皆でメロンパンを食べます
朝食後、征輝はフェトとエレスの面倒を見ることになった。双子の教育係を担当しているウルバーニは、別件の用事があるとのことで慌ただしくしている。
(いや、ウルバーニさんだけじゃないか……)
はっきりと認識できるほどに、やけに城内がぴりぴりしていた。
「フェト様、エレス様。なんだか、皆おかしくない? 妙に緊張感があるっていうか……」
征輝はエレスとフェトに竪琴の弾き方を教わっていた。楽器などカスタネットやリコーダーぐらいしか触った記憶がない。双子は竪琴を弾きこなしており、歌まで紡ぐ余裕がある。
フェトは征輝へと丁寧に竪琴の弾き方を教えながら、きょとんとする。
「いつもと同じように見えるけれど」
そんなはずは、と征輝は困惑した。早朝に乗馬と剣の訓練へ行った際も、大きな台車に矢が大量に運ばれていくのを見たのだ。
(フェト様とエレス様は、何も知らないのかも……)
ならば事情を知っていそうなカリスにきくしかないか、と征輝は考えた。
だがそんな征輝の考えを読んだように、エレスは竪琴を弾くのをやめた。そして征輝に向かってにこりと微笑む。
「きっともうすぐ、大規模な戦闘訓練があるから、それで騒がしいんじゃないのかな」
「大規模な戦闘訓練?」
「うん。なんの訓練もなくぶっつけ本番で戦うことになったら、大変でしょう? それが戦争だったらとくに」
「まぁ、そうだね……」
「戦争なんてないことにこしたことはないけれど、いつどうなるかわからないから、日頃から訓練は必要だよね。だから軍事演習をするんだよ」
確かに訓練は必要だ。地震や火事などを想定した避難訓練も、絶対にしておいたほうがいい。
(そういえば、フェト様もエレス様も時折すごく大人びるよね……)
子供らしい一面もあるし、大人びた一面もあるのだ。それがひどく、アンバランスでちぐはぐな気がした。
「さっきから気になっていたんだけれど、二人が歌ってるその曲って……」
双子が声を揃えて声を高らかに歌い上げているのは、民族的なメロディーだ。ケルト音楽に似ており、聞き惚れてしまう。
『それは絶対に勝つことのできない戦だと予言されていた。
誰もが悲観し、誰もが嘆き、誰もが死を覚悟した。
だがたった一人だけ、その運命に抗った男がいた。
その者は、幾千の挫折と後悔を繰り返そうと、自らの信じるもののために戦った。
その者は、圧倒的な強者に挫けようとも、決して諦めることはしなかった。
その者は、万の大軍に絶望しようとも、希望を見出すことを諦めなかった。
ゆえにその者は救世主であり、闇を照らす者であり、奇跡を起こす者。
人々はその者を、英雄と呼んだ』
双子が歌い終えると、征輝は拍手をした。フェトは頬を赤らめて照れる。
「この国を守った英雄、ラウザート王の歌だよ」
「そうなんだ! でも、英雄として讃えられている理由がわかるよ。凄い方だものね」
ラウザート王を思い出すと、征輝は切なくなった。
「うん。青い馬に乗って、単騎で戦場を駆けたらしいよ」
「青い馬かぁ。青毛のことかな?」
全身が黒い馬を、青毛というのだ。征輝はラウザート王が黒い馬に乗って戦場を駆ける様子を想像する。
「今さっき歌った曲の正式な名前は英雄の詩、って言うらしいんだけれど。……昔、名も知らぬ吟遊詩人が酒場や広場で歌ったことで、今では国中の人達が知る曲になったの」
「そうなんだ」
「戦士達が自らの士気を高めるために歌ったり、戦場へ赴く者を見送るときにも歌ったりするんだって」
「へー。僕にも教えてよ。僕もこの国の歌を覚えたい」
「うん! いいよ! えっとね、まず最初にね」
征輝は双子から歌を教わった。
昼食の後、征輝はフェトとエレスの為におやつを作ることとなった。以前、双子に約束をしたのだ。いつか手料理を作る、と。
(昨日の昼に仕込んでおいた生地を用意して、と……)
パンがあるのならば、天然酵母もあるだろう、と前日に生地を作って発酵させておいたのだ。ドライイーストならばすぐに発酵するものの、天然酵母となると時間がかかる。
「焼成して、と」
石釜など使ったことがなかったのだが、料理長らに指導を受けてなんとか作ることができた。異世界人の作る料理とはどういうものか余程興味があったらしく、周囲は見物人で溢れていた。双子たちのみならず、ウルバーニやカリス、エリオット、そしてメルスや子犬まで興味深そうに眺めている。
「よし、完成」
征輝は焼きあがったものを皿に並べた。白くて甘い香りのする食べ物だ。
ウルバーニはそれを睨み付けるように、征輝へ話しかける。
「ユキテル殿。これはいったい……」
「メロンパンです」
「めろ……ぱん? つまりは、パンの一種か?」
「はい。僕のいた世界ではポピュラーな食べ物で、とってもおいしいんですよ」
焼き立てはとくに、表面の皮がカリカリサクサクしておいしいのだ。
ユキテルは粗熱が取れたメロンパンを手にすると、フェトとエレスに手渡した。二人は少しばかり緊張した面持ちだ。
「ユキちゃん、食べてみてもいい?」
フェトの問いかけに、征輝は頷いた。
「うん。熱いから気を付けてね」
フェトとエレスは同時にメロンパンに噛り付いた。途端、二人は目をキラキラと輝かせ、ほぅ、と幸せそうな顔になる。
「おいしい! こんなにおいしいパン、食べたことがない!」
エレスも感激していた。
「ユキお兄ちゃん、僕もこんなにおいしいパンを食べたことがないよ! うわぁ、うわぁ」
二人の感動ぶりに、周囲はごくりと唾を飲んだ。征輝はそれを見て、焼きあがったメロンパンを差し出す。
「あ、皆さんの分もあるので、食べてください。まだ材料があるので、どんどん焼いていきますし」
そう征輝が告げると、周囲の者達はメロンパンを皿から取って食べ始めた。カリスもメロンパンを食べて、驚いた顔をする。
「征輝……、俺と一緒に店をやらないか? このパン、売れる! 俺と一攫千金を狙おうぜ!」
「カリス、落ち着いて……」
カリスの目が本気だった。ウルバーニと子犬は無心でメロンパンを食べており、メルスは他のダークエルフの女性達と一緒に、おいしいと言い合っている。
料理長は、征輝にメロンパンの作り方を教わろうとした。だがエレスが止める。
「駄目だよ、料理長。ユキお兄ちゃんがメロンパンを作ってくれなくなるから。……メロンパンを作れるのは、ユキちゃんだけでいい」
征輝はフェトの頭を撫でた。
「他にもいっぱい料理が作れるんだ。だから、メロンパンのレシピを教えても大丈夫だよ」
「本当?」
「うん。今度もおいしいって言ってもらえるような料理を作るから、楽しみにしてて」
「……うん」
双子が笑顔を浮かべるのを確認した征輝は、料理長にメロンパンのレシピを快く教えた。後にこのメロンパンがトルテディア国の名物となるのだが、それはまた別の話である。
夕食後。征輝は双子に謁見室という場所に連れてこられた。トルテディア国の王が訪問客などに会う場所だ。しかしながら現在は人払いがされているらしく、双子と征輝以外はいなかった。青い絨毯を踏みしめて、征輝はきょろきょろしてしまう。謁見室は三階まで天井が吹き抜けになっており、いくつもの大きな柱が縦列に並んでいる。
「二人とも、勝手に入ったら怒られるんじゃないの?」
フェトはにこにこしていた。
「いいの、いいの。だいじょーぶ」
玉座の上に、丸い皮の筒が置かれていた。フェトはそれを手にすると、征輝に渡す。
「フェト様、これは……?」
「この国の王からの正式なお願いなの」
「どういうこと?」
エレスが答えた。
「ユキお兄ちゃんには、メルクアーニ国という場所に行って、この信書をメルクアーニの国王に渡してもらいたいんだ。大切なものだから、中は絶対に開けて見ちゃダメだよ」
「メルクアーニ国? どうしてそんな遠い国へ……」
征輝の記憶によれば、トルテディア国の東に位置する大国であり、海を越えた先の大陸にある。
「見聞を広めるための、留学みたいなものって思ってくれていいよ。急だけれど、明後日にはこの城を発ってほしいんだ」
「いくらなんでも唐突すぎるよ……。その命令を僕にした王様は、今どちらに?」
「また出かけたよ。放浪癖があるんだ」
「そうなんだ……」
「ごめんね。困った王様で」
「いや、いいんだ。それはそうと、どうしても行かないといけないの? メルクアーニ国……。異世界人の僕が信書を預かってメルクアーニの国王へ渡すなんて、おかしな気がするけれど……」
フェトは両手を腰に当ててむっとした。
「文句言わないの! あと、これは王命だから、絶対に行かないとダメ」
「僕一人で?」
「わんこも連れて行っていいよー」
「えー……」
エレスとフェトは微笑んでいた。
「ユキちゃん。メルクアーニ国、楽しんできてね!」
「ユキお兄ちゃん。お土産よろしく! 僕、楽しみにしているからね」
行くことが確定しているようだった。征輝はやれやれと落ち込んでしまう。
「メルクアーニ国に行ったら、確実にホームシックになるだろうなぁ……」
フェトとエレスが同時に首を傾げた。そして同時に声を出す。
「どうして?」
「だって、僕がこれまでホームシックにならなかったのは、二人がいてくれたからだもん。僕はフェト様とエレス様を、本当の家族のように思っているから」
短い期間しか接していないが、心からそう思っているのだ。
フェトとエレスは嬉しそうに笑った。そして二人して征輝へと抱きつく。
「ユキちゃん、大好きよ。嘘じゃないよ」
「ユキお兄ちゃん。ありがとう。僕達も本当の家族だって思っているよ」
征輝は二人をぎゅっと抱きしめた。