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レベル15の異世界英雄記  作者: 花鳥 千
第一部、トルテディア国の双子編
15/74

皆でメロンパンを食べます

 朝食後、征輝はフェトとエレスの面倒を見ることになった。双子の教育係を担当しているウルバーニは、別件の用事があるとのことで慌ただしくしている。

(いや、ウルバーニさんだけじゃないか……)

 はっきりと認識できるほどに、やけに城内がぴりぴりしていた。

「フェト様、エレス様。なんだか、皆おかしくない? 妙に緊張感があるっていうか……」

 征輝はエレスとフェトに竪琴の弾き方を教わっていた。楽器などカスタネットやリコーダーぐらいしか触った記憶がない。双子は竪琴を弾きこなしており、歌まで紡ぐ余裕がある。

 フェトは征輝へと丁寧に竪琴の弾き方を教えながら、きょとんとする。

「いつもと同じように見えるけれど」

 そんなはずは、と征輝は困惑した。早朝に乗馬と剣の訓練へ行った際も、大きな台車に矢が大量に運ばれていくのを見たのだ。

(フェト様とエレス様は、何も知らないのかも……)

 ならば事情を知っていそうなカリスにきくしかないか、と征輝は考えた。

 だがそんな征輝の考えを読んだように、エレスは竪琴を弾くのをやめた。そして征輝に向かってにこりと微笑む。

「きっともうすぐ、大規模な戦闘訓練があるから、それで騒がしいんじゃないのかな」

「大規模な戦闘訓練?」

「うん。なんの訓練もなくぶっつけ本番で戦うことになったら、大変でしょう? それが戦争だったらとくに」

「まぁ、そうだね……」

「戦争なんてないことにこしたことはないけれど、いつどうなるかわからないから、日頃から訓練は必要だよね。だから軍事演習をするんだよ」

 確かに訓練は必要だ。地震や火事などを想定した避難訓練も、絶対にしておいたほうがいい。

(そういえば、フェト様もエレス様も時折すごく大人びるよね……)

 子供らしい一面もあるし、大人びた一面もあるのだ。それがひどく、アンバランスでちぐはぐな気がした。

「さっきから気になっていたんだけれど、二人が歌ってるその曲って……」

 双子が声を揃えて声を高らかに歌い上げているのは、民族的なメロディーだ。ケルト音楽に似ており、聞き惚れてしまう。

『それは絶対に勝つことのできない戦だと予言されていた。

 誰もが悲観し、誰もが嘆き、誰もが死を覚悟した。


 だがたった一人だけ、その運命に抗った男がいた。


 その者は、幾千の挫折と後悔を繰り返そうと、自らの信じるもののために戦った。

 その者は、圧倒的な強者に挫けようとも、決して諦めることはしなかった。

 その者は、万の大軍に絶望しようとも、希望を見出すことを諦めなかった。


 ゆえにその者は救世主であり、闇を照らす者であり、奇跡を起こす者。


 人々はその者を、英雄と呼んだ』

 双子が歌い終えると、征輝は拍手をした。フェトは頬を赤らめて照れる。

「この国を守った英雄、ラウザート王の歌だよ」

「そうなんだ! でも、英雄として讃えられている理由がわかるよ。凄い方だものね」

 ラウザート王を思い出すと、征輝は切なくなった。

「うん。青い馬に乗って、単騎で戦場を駆けたらしいよ」

「青い馬かぁ。青毛のことかな?」

 全身が黒い馬を、青毛というのだ。征輝はラウザート王が黒い馬に乗って戦場を駆ける様子を想像する。

「今さっき歌った曲の正式な名前は英雄の詩、って言うらしいんだけれど。……昔、名も知らぬ吟遊詩人が酒場や広場で歌ったことで、今では国中の人達が知る曲になったの」

「そうなんだ」

「戦士達が自らの士気を高めるために歌ったり、戦場へ赴く者を見送るときにも歌ったりするんだって」

「へー。僕にも教えてよ。僕もこの国の歌を覚えたい」

「うん! いいよ! えっとね、まず最初にね」

 征輝は双子から歌を教わった。



 昼食の後、征輝はフェトとエレスの為におやつを作ることとなった。以前、双子に約束をしたのだ。いつか手料理を作る、と。

(昨日の昼に仕込んでおいた生地を用意して、と……)

 パンがあるのならば、天然酵母もあるだろう、と前日に生地を作って発酵させておいたのだ。ドライイーストならばすぐに発酵するものの、天然酵母となると時間がかかる。

「焼成して、と」

 石釜など使ったことがなかったのだが、料理長らに指導を受けてなんとか作ることができた。異世界人の作る料理とはどういうものか余程興味があったらしく、周囲は見物人で溢れていた。双子たちのみならず、ウルバーニやカリス、エリオット、そしてメルスや子犬まで興味深そうに眺めている。

「よし、完成」

 征輝は焼きあがったものを皿に並べた。白くて甘い香りのする食べ物だ。

 ウルバーニはそれを睨み付けるように、征輝へ話しかける。

「ユキテル殿。これはいったい……」

「メロンパンです」

「めろ……ぱん? つまりは、パンの一種か?」

「はい。僕のいた世界ではポピュラーな食べ物で、とってもおいしいんですよ」

 焼き立てはとくに、表面の皮がカリカリサクサクしておいしいのだ。

 ユキテルは粗熱が取れたメロンパンを手にすると、フェトとエレスに手渡した。二人は少しばかり緊張した面持ちだ。

「ユキちゃん、食べてみてもいい?」

 フェトの問いかけに、征輝は頷いた。

「うん。熱いから気を付けてね」

 フェトとエレスは同時にメロンパンに噛り付いた。途端、二人は目をキラキラと輝かせ、ほぅ、と幸せそうな顔になる。

「おいしい! こんなにおいしいパン、食べたことがない!」

 エレスも感激していた。

「ユキお兄ちゃん、僕もこんなにおいしいパンを食べたことがないよ! うわぁ、うわぁ」

 二人の感動ぶりに、周囲はごくりと唾を飲んだ。征輝はそれを見て、焼きあがったメロンパンを差し出す。

「あ、皆さんの分もあるので、食べてください。まだ材料があるので、どんどん焼いていきますし」

 そう征輝が告げると、周囲の者達はメロンパンを皿から取って食べ始めた。カリスもメロンパンを食べて、驚いた顔をする。

「征輝……、俺と一緒に店をやらないか? このパン、売れる! 俺と一攫千金を狙おうぜ!」

「カリス、落ち着いて……」

 カリスの目が本気だった。ウルバーニと子犬は無心でメロンパンを食べており、メルスは他のダークエルフの女性達と一緒に、おいしいと言い合っている。

 料理長は、征輝にメロンパンの作り方を教わろうとした。だがエレスが止める。

「駄目だよ、料理長。ユキお兄ちゃんがメロンパンを作ってくれなくなるから。……メロンパンを作れるのは、ユキちゃんだけでいい」

 征輝はフェトの頭を撫でた。

「他にもいっぱい料理が作れるんだ。だから、メロンパンのレシピを教えても大丈夫だよ」

「本当?」

「うん。今度もおいしいって言ってもらえるような料理を作るから、楽しみにしてて」

「……うん」

 双子が笑顔を浮かべるのを確認した征輝は、料理長にメロンパンのレシピを快く教えた。後にこのメロンパンがトルテディア国の名物となるのだが、それはまた別の話である。



 夕食後。征輝は双子に謁見室という場所に連れてこられた。トルテディア国の王が訪問客などに会う場所だ。しかしながら現在は人払いがされているらしく、双子と征輝以外はいなかった。青い絨毯を踏みしめて、征輝はきょろきょろしてしまう。謁見室は三階まで天井が吹き抜けになっており、いくつもの大きな柱が縦列に並んでいる。

「二人とも、勝手に入ったら怒られるんじゃないの?」

 フェトはにこにこしていた。

「いいの、いいの。だいじょーぶ」

 玉座の上に、丸い皮の筒が置かれていた。フェトはそれを手にすると、征輝に渡す。

「フェト様、これは……?」

「この国の王からの正式なお願いなの」

「どういうこと?」

 エレスが答えた。

「ユキお兄ちゃんには、メルクアーニ国という場所に行って、この信書をメルクアーニの国王に渡してもらいたいんだ。大切なものだから、中は絶対に開けて見ちゃダメだよ」

「メルクアーニ国? どうしてそんな遠い国へ……」

 征輝の記憶によれば、トルテディア国の東に位置する大国であり、海を越えた先の大陸にある。

「見聞を広めるための、留学みたいなものって思ってくれていいよ。急だけれど、明後日にはこの城を発ってほしいんだ」

「いくらなんでも唐突すぎるよ……。その命令を僕にした王様は、今どちらに?」

「また出かけたよ。放浪癖があるんだ」

「そうなんだ……」

「ごめんね。困った王様で」

「いや、いいんだ。それはそうと、どうしても行かないといけないの? メルクアーニ国……。異世界人の僕が信書を預かってメルクアーニの国王へ渡すなんて、おかしな気がするけれど……」

 フェトは両手を腰に当ててむっとした。

「文句言わないの! あと、これは王命だから、絶対に行かないとダメ」

「僕一人で?」

「わんこも連れて行っていいよー」

「えー……」

 エレスとフェトは微笑んでいた。

「ユキちゃん。メルクアーニ国、楽しんできてね!」

「ユキお兄ちゃん。お土産よろしく! 僕、楽しみにしているからね」

 行くことが確定しているようだった。征輝はやれやれと落ち込んでしまう。

「メルクアーニ国に行ったら、確実にホームシックになるだろうなぁ……」

 フェトとエレスが同時に首を傾げた。そして同時に声を出す。

「どうして?」

「だって、僕がこれまでホームシックにならなかったのは、二人がいてくれたからだもん。僕はフェト様とエレス様を、本当の家族のように思っているから」

 短い期間しか接していないが、心からそう思っているのだ。

 フェトとエレスは嬉しそうに笑った。そして二人して征輝へと抱きつく。

「ユキちゃん、大好きよ。嘘じゃないよ」

「ユキお兄ちゃん。ありがとう。僕達も本当の家族だって思っているよ」

 征輝は二人をぎゅっと抱きしめた。


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