アップデート
ベルゴスにより吹き飛ばされた征輝の頭が、そんなことなどなかったように元通りに再生した。眼鏡は粉々になった状態で地面に落ちており、使用はできない。
征輝は思考がはっきるするのと同時に、情報共有のスキルとアップデートのスキルを発動させた。
通常のレベルアップでは、ある一定の経験値を獲得することで、レベルが自動で更新される。
しかしながら征輝の場合、自動ではなく手動でしかレベルが上がらないようになっていたのだ。
おそらくこの世界には、言語や個人のステータスなどの情報を記録し、保存する場所があるのだろう。ステータス情報が数値化されていていつでも確認できることからも、ほぼ間違いない。それがどういうもので、どういう形で保存されているのかは、征輝にはわからない。だが、その保存領域に征輝の情報や経験値などが保管されており、現在も記録されているのだ。
しかしながら、その情報に接続するには情報共有のような特定の補助スキルが必要らしかった。だから、アップデート単一では使用ができず、情報共有のスキルと併用をしなければならないのだ。
【アップデートしますか?】
・はい
・いいえ
迷うことなく『はい』を選択すると、経験値獲得の画面に切り替わった。経験値獲得の画面は初めて見るものであり、膨大な数字の経験値が入ってくる。
「なんで、こんなに経験値が……」
そこで思い出した。低レベルで高レベルの魔物を斃すと、経験値が通常よりも遥かにたくさんもらえるのだ。征輝はレベル十五で、自分よりも強いアンデッドをたくさん浄化した。
人族のレベルは九十九でカンストするらしいのだが、征輝のレベルは九十九を超えてもまだ上がり続けていた。異世界人だからなのか、それとも別の理由なのか。
【アップデート完了】
【ユキテル・カザシ】 レベル250 デュアルフォトンセイバー
攻撃力 2610
防御力 2400
敏捷 3440
魔力 ***
魔力耐性 2215
【スキル】
『詠唱無し』『魔力消費無し』『召喚代償無し』
『盟友』『盟約』『災厄』『光無効』『闇無効』『光属性』『闇属性』
『自動結界』『時空断裂』『情報共有』『気配遮断』『索敵』『アンデッドキラー』
『隠忍』『挑戦』『アップデート』『未来予知』『魔力共有』『ステータス偽装』
『魔眼』『聖剣』『暗黒剣』『聖炎』
『レベル譲渡』『逆境』
更に情報が追加されていた。
『盟友関係にあるヴェルテスとの魔力が共有されました。これにより、制限なしで魔法を使用することが可能です』
どうやら、新しく覚えた魔力共有のスキルにより、魔法が使えるようだった。しかも魔力消費無しのスキルを所有しているおかげで、魔法も制限なしで使えるらしい。
ただ残念なことに、征輝は魔法の勉強はしていないために、魔法は一切使えない。
(あれ……。魅了のスキルが消えてる。魔眼ってなんだ? 他にも知らないスキルばっかり。情報共有のスキルで調べてみたいけれど、今はそんなことをしている場合じゃないし……)
エレスとヴェルテスに目を向ければ、二人は完全に硬直していた。もちろん、征輝のレベルを見たからだ。
「ユキお兄ちゃんのレベルが……」
「私は夢を見ているのか。レベルが、二百五十だと?」
征輝は改めて周囲を見渡した。トルテディア国の兵士達の亡骸。その中に、見知っている顔があった。
(エリオットさん……!)
エリオットが血を流して地面に横たわっていた。ぴくりとも動かない。同時に、彼の下半身が失われていた。そこで思い出すのはヴェルテスの言葉。
『私は、お前みたいにどれだけ体を潰されようとも頭を吹っ飛ばされようとも、そんな状態で生きているやつなど見たことがない。あと、この世界にはそんな状態になった奴を回復させられる手段もない。……癒しの魔法を得意とするエルフとて、せいぜい手足の欠損を再生させられる程度だ。頭の欠損や半身の欠損まで補う魔法など、見たことも聞いたこともない』
もうすでに、エリオットは生きていないのだとわかった。
そして、彼を治療する手段がないことも。
征輝は全身の血が急激に沸騰するかのように熱くなるのを感じた。
「許さない……」
ベルゴスが振り返った。
「なんだ、お前。まだ生きて……」
征輝はベルゴスを睨み付けた。その瞳は黄金にうっすらと輝いており、まるでこの世の全ての星を集めたかのように煌めきを放っている。
同時にその黄金の瞳を見た者は一瞬で心を奪われ、傅かずにはいられない。
――魔眼。
それは、神の位に達した特別な者のみが所有を許される、神秘の瞳。
ときに魔法を歪め、或いは遠くを見通す力を持つ。
「お前らはトルテディア国に容赦なく踏み込み、罪もない人々を蹂躙して命を奪った。だから、僕もお前達に決して情けはかけない」
「ふん、どうするつもりだ。万の大軍相手にお前が勝てると思うのか。戦で物量に勝るものはないぞ」
「問題ない」
征輝は迷うことなく『災厄』のスキルを発動させた。これまで魔力がなければ使うことのできなかった力。
それを、オーガの軍勢相手に用いた。
途端、オーガの兵士達が苦しみ、喘ぎ、体の穴という穴から血を吹きだして倒れ始めた。それだけではなく、オーガの軍がいる場所にのみ黒い雲が出現し、地上が雷で焼き払われていく。
「なっ……!」
征輝は冷めた目でその様子を眺めていた。
「僕の持つ災厄というスキルは、呪いという概念を超えて、相手に天罰の如くありとあらゆる不幸をまき散らす。いくらオーガの兵が頑強な体を持っていようとも、病には勝てないし、天災にも勝つことはできない」
情報共有のスキルにて得た知識だった。戦場は地獄絵図と化し、オーガの軍は壊滅寸前にまで追い込まれる。
「貴様、何者だ。お前のような存在がいるなど、聞いたことがない。大体、そのレベルはなんだ。人族がお前のようなレベルになるなど、有り得ない!」
ベルゴスが巨大な戦斧を構えた。柄の部分に髑髏マークのある、悪趣味なデザインのものだ。ベルゴスの側近達も武器を構え、殺意を剥き出しにする。
「僕の名前は征輝。お前達を斃す者の名前だ」
「思い上がるな、虫けらの存在で。どうせそのレベルも幻覚か、何かの間違いだろう」
災厄のスキルを使おうとは思わなかった。エレスやウルバーニ達を苦しめた相手を楽に殺すつもりはない。何より、エリオットをあのような目にあわせたのだ。
征輝は地面を蹴った。レベルが低い状態での感覚で走ったため、ベルゴスを通り過ぎてしまう。
「っと……、しまった」
これにベルゴスは間をおいて嘲笑した。
「なんだ、戦うのではないのか? それとも、さっきのはただの虚勢か?」
一気にレベルアップしたことで、身体能力が恐ろしいほどに上昇していた。慣れるために練習したいところだが、それはできない。
「まだ体が慣れてないだけだ」
今度は失敗しない。俊足で間合いを詰め、ベルゴスの体に切りかかった。だがベルゴスが着用している鎧に剣が当たった瞬間に、刀身が折れてしまう。すかさずもう一刀で切りかかったが、その剣も粉々に折れてしまった。
「そんな攻撃が効くか!」
ベルゴスが征輝を戦斧で薙ぎ払った。征輝にとってその動きはスローモーションのようなものであり、戦斧をかわして後退する。
(剣がなくなった。やばい。その辺に落ちてる誰かの武器を使うか? いや、生半可な武器じゃ、あのオーガが着ている鎧を打ち砕けない。ていうか、あの鎧はなんだ? 普通の鎧じゃない。魔道具の一種かな……)
そこでエレスが叫んだ。
「ユキお兄ちゃん! フォトンセイバーを使って! そいつが着てる鎧は、ミスリルで作られてる! 魔法耐性が強いから魔法はほとんど打ち消されるし、普通の武器でもダメージを与えるのは難しいんだ!」
はっとした。今まで腰にぶら下げるだけだった、フォトンセイバーの柄。魔力がない征輝は、フォトンセイバーを使うことができなかったのだ。
(確かこれ……)
エレスとフェトがくれたのだ。ずっとお守り代わりに身に着けていたのだが。
『ユキお兄ちゃん。これ、僕達のお父様が使ってたフォトンセイバーなんだ。受け取って』
エレスが差し出したフォトンセイバーを、特に深く考えずに受け取った。だが今ならわかる。このフォトンセイバーは、エレスとフェトの父親の形見なのだ。
柄頭についた七色の水晶は、精霊石と呼ばれるもの。即死魔法や石化などの邪悪な全ての呪いから守ってくれるのだ。
征輝はフォトンセイバーを握ると、魔力を込めた。すると、銀光の刀身が現れた。きらきらとこぼれ落ちるのは、燐光。
(なんて、綺麗な……)
これならいける予感がした。
征輝がぐっとフォトンセイバーの柄を握ると、ベルゴスが切りかかってきた。振り回した戦斧の風圧だけで、敵のオーガ兵が吹っ飛ぶ。
「何をボーッとしている!」
ベルゴスが戦斧で征輝の頭を叩ききろうとした。だがそれよりも早く、光のアーチが宙に走った。それとともに戦斧の刃が空中へ飛ばされ、地面へ突き刺さる。
「な」
征輝がフォトンセイバーで斧刃を切ったのだ。それとともに、一歩踏み込んで武器を失ったベルゴスの体をフォトンセイバーで目にもとまらぬ速さで剣を繰り出す。
一太刀でベルゴスの鎧を粉砕し、全身に死なない程度の切り傷をつけていく。ベルゴスは両腕でガードをしようとするが、征輝は手足の腱を切った。そして倒れこんだベルゴスの背中を動かないように足で押さえつける。
「お前が皆を傷つけた分の痛みだ。そしてこれは、僕の大事な弟と妹を泣かせた分だ!」
ベルゴスの背中から心臓へフォトンセイバーを突き刺した。これによりベルゴスは動かなくなる。
征輝は周囲にまだ生き残っているオーガ達を見た。彼らは恐怖を滲ませた顔で逃げ惑う。だがそれをヴェルテスが許さなかった。オーガの兵をたった一人だけ残し、後は全て殺してしまう。
「そこのお前。城へ戻ってこう言え。降伏せよ、でなければ今度は国を滅ぼす、とな」
オーガの兵は悲鳴を上げながら走って行った。
征輝はフォトンセイバーに魔力を込めるのをやめると、エレスの元へ駆け寄る。
「エレス様……っ!」
エレスは土気色の顔をしていた。服はぼろぼろであり、血があちこちに滲んでいる。
「ユキお兄ちゃん……」
エレスの体を支えた。すぐに手当てをと思うが、回復魔法を使える魔導師が見当たらない。近くに倒れているウルバーニは、確認をせずとも瀕死の状態だ。かろうじて息をしているが、かなり苦しそうにしている。
「は、早く皆を治療しないと……。こういうときって、どうしたら。軍医とか呼べばいいのかな? それとも、病院へ運ぶ……?」
征輝はその場を見渡して、ぞっとした。倒れているのは一人や二人ではない。馬車を何台も用意しなければ、彼らを運べない。それに、早く治療をしなければ危ないとわかる者達が何人もいる。征輝は喉がカラカラに乾くのを感じる。敵を退けても、まだ終わりではない。
「ユキお兄ちゃん……」
エレスは体が震えていた。征輝はハッとすると、エレスの手を強く握りしめる。
「エレス様。ここで、待っててくれる? 僕は、助けを呼んでくるから」
そう言うと、エレスは征輝の手を握り返した。戦闘はもう終わったというのに、顔色は酷く青ざめている。
「僕に……、お父様のような力があれば」
「……力?」
「うん。僕のお父様は、あらゆる怪我を治す凄いスキルが使えたんだ。でも僕はまだ幼い稚竜で、そのスキルは持っていないんだ。もしも僕がお父様と同じそのスキルが使えたなら、ウルバーニ達を治せるのに……っ」
心の底から悔しそうに、悲痛な面持ちで言った。
「エレス様……」
「皆がこんなことになったのは、僕が弱いせいだ。僕がもっと強くて立派だったら、こんなことにはならなかったのに」
征輝は泣いているエレスの頭を撫でた。自分にどうにかできないか考え、レベルアップした際にレベル譲渡というスキルがあったことを思い出す。情報共有のスキルを用いて調べてみれば、自らが今持っているレベルを一単位から他者へ譲渡できる能力だとわかった。これを知った征輝は、エレスへ向かって優しく微笑んだ。
「エレス様。泣かないで。僕には、皆を治療する魔法を使うことができない。でもエレス様にそれができるかもしれないというのであれば、僕のレベルを全て渡すよ」
征輝は、レベル譲渡のスキルを用いた。エレスは宙を見つめる。おそらく、何かの情報が表示されたのだろう。
「ユキお兄ちゃん、はいを選択してもいいの?」
「うん」
「で、でも、皆を回復させるそのスキル、僕にも絶対習得できるっていう保証はないんだ。レベルがどれぐらい必要なのかも、わからないし。もしもユキお兄ちゃんのレベルを全部もらってそのスキルが出てこなかったら……」
「そのときは、そのときに考えよう」
エレスはユキテルよりレベルを譲り受けた。これにより、エレスのレベルが五十一から三百になった。どうやらオーガとの戦で、エレスは以前よりレベルが一つ上がっていたらしい。
「……、あった。『奇跡』のスキル!」
エレスは迷うことなくその奇跡のスキルを発動させた。エレスの魔力が体内から放出されたかと思うと、天から光の雨が降り注ぐ。その光の雨に当たると、ウルバーニ達の怪我が消えていった。彼らの天を仰いで驚いた顔を見る限り、相当凄い魔法なのだろう。征輝も空を見上げて、光の雨に魅入る。
(あぁ、なるほど。これは確かに奇跡だ)
ウルバーニがゆっくりと立ち上がった。彼の毛並には夥しいほどの血が付着しているが、怪我は完全に癒えている。
「ユキテル殿……。ありがとう。我々のために戦ってくれて」
「いえ。当然のことをしたまでです」
「当然のこと、か」
征輝は自らの胸の上に手を当てた。今もなお力強く打っている心臓。
ゴルドネアに助けられたから、征輝は今ここにいるのだ。
「はい。僕がこの世界へ召喚されたのは、フェト様とエレス様、そしてこの国に暮らす皆を守るためなので。ゴルドネア様が教えてくれました」
「……そうか」
ウルバーニは顔をくしゃくしゃにして、頷いた。降り続く光の雨。それは温かく、とても優しい。
「おーい、ユキテル!」
カリスの声がした。振り返れば、フェトと一緒に馬でこちらへ向かってくるところ。
「カリス、それにフェト様」
「オーガ達はどうなった。突然インペリアルペガサスが消えたから、心配になってこっちへ戻ってきたんだが」
オーガの部隊を振り返れば、彼らは撤退するところだった。
「なんとか勝てたよ。もう大丈夫」
「ハァッ?」
素っ頓狂な声を上げるカリス。征輝はそれよりも、エリオットのことをどう伝えようか悩んだ。下半身が失われ、横たわっていた彼。
「あの、カリス。エリオットさんのことなんだけれど……」
「エリオット? あぁ、あいつも無事みたいでよかったよ。目の前でアイツの胴体が真っ二つにされたのを見たときは、ちょっとグロイと思ったが……」
「え……?」
征輝はエリオットが横たわっていた方角に振り向いた。彼は恥ずかしそうに自らの上着を腰に巻いている。どうやら、下半身は裸の様子。
「俺達竜族は頑丈だからな。胴体真っ二つぐらいじゃ死なねえよ。さすがに頭や心臓を潰されるのはやばいがな」
「胴体真っ二つにされても死なないの?」
「あぁ。ちょっと時間はかかるが、再生するぜ!」
凄い話をきいた、と征輝は黙り込んだ。同時にヴェルテスを見るのだが、彼は素知らぬ顔をしている。征輝はヴェルテスのそばへ行くと、小声で話しかけた。
「ねぇ、ヴェルテス。体を真っ二つにされても死なない人がいるんだけれど……」
「ヴェルテス? 誰だ、それは。そんな名は、私は知らん。私は通りすがりのワンワンだ」
「ヴェルテス……?」
ヴェルテスは小さく溜息をついた。
「……竜族が特別なのだ。普通は胴体を真っ二つにされれば死ぬ。……竜族は、あの生命力の強さのせいで、人族より狙われたのだ。竜族の肉を食らえば不老長寿になるとか、妙な噂の尾ひれがついて。……バカバカしい話だ」
光の雨がやんだ。エレスは気を失って倒れ、その体をフェトが支える。
「エレス……」
征輝はフェトのそばに走り寄った。
「フェト様、エレス様は大丈夫?」
「うん。奇跡のスキルは、体内にある全魔力を消費しちゃうから、魔力切れを起こして眠っちゃったんだと思う」
「そっか……」
フェトは不思議そうにしていた。
「ユキちゃん。レベル十五から、レベル一になってるよ? 前より弱くなったね。エレスはどういうわけか、すごくレベルが上がってるし……」
「うん。そうだね」
ウルバーニがやってきて、エレスを両腕に抱き上げた。
「さぁ、城へ戻りましょう。皆が帰還を待っていることでしょう」
征輝は皆とともに頷いた。