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73 家族


「我が弟よ! 気は確か?!」


 その問いに、男は嗤いながら答える。


「もちろん、……狂っているさ」


 男は、更に大きく嗤いながら、言葉を続けた。


「狂っているさ!

 だが! 狂っているのは私ではない。

 私ではなくて、この世界の仕組みが狂っているのだ。

 たかが数年、先に生まれただけのお前が、王となる権利を得る世界など狂っていると言わず、なんと言おうか。

 無能なお前が、俺を差し置いて王になるなど、正しいはずが無い。

 王として相応しい力、知恵、人望をもつ者こそが、王になるべきなのだ。

 そう、私こそが!

 私こそが、王にふさわしい!

 だから、私は、お前を殺す!

 そして、世界の狂いをただし!

 私が、正統な王となるのだ!」


 クルスティアル第二王子が、剣を振りあげる。


「弟よ、やめろ! やめてく……」

 命乞いも空しく、リオメリラ第一王子の首が、切り落とされた。


  ――――――



 アルフォニア王国 王城内。

 豪華絢爛な王城内においても、さらに飛びぬけた豪華さを誇る部屋。

 その豪華な部屋に敷き詰めらた厚い絨毯の上を、王子の首が、ゴロゴロと転がっていく。

 近くに立っていた二人の男の方へと転がっていき、すぐ足元で、止まった。

 その者達は、足元の首に侮蔑の視線を浴びせた後に、妙ににこやかな笑顔を浮かべてから賞賛の声を上げる。


「お見事! さすがは、クルスティアル王子!」

「お見事です、王子」


 ちょび髭を生やしたウノール公爵と、顔色の悪い商人ダスカルパの二人だった。

 今や彼らは、クルスティアル王子の右腕と左腕だ。

 ウノール公爵が所有する領地は、隣国の中央ルシア正統皇帝国と国境が接する地域で、アルフォニア王国の国防の要所である。そんな土地柄もあり、彼の保有する武力は国内貴族の中でもトップクラスだ。

 そしてダスカルパは、表向きは公式な付き合いが無い中央ルシア正統皇帝国と商品を取引する闇商人だ。非合法な取引を行う闇商人であるがゆえに、彼の持つ財は莫大で、非常に潤沢な資金を有する。

 この二人の助力のおかげで、今回の挙兵に使用した一万もの兵が、準備できたのだ。

 

 もちろん彼らとて、無料(ただ)で援助している訳ではない。

 彼らは彼らなりに、自らが支援したクルスティアル王子が王になることで、何かしらの恩恵を受ける事ができると計算してのことである。


「ふむ。ウノール公爵、ダスカルパ。

 そなた達の二人の御蔭で、今回の大儀をなす事できた。礼を言うぞ」


 すでに、年老いて体も不自由になりつつあった現国王も、討ち取った後だ。

 まだ、国内の第一王子派や、今だ正体が解らぬ"奴ら"など、問題は山積みなのだが、すでにそれらは些細な問題としか感じられない。

 とにかく、あとは戴冠式さえ執り行ってしまえば、晴れて彼がアルフォニア王国の国王である。


 やっと……

 やっと、長い旅が終わった。

 これで、我が国は間違いをただし、正しい道を進める。

 そして、私は、私があるべき、本来の姿に戻れるのだ。


 クルスティアル王子は、物心ついた時から、ずっと"正体不明の精神的な不快感"を感じていた。

 やっと、その"正体不明の精神的な不快感"から解放され、生まれてから始めて心が自由になっていた。

 彼は、今この瞬間、途方も無い幸福感に包まれている。 


 じつは、その"正体不明の精神的な不快感"の正体が、単なる"嫉妬"だということは……、

 本人以外は、誰もが気がついていた。

 だが不幸な事に、その事実をクルスティアル王子に正面きって指摘することが出来る者が、一人として居なかった。


「いや、クルスティアル王子よ。

 まだ、やり残した、大事な事がありますぞ」

「王子よ、画竜点睛を欠いてはなりません。やり残しの無きように」


 ウノール公爵とダスカルパは、そう言って、部屋の隅に視線を向けた。

 二人が視線を向けた部屋の隅には、恐怖に震える女性と、三人の子供が居る。


 リオメリラ第一王子の妻 ハルヒナ妃と、その息子達だった。

 第一王子は結婚が遅かったので、ハルヒナ妃は若く、三人の息子達は、まだ幼い。

 長男は9歳、次男は6歳、末っ子に関してはまだ1歳に満たない乳児で、ハルヒナ妃の手に抱かれている。


「お願いよ……義弟クルスティアルよ……、後生だから、子供だけは……」

 ハルヒナ妃が、震える声で懇願する。


 クルスティアル王子も、人の親である。

 子を守ろうとする義姉に懇願され、さすがに幼い子供を切り殺すのは躊躇してしまう。

 その表情が、同情と戸惑いの色で濁っっている。


 その様子を見て取ったウノール公爵と、ダスカルパが、声を荒げる。

「クルスティアル王子!

 ここでリオメリラ第一王子の嫡子を討たないと、王位継承権をもつ者を残す事になり、後々問題になりますぞ!

 御勇断を!」

「王子よ。後の憂いを絶つ為にも、御勇断ください」


 クルスティアル王子の顔に、苦悩の表情が浮かぶ。


 これも正しい世の為、仕方なき事か。

 許せ。


 クルスティアル王子が剣をふるう。

 ハルヒナ妃と三人の幼い子供達の首を次々と切って落とす。

 ハルヒナ妃の首も、三人の子供の首も切り下ろすと、ゴロゴロと、絨毯の上を転がっていく。

 偶然だろうか。

 首たちは、最初に切り落としたリオメリラ第一王子の首へと転がっていく。

 五つの首は、まるで抱きしめあう家族のように、一箇所に集まるようにして止まった。



「お見事! さすがは、クルスティアル王子!」

「王子、お見事です」

 

 拍手と共に、ウノール公爵とダスカルパの二人が感嘆の声を上げる。

 その感嘆の声に、クルスティアル王子の苦悩の表情も、やや和らいだ。


 さらに感極まったの表情をうかべたウノール公爵とダスカルパが、王子に近づく。

 そして力強く抱きついた。


「いやー 本当にお疲れ様でした。良くぞ舞って(・・・)くださいましたなクルスティアル王子!」

「感謝の言葉もありません。本当に有難うございました王子よ」


 ??

 二人の物言いに、クルスティアル王子が、若干違和感を感じた。

 だが、その違和感を問いただす前に、その体が、不自然に崩れ落ちる。


 ウノール公爵とダスカルパ、それぞれが手に持つ二本の短剣が、クルスティアル王子の体を突き刺さっていた。


「き……貴様ら、なぜこんな事を?」


「いえいえ、簡単なことですよクルスティアル王子。

 実は私は……」

 ウノール公爵は、自慢の髭をなでつけながら、嫌な嗤いを浮かべて言いはなつ。


「"売国奴"なのです」

 

 な?!

 クルスティアル王子が、絶句する。

「貴様、私ごと……、この王国を……、売り渡したと言うのか?!」


「ええ、そうです。

 中央ルシア正統皇帝国に売り渡しました。

 かなり安く買いたたかれてしまいましたがね」


 中央ルシア正統皇帝国!

 その名を聞き、やっと、自分が本当に裏切られた、いや、最初から騙されていたのだと、王子は理解した。


 ダスカルパは、そんな王子を 哀れみの目で見つめながら言った。

「ちなみに、私は、元から中央ルシア正統皇帝国の手の者です。

 商人の世界に詳しくない王子にお教えしますが、

 『国交の無い王国と皇帝国との取引』なんて、どちらかの国が裏で操って無いと不可能ですよ」

 

 そして、"奴ら"の正体も、中央ルシア正統皇帝国の特殊精鋭兵団であった。

 中央ルシア正統皇帝国はダスカルパを通して、クルスティアル王子に援助行っていた。

 それと、同時に、"奴ら"を使って二人の娘を襲ったのだ。

 王子は罠に落ち、一番の後ろ盾であったダーヴァの公爵家と、距離を置いてしまう。

 さらに、襲撃と公爵家の裏切り行為で疑心暗鬼になり、今回の武力政変(クーデター)を起こす、切っ掛けにもなってしまっていた。


 ちなみに、王国内で暗躍しているのは、"奴ら"やダスカルパだけではない。


 中央ルシア正統皇帝国は、工作員を使って、王国内のありとあらゆる武装団体にも資金援助していた。

 それぞれの団体の思想や目的、そしてお互いの利害関係など、まったく意にかいさず、ひたすら武器や、資金をばら撒いている。

 最終的な目的は、ただ一つ。

 アルフォニア王国 国内の混乱であった。

 しかも、ここ数年の事ではない。

 中央ルシア正統皇帝国と、アルフォニア王国が国境沿いで小競り合いを繰り替えしている、この百年程。

 ずっと裏で帝国の工作員が、金をばら撒き、根を張り、暗躍し、準備して、好機(チャンス)を窺っていたのだ。


 クルスティアル王子は、やっとすべての事情を察する。

 自分は負けたのだ。

 愚かにも、敵国のスパイに騙されて、

 自国を混乱させ、

 私は……、

 負けた。


 絶望と、向かい来る死の恐怖の中。

 最後に彼が思うのは、アリフォニア王国の未来では無く、自分の家族のことだった。

「私の……、私の妻と、娘達は……、ぶ、無事なのか……?」


「それぞれに精鋭部隊を送り込んでいます。

 すでに奥様は討ち取ったとの連絡を受けております。あの世で、王子を待っておられることでしょう。

 ふたりの姫様も、間をおかずにすぐ後を追わせますので、ご心配なさらないで下さい」


 ウノール公爵の皮肉めいた言葉に対して、クルスティアル王子は、何かを言い返そうとする。

 だが、口からはヒューヒューと、空気が抜ける音が出ただけだった。

 もう、恨み言のひとつも、言葉として発っする事が、できない。

 クルスティアル王子が、腕を伸ばす。

 どこか、遠くへ向けて、ずっと遠くにある何かに向けて、腕を伸ばす。

 足掻くように、もがく様に、何かを掴むような動きをしてから……、静かに崩れ落ちた。


 ウノール公爵が、クルスティアル王子に近づき、死亡を確認する。

「間違いなく、死んでおる。さて、それでは、最後の仕上げに向かいますかな!」

「ええ、そうしましょう。この戦が終われば、貴方には正統皇帝国軍の大将位が待っていますよ」


 ダスカルパの言葉に、ウノール公爵がちょび髭を撫でながら、ほくそ笑む。 

「ウノール帝国軍大将か。悪くない。悪くないな ふひひひひひひ」


 ウノール公爵は、窓際へと近づく。

 王城の窓から、火の手のあがる王城と、その向こうに広がる美しい王都に眼をやる。


「もうすぐ、我が領土を通り抜けた皇帝国軍7万の兵が、この王都に到着する頃。

 王が不在で混乱しているアルフォニア王国の正規兵など、一溜まりもないだろう。

 圧倒的な武力の前に、なすすべなく、この王都は陥落するのだ!」

 

 喋っているうちに、自らの言葉にウノール公爵が、段々高揚してくる。


「平和な王都で、文化や政治(まつりごと)ばかりに明け暮れていた 王国の貴族殿め!

 思い知るがいい!

 文化人きどりで、『これからは武力ではなく、対話の時代だ』などと戯言をのたまい! 

 長年、最前線で命を張って戦ってきた我が一族を、『時代遅れ』だの『田舎の蛮人』だのと、散々に見下してくれた恨み!

 晴らさせてもらうぞ!!」


 平和が長く続くと、その平和が武力によって守られている事を忘れてしまう。

 平和になれ、武力を忌み嫌う対象にしてしまう。

 それは、いつの時代でも、どの世界でも、同じである。


 やっと、積年の恨みが晴らせる!

 長い間、王国内で蔑まされてきた武人 ウノール・ガルサ・ディー・サルバニアン公爵。 

 彼の高揚感につつまれた高笑いが、いくつもの死体が転がる豪華な部屋に響きわたる。

 彼もまた、今この瞬間、途方も無い幸福感に包まれていた。


 そんなウノール公爵の姿を、ダスカルパは哀れみの眼で見つめている。


 人は愚かだ。

 自分だけは、大丈夫。 なぜか、すぐに、そう信じてしまう。

 自分が信じたいものだけを信じ、見たくない現実はみない。

 クルスティアル王子が騙されて使い捨てにされたのを、目の当たりにしておきながら……

 "自分も使い捨てにされる"とは、思わない。


 ウノール公爵を『時代遅れ』だの『田舎の蛮人』と罵った文化人きどりの貴族達。

 その貴族達に、裏で金をばら撒いていたのも、もちろんダスカルパだった。


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