超回復魔法のおかげで生きてます
入浴と夕食が済んだあと、征輝は用意されている部屋の寝台に倒れこんだ。ノーブルセレスト城はとても広く、覚えきるにはまだまだ時間がかかりそうだ。ひとまず食事部屋と庭園、そして浴室がある場所は把握した。
(明日も頑張らないと……)
突如として召喚された世界では、恐ろしい魔物がたくさんいるらしいのだ。現在征輝のレベルは一だが、正直赤ん坊が歩いているのと変わらない。
(そういえば、訓練の内容に魔法のことはなかったな……。僕は魔法を使えないかもしれないけれど、他の人は魔法を使うんだよね……? じゃあ、魔法のことも勉強しておきたいな……)
征輝はそんなことを考えながら眠ってしまった。そしてそのまま朝を迎えたのだが、突如腹部に重みを感じて目を開いた。
「……なに?」
どういうことかわからないが、フェトとエレスが征輝を抱き枕状態にして眠っていた。二人と眠った覚えはなく、部屋に招いた記憶もない。しばらく混乱していると、フェトとエレスが同時に起きた。
「あ、ユキちゃん、おはよー」
「ユキお兄ちゃん、おはよー」
眠そうにあくびをする双子。征輝も寝台から体を起こすと、ひとまず挨拶をする。
「おはよう、二人とも。いつの間に僕と一緒に寝たの?」
エレスが愛らしく微笑んだ。
「えっとね、トイレに行くってフリをして、ユキお兄ちゃんの部屋に忍び込んだんだ」
フェトもうんうんと頷いていた。
「ユキちゃん、私たちが来たのに全然起きなかったよー。ほっぺをツンツンしても反応なかったし」
「え? そうだったの? ごめんね。昨日はなんだか疲れてたから……」
「今日は三人で一緒に遊ぼうね」
フェトとエレスに同時に笑顔を向けられて、征輝もつられて微笑んでしまった。
朝食の後、征輝はフェトとエレスに連れられて城の裏庭へと連れてこられた。
「ユキちゃん。ボール投げして遊ぼう?」
フェトがそう言ってぽんぽんと叩いたのは、巨大なアルマジロに似た生き物だった。
◆アイアンアルマジロ レベル60
直径二メートルの大きさがあり、どう見てもボールではない。
「ひっ、フェト様、危ないから離れてください! レベルが60もありますよ!」
「大丈夫だよー! この子、城で飼われてて性格がとっても温厚だから。ほら、ユキちゃん行くよ! ちゃんとキャッチしてね!」
何を、と疑問に思うより早く、フェトがアイアンアルマジロを両手で持ち上げた。そしてなんの躊躇いもなく征輝へと投げつける。
「うわあああああああ!」
避けることもできず、征輝はそのままアイアンアルマジロに押し潰された。
「ハッ!」
征輝は寝台の上から飛び起きた。フェトとエレスは寝台の上に寝そべった状態で本を読んでいる最中。
「あ、ユキお兄ちゃんが起きた!」
エレスは読んでいた本を閉じた。
「え? あれ? 僕、どうしたんだっけ」
「フェトが投げたアイアンアルマジロのボールを受け止められなくて、潰れちゃったんだよ」
「潰れたの? 僕……」
「うん、結構ぐちゃぐちゃになってた。超回復魔法で治ったけれど」
超回復魔法がなければ死んでるんじゃ、と征輝はぞっとした。ぼきぼきと骨が折れる音やぐちゃぐちゃに内臓が破裂する感覚が、はっきりと残っている。
「ごめんなさい、ユキちゃん……」
フェトが今にも泣きだしそうな顔で謝った。征輝はフェトの頭を撫でつける。
「怒ってないよ」
「ほんと……?」
「うん。こうして無事だったし……」
そもそも、フェトと征輝とではレベルの差がありすぎるのだ。
(異世界人が特別非力、っていうわけじゃないよね? レベルのせいだよね?)
フェトはぎゅっと征輝へと抱きついた。エレスも真似をして、征輝へと抱きつく。
「ユキお兄ちゃん。今度は、追いかけっこして遊ぼう? 次はちゃんと手加減するから!」
手加減すると言われ、征輝は心から喜んだ。アイアンアルマジロに押し潰された時点で、双子に勝てる気がしないと悟ったからだ。
「それだったら、大丈夫かな……?」
「やったぁ! じゃあ、すぐに行こう?」
エレスとフェトに手を引っ張られ、征輝は寝台を下りた。
「追いかけっこって、どこでするの?」
「お城の中だよ!」
城の中を走り回るなどしたら、怒られるのではないのか。だがフェトとエレスは構うことなく、追いかけっこをする気満々になっている。
「僕が追いかける役をするから、二人は逃げていいよ」
追いかけっこをして遊ぶなど小学生以来だ、と征輝は感慨深くなった。だが懐かしさに浸る間もなく、双子はきゃっきゃと逃げ始める。一応走る速度を手加減してくれているようだが、それでも征輝では追い付けないほど速い。
(やばい。全然捕まえられる気がしない!)
双子は征輝が追いつくと走り出し、振り返ってはちゃんとついてきているかどうか確認していた。
「ユキお兄ちゃん、遅いよー! 早く、早く!」
「ユキちゃん、頑張れー!」
双子に急かされ、応援された。征輝は頑張って走り続け、五階のバルコニーへと到着する。
「さ、さぁ、もう逃げられないよ」
なんとか二人を追い詰めた。実際には、双子がわざわざバルコニーに逃げ込み、そこで征輝が追いつくまで待っていてくれたのだが。
征輝は二人の手を掴もうとした。しかしながら双子はバルコニーの白い手摺に飛び上がると、城の屋根に飛び移る。
「ユキちゃん、ここまでおいでー!」
「ちょ、屋根は危ないよ! 屋根はダメ!」
征輝は二人を連れ戻そうと、白い手すりの上へ足をかけた。もしも落ちれば間違いなく死ぬ高さ。
(下は見るな。下は見るな)
青い屋根に飛び移ると、四つん這いで二人の元へ到着した。そしてやっとのことでフェトとエレスを捕まえる。
「さ、城の中へ戻ろう。屋根の上なんて危ないから、上っちゃダメだよ」
フェトとエレスは同じ方角を指差した。つられて振り返ると、空高くに浮かぶ大陸があった。かなり遠くにあるようだが、距離があっても非常に大きいということがわかる。
征輝が唖然としていると、エレスが話し始めた。
「あの浮遊大陸は、空を飛べないと行くことができないんだよ。大昔、人族に追われた竜族があの大陸へ逃げ、一部の竜族はこの地上に残ったんだ」
「人族に追われたの?」
「うん。竜族の皮膚は頑丈だから、鎧や武器にしたら、とっても強いのが出来上がるんだ。あと、血肉には万病を癒す力がある、って言われてる。……実際にはそんな効果はないんだけれど。でもその噂を信じた者達は、たくさんの竜族を狩った。主に、力が弱い女性や子供、老人を」
「僕達の世界では竜はとても力が強い存在だとされているのだけれど、この世界の竜は弱いの?」
「強いよ。でも五百年前、人族達は異世界より勇者っていう悪者を呼んだんだ。勇者は仲間を率いて、たくさんの魔族達を殺した。人族は人以外の種族を認めていないから、魔族を殺すことは正義だと信じ込んでいるんだ」
「……、ごめん。その勇者というのは、おそらく僕のいた世界から召喚された奴なんだろう? 同じ世界の人として、申し訳なく思う」
エレスは首を振った。
「同じ種族でも、いい人と悪い人がいるって知ってる。五百年前に人族達が召喚した勇者は悪い奴だったけれど、ユキお兄ちゃんはいい人ってちゃんとわかってるよ」
「エレス様……」
「人族が召喚した異世界人、ユキお兄ちゃんみたいに優しい人だったらいいのに。そうしたら、お友達になれるよね? 僕達魔族は、戦争なんてしなくて済むよね?」
征輝はエレスとフェトを抱きしめた。五百年前にそんなことがあったという事実。そして現在、人族が新たに召喚した異世界人。
(不安にならないはずがないよね。そういう歴史があったのなら……)
子供は大人達が何も話さなくても、敏感に感情を受け止めているのだ。
「大丈夫だよ。誰にも酷いことなんてさせやしない。僕が守るって約束する」
フェトは征輝を抱き返すと、くすくすと笑いだした。
「ユキちゃん、弱くて全然ダメなのに」
「た、確かに弱いけれど、なんとか頑張るよ」
「うん。有り難う、ユキちゃん」
異世界に来てまだ右も左もわからないが、慕ってくれている二人の為にも頑張ろうと決めた。
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