自覚してほしいぜ。食費だってタダじゃねえんだからよ」
「ちょ、カリス……」
休憩所にいた兵士達が征輝の姿に気がついた。
(しまった……)
聞き耳を立てるつもりではなかったのだが、結果としてそうなってしまった形。
「なんだよ、文句あるのか?」
カリスが征輝に向かって大声で言った。
「え? いや、文句なんて……」
「だよなぁ? お前は文句なんて言える立場じゃねえもんなあ。誰かに守ってもらわないと生きられないぐらい弱ぇし」
「……っ」
「目障りだからとっとと消え失せろ! クズがっ。お前の顔を見てると不愉快になるんだよ!」
カリスに怒鳴られ、征輝は地下から一刻も早く出ようと走り出した。そのままがむしゃらに走り続け、城を飛び出す。
影で噂されているのは何となくわかっていた。どう言われているのかも、予想はついていた。しかし、実際にそれを目の当たりにするとは思わなかったのだ。
(もう、家に帰りたい。なんでこんな目に)
城門を出ると、まるでそれが合図だったかのように雨が降り出した。だがそれでも構わず走り続ける。城へ戻るぐらいならば、雨に打たれたほうがマシだった。
(大体、おかしいよ。なんで僕が魔族が暮らす城にいるんだよ)
このまま人族が暮らしているという場所へ向かおうかと考えた。だがそんなことできるわけがない、とすぐに否定する。
「なんで僕は……」
幼い子供のように癇癪を起す自分に嫌気がさした。先程カリスが述べたことは全て事実であり、何も言い返せない。
と、ここで征輝は泥濘に足を取られ、受け身も満足に取れないまま転んでしまった。右手に痛みを感じて見てみれば、細い木の枝が突き刺さっている。
「痛っ……」
すぐに木の枝を抜いた。掌には五ミリ程の穴があいており、血が流れる。だがここで不思議なことが起きた。掌に開いていた穴が、見る見るうちに塞がれていったのだ。
「……え?」
怪我などしなかったかのように、掌は綺麗になっていた。これは一体どういうことなのだろうか、とぞっとしてしまう。
「なんだよ、これ……。僕は化け物かよ……」
あまりの不気味さに乾いた笑いがこぼれた。
思えば、おかしいのだ。
異世界に来てすぐに、明らかに致命傷ともいえる怪我を負った。
その後も、征輝は何度か怪我をしている。即死しないほうがおかしい怪我を。
(……超回復魔法で治したっていう話を信じていたけれど)
魔法の中には、徐々に怪我を癒していく回復魔法も存在するらしい。戦闘中に使用すれば、いちいち回復魔法を使用せずとも自動的に怪我が治るのだ。しかしながら、書物には致死のダメージに対しては有効でないとされていた。そして、数秒から数十分しか魔法を持続させられないと、時間制限があることも記されていたのだ。
「大体、超回復魔法ってなんだ……? 魔法の本にはそんな回復魔法の名前なんて書かれていなかった」
フェトやエレスの笑顔がふっと脳裏に浮かんだ。あの二人は征輝が能無しだとわかってからも、慕ってくれているのだ。裏表なく好意を寄せてくれる二人を疑うなど、征輝にはできなかった。
「城へ、戻ろう……」
世話になっている身で勝手に出ていく真似をすれば、それこそ恩知らずになってしまう。
(僕は、弱い。でも弱いということを言い訳にして弱いままではいたくない)
征輝はゆっくり立ち上がると、城へ向かって歩き始めた。だがその足取りは非常に重く、雨宿りしてから戻ろうと木の下に入る。
「通り雨かな……。すぐやむよね?」
その場でじっとしていると、どこからともなく銀色の毛並みを持つ子犬がやってきた。銀色の子犬は征輝がいる木の下へ入り込むと、体をぶるぶると振って付着した雨水を飛ばす。
「お前も雨宿り?」
征輝は銀色の子犬へと話しかけた。銀色の子犬は征輝をちらりと一瞬見たが、すぐに無視する。
「わんこにまで無視をされてしまうなんて……。僕はやっぱりダメだな……」
一時間ほどじっとしていると、雨が止んで雲が晴れた。だがすっかり夕暮れであり、急いで戻らなければ城門が閉じてしまうと焦る。子犬はというと、征輝を置いてさっさとどこかに消えてしまった。少し切ないが、いつまでもそこに突っ立ってるわけにはいかない。
こうしてびしょ濡れ姿のまま城へ戻ると、何やら門前が騒がしかった。兵士達が集まっており、ウルバーニの姿が目に入る。
「ユキテル殿! 戻ったか!」
「ウルバーニさん?」
「ユキテル殿が城を飛び出していったと聞いて、捜索に行こうとしていたところだ。あぁ、無事に戻ってきて良かった」
「ごめんなさい、ちょっと頭を冷やしに外へ出ていました……」
「わかっていると思うが、外は魔物が出る。一人で行動したら危ないぞ」
「はい……、今度から気を付けます」
ウルバーニは兵士達を解散させた。それとほぼ同時に、フェトとエレスが走ってきた。
「ユキちゃん!」
「ユキお兄ちゃん!」
二人は征輝へと突進するように抱きついた。
「ご、ごめんね、お茶を淹れてくるって言ったのに、散歩に出かけてしまって……」
フェトとエレスの体が震えていた。顔面蒼白になっており、泣きじゃくっている。
「ユキちゃん、どこかに行って、もう戻ってこないかと思った……」
「ユキお兄ちゃん、どこにも行かないで。僕達を置いていかないで」
征輝は困惑してしまった。どうしてこれほどまでに怯えて泣いているのか。ウルバーニへ視線を向ければ、彼も複雑そうな表情をしている。
「フェト様、エレス様、ユキテル殿の体が冷えているでしょうから、まずは城へ入りましょう」
フェトとエレスは泣きながら頷いた。けれども二人の顔色は悪く、征輝の手を握る小さな手はずっと震えていた。
入浴を済ませた征輝は、部屋へ戻る途中に後ろを振り返って気まずそうにした。
「フェト様、エレス様、何してるの?」
フェトとエレスがずっと征輝を見張っていた。入浴中もずっと二人は監視していたのだ。二人は征輝の少し後方を歩いている。
「だってユキちゃん、勝手にいなくなるんだもん」
「そうだよ。だから僕達が見張ってるの」
じっと疑い深い目を向ける二人。
「もう勝手にいなくなったりしないよ。本当に反省してるから」
双子はむぅ、と頬を膨らませていた。
(これは、相当ご立腹のようだ……)
自室へ到着すると、とても暗かった。蝋燭に火がついておらず、よく見えない。
「あ、火を貰ってこないといけないな」
そう呟いた瞬間、銀色の焔が蝋燭に灯った。何がと双子を見ると、二人の瞳が青く光り輝いていた。征輝は思わず息を飲んでしまう。
「ユキちゃん、何を驚いているの? あ、急に魔法で火をつけたから、びっくりした?」
「……いや、目が光ってるから……」
二人は慌てて下を向いた。エレスは両手で自分の顔を覆う。
「ごめんなさい。怖いよね。ユキお兄ちゃんを怖がらせないように普段は気をつけているんだけれど、暗い場所に入るとよく見ようとして目が光っちゃうんだ」
征輝はエレスの前で屈むと、顔を覆っている手をはずさせた。エレスはぎゅっと瞼を閉じており、目を見せまいとしている。
「怖くないよ。とても綺麗だと思った。そんなに綺麗な瞳を隠すなんて、勿体ないよ」
「……本当?」
「うん。だから、安心して」
エレスは目を開けた。フェトも顔を上げる。二人の瞳はもう光っておらず、蝋燭の光に照らされている。目が潤んで見えるのは気のせいではないだろう。フェトは征輝へと抱きついた。
「ユキちゃんがいなくなっちゃった時、私達が気味悪くなっていなくなったんじゃないかって思ったの」
「え? どうして? そんなこと、一度も思ったことないよ?」
「だって人族は私達のことを嫌ってるもん。ユキちゃんも、いつかそうなっちゃうんじゃないかって」
征輝はフェトの頭を撫でた。
「バカだな……。そんなこと、絶対に思うわけがないよ。僕はフェト様とエレス様が大好きなのに」
エレスも征輝へと抱きついた。
「僕もユキお兄ちゃんが大好きだよ」
「私も、ユキちゃんが大好き」
どうしてこれほどまでに好かれているのか、征輝にはその理由がわからなかった。はっきりしているのは、二人の愛情は本物だということ。
フェトは征輝から体を離すと、照れくさそうにした。
「あ、ユキちゃんにね。私達からプレゼントがあるの」
「プレゼント?」
「うん」
エレスも征輝から離れると、室内のテーブルへと走った。テーブルの上には黒い木箱が置かれていた。木箱には金細工が施されており、表面には赤い宝石もついている。二人は箱を開くと、中から金色の柄を取り出す。刃はついておらず、柄頭には七色に煌めく水晶のようなものがある。二人は一緒に征輝の前に持ってくると、差し出した。
「ユキお兄ちゃん。これ、僕達のお父様が使ってたフォトンセイバーなんだ。受け取って」
「お古だけれど、ユキちゃんに受け取って欲しいの」
征輝は首を振った。
「そ、そんな高そうなの、受け取れないよ!」
エレスは笑った。
「僕達はフォトンセイバーの適性がないから、これは扱えないんだ」
「それを言うなら、僕にも扱えないよ。魔力ゼロだし……」
「いいから、ユキお兄ちゃんは黙ってこれを受け取るの。このフォトンセイバーには精霊石がついてるから、ユキお兄ちゃんを守ってくれる」
「精霊石?」
「うん。即死魔法や石化などの邪悪な全ての呪いから身を守ってくれるんだ。持ってるだけで効果があるよ」
フェトも頷いていた。
「ユキちゃんが受け取ってくれたら、私とエレスも安心するから……。パパもユキちゃんが貰ってくれたら嬉しいって言ってた」
征輝はフォトンセイバーの柄を受け取ると、大切に握った。
「有り難う。じゃあ、ひとまず借りておくよ。フェト様とエレス様のお父様にもお礼を言いたいんだけれど、会えるかな?」
フェトはにこりと笑った。
「パパは今、遠くにお出かけしてて会えないの」
「そうなの?」
「うん。いつ戻ってくるかわからないの」
「じゃあ、パパが戻ってきたら教えてくれる? お礼を言いたいから」
フェトとエレスは同時に「うん」と返事をした。
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