91 対岸
「あれが、エルペ河だ」
ダフネ隊長が、説明してくれた。
視線の先には、遠くに大河が見える。
水面は穏やかで流れはゆるく、澄んだ水が、まるで時の流れのように悠然と流れている。
天気もよくて、川沿いで釣りでもしたら、気持ちが良さそうだ。
「かなり大きな河川なのに、水が澄んでいてきれいな河ですね」
大河でありながら、濁りが無くまるで山の中の湧き水のように水が澄んでいるのが遠くからでも解る。
元の世界では考えれない事だ。
思わず勇一は感心して、素直な感想を口にしてしまう。
「ああ、確かにエルペ河は美しい。うまい川魚も取れるから、川の岸辺沿いに多くの観光地もあるくらいだ。
だが、この美しいエルペ河が、我々にとっては……、」
ダフネ隊長が、唇を歪めて、皮肉まじり呟いた。
「神話の中で"すべて者を地獄へと流れ着かせてしまう"と伝えられ、恐れられている河
"絶望の河"と、化すだろうな」
少し離れた小高い丘の上。
遠くから目立たぬように、四人の人物が地面に寝そべった状態で、エルペ河を見つめている。
メンバーは、勇一と、アマウリ。ダフネ隊長と、リュウド副隊長の、四人だ。
本来、この四人はアリファ姫の一団の中核的メンバーなので、通常は偵察任務など行ったりしない。
だが、今回ばかりは話が違う。
前方にあるエルペ河を、その目で直接確認するべく、この四人で偵察へと出てきた。
エルペ河
その河は、元の世界では、海だった場所だ。
九州と本州の間に広がる関門海峡と呼ばれていた場所である。
この異世界では、 海面低下や、地面の隆起によって、元の世界に比べて海外線の位置がかなり変化していた。
そもそも、日本海そのものが北アイル湖と呼ばれる巨大な湖となってしまっていたりする。
九州と本州の間にあった関門海峡も、海では無くなり、その姿をより細く、より長く変化させ、エルペ河と呼ばれる大河となっているのだった。
ただ、"より細く"と言っても、それは元の海峡と比べれば細いというだけで、エルぺ河は川幅が広い所では1000m、狭い所でも200m程もある大河だ。
長さにいたっては、元は日本海の海の底だった場所から始まり、元はオオイダ県の仙崎山だった場所付近で東の大海へと流れ込む、非常に長い大河と化している。
地形的に、このエルペ河を超えない限り、これ以上、南へ進み事ができない。
アリファ姫の一団は何としても、この河を越える必要がある。
だが、大きな問題がある。
「上流の方向に僅かに見える、あの橋が見えるか?」
ダフネ隊長が、上流を方向を指差す。
その先には、石を積み上げた見事なアーチが並ぶ、巨大で荘厳な橋が見えた。
「あれが、エルペ河に掛かる橋の中で最大の大きさを誇る、カーモン橋だ。
あの橋なら、"鉄の箱舟"でも、十分に渡ることが可能だろうな」
エルぺ河には、上流の北アイル湖から、東の大海へと流れこむ間に、実に大小十二もの橋がある。
だが、全長6.74m 全幅2.38m 全高1.85m 重量14.4tある装甲指揮車が渡ることが可能な橋は、ごくごく限られているのだ。
ダフネ隊長が、言葉を続ける。
「そして、このエルペ河を渡った向こう側が、ウーノス公爵領になる」
ウノール・ガルサ・ディー・サルバニアン公爵
元アリフォニア王国貴族であり、現在は、中央ルシア正統皇帝国 帝国軍準将軍である。
そして、"売国奴"
皇帝国軍が憎しみの対象としてあえて推したてている事もあり、今や王国内でもっとも有名で、もっとも憎まれている人物。
エルペ河を超えた向こう側は、その"売国奴"ウノール公爵の領土だ。
ウノール公爵領は、長い間、皇帝国軍との争いの最前線の地であった。
その領土の、北方面には、"愚か者の道"と呼ばれる地域がある。
北アイル湖と中アイル湖に挟まれた"愚か者の道"。そこを通って、皇帝国軍は攻め続けてきた。
当然のように土地の領主であるウノール公爵も、国境を守備する王国軍とは別に、自分の兵を率いて紛争に戦いつづけていた。
その為、ウノール公爵の私兵の総数は約4万と非常に多い。
王国の正規軍以外、貴族の私兵としては、最大の規模である。
「エルペ河の向こう側が、ウノール公爵領なんですね。
と、言う事は、あのカーモン橋に向こうに有る、"あれ"って、やっぱり……」
勇一が、カーモン橋の渡った、向こう岸を指差す。
その指の先、橋の向こう側。
そこには、簡易な砦が、作られていた。
橋のたもと部分を、ぐるっと囲むように半円形に巨大な空堀が造られ、さらに巨大な丸太をうち込んだ塀が取り囲んでいる。空堀にはわざわざ簡易な木の橋が渡され、塀には木の門がつくられ、カーモン橋を渡り終えた旅人や馬車達は、そこを通り抜けていく。
明らかにその簡易な砦は、北にある"愚か者の道"がある方向でなく、王都がある東方向へ向けて守備を固めるように作られている。
かなり慌ててその砦は作成されたようだ。いや正確にはまだ完成していないらしく、遠くからでも丸太を地面に打ちつける作業音が聞こえ続けている。
更に河にそって、その上空を何かが飛んでいた。
目をこらして見ると、翼を生やした魔物の背に槍を手にした兵士が乗っている。
それは、グリフォン騎兵だった。
この異世界独自の兵種で、魔物であるグリフォンを手なずけて軍用の騎乗動物として利用した兵士だ。
ちなみに 凶暴な性質を持つ魔物を手なずけて飼育するのは難しく、膨大な手間と時間とお金が掛かる。その為、魔物を騎乗動物として利用する事は、ごくごく稀である。
グリフォンも、王国軍内でも極々少数が採用されているだけだ。
私兵として所有しているのは、ウノール公爵ぐらいだろう。
それでも、空中から敵を発見できる有意性と言うのは、軍隊にとっては、意味がある。
この異世界においては、索敵においては探知魔法を使う事が一般化している。だが、一般化しすぎているが故に、魔法妨害も非常に多くなってしまっている。
『空中から、目視で敵を発見する事』
その優位性は揺らぐことが無く、膨大な手間と時間とお金をかけるだけの価値があるのであった。
そんな希少なグリフォン騎兵が、三騎一組になり、定期的に川沿いを往復している。
橋の向こうの砦と、川の上を周回する希少なグリフォン騎兵。
それらを指差して、勇一が呟いた。
「"あれ"って、やっぱり、俺達を待伏せる為に準備したんでしょうかね?」
勇一の言葉に、ダフネが首を縦に振る。
「当然、そうだろうな」
ダフネは、鼻で笑いながら皮肉交じりに言う。
「簡易とはいえ、あれだけの規模の砦をつくるのには、金も人員も相当必要だ。
どうせ、他の橋にも同じような砦を造っているのだろう。
全部で、いったいどれだけの金と人員を使っているものやら。
さらに"金食い虫"と名高いグリフォン騎兵を使った警戒活動だ。
あれも何組か用意して、上流から下流まで、全域を警戒しているのだろうな。
まったく。
たかだか十数騎の騎兵相手に、よくもまあ、これだけ準備したものだ」
魅惑の魔法使いアマウリも肩をすくめながら、ため息まじり呟いた。
「どうやら、敵となるウノール公爵は、"限度"と言うものを知らないようですね」
ふう。
勇一は、一度、小さく息を吐き、頭の中もクリアにする。
水面に、太陽の光を反射してキラキラと輝く美しいエルペ河を見ながら自問自答した。
いったい どうやれば、向こう岸へ、
エルペ河の対岸へ、いや、"絶望の河"の対岸へ、
俺達は、無事に、渡り終えることができるんだ?
投稿が遅くなってしまって申し訳ありません。
今回からやっと四章の本編(?)が始まります。
今後も、また一週間に1~2回くらいのペースで投稿していく予定です。




