71 隧道
おかしい。何者なんだ、こいつら?
下半身だけになって立ち並ぶ敵兵の死骸を見つめながら、グルキュフは思案する。
なぜ、ウラノスの街にもこんなに兵がいる?
王城で、火の手を上がったのは、多分武力政変が起ったのだろう。
普通ならば、王城内だけで短期集中的に兵を起こすはずだ。
王都周辺のウラノスにまで、兵を回す必要性など無いし、そんな余裕も無いだろう。
いったい、何が起こっているんだ?
ウラノスの街の中に目をやると、いくつか火の手も上がっている。
遠くから、僅かながら怒号や叫び声、剣と剣がぶつかり合う音も聞こえてきた。
どうやらまだ街中のどこかでウラノスの守衛と、敵の兵が交戦中のようだ。
どのくらいの敵がいるか解らないが、その数はけっして少なくないだろう。
それでも、王都手前の検問所のような意味あいも有るウラノスの街は、迂回する道は無く、どうしても街中を通り抜けなければならない。
「一旦、馬と馬車は捨てる。裏通りを通って街を抜けるぞ」
グルキュフは、エイシャ様の乗る馬車へと近づいていった。
許可を取り、ドアを開けた後に、一歩さがって地面にひざまづき頭をたれる。
「エイシャ様。申し訳ありませんが、馬車を降り歩いて頂かなければなりません。
お手数をお掛けして申し訳ありませんが、私がお守りしますので、宜しくお願いいたします」
「私は、構いません。よしなに」
エイシャは、微笑んでいる。
彼女はグルキュフの事を心の底から信頼している。
なにせ、大魔法使い『グリン・グラン』の館での、あの絶望的な状況から自分を救ってくれたのだ。
いや、実際は、信頼以上の強い思いがある。
ちなみに、彼女の中では、グリングランの館で助けにかけつけた『名無き者』達は、グルキュフの指示で動いていた事になっている。あの脱出劇はすべて、グルキュフの手によって計算された物だったと思い込んでいるのだった。
もちろん、そう信じこませたのは、グルキュフである。
「よし、リィとルゥは仮面を外しておけ」
グルキュフの指示に二人が小さく頷く。
リィが白い仮面を、ルゥが黒い仮面を外し、仮面の下から、狐目の少女の顔が現れる。
リィの赤い眼と、ルゥの青い眼が、鈍い光りを放つ。
「それと、クラウディアは、この"愚陋 "と一緒に行動しろ。勝手な行動をしないように見張っておけ」
グルキュフの指示に、クラウディアは無言で頷く。
愚陋 と呼ばれたヤヌザイは、一瞬不満そうな顔をみせた。
だが、グルキュフが睨みつけると、すぐさま負け犬の様に シュンとなって、指示に従った。
「では行くぞ。
"ウロガエル"、道は解るな? 先導しろ」
「まかせてくれよぉぉおお。グルキュフのだんなぁあ。
ダーヴァ方面に抜けるのにぃいい、来るときに使った大門じゃなくてぇええ、一部のぉお役人が使う、ちっこぉぃい通用門があるから、そっから逃げるぜぇえええ」
モヒカンの男"ウロガエル"の返事に、グルキュフは満足げに頷く。
彼は多くの街で、その街の住人ですら知らないような抜け道や、裏道を熟知していた。
"逃げる"事に関しては、これほど頼りになる男もいないだろう。
「もっちろんんん、敵の気配や、生臭い血ぃの匂いを避けぇてぇ、敵に出会わないようにしてぇ進むぜぇえええええ。
血ぃなんて、処女相手にした時に、自慢の息子ちゃぁあんが、べちゃべちゃ浴びるだけで十分だからねぇえええええ」
下卑た冗談を言ってから、げひゃひゃひゃひゃひゃと、下品に笑う。
その笑いに、グルキュフは不快感を隠そうともせず、露骨に顔をゆがめた。
「黙れ。くだらない事言ってないで、先を急げ」
「へぇええい」
――――――
『水と炎の旅団』とエイシャ様は、火の手が上がっている所や喧騒、血の臭いをさけ、裏通りを通って通用門を目指す。
時には道脇に塵が溜まり汚水が洩れ流れるような路地を通り、時には体を横にしないと通れない程狭い路地を抜けていく。
街の所々に、死体が転がっているし、建物を挟んだ一本隣の通りからは、激しい戦闘の喧騒も聞こえてくる。
エイシャ様は、兵士達の悲鳴が聞こえるたびに、ビクッと体を震わせた。
恐怖で足が止まりそうになってしまう。
だが、それでも隣で自分を守っていてくれるグルキュフの姿が彼女に勇気を与えてくれる。
彼女は健気に歩き続けた。
そして、なんとか無事に、もう少しで通用門と言う所まで辿りつく。
細い路地からモヒカンの男が顔だけ出して、道の先にある通用門を覗き見る。
「あ、駄目だぁ こりゃ」
モヒカンの男が、情けない声を上げた。
何がある?
グルキュフが、続いて細い路地から顔だけ出して、道の先を覗き込んだ。
――あれは!?
道の先。
通用門の手前に、敵の集団がいた。
長さ3mはあろうかという長い槍を右手に構え、体全体を隠せるような盾を左手にもった完全武装の兵士。
完全武装の兵士達が、道いっぱいまで横に20人、びっしりと隙間なく並ぶ。さらに20人が横に並んだ列が、縦に5列、連なっている。
指揮官等を別途含み合計約100人になる部隊が、通用門への道を塞いでいた。
その部隊を見て思わずグルキュフは、心の中で叫ぶ。
あれは……
長槍重装歩兵密集陣形部隊!!
密集して横一線に並び、大盾を並べるようにして構え、盾の僅かな隙間から前方へ長槍を突き出す長槍重装歩兵密集陣形
その陣形は密集しているが故に、柔軟性に掛け、機動力は劣るところもある。
だが、正面からの攻撃に対して圧倒的なまでの強さと守備力を誇る。
長さが3mもあるような長槍相手では、剣の攻撃はまともに届かない。
リィとルゥの魔法攻撃も、びっしりと並べられた大盾で、塞がれてしまい効果が出ずらい。
それに、そもそもこれだけの人数相手に正面からまともに戦って、勝てるとは到底思えない。
不味いな。
グルキュフの顔が歪む。
「ほかに街を出る門は無いのか?」
グルキュフの問いに、モヒカンの男は大げさに方をすくめてみせる。
「ここ以外はぁあ、大通りから出る大門だけだぜぇええ。
そっちはぁ、もぉぉおおおおおおおおぉぉぉっと、いっぱいおっぱい敵がいるとおもうぜぇえ」
どうする?
グルキュフは急いで今後の行動を思案する。
だが、考える時間すら無かった。
「あそこに、不審者がいるぞ!」
後ろから、声が聞こえてくる。
「冒険者らしき武装集団発見」「兵を回せ」「付近の部隊に応援要請だせ」「路地は狭い。弓部隊下がれ。槍歩兵、前へ」
後方、細い路地の奥から次々と指示する声と、多くの兵士が動き回る喧騒が聞こえる。
続々と後方に兵が集まってきているのが解る。
「くそ!」
グルキュフが思わず口にだして、悪態をつく。
前方には長槍重装歩兵密集陣形部隊。
後方には、どんどん集まってくる敵の集団。
現状なら、まだ数の少なく隊列も整っていないであろう後方へと討って出て、逃げるべきだろう。
だが、後方へ逃げてどうする?
このウラノスの街中に、どれだけ兵がいるんだ?
たとえウラノスを抜けても、王都へと逃げ帰るのか?
いや、ありえない。
このウラノスすら包囲されているのだぞ。明らかに王都全体が危険だ。
ダーヴァに無事帰還するには……
前方を、突破するしかない!
意を決したグルキュフが、指示を出す。
「前へ討って出る! 強行突破だ!!」
他人が聞けば、無謀としか思えないその指示に、『水と炎の旅団』の全員が、文句一つ言わずに動き出す。
クラウディアが、巨大なタワーシールドを前面に構えて先頭に出た。
「いくぞ、ヤヌザイ、ウロガエル! しっかり私に着いて来い!
とくにヤヌザイ、勝手な事するんじゃないよ!」
強大な敵集団への攻撃の前に、あえて声に出して指示して、気合を入れる。
ヤヌザイは、やや不服そうな表情で頷き、モヒカンの男は軽口を叩く。
「任せろぉお。クラちゃんのせくしぃおケツに、ぴったりくっつくぜぇ」
その軽口を無視して、クラウディアは通りへと飛び出した。
タワーシールドを構えたクラウディアの後ろに、ヤヌザイ、モヒカンの男が続く。
三人は縦に並び、まるで重装甲列車のように突撃する。
前方には、長槍重装歩兵密集陣形部隊が雌伏している。
横に並んだ20人が、肩と肩がふれあいくらい密集して盾を構え、まるで全体で一つの強固な生き物のようにみえた。
盾の隙間から無数の長槍をまるでハリネズミのように針のように突き出し、近づく者すべてを串刺しにする為に、待ち構えている。
そこへ、正面から
重装甲列車と化した三人が、突っ込んだ。
うおおおおおおおおお!
クラウディアが吼える。
貫こうと襲いくる長槍を、強大なタワーシールドで、弾き、逸らし、そして叩き折りながら前へと突き進む。
そのままの勢いで、最前列の敵の盾に、タワーシールドで体当たりをかました。
盾ごと敵兵を吹き飛ばす。それでも勢いは止まらない。
さらにその後ろ、2列目の敵の盾にぶち当たり吹き飛ばす。まだ、勢いは止まらない。
さらにその後ろ、3列目の敵の盾に体当たりをかました所で、やっとその足が止まった。
ひゃっほぉぉおおうぅ!!
クラウディアの後ろにぴったりとくっつき、敵集団のど真ん中まで来たモヒカンの男とヤヌザイ。
奇声を上げたモヒカンの男が、右側の敵を切りつける。
無言で、やや仏頂面のヤヌザイが左側の敵を切りつける。
巨大な盾と槍を持ち、密集して並んでいる重装歩兵は、側面からの攻撃に脆く殆ど抵抗できずに切り殺されていく。
長槍重装歩兵密集陣形の前面に楔型の穴が開く。
その穴に、ダーヴァの街最強の魔法使い"呪われた双子"リィとルゥが飛び込んだ。
右にリィの、炎の壁
左にルゥの、水の壁
開いた穴の左右に魔法の壁を作りだし、敵の侵入を防いでいく。
だりゃぁあああああああ!
クラウディアが、ふたたび吼える。
足を踏み込み、膝を曲げ腰を落としてから、一気に体全体の力を前方へと爆発させた。
タワーシールドで、超至近距離からの体当たりをかます。
暴走機関車のように突き進む彼女を、長槍の懐に入られてしまった敵には止める手立てがない。
3列目の敵を吹き飛ばし、さらに一歩、敵の奥へと前進した。
間髪いれず、モヒカンの男とヤヌザイが左右の敵を切り殺し、穴を広げる。
すぐさま、リィとルゥが炎と水の壁を作り、穴への敵の侵入を防ぐ。
がぁあああああああ!
前進を続けるクラウディア。
彼女は、五列目、最終列の敵をも、盾ごと吹き飛ばす。
すぐさま、モヒカンの男とヤヌザイが穴を広げ、リィとルゥが炎と水の壁を作り出す。
とうとう
長槍重装歩兵密集陣形部隊の真ん中を貫通する……
炎と水で構成された、一本の隧道が完成した。
「エイシャ様、失礼します」
そう言ってから、グルキュフは、エイシャ様を抱きかかえる。
そして、その炎と水で構成された幻想的な隧道の中を
エイシャ様を抱きかかえたグルキュフが、疾風のように走りぬけていく。
そもそもグルキュフは、まともに戦う気など、最初からさらさら無い。
長槍重装歩兵密集陣形部隊の真ん中にできた炎と水の隧道を走りぬけ、更にその後ろにあった通用門も抜けていく。
見事に目的どうり、エイシャ様を守り、ウラノスの街を突破したのだった。




