表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/96

06 暗雲


『ホーンウィーズル退治』


 エグニ村からの依頼で、最近、森から魔物のホーンウィーズルがでてきて、農作物や家畜に被害があったらしい。それを退治してほしいとの内容だった。

 非常に解りやすい依頼(クエスト)らしい、依頼(クエスト)だ。

 ちなみに報酬は銀貨五枚。


「ところで、ホーンウィーズルって、どんな魔物なんだ?」

「角の生えたウィーズルだ」

 うん、そのまんまだな。

 ディケーネの説明は単純明快だった。勇一はそれ以上追及するのはあきらめた。

 まあ、ひょっとすると、ここら辺が、言葉を翻訳してくれるペンダントの限界なのかもしれないな。


 ディケーネは、冒険者ギルドを出た後、街の門へと向かって歩いている。

 勇一はその後ろを追って歩く。


「ちょっと嫌な予感がするから、さきに聞くけど、その依頼先のエグニの村って、どの辺りにあるんだ?」

「街をでて、北東に三時間程歩いたところだな」


 やっぱり……、片道三時間、往復六時間か……

 勇一の悪い感が当たった。

 それでも、文句を言っても始まらない。とにかく歩く歩く歩く。


 異世界に来てから、殆どの時間を歩いて過ごしてるな 俺。

 そんな事を思いながらも、とにかく歩き続けた。


 ――――――


 朝出かけるのが早かったので、昼前には、エグニの村近くの森に到着した。

 森の中に入ったディケーネは、耳をすませ、鳴き声がしないか確認したり、足元の草むらを掻き分けて足跡を探したりしながらゆっくりと進んでいく。

 ふいにディケーネの、表情が厳しくなった。


「頭を下げて、静かについてこい」

 二人で腰をかがめて少し進み、草むらの中に体を隠して止まる。

 草むらから、ディケーネが前方を指差した。

 その指先の方向に視線を向ける。


 あれがホーンウィーズルか。


 それは、頭に一本角を生やしたイタチだった。

 元の世界のイタチより二周り以上大きい。そして、名前の元になっているでああろう、頭の角は30センチ程の長さがあり、先端は見事に尖っていてる。口には長めの牙もあり、かなり凶暴そうな雰囲気だ。

 そんなホーンウィーズルが六匹いる。


 草むらの中でディケーネが、勇一に体を寄せてきた。

 体がぴったりと寄り添う。

 しかも、声が漏れ聞こえてしまわないように気にしてなのだろうが、物凄く顔を近づけてきて耳元でささやくように話しかけてくる。


「いいか、ユーイチ。まずは、私がいく」


 ディケーネが耳元で囁く。

 近い。とにかく顔が近い。ディケーネの綺麗な顔が、すぐ横だ。

 身体の触れた部分から、ディケーネの柔らかさと、体温の暖かさが伝わってくる。

 耳元で、さらにディケーネが囁く。

 ちょっと顔を動かすだけで、耳たぶと唇が触れてしまうような距離で囁く。


「ユーイチは始めてなんだろう? 無理はするな」


 耳たぶにディケーネのやわらかい息が吹き掛かるのが感じられる。こそばゆい。

 少し濡れた薄紅色の唇が、耳たぶのすぐ横で動く、その動きさえ感じられるようだ。やばい。

 

「おい、ユーイチ聴いてるか? 緊張して、体が堅くなっているのか?

 確かに誰でも初めてだと、堅くなって無理はないが、大丈夫か?」

「いやいやいや、大丈夫、大丈夫。その、始めてだけど、経験ないけど、大丈夫、固くなってるのは違う理由で、いや、堅くなっていると言ってもあくまで体全体のことで、うん、大丈夫、決して変な意味で堅いわけではなくて…うん、とにかく大丈夫」


「良くわからんが、とりあえず大丈夫なんだな? いけるんだな?」

 いけます、いけます。勇一がうんうんと、うなずいた。

 あ、今、耳たぶに触れた気がする! ちょっとだけ!


「じゃあ、 いくぞ!」

 そんな勇一の内心は無視して、ディケーネが草むらから飛び出した。


 飛び出すと同時に、一匹のホーンウィールズの首を跳ねる。

 更に一歩踏み込み、返す刃先で、もう一匹の首を跳ねる。

 一瞬にして二匹のホーンウィールズが葬られた。見事としか言いようの無い、剣捌きだ。

 突然の襲撃に、あわてて残りの四匹が広がるように動き、ディケーネを取り囲む。


 その中の一匹が、勇一の存在に気づいたようだ。

 クルリと向きを変えて、こちらに迫ってくる。

 勇一も立ち上がり、槍を構える。

 ホーンウィールズは角をこちらに向けて、地面を這うように走りよってくる。


 俺も負けてられない。やってやるぜ!

 勇一は気合を入れて近づいてくるホーンウィールズに狙いを定める。


「くらえ!」


 タイミングを見計らって槍を突き出した。

 だが、スルリと、ホーンウィールズがその槍をかわす。

 そして、鋭く尖った角を、勇一の足を突き刺した。

 いや、魔法のローブのお蔭で、角が突き刺さることはなかった。

 だが、突かれた右足の脛に、鉄の棒で突かれたような鈍い痛みが走る。

 体のバランスを失って倒れそうになるが、歯をくいしばって踏ん張った。

 これが普通のズボンだったら、角で切り裂かれ結構な怪我をしていただろう。

 そう思うと内心ぞっとする。


 再び、ホーンウィールズは角をこちらに向けて走り寄ってくる。

 

「ワンパターン野郎が! なめるな!」

 今度は突くのでなく、なぎ払うように槍を横に振る。

 ホーンウィールズは避けようとと体をひねるが、避けきれなかった。

 刃先がその体を切りつける。致命傷は与えられなかったが、動きが鈍る。


「もらった!」

 勇一が、トドメの一撃を突く。

 だが、その槍が刺さる前に、ホーンウィールズの首がポーンと空中に舞った。

 ディケーネの剣が、見事な一撃でホーンウィールズの首を跳ねてしまった。

 他のホーンウィールズをすべて屠ったディケーネが、勇一に加勢してくれたのだった。


 ううううう。

 今、トドメをさそうと思ったのに!

 勇一が心の中で残念がる。


「あー、すまん。邪魔してしまったようだな」

 何となくディケーネは察したらしい。

 とっても申し訳なさそうな表情を浮かべて、謝ってきた。


「ユーイチの初めてを、邪魔してしまったな。申し訳ない」

「いやいや、ディケーネは全然悪くないよ。きにしないでくれ」


 正直すっきりしないけど。

 ……まあ、いいか!

 とりあえず、こうして、初めてのお使い(クエスト)は無事終了した。


 ――――――


「じゃーな、ユーイチ」


 次の日の朝。

 大きな背負い袋(バックパック)を背負ったディケーネは軽く手を振って別れの挨拶をした。


「できるならユーイチがもう少し慣れるまで、一緒にいてやりたい気もするんだが、私も色々あって時間があまり無い。とりあえず怪我しないように無理はするなよ」


 その後、彼女は、振り返りもせずに旅立っていった。

 彼女は冒険者の中でも宝探し(トレジャーハント)を専門に行っている。

 今回も一週間程、近くの遺跡に宝探しにいくとの事だ。


 そんな訳で、今日からは勇一は、一人だった。

 この異世界で、一人っきりだ。頼れる者など、誰もいない。

 心に湧き出てくる不安を追い払い冒険ギルドへと向かった。


 冒険ギルドの掲示版で、今日受ける依頼《クエスト》を探す。

 でも字が読めないので、まったくわからない。

 ただ、字が読めない人向けの有料説明サービスがあるので安心ではある。

 それっぽい依頼の紙を三枚ほど選んでカウンターに持っていく。

 依頼の紙三枚分の料金、銅貨三枚を払うと、受付嬢が相変わらず非常に事務的な冷たい口調で、内容を説明してくれた。


 『ビッグスクイレルの退治 銀貨二枚』

 『ベルダスライムの退治 銀貨二枚』

 『ホウラル草の採取 銀貨二枚』


 討伐対象や魔物や、収穫対象になる草は、勇一のような初心者には、図鑑の絵を見せてくれて、内容もちゃんと説明してくれる。ただ、都合よく敵の強さまでが解る訳ではない。どの依頼(クエスト)がいいのかはまったくピンとこない。

 当然といえば当然だが、悩んでしまう。

 下手に難しい依頼(クエスト)を受けて大怪我でもしようものなら目も当てられないし。

 ここはやはり安全そうな『ホルラウ草の採取』にするべきか。

 そう考えて勇一が『ホルラウ草の採取』の依頼(クエスト)を頼もうと、その依頼が書かれた紙を手にする。


 依頼を決め冒険ギルドの建物を出ると、薄暗い曇が空一面に広がっていた。


「降ってきそうだな。雨具とかもってなけど、買ったほうがいいかな。

って、言うかこの世界って雨具とかどんなのがあるんだ? 傘ってあるのか?」


 雨具があるのかすら解らないし、フード付きのローブを着ているから少しくらいの雨なら凌げるだろう。

 そう考えて、雨具を買うのは止めにした。


 ひとりっきりで依頼(クエスト)『ホルラウ草の採取』を遂行するために街を出た。


 ――――――


 街を出てから南西に向かって街道をひたすら二時間ほど歩くと、目的地の丘が見えてきた。

 丘の頂上付近にホルラウ草が生えているはずだ。

 南西へ向かう街道から枝分かれした、獣道のような細い道が丘の頂上へ向かって伸びている。

 勇一は、その道を使って丘を登り始めた。


 んんん?


 丘を登り始めると、少しすると何か違和感がある。

 なんだ、この胸に、引っかかる、もやもやしたこの感じ?

 何なんだろう?


 何が理由かが解らないので、気にしていても仕方ない。

 そのまま丘を登り続ける。

 空を見上げると更に雲が増えてきて、今にも雨が振り出しそうだ。


 雲はどんどん増えていき、違和感もどんどん大きくなっていく。

 その違和感を押さえ込んで、ただただ丘を登る。


 丘の頂上付近に、ちょうど展望台のような形で突き出た岩があった。

 勇一は、その岩に登ってみて、なにげに振り返る。


 あ! この違和感の理由わかった!

 この風景に見覚えがあるんだ!

 俺は、この丘とそっくりの形の丘にも、登ったことがあるぞ!?


 丘の上なので抜群に見晴らしがいい。

 空は暗雲立ち込めていて薄暗いが、遮るものがなく遠くまで見晴らすことができる。

 足元には緑の草原が広がり、ダーヴァの街も小さく見える。

 そして遠くに連なる山々のさらに向こう側に、"富士山"があった。


 いや、でも、ここって異世界だろう??! どういうこった?

 それに、あの"富士山、"おかしいだろう。


 山々の向こうに見える"富士山"

 その中腹には、ぽっかりと大きなクレーターが開いていた。



「いよぅうう 新人くぅぅぅん」


 混乱する勇一は、いきなり声を掛けられて、心臓が口から飛び出すかと思うほど驚いた。

 ドキドキする心臓を押さえながら声のほうを振り返ると、昨日ディケーネに絡んでいた、あのモヒカン男が立っている。


 なぜ ここに?

 嫌な予感しかしない。

 槍を両手でしっかりと握り、構えなおす。


「おいおぅい 新人くぅぅん、そんな怖い目で睨むなよぉおう」

 へらへらとした笑顔を浮かべて近づいてくる。

 なぜか、昨日よりは、若干ながら友好的な雰囲気がある。


「いい眺めだねぇええ。グラファド(ざん)も、綺麗にみえらぁあ。

 もうちょっと天気がよければ最高だったんだけどねぇええ」


 モヒカン男は勇一のすぐ近くまできて、のんきに並んで風景を見つめる。


「何のようだ?」

「だからぁあ、そんな怖い目で睨むなよぉう。ちょほいとぉ 聞きたいことがあるだけだょおお。

 ギルドの受付けでも、確かめたんだけどさぁ 新人くぅうんってぇ あの女、ディケーネちゃんとパーティー組んだ訳じゃないぃんだってぇえ?」


「ああ、ちがう」

「じゃあさぁあ、なぁぁぁんで、昨日はあの女とぉ一緒にいたのぉ?」


 相手が何が目的なのか解らない。

 だが、嘘を言っても余計に話をこじらせるだけの気がする。

 正直に答えた。


「昨日は一日だけガイド兼護衛として、一緒にいてもらっただけだよ」


「なるほぉど、なるほぉぉおどぉぉぉおお。

 一応確かめるためにぃ 尾行なんかもぉしちゃったけどぉ。今日はひとりぃだしぃ。

 本当みたいだよぉぉねぇえ。

 いやぁ ごめぇんごめぇん、俺達ちょっぉと勘違いしてたみたいだよぉ。

 本当に関係者ってわけじゃぁ無いみたいだねぇ。

 だっからさぁ……」


 いきなり腹に、蹴りを入れられた。

 勇一は、崩れ落ちるように地面にひざを突いてしまう。

 胃液が逆流して、口から涎と共に吐き出される。


「だっからさぁ、これくらいで許しといてやるよぉおおお」


 魔法のローブを着ているので、それなりに衝撃は吸収されているはずだ。

 それなのに、この威力。

 不意を付かれモロに決まったとは言え、かなりの破壊力ある蹴りだった。

 痛みで体が痺れて立ち上がれない。

 このモヒカンの男、チンピラっぽい見た目とふざけた言動をしているが、首からさげているのはディケーネと同じ金の札(ゴールドプレート)だった。

 見た目とは裏腹に、それなりの実力があるのかも知れない。


「あぁばよぉぉおお 新人くぅぅん。」


 手の平をひらひらとふりながら去っていくモヒカンの男。

 その後姿にむかって、悪態のひとつもつきたかったが、痛みで声さえ出すことができない。

 腹の痛みが治まるのをじっとして待つ。

 回復薬(ポーション)を飲むと、痛みもすぐに治まるのは解っているのだが、怪我したわけでもないのに回復薬(ポーション)を使うのはもったいない。

 だから、痛みが治まるのをじっとして待つ。

 いつの間にか、冷たい雨が降り始めていた。


 地面にひざを突き、雨にずぶ濡れになりながら、

 ただひたすらに痛みが治まるのを、じっと待つのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ