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66 戦意


 狭く暗い廊下に、いく筋ものレーザーが奔る。

 ぐぎゃげぁギャアアアグワァアアゲゲェエグガァぎゃあああグググイヤァアぐわギギィイイ

 悲鳴が重なり合い、十字を体に刻まれた敵兵士が、次々と転倒していく。

 敵が持つ木の盾など貫通して、レーザー小銃(ゴーク)が、敵を十字を刻む。

 仲間の兵の体を盾にして進み、倒れた仲間を踏みつけ乗り越える。そんな壮絶な突撃の末に敵兵士はバリケードに辿りつく。

 だが、その敵兵士をレーザー拳銃(レイニー)が切りつける。

 敵兵は、その体を、肉塊へと変えていく。



  ――――――



 このまま行けば、なんとか、なりそうかな。

 勇一が、バリケードの僅かな隙間から外を窺いながら、そんな事を思う。


「ユーイチ。いま 『このまま行けば、なんとか、なりそうだ』とか思っただろう。

 まだ、敵の数は多いぞ、油断して足元をすくわれたりしないでくれよ」

 そう言いながら、ディケーネは外を窺う勇一の隣に近づいてきた。

 

 正面の庭園でかなりの敵の兵を減らしたが、強引な突撃で突破されてしまった勇一は、場所を移動した。

 庭園を突破した敵が大量に広間に侵入してきたのを見たディケーネも、一度逃走し、場所を移動した。

 二人が移動して合流したのが、この南館二階の廊下の奥に造られたバリケードだった。




 すでに、何度か敵の突撃を受けているが、今は、敵の攻撃は一旦止んでいる。

 ほんの僅かな、休息の時間だった。


 勇一の隣にきたディケーネも、バリケードの隙間から外を窺った。

 隙間は小さいので、二人は自然に体を寄せあい、頬と頬が触れる形になっている。

 柔らかく暖かい頬から、ディケーネの鼓動や息遣いまで伝わってくる。

 そう言えば、前にもこんなことあったな。

 勇一はふと思い出す。

 随分前のことのような気もするし、つい最近の事だったような気もする。 

 だが、大きく違う点もある。

 香りだ。

 前は、ディケーネの息遣いと共に、彼女の良い香りが漂ってきた。

 でも、今、勇一の鼻腔に届いてくるのは、むせ返るような血の臭いだ。

 敵から離れて敵と相対する勇一と違って、近接戦闘を行う彼女は、全身に返り血を浴びてしまっている。

 体だけでなく、その美しい横顔も返り血で、半分以上赤黒く染まっていた。


 勇一がそんなディケーネの横顔に向けて、ちょっと顔を動かしたら、唇がわずかに彼女の頬に当たってしまった。

 ほぼ同時に、ディケーネも勇一の方に顔を向けたので、お互いの唇の端が触れ合う。


「む、すまんユーイチ」

「いや、俺の方こそ、すまん。その、キスするつもりは、なくて、偶然で」


 慌てて謝る勇一に、ディケーネが不思議そうな表情を浮かべる。


「? 何を言ってるんだ? 訳がわからん。

 それよりも、ユーイチ。すまん、私についていた返り血が、ユーイチにもついてしまった」


 どうやら、ディケーネは唇が触れたことなど気にしていないらしい。

 それよりも、彼女についていた返り血が、勇一についてしまった事を気にしているのだ。

 実際に、体や、勇一の頬にはべったりと赤い血がついてしまっている。


「ほんと、血だらけだよな」

 勇一は、腰の皮鞄から、布を取り出す。

 そして、その布で、ディケーネの顔についた血を拭い始めた。


「な、何を?!」

 その行為にディケーネは混乱する。

 てっきり勇一は取り出した布で、自身の顔を拭くものだとばかり思っていたのだ。戸惑ってしまい、その行為を止めようとした。

 だが、勇一はそのまま、彼女の顔についた血をぬぐい続ける。


 落ち着きさえすれば、顔を拭ってくれる布を通して感じる勇一の指の感触は、心地よいものだ。

 ディケーネは、変な抵抗はやめて、されるがままになる。

 まるでお腹を撫でられる猫のように、ちょっと幸せそうに、そのまま顔を拭われ続けた。

 


 ――――――


 ははっはぁっはははっはは。

 敵指揮官は、声に出さず、心の中だけで笑う。


 笑わずにいられようか。

 もう、笑ってしまうくらい、"絶望"しかないのだからな。

 敵指揮官は顎鬚をなでながら、正面南館の廊下の奥にある"それ"を見ながら、自虐的に笑う。


 彼を絶望される、それは……

 廊下の奥に鎮座する、"鉄壁の要塞"と化したバリケードだった。


 そこで行われた戦術は、いたって単純明快で、北館で穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊が行っていた戦術と同一の物だ。

 だが、その強固さは桁が違う。

 バリケードの隙間から放たれるのは弓矢ではなく、レーザー小銃(ゴーク)から放たれる光の筋(レーザー)だ。

 急ごしらえの盾など簡単に貫通し、敵に十字を刻む。

 それでも、前方の仲間の体を盾にするかのような、熾烈かつ強引な突撃を決行された。

 光の筋(レーザー)に十字を刻まれ、次々と崩れ落ちていく仲間の死体を乗り越えて、なんとかバリケードにたどり着き破壊しようと剣を振り上げる。

 だが、多くの者がその剣を振り下ろす前に、ディケーネの光の剣によって切り裂かれてしまう。


 光の筋(レーザー)を掻い潜り、ディケーネの初撃を避けることができた"幸運な兵士"

 その数少ない"幸運な兵士"が『ほんの僅かなバリケードの破壊』と『自分の命』を交換し、レーザー拳銃(レイニー)に、刻まれ肉体を肉塊へ変えられていってしまう。


 椅子と机を組み合わせただけのバリケード。

 それが、"竜殺し(ドラゴレス)"ユーイチと、"光の剣使い"ディケーネ、二人の力によって、『鉄壁の要塞』と化していた。

 

 本来、数は力だ。

 殆ど戦いは、数が多いほうが勝つ。敵指揮官の今までの豊富な経験でも、そうだった。

 『数で勝る』それは、戦場においては圧倒的な優位性(アドバンテージ)なのだ。

 しかし、その優位性(アドバンテージ)がまったく生かすことが出来てない。

 熾烈な突撃を休み無く連続で行ったにも関わらず、目の前のバリケードはまだ四割ほどしか破壊できていなかった。


 そもそも、最初の弩部隊が簡単に全滅した時点で、作戦はほぼ失敗なんだよなぁ。

 将軍どもは、"竜殺し(ドラゴレス)"を甘く見すぎてたんだよ。

 敵指揮官は顎鬚をなでながら、そんな事を思う。

 俺に指揮権の全権があったら、その時点でさっさと撤退して、改めて作戦と武装も整え直したんだが……。 


 すでに戦術的には、敗北している。

 隊の六割以上、七割近い兵を失っていた。本来ならば、今からでも撤退命令を出すべきだろう。

 いや通常ならば、そんな命令を出さずとも、とっくに兵達が死の恐怖から逃げ出し、敗走しているはずだ。

 だが、自分が手塩にかけて育てた精鋭部隊の中には、敵に恐れをなして戦線を放棄して逃げ出すような臆病者など一人もいない。


 そして、今回の作戦で、撤退命令が出される事は、ありえない。


 しかも、これだけの犠牲を払って突撃しても、この"鉄壁の要塞"と化したバリケードの奥に、目標の姫様がいるとも、限らない。

 いや、どちらかと言うならば、姫を警護する穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊がいないこの南館は、"外れ"の可能性が高い。だが、これだけ強い"竜殺し(ドラゴレス)"ユーイチと"光の剣使い"ディケーネが守っているのだから、裏をかいて、ここが本命の可能性も無いわけでもない。


 グチャグチャと、考えても、無駄なだけか。

 もう、俺にできることは、これしか無いのだよな。

 敵指揮官は、右手を挙げる。


 一瞬だが、心の中に、故郷で自分の帰りを待つ妻と三人の子供の姿が、浮かんだ。

 こんな我侭な俺にずっと寄り添ってくれた妻。

 俺のようになりたいと、剣を学ぶ長男。

 兄にまけまいと、やはり剣を毎日振る次男。

 将来は二人の兄のお嫁さんになる、と子供らしい夢をかたる長女。 

 家族の姿を、戦場で思い描いたのは、初めてだった。 

 その姿を振り払うかの様に、心の中で再び神に祈る。

 戦いの神クルツアルケルよ、我が正義に、我が信念に、我が軍勢に、力と祝福を与えたまえ。

 

 そして、

 敵指揮官は、右手を振り下ろし、喉が裂けんばかりに、再び叫んだ。


「突撃(マーチ)!!」


 死への突撃は、終わることなく繰り返される。



  ――――――



 おりゃぁあああ!

 掛け声と共に、右手に持った斧で敵兵の頭をかち割り脳漿をぶちまける、と、同時に、左手にもった斧で別の兵の横っ腹を叩っきり、内臓をこぼれ落ちさせた。

 隙を突いて切りつけてこようとする敵兵を、太くがっちりした足で蹴り飛ばし、そのままの勢いで一歩ふみこみ、更に前方の敵の首を、斧で跳ね飛ばす。


 強い。

 両手に斧を持ち獅子奮迅の戦いぶりをするその姿を、冷たい瞳で見つめながら、敵の指揮官は思わず呟く。

 さすがは、王都ラーニアにその名を轟かせる女傑。


 穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊隊長

 "最後の門番(ラストゲートキーパー)" ダフネ・ド・コスター


 彼女は、その二つ名に違わぬ戦いぶりで、姫の前の最後のバリケードの前に立ちはだかっていた。


 敵指揮官が、兵をかき分けて、前へと進み出る。

 その行動にダフネが、気がついた。

 バリケードを攻撃してきた時から、この男が後ろで指示を出していたので、指揮官だと言う事も、彼女には解っている。

 唇を歪めてニヤリと笑って皮肉を言う。

「なんだい、今まで後ろで偉そうに指揮してたのに。

 とうとう諦めて、最後に"名誉の一騎打ち"でもする気かい?」


 その皮肉に、敵指揮官は、真正面から答える。

「その通りだ。

 親衛隊隊長 ダフネ・ド・コスター。お前との一騎打ちを所望する」


 すでに、北館での戦いも、大勢が決まりつつある。

 襲撃側の敵は、東階段の最後のバリケードの、そしてもっとも強固に作られた最後のバリケードを壊す為に、あまりに多くの兵を失いすぎていた。

 そして多大な犠牲の上で、やっとの思いでバリケードを破壊した瞬間、後ろから猫耳の娘に奇襲を受け、兵が混乱に陥ってしまった。

 更に、混乱している所へ、少し遅れて西階段の生き残りだと思われる数人の穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊の騎士にも攻撃を受ける。

 正面には、壊したバリケードの中から、鬼の様な強さのダフネと共に、穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊の精鋭が姿を現し、次々と兵を屠っていっている。


 実の所、敵の指揮官は、名誉の為に一騎打ちしようと言うのではない。

 この戦況で、逆転するとするならば、目の前のダフネを倒し、前方へ一点突破するしかない。

 その為、一騎打ちという形でダフネを仕留めようとしているだけだ。


 ダフネも、その事を理解している。この戦況で、一騎打ちなど受けても普通はダフネに何の得もない。

 僅かに悩む。

 だが、彼女は唇をゆがめながら、言った。


「ふん、いいよ。受けてやる。名をなのりな」

「なのれる名も名誉も、今は持たぬ」

 そう言うと同時に、敵司令官は歩を進め、距離を縮めてくる。


「なら、その名を後世には伝えてやれんな。名も無き兵として死ぬがいい」

 ダフネが両手の斧を構えなおし、迎え撃つ。


 敵司令官がスタスタと素早い足取りで間合いに入ってきた、と、同時に何の予備動作もなく飛び上った。

 天井近くまで飛び上がり、空中から、ダフネを切りつける。


 だらああああああ! 

 ダフネが吠える。 

 彼女は切りつけてくる剣を受けるのでは無く、その剣に対して、右手の斧を剣に対して叩きつけた。

 バキンと音をたて、剣が折れる。

 さらに、左手の斧が、敵司令官の横っ腹へと深々と食い込んでいた。


 勝負はついた。だが、敵司令官は動きを止めない。

 最初から敵司令官は勝てるとは思っていない。

 相打ちでも、いや、ダフネを傷つけ、その動きを鈍らすだけでも……

 それだけでも、自軍が一点突破する可能性が高くなる。

 その思いが、敵司令官を突き動かす。

 斧の食い込んだ腹から大量の血を流しつつも歯をくいしばり、折れた剣で、ダフネの目を狙う。

 

「その意気や良し! だが、死ね!!」


 ダフネは腰を落とし両足を踏ん張り、全体重を掛けて腰を中心に体を捻る。

 敵指揮官の脇腹に食いこませた斧を支点にして、力任せに思いっきり、投げ飛ばした。


  敵司令官の体が、宙に舞う。


 グシャリと鈍い音をたてて、廊下の壁に激突した後、ズルズルと床に崩れ落ちていく。

 もちろん、床に落ちた敵指揮官は、ピクリとも動くことは無い。

 その姿を見て、敵兵が息を呑み動きが止まる。


 一騎打ちを受けたダフネにも、打算があった。

 最後の一兵まで、死力尽くされると、こちらの被害も大きくなってしまう。被害を抑えるには、敵の士気を折る必要があった。

 その為に、あえて敵指揮官との一騎打ちに受けたのだ。


 敵の目の前で、最後の希望でもある敵指揮官を一騎打ちで叩きのめす。

 しかも、あえて派手に豪快に、敵指揮官を投げ飛ばして勝利した。

 戦意を喪失しつつある敵に向かって、ダフネは追い討ちをかけるように、唇の端を歪めながら叫ぶ。


「さあ、次の獲物は、どいつだい? 次はこの斧で、脳天かちわってやるよ! かかってきな!」


 敵兵士の足は止まり、誰も前に出ようとしない。

 目論見は当たり、敵兵の士気は見事に崩れ落ちていっていた。


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