74 常識
……と、言うのが、私が得た、王城内で起こった出来事の情報です』
アマウリの声が、マイクから響く。
彼が王城内の魔法使いと接触し得た情報。
王城内の魔法使いが特殊な千里眼魔法で観たと言う、その情景の内容は、衝撃的なものだった。
王城で武力政変が発生。その首謀者は、第二王子であるクルスティアル王子。
現国王、リオメリラ第一王子、そしてその三人の幼い息子達、全員の命を奪い、武力政変は成功したかに見えた。
だが、裏切りが発生する。
ウノール公爵と商人ダスカルパ、彼ら二人の手によって武力政変を起こしたクルスティアル王子も、討たれてしまった。
彼らの背後にいるのは、『中央ルシア正統皇帝国』
更に今、この瞬間も、王都へ向けて7万もの帝国軍が進軍中だと言うのだ。
部屋の中で、アマウリの報告を聞いていた数人の者は、皆、すぐには反応できず無言だった。
少しの間、部屋の中を沈黙が支配する。
その中の一人が、沈黙を打ち破るかのように、立ち上がって告げた。
「魔法使いアマウリ様。
貴方様の御蔭で、現状を把握する事ができました。この混乱の中、これだけの情報を得るのは大変なご苦労だったと察します。
本当に貴重な報告有難うございました。この御礼は、別途、然るべき形で報いさせて頂きます」
そうお礼を述べ、見る人を一瞬で魅了するような輝くような笑みを浮かべたのは、アリファ姫だった。
『いえいえ、アリファ姫様。
姫の為に、尽力することを苦労などと感じる者など、おりませんよ。
その様な御言葉を掛けて頂けるだけで、光栄の極み。有難うございます』
マイクの向こうから、アマウリの柔らかい誠意をこめた声が返ってくる。
ちなみに、勇一達にはあえて伝えていないのだが、彼の身には敵が迫っており、非常に危険な状態だ。
かなりギリギリの状況なのだが、マイクから聞こえる声からは、そんな事態をおくびにも感じさせない。
マイクの向こうにいる彼の表情は解らない。
だが彼も、そんな状況にも関わらず、間違いなく人を虜にする様な、とびっきりの微笑を浮かべていることだろう。
「それでは、皆様。
現状も解りましたし、後の事は、お任せしたいと思います。
大変申し訳ないですが、私は少々気分が優れませんので、ここで一旦退場させて頂きます」
アリファ姫はそう言ってから、もう一度、笑顔を浮かべた後に、お供のブレッヒェさんを連れて部屋を出て行った。
しまったな。
まさか、こんな内容だとは……
会議に先駆けてアマウリさんから内容を聞いておけば良かった。
どう考えても、直接に姫様に聞かせるべきじゃないよな。
勇一は、部屋から出て行く姫様の後姿を見ながら、後悔する。
なにせ、今回の武力政変を実行したが、失敗してしまい命を落としたクルスティアル王子は、彼女の実の父親だ。
笑顔を浮かべていたが、その裏にかくされた内心は、穏やかなものではな無いだろう。
だが、アマウリのおかげで、やっとこの王都での状況が把握できた。
王城偵察の為にタツタによって遠隔操作された遠隔攻撃型ドローンは、今だ包囲中である、この白亜宮の上空で周辺の警戒に当たってもらっている。その為、そちらからは、まったく王城の情報ははいってきていなかった。
いや、たとえ王城を遠隔攻撃型ドローンに偵察させても、これほどまでに内情に踏み込んだ情報は得られなかっただろう。
「くそ、想定していた状況の中でも、最高に最低な状況だな」
ダフネ隊長が、唇の端を歪めて苦々しそうに呟く。
ちなみに、彼女も勇一達には内緒で、敵の残存兵を拷問にかけて、情報を聞き出そうとはしていた。
だが、敵の残存兵の多くが、奥歯に仕込んだ毒を飲んで自殺してしまいまともな情報を得ることは出来ずにいた。
その為、アマウリから聞いた情報は非常に有益かつ、そして衝撃的な物であったのだった。
それからすぐさま 隣に座っているリュウド副隊長に、短く指示を出す。
「作戦は"ディー"を実行する。すぐに準備しろ 1刻以内だ」
指示を受けたリュウド副隊長は、すぐに立ち上がり、早足で部屋を出て行く。
部屋の中には、勇一とディケーネとニエス、そして机を挟んで向かい合い形で座るダフネ隊長だけが残った。
ダフネ隊長は、改めて勇一を正面から見つめながら話しかけてきた。
「我々穢れなきバラ親衛隊は、これから姫様を連れて、王都を脱出し、そこから更に国外を目指す。そこでだ、ユーイチ殿と名無き者には……
『ちょっとまってください。ユーイチ殿!』
マイクの向こうから、アマウリが会話に割ってはいってきた。
「突然になんですか? アマウリさん」
『先に、少し私の話を聞いてもらえませんか?』
勇一は、話をさえぎる形になってしまったダフネ隊長のほうをチラリと見る。
彼女は、唇の端を歪めると同時に肩をすくめながら、やや皮肉を込めた口調で言った。
「構わんよ。先に仲間と話してくれ」
「アマウリさん。いいですよ。何です、話って?」
『ユーイチ殿、それでは、ズバリ要点から言います。
あなたは、何もしてはいけません』
アマウリは強い口調で、言いきる。
『特に、今後、絶対に、アリファ姫に関わっては、いけません』
「何を言いだすんですか?! アマウリさん!」
思わず勇一が、反論してしまう。
『いいですか。
アリファ姫は、武力政変を失敗したクルスティアル王子の長女です。
ハッキリ言いましょう。
今の彼女の立場は『国の転覆を狙った国賊の娘』。大罪者の娘として追われる立場です。
彼女を助力することは、大罪者に助力することになります。アルフォニア王国を敵に回すことになるのです。
彼女を捕らえて法の下でさばこうとする、王国兵。法の執行者であり、正しい行いをしようとするその王国兵を殺すことにもなりましょう。
アリファ姫に力を貸すことは『犯罪』なのです』
「何言ってるんだ?! 親が何をしようと、子供には関係ないだろう」
『ほう、面白い意見ですね。ユーイチの生まれた地方の常識では、そうなのですか?
残念ですが、ここでの常識は、違いますよ。
一族の犯した罪は、一族全体に及びます。
今後の彼女は王国軍に追われる立場で間違いありません。
彼女を捕らえようとするアルフォニア王国兵の行動が正しい行為。
大罪人の娘である、アリファ姫を守ること。
それは『正義』では無いのです!』
「だから、見捨てろって言うのか!?」
『ユーイチ殿、声に怒気を感じますよ。落ち着いてください。
とにかく、冷静に話を聞いて下さい。
彼女は『国賊の娘』であり、王国から追われる立場です。
それだけでは、ありません。
現状の王国内では、王様が亡くなり、第一王子の家族全員が亡くなり、第二王子自身も亡くなっています。
この現状において、本来ならば王位継承権第六位のはずのアリファ姫が、今や最高位の王位継承者なってしまっています。
当然、侵攻してくる中央ルシア正統皇帝国は、血眼になって、彼女を狙うでしょう。
今、7万の皇帝国軍が王都に迫っています。
もちろん王国の正規軍は抵抗して戦闘が発生するでしょうが、なにせ王国は、守るべき王が不在の状態です。徹底抗戦は無く、比較的容易に王都は陥落するでしょう。
まあ、王都が簡単に陥落する事は見方を変えれば、巻き添えをくう市民が少ないと言う事にもなるので、逆に良いかもしれません。
そして、ユーイチ殿。
あなたは、皇帝国軍にも、絶対に、抵抗して戦ってはいけません!』
「何を言い出すんだよ?!」
『別に皇帝国軍が、悪の軍団だって言う訳でもありませんよ。
王国と皇帝国軍が戦争している。ただ、それだけです。
確かに皇帝国軍は 王国の兵を殺すでしょう。
でも、王国軍だって、普通に皇帝国の兵を殺してるんですよ』
「まあ、確かに戦争なんて、そんなもんだろうけど」
『それに、勇一殿には元々、戦う理由なんて無いんです。
いいですか、冒険者と、兵士は、違います。
冒険者は、冒険ギルドに所属するために、国とは直接に結びつきの無い立場として扱われるんです。
名無き者も、公爵の依頼を受けたりしていましたが、別にアルフォニア王国の兵士と言う訳ではありません。
極端な話ですが、皇帝国の皇帝から依頼を受ければ、皇帝国の為に働く。
それが、冒険者なのです。
まあ、傭兵家業なんかに、近い立場ですよね。
ユーイチ殿は、今まで随分、皇帝国軍の特殊精鋭兵団を殺してますけど……
皇帝国の為に働く意思を見せさえすれば、逆に実力を高く評価されて、皇帝国は喜んで依頼をくれると思いますよ。
ですから、皇帝国軍に対しては、一切、好戦的な態度をとらないでください』
なんとしても、勇一には皇帝国軍とは戦って欲しくない。無茶をしてほしくない。
危険な事はやめてほしい。
アマウリは、心の底から、そう願っている。
なにせ、勇一や名無き者の身は、彼の師である大魔法使いグランに、差し出さないといけない。
こんな所で、死んでもらっては困るのだ。
『とにかく、ユーイチ殿。
アリファ姫は、王国から犯罪者として追われ、皇帝国軍からその身を狙われる。
そして、アリファ姫にも『正義』など無い。
『正義』など、どこにも、まったく無いのです!
だから、アリファ姫にも、王国軍にも、皇帝国軍にも関わらないでください。
無茶をしないでください。
あなたの大事な仲間の為にも』
アマウリは、勇一の一番痛いところをつく。
勇一が無茶をすれば、ディケーネやニエスの命を危険に晒すことになる。
もちろん、アマウリは王都まで旅した期間に、勇一がどれほど二人の事を大事に思っているか、見て知っているがゆえに、その気持ちを利用しているのだ。
ちっ この男。
くだらぬ正論を吐いてくれる。
ダフネ隊長は、嫌悪に近い感情を、マイクの向こうの、まだ見ぬ魔法使いに向ける。
だが、確かに、この男の言ってる事のほうが正論だ。
気持ちを、押し殺して黙り込む。
勇一は、一度気持ちを静めて、今アマウリから聞いた話を、冷静に考えてみる。
それから、仲間にも相談した。
「ディケーネは、今の話、どう思う」
「アマウリの言っていることは正しい」
ディケーネは即答だった。
だが、それから少しだけ考えて、一言付け加えた。
「確かに正しい。だが、"正しい"だけだ。それ以上でも、それ以下でもない」
「ニエスは、どう思う」
「正直 まったくわかりません!」
ニエスも即答だった。
それから、ニッコリと天使のように笑って、一言付け加えた。
「でも、私は御主人様についていきますよー」
「仲間との話は終わったかい?」
ダフネ隊長が、低い声を問いただす。
勇一は、無言でうなづいた。
「では、改めて。
名無き者のリーダー、"竜殺し"ユーイチ殿。
アリファ姫の護衛依頼を、お願いしたい。
期間は不明。目的地も後ほど決定する。
報酬は……、確約できない。
だが、成功さえすれば、姫が何でも、金でも、名誉でも、爵位でも、望む物をくれるだろう」
『成功さえすれば……、ですがね』
マイクの向こうから、アマウリが皮肉を言う。
もちろんダフネ隊長は、その皮肉を無視する。
「かなり無茶な依頼だとは、解っている。
だが、なんとかお願いできないだろうか?」
勇一は眼を瞑る。
皆が黙り込んで、勇一を見る。
周りの皆が勇一の答えを待っていた。
勇一が、ゆっくりと口を開いた。
「一度、アリファ姫と二人で、話をさせてくれ」
無理だ。
嫁入り前の姫を、王族以外の年の近い異性と二人っきりにさせるなど、言語道断。ありえない。
自分が守る対象である姫が、"本当に守るべき価値があるのか見定めたい"と思う勇一の気持ちは、容易に想像できるし、解らないでもない。
だが、無理だ。王国の秩序が許さない。
ダフネの口から、それらの言葉が出かけたが、ギリギリで止める。
本来なら無理だ。 しかし、今はそんな事を言っている場合ではない。
姫が無事に国外へ脱出するのは、普通に考えれば、ほぼ絶望的な状況なのだ。
だが、それでも、常識の枠を超える絶大な力を持つ彼ら名無き者がいれば、ひょっとすると、何とかなるかもしれない。
姫の為に、彼らの助けがどうしても必要だ。
ダフネ隊長は、別に『正義の味方』ではないし、『秩序の守護者』でもない。
あくまで、アリファ姫の身を守る親衛隊隊長だ。
"姫の為なら、何でもやる"
ダフネ隊長は、決意する。
それに、男と言う生き物は、単純なところがあるからな。
あの見た目は、最高に美しいアリファ姫様と、二人っきりになるのだ。
悲劇的な立場になっている美しい姫様と二人で会いさえすれば、ユーイチ殿の英雄願望を、強く刺激してくれるだろう。
いっそのこと、ユーイチ殿がアリファ姫様に惚れしてしまって、姫様の為に命をささげ戦う騎士の様にになってくれれば、なお良い。
だが、問題がある。
ブレッヒェだ。
姫にいつもぴったりと寄り添う、メイド長兼女執事、そして素晴らしく豊満な胸をもつ、ブレッヒェ。
ダフネ隊長が許しても、秩序を重んじる彼女が、ユーイチ殿とアリファ姫様が二人っきりで会うことなど許さないだろう。
「解った、その条件を飲もう。ちょっと、待っててくれ」
勇一にそう答えてから、ダフネ隊長が一旦、部屋から出る。
ちょうど眼の前を通りかかった、ワンディーに声をかけた。
「おい、ワンディー。
ダフネが呼んでいると伝えて、ブレッヒェを呼んでこい。
理由は…… とりあえず、聞いてないと言っておけ。とにかく部屋から誘い出して、ここへ連れてこい!」
――――――
勇一が、一人で廊下を歩く。
奥の部屋には、アリファ姫が一人で、いる。と、ダフネ隊長に言われている。
勇一は、廊下を歩きながら、物思いにふける。
さて、どうしようかな。
"自分は、周りに流されている"
その事を、勇一本人は、自覚していた。
この世界に来てから、俺は、周りに流されてしまってる。
確かにそうなんだけどさ、でも、それは仕方ないだろう。
異世界への転移だか、未来世界へのタイムスリップだか、よく解らないが、とにかく急にこの世界に放り込まれたんだ。
マジデ 文字通りに、右も左も解らない中で、とりあえず飯にありつく為に必死に依頼をこなしてさ。
ちょっと余裕ができたと思ったら、問答無用でエイシャ様を助ける為に大魔法使い『グリン・グラン』の館に行かされたんだ。
その後だって、トラブルが勝手に向こうからやって来て、俺を巻き込みまくり。
ちょっとくらい、流されたって仕方ないだろう。
いや、解ってる。
本当は違う。
俺が流されてるのは、俺自身のせいだ。
俺が、自分で選んだ選択だったんだ。
いや、そもそも、この世界に来る前から、俺は流されていた。
もっと勉強すれば、良い成績がとれるのは解ってた。
もっと練習すれば、試合で勝てると解ってた。
何でもいい。もっと必死に打ち込んで、もっと努力すれば人生は素晴らしいモノになる。
そんな事は解っていた。
だが、勉強も練習もそこそこで、ダラダラとゲームをやり、漫画を読んで過ごしてた。
でも、誰だって、そうだろう?
なんとなく流されて学校や職場に行って、なんとなく無難な人生を過ごす。
『そうじゃない。俺は必死に生きてる』
そんなこと胸をはって言える人が、どれだけ居るって言うんだ?!
勇一は、静かな廊下を歩きつづけた。
でも、今、俺は選択を迫られている。
ハッキリと、自分の意思で、『どうするか』を、決めないといけない。
アリファ姫が純粋に"悲劇のヒロイン"で、正義の為に戦うと言うなら、もっと簡単に割り切れたかもしれない。
でも、彼女を捕らえようとする王国の兵士には何の罪もない。
その王国の兵士相手に戦えるのか?
正義とか、仲間とか、正しい事とか、人の命とか、色々を天秤にかけて、考えて、答えを出さなきゃいけない。
アリファ姫のいる部屋は、さほど遠くにある訳では無い。
考えがまとまらないうちに、部屋の前についてしまった。
ふぅ。
部屋の扉の前で、一度、止まる。
眼を閉じて小さく深呼吸をした。
よし。
俺はやるぞ。
それから改めて、アリファ姫の部屋に入る為、扉をノックしようとする。
その瞬間。
「いャぁああぁぁぁァァあああ!!!」
悲鳴が、部屋の中から聞こえてきた。
それと同時に、ガシャンと何かが壊れる音も響く。
しまった!?
侵入者か?! 完全に油断していた!
"正面からの攻撃で気を引いて、裏からこっそり暗殺者を送り込む"
いかにも、ありそうな手段じゃないか!
勇一は反射的に、肩に掛けているレーザー小銃を構えようとする。が、空振りした。
いつも革紐をつかって肩にかけているレーザー小銃が無い。
アリファ姫に面会する時点で、当然のように武装は預けてあった。
ガシャンと、部屋の中からは、物が破壊される音がまた聞こえてくる。
くそ! 躊躇してる暇なんかない!
勇一は、何の武器も持たず、素手で部屋へと飛び込んだ。




