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64 肉塊


「来た来た。続々とやってくるな」


 勇一は、正面に南館の二階の窓から、黒い装束の敵兵士が、周辺の壁を越えて次々と庭になだれ込んで来るのを見つめる。

 敵は、壁を越えるとすぐさま転がるように近くの木の陰や、草陰などに身を潜めようと地面へと転がる。

 ただ、壁を越える瞬間はやはり、体が丸見えだ。

 勇一が、狙いを定め、引き金を引いた。

 光の筋(レーザー)が、昼下がりの庭園の上を横切るように奔る。


 光の筋(レーザー)は一本だけではない。勇一は、矢継ぎ早に狙いをつけ引き金を引き続ける。

 ヒュンヒュンと風を切る音と共に、庭園の上を、幾筋もの光線が奔った。

 壁を越えようとする、敵は、次々と撃ち抜き、十字を焼き付ける。

 ウギャ アアと小さな呻き声をあげて、打ち抜かれた黒装束の男が、壁から転げ落ちていく。


 不意に、此方にむけて狙いをつける弩が目に入った。

 

 やば。

 窓に枠から頭を引っ込め、飛んでくる矢を避ける。

 勇一の頭の上を掠めて飛んでいった矢が、後ろ壁に深々と突き刺さった。

 前に両姫の馬車を襲撃された時も弩があったが、あの時の弩よりかなり威力のある。もし、頭に当たろうものなら魔法のローブの上からでも、衝撃で頭蓋骨を叩き割られるだろう。

 勇一が窓枠から頭を引っ込めている隙をついて、敵はぞくぞくと壁を越えてくる。


「くそ。あの弩、やっかいだな」

 

 だが、弩の弱点は次の矢を装填するのに時間がかかる事だ。しかも弩の威力が強ければ強いほど、装填は難しく時間がかかる。

 すぐさま勇一が、陰から身を出した敵に狙いを定めて光の筋(レーザー)を浴びせかけ数人の敵を屠る。

 だが、別の弩が、此方に向けて狙いを定めているのが、視界の隅に見えた。

  

 また、矢を避けるために頭を引っ込める。頭の上を矢が通り過ぎた。

 間髪いれず、勇一が窓枠から頭を出し、走り寄る敵に光の筋(レーザー)を浴びせかけ数人の敵を屠る。

 そしてもちろん、その勇一に向かって、また別の弩が矢を放ってくる。

 また頭を引っ込める。その間に、壁を越えた敵は、更に木の陰や草陰から飛び出し建物に向かって前進を始めた。

 

 まるで、子供の頃にやった『達磨さんがころんだ』みたいだな。

 そんな事を、一瞬だけ勇一は思う。

 だが、子供の頃に無邪気に遊んだ『達磨さんがころんだ』とはもちろん訳がちがう。

 なにせ、今回はお互いの命をかけた死の遊び(デスゲーム)だ。

 

 弩の"次の矢を射る為の準備に時間がかかる"という最大の欠点をカバーする為に、敵はかなりの数の弩を準備していたらしい。順序よく交代で、勇一を狙い打ちして矢を浴びせてくる。

 チラリと窓から顔を出し改めて確認してみると、どうやら六つの弩があるようだ。


「くそ! この弩って、ひょっとしてレーザー小銃(ゴーク)に対抗する為に準備したんじゃないだろうな」

 勇一は、思わず文句をつぶやく。


 ほぼ勇一の予想どうりなのだが、正確には若干違う。

 敵も実はこの白亜宮に勇一が居ることを知っていたわけでは無い。だから、この弩も完全に勇一のみを対象にした物ではなかった。

 敵としては、前回の両姫様を襲撃した時の失敗を元に"敵に長距離攻撃魔法を連続使用できる魔法使いがいても対抗できるように"と考慮して、弩を準備していたのだ。

 大型の弩は持ち運びが大変な割には効率が悪く、更に接近戦に巻き込まれると無用の長物となる。

 攻城戦ならばともかく、この程度の建物の襲撃や少人数の戦闘では、本来ならば準備するような武器ではない。

 それでもレーザー小銃(ゴーク)の特性を理解した上で対策として準備していたのだった。

 


 前回はレーザー小銃(ゴーク)で簡単に、無双できたんだけど。

 敵も馬鹿じゃないから、そりゃ対策ぐらいは立ててくるよな。

 やっぱりゲームみたいに、いつまでも同じ攻撃が通用したりしないか。

 そう、納得する。

 だが、もちろん勇一としては、何とかして敵を倒さなければならない。

 

 勇一は頭を低くしたまま移動し、壁際に飾ってあった花瓶を手に取る。

 試しに、その花瓶を、無造作に窓から差し出してみた。

 

 バキンと、音をたてて矢が花瓶を打ち砕く。


 おっ!? ずいぶん簡単なフェイントにひっかかったな。

 間髪おかずにすぐさま、窓枠から顔を出す。

 矢を放った直後の弩に狙いを定め、引き金を引く。

 見事に、光の筋(レーザー)が、弩の射手の額を十字の形に打ち抜いた。

 そんな勇一に向けて、別の弩が矢を放ってくるが、すぐに顔を引っ込めて、避ける。


 試しにもう一度、別の花瓶を窓から差し出す。今度は攻撃されない。

 間髪いれずに、頭を低くしたままひとつ横の窓に移動して、そこから顔をだす。

 若干慌てた様子で、弩の射手が此方に狙いを定めるのが見えた。

 遅い!

 勇一のレーザー小銃(ゴーク)から放たれた光の筋が、一瞬早く、弩の射手を打ち抜く。

 頭を窓枠から一旦頭を下げる。

 すぐさま、同じ場所から、無造作に頭を出す。

 二回続けてフェイントを掛けられていた敵は、明らかに惑わされていた。『次は何をしてくる?』と、警戒してしまい、まさか、無造作に頭を出すとは思わずにいた。当然、すぐさま反応できない。

 その一瞬の躊躇を勇一が見逃すはずが無い。

 もらった!

 レーザー小銃(ゴーク)から放たれた光の筋が、射手胸に十字を刻んだ。


 弩の射手達は、決して未熟者だった訳ではない。

 それどころか、50m先に置いたアプルの実を、一撃で打ち抜く程の名人揃いだ。


 だが、彼らは"銃撃戦"の経験が圧倒的に足りていなかった。

 神経を集中して一点を狙うのと、"銃撃戦"は訳がちがう。

 普通は、弩で真正面から打ち合いなど行わない。彼らは全員、生まれて初めて本格的な"銃撃戦"を体験しているのだ。

 銃撃戦に必要な駆け引きを知らない彼らは、たとえ単純なフェイントであっても、簡単に引っかかってしまう。

 結果として、わずか数秒の間に全滅の憂き目に会うこととなってしまった。

 

 それでも、彼らの奮闘は決して無駄ではない。

 彼らが身を挺して得たわずか数秒の間に、もっとも先頭にいた敵の第一波、十数人が建物まで辿り付いていた。

 

 勇一の位置からは建物に壁や扉にとりついた敵に対して、攻撃を浴びせることができない。 

 辿りつかれてしまった敵は、もう仕方ないな。

 ディケーネに任せる事にしよう。

 諦めて、残りの敵に集中する。


 第二波の敵の集団が、建物へと辿りつこうと、物影から飛び出した。

 そこへ光の筋(レーザー)を、浴びせかかる。

 もう、勇一の射撃の邪魔をする弩は残っていない。

 見事に第二波の十数人を、一人残らず撃ち抜いた。


  ――――――


 立派な顎鬚を生やした敵の指揮官らしき者が手をあげる。

 それと同時に、残りの敵の動き止め、進撃を一時中止した。

 敵兵が、無闇に飛び出さず、物陰で息を潜める。

 シン、と、静けさが昼下がりの庭園を包む。

 一瞬だが、まるで時間が停止したかのように総ての動きが止まっていた。


 ふむ。

 正面南側を攻める敵の指揮官と思しき男は、顎髭をなでながら顔をゆがめる。

 対策として、精鋭射手を選りすぐって集めた弩部隊が、もう全滅したか。

 "竜殺し(ドラゴレス)"ユーイチか。報告に聞いていた以上に、強いぞ。

 あの魔法使いは、なぜこれほど強力な魔法を、これほどまでに正確に、そして、これほどまでに連続して使えるのだ?

 奴の魔力はどうなっているんだ? 本当に人なのか? ひょっとして悪魔(ディアボロ)の化身では無いのか?

 思わずそんな事を思いながら、二階の窓から僅かに顔をだす勇一をギロリと睨みつける。


 敵の指揮官が知らぬことだが、『銃』と言う武器は、その特性上、拠点防御において絶大な威力を発揮する。

 揺れる電動バギー(ピェーピェー)の上から射撃をおこなっていた前回とは、精度も桁が違う。

 そして、勇一自身も、愛用のレーザー小銃(ゴーク)を使いこむことで明らかに腕をあげていた。



 だが、愚痴を呟いていても、状況は変わらない。


 敵指揮官がピィピッと短く口笛を吹き、始めての指示を出した。

 敵の動きが変わる。

 まだ建物から遠い、壁の近くにいる敵が物陰から飛び出し、前方へと走る。

 その動きと連動して、第三波の敵が建物に辿りつこうと、物影から飛び出した。


 だが、勇一は惑わされない。頭の中で、瞬時に優先度を判断する。

 建物に辿りつこうとする第三波にだけ集中して、光の筋(レーザー)を放ち全滅させる。

 今や、南館の建物の十数メートル手前には、兵士の(むくろ)が累々と重なり合っていた。


 遠すぎる。


 目の前で、第三波が全滅するのを見ながら、敵指揮官は思わずつぶやいた。 

 建物まで、残り僅か十数メートル。

 走り抜ければ、数秒の距離。

 だが、その僅かな距離が、敵指揮官にとっては永遠にたどり着けない、絶望的な距離に感じられた。


 くそぅ。

 火責めが出来れば簡単なんだがなあ。 

 敵指揮官は、再び顎髭をなでながら顔をゆがめる。

 火矢を放てば、白亜宮などすぐに炎上してしまうだろう。

 だが、今回は必ず(・・)姫を殺害しなければならない。死体が燃えてしまい生死が確認できなくなる可能性が高い火責めを使う事はできなかった。


 火責めだけではない。

 敵の指揮官は、経験も豊かで決して無能ではなく、本来ならば、拠点攻めの策など幾らでもある。 

 このまま包囲して兵糧攻めしても良い。

 暗くなるまで待って闇夜に乗じて攻めても良い。

 改めて、弓を準備して大量の矢で牽制するのも良い。

 敵に対してこちらの兵の方が圧倒的に多いのだから、兵を三つに分け、三交代で24時間攻め続けるなんていう策もある。人種(ヒューマン)は一日寝ないだけで、フラフラになり集中力が欠けてまともに戦えなくなってしまう。非常に地味だが、かなり有効な策だ。

 だが、思いつく策すべてが実行できない。

 彼の率いる部隊が受けた命令は『短時間(・・・)で、(すみ)やかに、そして確実に姫を殺害せよ』だ。

 最初から、手足を縛れた状態で戦ったいるようなものだった。

 

 結局、他に選択肢など、無いのだよな。

 敵指揮官は、いつの間にかふきだした額の汗をぬぐい、一度、小さく息を吐く。

 両手を胸の前で組みあわせ、いつものように自分が信じる神に祈る。

 戦いの神クルツアルケルよ、我が正義に、我が信念に、我が軍勢に、力と祝福を与えたまえ。

 心の中で祈りを捧げた後に、意を決して手を上げる。


 その手を、振り下ろすと同時に叫んだ。

突撃(マーチ)!」

 

 全軍突撃。指示と同時に、敵の全員が、物陰から飛び出す。

 後方の敵は、どんどん建物に近づいてくる。

 前方の敵は、建物を目指し物陰から飛び出す。庭園の最後の物陰から、建物への最後の十数メートルを必死の形相で駆け抜けようとする。

 

 その敵に、光の筋(レーザー)が雨あられのように降り注ぐ。

 グ ギャ グエ グギャ ギェ ゴギャ

 剣で相対すれば一騎当千の実力を持つ精鋭の兵士達。

 その兵士達が、光の筋(レーザー)に十字を刻まれ、成すすべなく次々と地面へと崩れ落ちていく。

 それでも、突撃は止まらない。

 建物への数十メートルを駆け抜けようと、次々と物陰を飛び出していく。

 そして、光の筋(レーザー)に次々と打ち抜かれ、散っていく。

 ひたすらに、無謀で、無策で、無能な突撃を続ける。


 その行為は一見、愚かな行為に見えても、やはり戦場においては間違いではない。

 勇一の放つ光の筋(レーザー)も、流石にこれだけの人数が同時に建物へと押しかけてくると、総てを打ち抜くのは無理がある。

 突撃する兵の中から、建物へと辿りつく者がでてきた。

 勇一のレーザー小銃(ゴーク)に対して有効な対策が無い以上、兵力を小出しにしても逐次、撃破されていくだけだ。

 どんなに被害が出ようと、一気に数で推し進めるのは戦術としては間違っていない。

 屍の山の向こう側にこそ、勝利はある。


 敵指揮官が、叫んで兵士達を鼓舞する。

「脚を止めるな! 一気に行かないと余計に(まと)になるぞ! 止まるな! 行け行け! 進め!」

 精鋭部隊らしく、黙々と無言で兵をすすめて来た姿は、もう何処にも無い。


 敵指揮官は、喉が裂けんばかりに、再び叫ぶ。

突撃(マーチ)!!」


 光の十字が降り注ぐ中への、突撃は、終わることなく繰り返された。



  ――――――



 建物へと辿りつくことに成功した、敵兵士の第一波。その数、13人。

 後続を無視して、南館への突入を敢行していた。

 正面の大扉には、なぜか鍵もかかっておらず、そのまま建物の中へと雪崩込む。

 

 南館、正面の大広間。

 天井は高くシャンデリアがぶら下がっているが、それ以外にはさして家具も無い。豪華でありながら、今はその広さだけが強調され、やたら空虚に感じる空間。


 その空虚な空間の中心に、彼女はたった一人、悠然と立っていた。


 "光の剣使い"のディケーネか。

 敵兵士は、すぐに気がつく。

 両姫様を襲撃した部隊の生き残りからの情報で、ディケーネが光の剣を使う事は、もちろん知っている。

 そして、その情報において、ディケーネに関する最終的な報告は、こうだった。


 『光の剣は強大な力を持つ魔法具なれど、使用者の技量は凡庸。

  総合的に、一剣士としてみれば優秀だが、四方から包囲殲滅すれば問題無し』


 勇一のレーザー小銃(ゴーク)に対しては、弩を準備するなど特別な対応を行ったのに対して、ディケーネに関しては、これと言った対策はおこなっていない。必要ないと判断したからだ。

 それが、両姫様襲撃時のディケーネへの評価だった。


 敵兵はお互いに目配せし、左右に広がる。数人は壁際を走り、大まわりして彼女の後ろにまで回りこむ。

 そして、一斉に襲いかかった。


 ハッ! ディケーネは、息を吐く。

 同時に、行く筋もの光が、広間の奔った。


 剣の振りぬく時のように強く踏み込む必要の無い足もとは、まるでダンスを踊るかのように軽く素早いステップを刻み続ける。

 威力をつけるために体全身をつかって大きく剣を振る必要の無い手元は、肩や肘、時には手首の返す動きだけでレーザー拳銃(レイニー)を操る。

 そして、広間に光の筋が奔るごとに、敵兵は切り裂かれ、赤い鮮血が迸る。


 その流れるような美しい動きは、すでに一般的な剣術の動きではなく、ディケーネ独自の動きだ。

 敵兵の一般的な剣術では、その動きにまったくついていけない。

 鎧も剣も技術も技も力も、何もかもが、光の剣の前では総て意味を成さない。

 次々と、敵を切り刻み肉片へと変えていく。


 彼女は、圧倒的に強かった。

 それは、剣士同士の戦いではなく、もうすでに一方的な"虐殺"に近い。


 敵兵に、明らかなる動揺が走る。

 目の前の広間に次々と死体が、いや、人の形を成さない肉塊が積み重なっていく。

 毛の長い絨毯はたっぷりと襲撃者達の血を含み、踏むと赤黒くなった液体がジワリと染み出してくる。

 

 死体となった者、即死できた者は、まだ運が良いほうだった。

 ディケーネも、敵に止めをさすまでの余裕がない為に、戦闘不能となった者は無視して地面に転がるがままにしている。

 その為、広間の床の上には両足を失い地面を這うものや、下半身を切り落とされて上半身だけで床の上で身もだえする者が転がり、彼らの呻き声が広間の中に響き渡っている。


 ああぁぁあああああ 助けてく ぐああああ か、神よ ああぁがあああ とどめを……たの…… ぐがぁあああああ 母さん母さん あああ うぉおおおぉお たすけてたすけてたすけて ぐああああ 殺してくれ 俺の足、足はどこだぁああ あぐあああぁああ ぼあ クソクソ びいぇえええ 死にたくない死にたく


 あまりの壮絶さに、恐れを知らぬはずの敵が動きが鈍り、態勢を整えるために、一度さがって距離を取る。

 

 何なんだ、この女の強さは?

 修羅のような、この強さは? 

 両姫様襲撃時とは、別人なのか?


 ディケーネは、確かに両姫様襲撃時は、まだ光の剣(レイニー)のを使いこなせていなかった。

 単純に剣術の延長的な思考で、ただ剣の代わりにレーザー拳銃(レイニー)を振り回していたに過ぎない。

 だが、今のディケーネは違う。

 アドリアーンとの死闘できっかけを掴み、そこから自分自身で試行錯誤し完成されつつある独自の技。

 すでに彼女は、剣士として歴史を塗り替えるほどの段階へと、その技を昇華しつつある。


 敵の一人が、ゴクリと喉をならして唾を飲み込む。


 たとえ、これだけの実力差があっても、もっと多人数で幾重にも取り囲み、どれだけ仲間が切り裂かれようとかまわずに強引に攻め続ければ、最終的には、けっきょく数が多いほうが勝つはずだ。

 しかし、この広間にたどり着いた13人だけでは太刀打ちできようはずもない。一瞬の間に、半数以上の者が肉塊と化してしまっている。

 後ろから来るはずの増援は、すぐには、やってこない。


 距離を置いて体制を整え、増援を待とうとする敵に、ディケーネの方から走り寄る。

 先頭にいた敵が、その勢いを止める為に迎え撃とうと進み出ようとした、その瞬間。体が二つに切り裂かれた。

 二つに分かれた肉体が、大量の血飛沫が巻き上がながら左右に倒れていく。

 その肉体の間から、血飛沫をかき分けディケーネが飛び出し来る。


 後ろにいた敵は対応できない。

 巨人が力任せに強大な斧を振り下ろして、人間を真っ二つにした事なら見たことがある。

 だが、走りよってきた女性が、人の体を軽々と真っ二つに切断し、さらに、その二つに肉塊の間から飛び出して襲い掛かってくるなど剣術の常識としてありえない。そんな攻撃があるなど想像したことすらない。

 対応など、できるはずが無かった。


 別の兵が、仲間が切り刻まれている隙に回りこみ、後ろから襲い掛かかる。

 後方からの攻撃に対して、剣での反撃は難しい。本来なら必殺のタイミングだ。

 だが、ディケーネは振り返りもせず、手首の動きだけで、その敵を切り裂いた。


 今まで、血豆が潰れるほど剣をふり、何年も掛けて積み上げてきた剣術がまるで通用しない。

 相手がドラゴンとでも言うのならば、これほどの惨殺も、納得できたであろう。

 だが、目の前にいるのは、自分と同じ生身の『剣士』なのだ。

 今まで信じていた物が、自分の中にあった矜持が、心の中でバラバラと崩れていく。

 心の中の絶望を押し殺し、無駄と知りつつ、今ままでと同じように、何千回いや、何万回もふってきたように、自分の剣をふるう。


 敵兵の一人が、光の剣によって、下半身を切り落とされ地面に転がる。

 上半身だけで這いずりながら、床からディケーネを見上げた。

 累々と積み重なる死体と、死に切れず床を蠢く者達の中心に、体中に真っ赤な返り血を浴びた彼女は静かに屹立している。

 その姿を見つめ、敵兵は思わずつぶやいた。

 う、美しい。


 仲間達が、殆ど有効な反撃すらできず、まるで紙切れのように易々と切り刻まれていく。

 厳しい修行を乗り越えた一騎当千の仲間達。

 そして、その仲間の体から迸る血飛沫をかき分け、華麗に、踊るように、切り刻み続けるのは魔人でも悪魔でもなく、たったひとりの女剣士だ。

 その姿は、あまりに壮絶で、あまりに惨たらしく、そしてあまりに美しい。


 意識が薄れていく中で、彼は思う。


 あああああ 

 俺は、どうやら間違えて、伝説の中に迷い込んでしまったようだ……、

 『光の剣使いディケーネ・ファン・バルシュコールの伝説』の中に……


 たぶん、この残酷で美しい光景は千年後も語られる、伝説の一場面なのだろう。

 そして俺は……


 そのあまりに美しく壮絶な光景の背後を飾る…… 肉塊の一つ……



  男の意識は、そこで途切れた。


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