63 雛鳥
「駄目ね、こいつら四人……、何もできずに、ただ死ぬだけだわ」
ロルダグルクは、諦めのため息と共に小さく呟いた。
彼女は、あらためて四人の若い、いや、幼い穢れなきバラ親衛隊の隊員を見つめる。
オレンジ色の髪を短く切った鼻の頭にソバカスがある幼い女騎士。食堂へと報告に来ていた騎士だ。
名は、アンディー・ブート
普段は明るく前向きで、剣術の練習にもはげむ、屈託の無い性格している。
だが今は、顔は死への恐怖で引きつらせ、体中が震え、歯はガチガチと音をたてている。
白い肌に長い黒髪の美少女。もう二~三年して、色気がでてきたら、街中のすべての男が恋に落ちそうな程の美少女だ。
名は、カミラ・フォルヘッケ
普段から無口で謎めいており何を考えているかわからない所があるが、今は目の焦点が会っておらず、更に心ここにあらずといった感じだ。白い顔が、更に白くなり、すでに死人のようになっている。
蜂蜜色したクルクルのくせっ毛の少女。四人の少女の中では一人だけ胸の膨らみが大きく目立ち、体全体も柔らかそうな丸みを帯びている。
名は、フレヤ・ル・クルトワ
普段はおっとりした性格で、剣術の腕も一番劣る。
だが意外なことに、今は泣きそうだしそうなものの懸命に恐怖を押さえ込み、唯一なんとか正気を保った表情をしている。
茶色の髪を短く刈り上げ少年の様な見た目をした少女。
名は、エッダ・トリコロール
普段は勝気で、剣術の腕も中々のものだ。
だが、今は耳を押さえるように頭を抱え、座り込んでしまっている。
そのお尻の下の絨毯には、鎧の隙間から洩れた液体で、水溜りが出来ている。恐怖で失禁してしまったようだ。ただ、初陣で失禁することは、男でも女でも珍しいことではない。
まったく駄目。
こいつら四人とも、まったく役に立たない。
ロルダグルクにとって、それは最初から解っていた事だ。
少女達四人は、戦力にならない。
当然といえば、当然の事だった。
彼女達はまだ13~14歳で成人しておらず、本来ならまだ"見習い"の立場のはずの者たちだ。
親衛隊の新規隊員は、基本的には成人済みの15歳以上で、剣の腕の立つ者をスカウトする。
だが、それだけでは、なかなか安定した数の剣士を集めるのは難しい為、将来有望そうな少女を、普段から"見習い"として抱えこみ修行させていた。
彼女達4人は、そんな"見習い"で、1~2年修行を積んでから入隊する予定だった者達である。
だが、穢れなきバラ親衛隊は、ダーヴァで両姫が襲われた際に、普段の業務に支障がでるほど多くの隊員を失ってしまっていた。
その為、急遽、王都に残って訓練していた見習いの彼女達が入隊することとなる。
そして、急ごしらえな簡易の入隊式を行ったのは、つい昨日の話だった。
まあ。
この役立たずの雛鳥どもと一緒に……
私も、ここで死ぬんだけどね。
北館西階段の奥、三番目の、そして最後のバリケードの中で、ロルダグルクは投げやりに肩をすくめる。
階段の下に作られた第一のバリケードと、階段の上に作られた第二のバリケード。
その二つは、この建物に常駐していた守備隊が担当している。
二階廊下に突き当たりに作られた、この三番目のバリケードは、最後の守りである。
この奥にある小部屋に、アリファ姫がいる。
と、言う訳では無い。
この奥の部屋は空っぽだ。
北館の本命は、東階段の奥にある小部屋で、こちらの西階段は、あくまで相手の戦力を分散させる為の囮でしかない。
いや、囮などと良いものではない。もっとハッキリ言ってしまえば"捨て駒"だ。
そして、ロルダグルクは、四人の役立たずの雛鳥をつれて、この西階段の最後のバリケードを守る事を命じられていた。
ロルダグルクは、また小さくため息をつく。
この親衛隊に入隊してから、何度目のため息だろうか。
――――――
ロルダグルク・ボルフサス
穢れなきバラ親衛隊 序礼十八位
茶色の髪を後ろでギュッとしばり、キツイ顔つきだが美人の彼女。
彼女は、剣豪として名高いサーエルダグルク・ボルフサスの長女だ。
家は、非常に大きな剣術道場を営み、多くの弟子を抱えていた。
その中で、彼女は子供の頃から剣を振るって修行してすごした。
父からの譲り受けた才能と、素晴らしい環境と、彼女自身の努力が身を結び、わずか十四歳の時に道場で唯一の女性師範代となる。
美人で剣の腕が立ち、更に道場主の長女である彼女は、周りの男性から数多の求愛と、周りの女性からの羨望の眼差しを一身に受けながら育つ。
そんな彼女は、その当時、当然のように思っていた。
『女性で一番強いのは、私だ』と
だが、それを世間に証明することはできない。
剣術道場では他流試合は禁じられていたからだ。
定期的に開かれる剣術大会には兄弟子達が出場するため、自分に出番は無い。
女性で一番強いのは、私だ。女剣士で、最強と噂される"女教皇"相手でも、私が負けるはずがない。
そんな思いだけが募っていく。
たまにやってくる道場破りを、憂さ晴らしにボコボコにやっつけるのだけが楽しみだった。
15歳になり、成人した年。
我慢できなくなって、道場を飛び出し、腕試しとばかりに剣術大会に参加した。
大会では順調に勝ち進み、とうとう国王の前で行われる御前試合でも勝利し、見事に優勝したのだった。
『やっぱり、女性の中では私が一番強い』
ロルダグルクの、その思いは頂点に達する。
ただ、勝手に大会に出場したが為に道場は破門になってしまい、行く所を失った。
そんな彼女は穢れなきバラ親衛隊からスカウトを受け、入団することになる。
同時期に、一緒に入隊するものがいた。
『同期になりますね。これから宜しくお願いします』
そういって握手を求めてきた女性は、御前試合で自分が打ち負かした相手だった。
剣豪である父の英才教育を受け、洗練された美しい剣捌きのロルダグルクに対して、ただ我武者羅に前へ前へと出てくる愚直なタイプの剣士。
この娘、聞いた事もないような田舎道場の一人娘で、名は確か、リリスンだったっけ。
田舎者らしく垢抜けない見た目と名前だし、服装も超ださい。
こんな田舎娘が入団できるなんて…… 親衛隊も、たいしたことないわね。
まあ、しょせんお姫様のお守りが仕事だし。
穢れなきバラ親衛隊なんて、ご大層な名前だけど、どうせ、私より強い女性なんて居ないでしょ。
ロルダグルクは、そんな風に思っていた。
もちろん、入隊したら、その思いが間違いだった事を、嫌というほど思い知る。
訓練でダフネ隊長にボコボコにされて負けた。
まあ、相手は親衛隊の隊長ですからね。
彼女に負けても、それは仕方ないです。
そう心の中で、自分に言い訳をして、納得した。
だが、言い訳できないような事態がおこる
自分より後から入団してくる、問題児の二人。
"我侭お嬢様" エレーナ・ラ・クルスノルド
"死にたがり" ノレル・ノレルノレ
後輩で年下の二人に、一方的に、今まで持っていたプライドがボロボロと崩れ落ちるくらい完膚無きまでに、叩きのめされた。
更に、それだけではなかった。
自分より格下だと、馬鹿にしていた田舎娘のリリスン。
親衛隊に入隊して以来、伸び悩んでいた自分とは裏腹に、メキメキと腕を上げていたリリスン。
そのリリスンに、ある日の隊内練習試合で、ロルダグルクは、完敗する。
殆ど手も足も出ず、誰の目にも明らかな完全な敗北だった。
まさか、こんなださい田舎娘に……
そんな…… まさか…… この私が……
その時、心の中で『何か』が折れるのを感じた。
それ以来、彼女は親衛隊の業務も、剣の修行も、"そこそこ"にやるようになる。
もう、昔のようにガムシャラに剣を打ち込むことが出来ない。
ただ日々、流されるように、姫を守る業務をこなし続ける。
そして、ダーヴァで襲撃を受けた時、あれほどまでに、拘っていた相手であるリリスンが亡くなった。
だがロルダグルクは、その時も、別に何も感じる事は無かった。
――――――
廊下の向こうから、悲鳴が聞こえる。
この第三バリケードと階段の間の廊下は、一度直角に曲がっている。
その為、階段上下にある第一、第二バリケードの様子を直接見ることはできない。
だが、音や声は聞こえてくる。
剣と剣がぶつかり合う音。助けを求める声。敵への呪詛の声。バリケードが破壊される音。剣が肉体を切り裂く音。内臓が地面へとずり落ちる音。死に苦しみもがく声。母や妻の名を叫ぶ声。
ガタガタと震えるアンディーは、その声ひとつひとつにビクビクと反応している。
白い死人のような顔のカミラは、逆に無反応でその声が聞こえているのかどうかも怪しい。
なんとか正気を保っているフレヤも、声が聞こえてくると、泣きそうな顔が更に歪む。
座りこんで失禁しているエッダは、耳を押さえ、この現実を受けいれる事すら拒んでいる。
おおおおおおおおお!
今までとは違う、勝利の雄叫びが廊下の曲がり角の先から響いてきた。
この雄叫びを聞くのは 2度目だ。
とうとう第二バリケードも落ちたんだわ。
もうすぐ、廊下の先のあの角を曲がって敵が押寄せてくる。
まるで、遠い場所での出来事のように感じるな。
四人の雛鳥のような少女達は、その雄叫びに震えあがり、ただ恐怖に心を支配されている。
そんな四人をロルダグルクは冷たい目で見つめた。
私は、こんな雛鳥どもと…… こんな所で……
ダフネ隊長や主力部隊と共に、アリファ姫を守る戦いに参加することすらできず……、
単なる『捨て駒」として死ぬ。
まあ。
私なんて……
所詮、そんな程度よね。




