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08 約束

「なんで、ディケーネが?」


 宿を飛び出る。

 走りながら、心の中で思いだしていた。

 買取屋のフェーが言った言葉。そして、それをいわれてディケーネが怒り出した言葉


 『ディケーネ、貴方は男爵に嵌めれた借金があるでしょう! 

 このままだと借金が返せず、本当に奴隷落ちしてしまいますよ』


 道に飛び出した勇一が叫ぶ。


「ディケーネ!」


 勇一に気づいたディケーネは、唇を歪め苦々しく呟いた。


「嫌な所を見られてしまったな」


「どうしてだ? どうしてディケーネが奴隷に? 借金か? 借金が返せなったのか!?」

「解ってるじゃないか。そういう事だ」


 ディケーネがそう答えた声は、とても冷たかった。

 店先でのやり取りに気づいたのか店の中からでっぷりと太った男がでてきた。

 前に奴隷商店を覗きに行ったときも対応していた奴隷商会の店長だ。

「何をやってる、連れて行け」

「待ってくれ!」


 勇一の叫ぶは、無視される。

 用心棒らしき男たちに、ディケーネを建物の奥に連れて行かれてしまう。


「店長、ディケーネの借金がいくらかしらんが俺が返す! だから、彼女を解放してくれ」

「金を返すなんていわれても、なんのことだか。私は、彼女の借金など私はしりませんなあ」


 襲いかからんばかりの勇一に対して、店長はでっぱったお腹をなでながら、とぼけるように返答だった。


「しらばっくれんな! ディケーネは、借金のせいで奴隷になるんだろうが」


「勘違いしないでください。借金については本当に私は知りませんよ。私が金を貸したわけではありません、金貸し屋は別にいるのです。私はあくまで、その金貸し屋から、彼女の奴隷化の権利を買っただけです。

 そしてその権利を元に、彼女を魔法で奴隷化して、販売するだけですよ。たぶん、貴方の言うとおりの事情が彼女にあるんでしょうが、本当に私は知りませんよ」


「なるほど、あんたの言い分は確かにわかった。じゃあ、俺がディケーネを買う。それで、文句ないだろう」

「いやあ、ところが彼女にはすでにもう予約が入ってるんですよ」


「予約?」

「ええ、予約です。予約を入れてくださっている相手は男爵様でしてね。そんな方が予約を入れているので、とてもお売りすることは出来ません」


 もう、すでに売り先が決まっている?

 しかも相手は男爵らしい。男爵がどれだけ偉いのか解らないが、この異世界で何者でもない勇一など相手にならないだろう。どうすれば、いい?


「ああいった感じの女奴隷が必要でしたら、幾らでもご紹介しますよ。

 この前、来店して頂いた後に、ちょうどいい感じの気の強そうな美人の性奴隷が入荷しております。金髪で胸も大きいですし、先ほどの彼女よりその奴隷の方が美人ですよ。もちろん処女ですし。お値段も金貨百十枚とお買い得となっております」


「違う。奴隷が欲しいんじゃない」

 いや、ついさっきまでは奴隷を買う気でいたが、それは別の話だ。


 ディケーネ。

 彼女が奴隷落ちしてしまいそうなんだ。

 彼女には命を助けてもらった恩がある。その後も色々とよくしてくれた。

 いや、それだけじゃなくて……


「とにかく、俺はディケーネを助けたいんだよ」

「そうは言われましても、彼女は予約がはいっておりますしねえ。お客様にお売りすることはできませんなあ。

 なにやら訳があるらしくて、普通の奴隷とは思えないようなお値段ですしねえ」


 そう言ってから奴隷商会の店長は、どす黒くニヤリと笑って、一言を付け加えた。

「ちなみに、彼女の予約価格は金貨四百枚です」


 その言葉に、勇一もピンと来るものがあった。

 この異世界に来て一週間以上たつ。

 勇一だって、少しだけこの異世界の常識って物が解ってきつつあった。


「店長。金貨五百枚なら、どうだ?」


 勇一のその言葉に、店長はさらにどす黒くニヤリと笑う。



「いやあ、なにせご予約の相手が、男爵様ですしねえ。こまりましたねえ」

「金貨七百枚、言っとくが、これが俺の全財産だ。これ以上は粘っても上がらないぞ」


「うーん。どうしましょうかねえ。商売には信頼と言うものが大切でしてねえ。もしかして、元の倍の値段なんてことになったら、ひょっとすると、ひょっとするかもしれませんねえ」

「わかった、借金してでも買う。金貨八百枚だ」


「私はお金など、どうでもいいのですが、貴方の情熱に負けました。

貴方が、そこまで言うなら仕方ない。あの奴隷は、貴方にお売りいたしましょう」


 スマホの価格は八百枚なので、勇一のちょうど全財産だ。借金などと言ったのはもちろん嘘だ。

 むろん、そんな事は店長もある程度は見抜いている。元から倍ぐらいの値段でなら売る気だったのだろう。


 店長の隣にいた男が、ちょっと心配そうに声をかけていた。


「店長いいのですか? 男爵様との約束やぶって?」

「いいさ、あのケチ男爵が四百枚以上は、びた一文余計に払うとは思えない。それにあの男爵、貴族の中では三下の癖して商人相手にいばりちらしてて、気に入らなかったんだ。

 この前も売った女奴隷に後から愚痴愚痴とクレームしてきたし、そのうえトドみたいな見た目してるからな。

 正直『気にいってた奴隷が手にはいらなくて、ざまあみろ』って気分ですよ」

 店長は、チラリと勇一に視線を向けて、小さくウインクしてみせた。


「じゃあ、金をもってくるんで、待っててください」


 買取屋に向かって勇一は走りだす。

 買取屋につくと飛び込みように店に入り、スマホを売りたいと叫ぶように訴える。

 フェーが何事かと聞いてくるので、『ディケーネが奴隷落ちした、この金で彼女を買おうと思う』と簡単に説明だけした。

 その説明だけで、事情を察してくれたようだ。

『これは私からのサービスです。がんばってください』と言って、なにか酒瓶のような物を一本くれた。


 奴隷商会に金貨をもっていくと、店長に奥の部屋へと通された。

 椅子に座るように薦められ、そこで何枚かの書類にサインをするように求められる。

 勇一がこの世界の文字を掛けない。そのことを伝えると、店長は自分の国の言葉でかまわないので名前を書け、と言ってくる。言われるままに、日本語で『勇一 五百旗頭』と自分の名前を書いた。


 こんなんでいいのか?

 異世界だと書類とか適当なのか?

 勇一が不安に思っていると、店長は受け取った書類に手をかざしてなにやら呟く。

 店長の手が僅かに光りを発し、続いて勇一が書いた『勇一 五百旗頭』の文字が光り始めた。


「間違いありませんね。これで契約は完了です」

 よく解らないが、どうやら魔法で名前をチェックして、さらに契約も完了したようだ。

 簡単、確実、安心。 魔法って便利だな。


「それでは、奴隷をお連れします。おい」


 店長が近くに立っていた店の店員らしき男に声をかける。

 男は礼をしてから、部屋をでていった。


 少しの間待っていると、ドアの向こうの廊下がなにやら叫び声が聞こえてくる。

 何やら揉めている。

「おら、さっさと来い! お前の御主人様がお待ちだぞ!」

「うるさい。どうせ、待っているのはあの馬鹿男爵だろう。何が御主人様だ、トドみたいな顔して」

「お前さん、自分の立場わかってないだろう。大人しくしてた方が自分の為だぞ」

「ふん、知ったことか!」


 言い合う声が近づいてきて、ノックなどもなく、いきなりドアが開いた。

 部屋に入ってきた首輪をつけたディケーネと、ソファに座った勇一の目があった。


「ディケーネ! 怪我はないか? 変なことされてないか?」

「ユーイチ? ここで、何してるんだ?」


 ディケーネは、本気で困惑した顔をしている。

 頭の上にでっかい『?』マークが浮いているのが、見えるようだ。


「何してるって、決まってるだろう。ディケーネを助けに来たのさ」

「はああ? 助けにぃ?」


 奴隷商会の店長が、立ち上がり片手をあげて宣言するように言った。


「ディケーネ・ファン・バルシュコール。お前は、こちらのユーイチ・イオキベ様の奴隷になることが決まった。

以後、彼を主人として崇め、忠誠を誓うように」


 ディケーネには、まったく何が何だか解らない。


「まて! あのトドみたいな男爵が私を買うと決まってるんじゃなかったのか? あの男爵は、その為に色々と小細工をしていたんだろうが。

 あ! ひょっとして、この奴隷商人、大金で横流しするつもりじゃないだろうな。

 おい、ユーイチ、お前いくらで私を買った?」

「金貨八百枚」


「金貨八百枚だと?! 奴隷一人に金貨八百枚って! ユーイチ、お前は馬鹿か! 騙されてるぞ! 完全にボッタくられてるぞ! 悪いことは言わん考え直せ!」


 ディケーネは下を向き、勇一から目線をそらす。

「私より安くて優秀な奴隷など、幾らでもいる。そっちを買え」

「いや、そりゃあ、俺も優秀な奴隷を買おうとか、ついさっきまで考えていたさ。

でも、今は違う。今はただ、ディケーネを助けたいんだよ」


 満面の笑顔を浮かべたユーイチがそう言う。

 だが、ディケーネには、そんな能天気は言葉を気軽に認める事ができなかった。


 その言葉を認める事ができない。認められるはずがない。

 男爵に嵌めれて以来、二年間。

 ディケーネは、誰にも助けてもらえなかったのだから。


 父と、家を継ぐはずだった弟を同時に亡くした。

 二人を亡くしたショックで母も寝込み、結局二人の後を追うように亡くなった。

 そして女ながらに家督を継ぐことになったディケーネに近づき、裏から手を回し、すべてを奪いさっていったのが男爵だ。

 家を乗っ取られ、すべてを無くし、さらに借金まで抱えた。

 子供の頃に遊んでくれた叔父や叔母、親戚一同にも手のひらを返され、邪魔者にされた。

 体一つで放り出され、冒険者に慣れるまでには、生きる為に泥水をすするような生活をしたこともあった。

 冒険者になっても、裏から圧力があって誰もパーティーを組んでくれず、まともな依頼(クエスト)もこなせなかった。

 親切な振りをして寄ってきた者に、必死の思いで貯めた金を騙しとられた事もあった。

 女であるがゆえに、襲われそうになったことも一度や二度ではない。

 そう、この厳しい弱肉強食の世界で、同情してくれる者はいたが、助けてくれる者など、誰もいなかった。

 ただひたすらに一人で、歯をくいしばり耐えて生きてきた。

 それでも借金はどうにもならず、期限やってきしまったのだ。


 できるだけのことは、すべてやった。

 彼女はもう、覚悟を決めている。


「なぜユーイチが私を助けるんだ?」

「そりゃ俺も命を助けてもらったし、だから今度は俺が助けるのさ。ディケーネと一緒だよ」

「いや、違う。私と、お前とでは事情が違う」


 ディケーネは強い口調で即座に否定する。


「私は、弱いゴブリンが相手で簡単に助けることができたから、助けただけだ。

 もしユーイチが、私自身に危険を感じるような強い相手に襲われていたのなら。

 私は躊躇なくユーイチを見捨てていた」


 ディケーネの瞳は冷たいで、話を続ける。

「お前が大金を得るならあのスマホを売るしかない。

 あのスマホが、どれだけ凄い魔法具かなんて、魔法に詳しくない私にだって解る。あれは、吟遊詩人が語り継ぐ物語に出てくるような、伝説級の魔法具だ。

 なによりユーイチ、お前は、金にこまって自分の衣服まで売っていたのに、それなのにスマホは売ろうとしなかっただろう。それ程の宝、そしてユーイチにとっては、全財産であって、最後の希望であったろう。

 そのスマホを売って、全財産使って私を買う事と、私が片手間にお前を助けた事が、同じはずが無いだろう」


 勇一は、彼女の事情を詳しく知らないので、何をそんなに否定しているのか理解できない。

 実はディケーネ自身も、いったい何を否定しているのか解らなくなっている。

 とにかく、目の前の現実を受け入れられないだけなのだ。


 勇一には理解できなかった。

 だが、それでもディケーネが苦しみ、もがいていることだけは解った。


「あああ、もう、ごちゃごちゃ拘るなよ。 俺は、助けにきたんだよ。

 ディケーネと、約束しただろう!」

「約束?」


「ああ、約束さ! ディケーネが言ったんじゃないか!

 『もし、私が困っている時に出くわす様な事があったら、其のときにでも助けてくれ』って!

  だから……俺は、君を 助けにきたんだよ!」


 ディケーネは、ぽかんと口を開けて驚いている。

 まったく事情がのみこめない感じだ。

 そのまま、どれくらいの時間が起っただろうか。


 あはははっはっははははっははははははっはあははは

 彼女が、急に笑い出した。


「言ったな。確かに言った言ったな、そんな事」

 あははっははは、と、更に笑つづける。

「ユーイチ。お前は、私が適当に言った、あんな一言(ひとこと)を、真に受けて助けにきてくれたのか」


 彼女は楽しそうに笑い続ける。

 どこか吹っ切れたような、肩の力が抜けたような笑顔で笑い続ける。

 ずっとずっと長い間、体中に張りつめていた緊張がとけたような、そんな笑顔だった。


「助けに来てくれて有り難う。

 正直に言ってしまうとな、あのトドみたいな男爵の所になんか、心の底から行きたく無かったんだ」


 ディケーネは、急に表情を引き締めて、改めて勇一を正面見つめる。

 そして、宣言するように言ったのだった。


「ユーイチ。

 今、この瞬間から、私はお前のモノだ。

 我が身、我が剣、我が忠誠、全てをお前に捧げよう」


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