70 天賦
「イャッホォォオオゥ!!」
まったく必要無い、無駄に陽気な掛け声と共にモヒカンの男は、馬の腹を蹴った。
馬は軽い嘶きを挙げてから、さらに加速する。
先頭を走るモヒカンの男の後を追うように、エイシャ様を乗せた馬車と、それを守る『水と炎の旅団』のメンバー達の馬が奔る。
王都の手前にあるバックス山、その山道を駆け上っていく。
彼らは もう少しで頂上にある街ウラノスへたどり着く所まで来ていた。
王城で火の手が上がると、王都を守護する王国第八軍の指揮官であるピルロゥ伯爵は、すぐさま判断し王都の門をすべて閉じる命令を出している。
混乱に乗じた外から攻撃を受けない為と、さらに、王都から不審者を逃がさないための処置だ。
その指示により、王都の門が閉められる直前に、『水と炎の旅団』とエイシャ様を乗せた馬車は、王都の脱出するのに成功していた。
見事なまでの逃げ足である。
王城の火の手を見てから判断して逃走の準備をしていたのでは、間に合わなかったであろう。
グルキュフは、もとから『王都で何かあったら、例え関係有ろうが無かろうが、すぐさま安全なダーヴァの街まで、エイシャ様を連れ帰る』と決めていて、その準備も事前にしてあったのである。
ただ、グルキュフの守るべき対象はあくまでエイシャ様だけだ。
その他のお付きで来ていた貴族のパランツィアーノ達は、連れて逃げてきていない。
それどころか、エイシャ様の乗る馬車もクラウディアが操っていて、御者すら連れてきておらず、馬車の中にも本当にエイシャ様が、一人いるだけだ。
完全主義者のグルキュフらしく、迅速かつ、すべてが徹底した行動だった。
「おっとぉ! ちょほぃいと ストッピイィ!」
モヒカンの男が急激に馬を止め、手をあげて後ろにも停止を命じた。もうウラノスの街に着く直前の場所だ。
ヒクヒクと、モヒカンの男が鼻を動かしながら言う。
「こりゃぁヤバぜぇえ、グルキュフのだんなぁ」
「どうした? 何があった?」
すぐにグルキュフが馬を寄せてきて、質問をする。
「血ぃの臭いがしやがる。しぃかも、生娘のやっちまった時の股みてぇえにぃいいい、新鮮で大量の血だぜぇええええ」
モヒカンの男の下品きわまりない軽口は無視して、グルキュフは眉をひそめ、道の前方を見つめる。
山道は斜面を曲がりくねりながら登っているうえに、木々に囲まれているので、距離は近いはずのウラノスの街はまだ見えない。
王都すぐ手前にある、バックス山の頂上に位置する街『ウラノス』
この街は、王都手前の検問所のような意味あいも有る街だ。
その為ウラノスの街を回避するような道は無い。どうしても街を通り抜けるしか選択肢はなかった。
詳しい情報が欲しい所だな。
くそ! あの愚図がいれば……
探知魔法が得意だった小太りの魔法使いティブラを、前回の依頼で亡くしてしまっている。
今、メンバーに居る魔法使いのリィとルゥは、攻撃魔法に特化した魔法使いで、探知魔法等の補助魔法はかなり苦手としていた。
その為、今の『水と炎の旅団』は周辺警戒に、このモヒカンの男の知覚と経験と感に頼らざるをえない状況だ。
一応モヒカンの男の周辺を探る能力は、並みの盗賊業などよりずっと高く、一流の技と言っていいレベルではある。
だが、それでもティブラの超一流の探知魔法と比べると、かなり見劣りしてしまう。
まあ、いい。愚痴を言っても始まらん。
「とりあえず、警戒しつつ進むぞ」
グルキュフの指示のもと、一団は慎重に歩を進める。
しばらく進むと、木々の向こうに、ウラノスの街の城壁と、街へ入るための門が見えてきた。
門の前で、黒装束の集団がたむろしている。
そして、その足元には本来の門番達が、死体となって転がっていた。
あいつら、何者だ?
数は八人か。倒せぬ事は無いが、街の中にも当然仲間がいるだろう。
出来るなら厄介ごと避けたい。
そうグルキュフが思案していると……、
いきなりヤヌザイが、一人飛び出した。
馬を飛び降り、数人の敵に向かって、たった一人走り出す。
そのあまりに勝手で愚かな行動に、グルキュフは、思わず絶句する。
「まったくあの大馬鹿が! 一人で勝手に飛び出しやがって!」
あわててクラウディアは馬車の御者から飛び降り、一人で飛び出したヤヌザイの行動をフォローする為、追いかけ走り出す。
ヤヌザイは、細く長いがややガニ股の脚で、ドタドタといまいち不恰好な走り方で敵に向かう。
なんとも不恰好な走り方だが、意外と速い。
あっと言う間に敵に近づき、両手もちの大剣を振りかぶる。
その大剣はヒョロッとしたヤヌザイの体型に対してあまりに大きすぎて、振りかぶった格好も、不安定で洗練されておらず、非常に不恰好だ。
ヤヌザイの細い腕の力だけでは、その大剣を振り切れない。
体全体を使って豪快に、敵を真っ二つにするような勢いで、大剣を横に振りぬいた。
もちろん、そんな大振りな攻撃が当たるはずもない。
一番先頭にいた敵は、一歩下がって、その大剣を軽く避けた。
全力で大剣をふりぬき、かわされたヤヌザイは、振りぬいた大剣が大きすぎる事もあってバランスを崩し、フラフラと転びそうになる。
隙だらけの格好だ。
その隙を突いて、敵が余裕をもって剣を振りかざし、ヤヌザイを貫こうとする。
よけられない。
見ている誰もが、そう思ったろう。
敵兵も、完全に自分の攻撃がヤヌザイを貫いたと確信していた。
だが、ヤヌザイは、フラフラとふら付いた足取りで、転びそうになりながらその攻撃を間一髪で避ける。
更に、避けるだけでない。
自分の体を中心に駒のように回転させ、一度振りぬいた大剣で、再び敵を切りつけた。
全体重を乗せたヤヌザイの大剣は、見事に敵を上下真っ二つに切り裂く。
敵の上半身が大量の血を撒き散らしながら地面に転がり、下半身はその場に、そのまま立ち尽くす。
後ろで見ていた敵も、最初は何が起こったのか理解できなかった。
思わずポカンと口を開けて、地面に立ち尽くす下半身だけになった仲間を見つめる。
わずかな空白の後、周りの敵兵達も慌ててヤヌザイに対して剣を構えた。
数人の敵が一斉に切りかかる。
その敵に向かってヤヌザイは、またも体すべてを使って不恰好に、大剣を横へ振りぬく。
もちろん、その大振りな攻撃は当たらない。敵兵全員が、後ろに一歩さがって簡単にかわす。
かわされたヤヌザイは定まらない足元で、フラフラとしている。
敵は、先ほどの攻撃を見ているので、警戒してすぐには飛び込まない。
一拍を置いても、ヤヌザイは相変わらずフラフラしていた。
強大な大剣に対して、明らかにヤヌザイの体は細すぎて筋力が足りていないので、踏みとどまる事ができないのだ。
フラフラが収まらない姿を見て、敵の一人が切りつけようと、剣を振りあげ一歩踏み込んだ。
その瞬間。
ヤヌザイが目にも止まらぬスピードで回転する。
そして、またも敵を真っ二つに切り裂いた。
上半身が地面に転がり、二つ目の下半身が、並ぶように立ち尽くす。
敵兵の一人が、叫ぶ。
「動きに惑わされるな! 一気に襲い掛かれ!」
敵は取り囲むようにして、同時に襲いかかる。
ヤヌザイは大剣を振り回し、フラフラと定まらない足つきで、クルクルと駒のように回転した。
それは大剣を振り回しているのか、それとも、細いヤヌザイの体が大剣に振り回されているのか、見ている者からは解らないような、とても不安定な回転だ。
だが、襲いかかる敵兵の攻撃をフラフラと避け、次々に敵を真っ二つに切り裂く。
敵兵の上半身がゴロゴロと地面に転がり、立ちつくし大量の血を噴出す下半身を、次々と作り上げていく。
遅れて追いかけてきたクラウディアが、やっと走りついた。
「遅すぎです、クラウディアさん。もう、天才の僕がすべてやっつけちゃいました」
「ああ、そのようだな」
クラウディアは、周りを見廻す。
下半身だけになった敵兵が、声もなくまるで柱のように、その場に立ち尽くしている。
あまりに壮絶で、そして、どこか滑稽にさえ見える風景。
それから、改めてヤヌザイの神経質そうな細い顔をみる。
本当にこの優男。
筋力も、体力も、速さも、経験も、人としての魅力も、何もかも足りていないのだが……
才能だけは、本物だな。
「うっひょぅううう! ヤヌザイちゃぁあん。相変わらずぅ見た目に似合わぬ、えぇぇげつなぁい強さだねぇええええ」
後から追いついてきたモヒカンの男も、その惨状を見て、感嘆の声をあげる。
ふふん。
ヤヌザイはその言葉に鼻を鳴らし、得意げな表情を浮かべる。
その表情は、ちいさな子供が『良い事』をして他人に褒められた時に浮かべる満足気な表情に、そっくりだった。
遅れて、リィとルゥも追いついてきた。
敵の下半身だけがまるで柱の様に地上に立ち続ける残酷でありながら、どこか前衛芸術のようなシュールな風景をみて呟く。
「スゴク ザンコク」
「スゴク キレイ」
「おい!」
更に後からやってきたグルキュフが、馬に乗ったまま上から声をかけた。
その声にヤヌザイは、ビクっと体を反応させる。
「勝手なことをするな! 俺の命令に従えと言っただろうが。まだ解らないのか、蒙昧愚劣な屑が!」
グルキュフの強い口調に対して、ヤヌザイは妙に怯えた様子で答える。
「あの、いえ、その、解ってます。ちょっと、その、あいつら弱そうだったし、調子にのっちゃって」
「うるさい。わかっているなら、二度とするな、この愚陋 ! また勝手なことしたら、次は許さんぞ!」
「はいぃ。調子のってすいませんでした。本当にすいませんでしたグルキュフ様 許してください」
真っ青な顔をして、平身低頭、ぺこぺこと頭を下げて許しを請う。
そのヤヌザイの様子を見て、モヒカンの男は面白い見世物でもみるかのように愉しそうに、げへへへっへへと笑い声を上げる。
クラウディアは、何も言わず、ただ無言で肩をすくめた。
ヤヌザイの調子に乗る性格は元来の物だが、グルキュフに対するオドオドした態度には、別にちゃんとした原因がある。
それは、ダーヴァの街で、『水と炎の旅団』が、新しいメンバーを決める為に開いた採用試験にヤヌザイが来た時の事だった。
――――――
『水と炎の旅団』が、新しいメンバーの募集をかけたら、数十人の者が集まってきた。
なにせダーヴァの街でも1、2を争う人気も実力もあるパーティのメンバー募集だ。
近隣の街の者や、すでに別のパーティに入っていながら仲間には内緒で受けにくるものや、かなり腕自慢の剣士まで、様々な人が集まってきた。
集まった中からメンバーを選ぶべく、実戦ベースの採用試験を行ったのだ。
そんな中で、傑出してヤヌザイは強かった。
"天賦の才"
その言葉が、彼のすべてを表している。
体も細く、力もなく、さほど速さがある訳でもない。だが、強い。
敵の攻撃を感覚だけで巧みに交わし、自分の攻撃を直感だけで見事に当ててみせる。
剣術を磨くために入った道場で、たった三ヶ月で『お前に教える事など何もない。頼むから出て行ってくれ』と、師匠に土下座して懇願された程の才能。
これから十年程、更に体を鍛え経験を積んで順調にいけば、あの元『十傑』"爆風"のアドリアーンすら凌駕するであろう逸材。
それが、ヤヌザイ・ヴァ・アルドナリン。
そして、そんな才能溢れる若者にありがちな話だが……、ヤヌザイは、底抜けに自惚れていた。
試験の終盤、ほぼ採用の決まっていたヤヌザイが、突然こんな事を言い出したのだった。
「あのさぁ、グルキュフ。
僕を採用するにはいいけどさあ、いっその事、僕を『水と炎の旅団』のリーダーにしないか?
だってさぁ、強い者がリーダーになった方が、いいだろう?
僕のほうがグルキュフより強いんだから、僕のほうがリーダーに適任だよ」
自信満々に、そう言い放つ。
確かに、単純な剣術の腕だけなら、ヤヌザイの方が強い可能性も十分に有る。
生意気な事を面と向かって言われたグルキュフだったが、別に怒りを露わにする訳でもなく無表情なままだった。
「では、正々堂々と勝負して、どちらがリーダーか決めるとしよう」
そう言ってから、静かに立ち上がり、近くに置いてあった手合わせに使う樫の木でつくられた木剣を二本、手に取る。
「真剣じゃなくて、木剣で勝負かぁ。
まあ、グルキュフだって僕に負けて死にたくないだろうから、仕方ないかぁ。
それで、勝負してあげるよ」
ヤヌザイは上から目線で、木剣での勝負を了解する。
「始めるぞ。受け取れ」
ヤヌザイの不遜な言動は無視して、グルキュフは木剣を投げてよこした。
ヤヌザイが、その木剣を空中でキャッチする。
と、同時に、前触れ無しにいきなりグルキュフは、眼くらましの魔法を使った。
「な?!」
すぐ間近で光る眼くらましの魔法の輝きに、ヤヌザイは視力が麻痺し、動きが止まる。
そんなヤヌザイの体に、グルキュフが木剣を容赦なく叩きつける。
最初の一撃で、ヤヌザイの手を狙い、剣を握る指を叩き折った。
「ず、ずるいぞ!」
ヤヌザイが、叫ぶがグルキュフは手を止めない。
魔法剣士である彼にとって、魔法はずるいことでも何でもなく、真っ当な攻撃だ。
視力がなかなか回復せず、指の骨を折られ剣を握ることもできないヤヌザイは、まともに反撃もできない。
木剣で殴られ続け、顔はみるみる膨れ上がり、鼻血を流し、体中に痣ができていく。
「ま、参りました」
ヤヌザイがそう叫んで、負けを認める。
だが、その言葉を無視してグルキュフはさらに力を込めて殴り続けた。
肩の骨が折れ、腕の骨が折れ、鼻が折れ、顔中が血だらけになっても殴るのをやめない。
「まいり……ました。僕の負けで…… ほんとう…… まいりま……」
地べたに這い這いつくばって、自分の負けを認めるヤヌザイ。
その姿を、グルキュフは冷たい目で見下ろす。
それから回復薬を投げつけた。
ヤヌザイが震える手で、その回復薬を拾って飲む。傷がふさがり僅かに体力が回復した彼は、ヨタヨタと立ち上がろうとする。
そのヤヌザイを、グルキュフが、またも木剣で殴つけた。
足の骨を折り、肋骨を折り、顎を砕き、心を砕く。
動けなくなるまで殴りつけた後に、また回復薬を投げ与える。
その回復薬をヤヌザイが飲み、僅かに復活すると、また木剣でボコボコに殴る。
それを更に二度程、繰り返す。
とうとう、地べたに這いつくばったヤヌザイは、グルキュフが回復薬を投げ与えても拾おうとしなくなった。
『この回復薬を飲むと、また殴りつけられる』
心が完全に折れ、痛みへの恐怖が心を支配し、回復薬を拾うことを拒んでいる。
「…… すい……せん。 ゆる……ください すいませ…… ゆるし…… すいませ…… すいま……」
地べたに這いつくばったまま、ただただグルキュフに許しを請う。
そのヤヌザイの頭を、グルキュフはブーツで踏みつけた。
「ふん、これで解っただろう、愚陋 が。
私の言う事には、絶体に逆らうな。これからは、ちゃんと、私の名に"様"の敬称をつけろ。
それと……」
グルキュフは、これ以上ない、冷たい声で言い放つ。
「死ぬときは、誇りと気品を持って、ちゃんと死ね。
今後は、絶対にみっともない姿で恥をさらすな。
なにせ、今日からお前は、誇り高き『水と炎の旅団』のメンバーなのだからな」




