59 馬車
勇一達は、首になった。
それは、王都の宿について、ものの一時間もしない時だった。
「『名無き者』の皆様。明日からあなた方は、私の警護を行う必要はありません」
エイシャ様は若干言いづらそうに、だが、きっぱりと勇一達に伝えてきた。
それは、事実上の解雇宣言だ。
「もちろん依頼としてお約束した報酬は、全額お支払いしますのでご安心してください。
あと、警護の必要が無いとはいえ、直ぐに帰郷して頂くのは困ります。宿もそのまま、お使い頂けるようにしておきますので、契約期間の間はこの王都に留まり自由にお過ごしください」
それだけを伝えると、退席するように命じられた。
部屋を出た勇一達三人は、顔を見合わせる。
「いきなり首って何なんだろうな。エイシャ様を不快にするような事でも俺達したかな? でも、報酬はちゃんとくれると言うし……」
「ふむ、よく解らんな」
勇一と、ディケーネの二人が腕を組んで考え込む。
「えー すっごい解りやすいじゃないですかー」
意外にも、一人だけ違う意見を言い出したのは、ニエスだった。
「ニエス。何が解りやすいんだ?」
「だから、今回のことですよ。
エイシャ様は、あのグルキュフさんとできればイチャイチャしたいからに決まってるじゃないですかー。そのために、周辺の警備を少しでも減らしたいんですよ。御付きで来た他の貴族さん達は、どうやら真面目に警護なんてする気は全然無いみたいですし、後は私達が居なくなれば、好き放題し放題ですよー。
で、このことは、タブンお父さんとかには内緒で勝手にやってるから、わたし達が先にダーヴァに帰っちゃうと、バレて困ってしまうんで、契約期間の間は王都にいてくれってわけですよ。
よーするにエイシャ様は、乙女なんですよ乙女ー」
ニエスは、自信たっぷりで、まるでわたしこそがエイシャ様の理解者だと言わんばかりに説明してくれる。
だが、勇一とディケーネの反応は悪い。
「エイシャ様が、グルキュフとイチャイチャしたい? なんだ、それ?」
「ふむ、まったく理解できない話だな」
「えええ? ひょっとして二人共 エイシャ様がグルキュフさんに恋しちゃてる事に気付いてませんでした?」
「? そうなのか? エイシャ様があのグルキュフに惚れてるのか?」
「ニエスの考えすぎじゃないか? 若い娘は何でも、すぐに恋愛に結び付けて考えるきらいがあるからな」
「えええええええ? なんでわたしが間違ってるみたいな雰囲気になってるんですか?! 二人とも 鈍すぎですよー!
特にディケーネさん。なんで、そんなオバサンくさい事を言っちゃってるんですかー!」
ニエスは強く自分の意見の正しさを主張したが、結局、その意見は、二人に却下されてしまった。
最終的には『今回のことは、よく解らない』という意見に落ち着いてしまった。
もちろんニエスの意見は、ほぼ真実に近い形だった。
更に詳しい真実としては、『グルキュフとなるべく二人っきりになりたいので、少しでも警護を減らしたい』と望むエイシャ様の要望と『自分の評価を上げる為にも、なるべく邪魔者を排除したい』と望むグルキュフの要望が、微妙に一致してしまった。
それが故に、グルキュフから提案された今回の案を、エイシャ様が誘惑に負けて乗ってしまったというのが真実だった。
「首にはなったけどダーヴァには帰っちゃ駄目みたいだしなあ。まあ、開き直って王都でゆっくり過ごすかな」
「それも、良いかもしれんな」
「いいですねー。そうしましょう、そうしましょう。美味しいものとか食べにいきましょうよー。あと、ぐーちゃんの所にも行かないといけないですね」
あ、そうだ。
時間も出来たし、王都見学の前に、まずはブレッヒェさんに会いに行ってみるかな。
そんな軽い気持ちで、まずはブレッヒェさんに会いに行く為に王家御用達商会であるハルミア商会へと向かう事にした。
と、言っても、この広い王都の中、ハルミア商会の場所がわからない。
とりあえず、宿の一階にあるカウンターにいた管理人に聞いてみることにする。
「ハルミア商会の場所ですか? 店舗は複数あって、この近くにも一軒ありますけど……、商会本部の建物のことですかね?」
ブレッヒェさんが店舗にいるとはとても思えない。居るとしたら、間違いなく本部の建物のほうだろう。
「本部の建物を教えてもらえますか?」
「本部の建物でしたら、ここからだとまず"コモンセージの通り"へ出て、一時程あるくと、"雲雀の通り"と交わります。その通りを東に向かってあるいていくと、多くの商会本部が集まる地域にでます。詳しい場所はそこで聞きなおして頂ければお解かりになると思いますよ」
人の良さそうな、宿屋の管理人はやさしい口調で丁寧に教えてくれる。
「ところで、"竜殺し"ユーイチ殿。
ハルミア商会って、王家ご用達の商会ですよ、何しに行くんです? 何かお入用の物とか、売りたい物の商談があるんでしたら、もっと良い商会を紹介させて頂きますよ。ズラッラ商会って言う商会がありましてね。北方出身の商人が中心になって運営している商会なんですが、"切実"をモットーとした良い商会なんですよ」
勇一は知らぬことだが、実は、この宿屋はズラッラ商会が運営していた。
もちろん、この管理人はズラッラ商会の一員である。
「いや、実は商談じゃなくて、ブレッヒェと言う人物に会いにいくだけなんですよ」
「ブレッヒェェエ?」
宿屋の管理人は、人の良さそうな顔を歪めて、露骨に嫌な顔をする。
どうやら、宿屋の管理人はブレッヒェさんを知っているらしい。
まあ、本人が『自分は王都では有名人だ』みたいな事を言っていたくらいだから、有名なのだろう。
知っているのはいいのだが、気になるのは、あきらかに宿屋の管理人は、嫌そうな顔をしていることだ。
いったい、どうゆう感じで有名なんだろう?
がぜん、勇一も興味が湧いてきた。
「ブレッヒェさんの事を、お知りなんですね。どんな人物なんですか?」
「いや、知っていると言う程でもないけすけど。そのう、色々と噂を聞いてます。確かにハルミア商会の重要人物らしいし、街でもよく見かけて羽振りは良さそうなんですけどね。
今ひとつ、何をしているかよく解らない人物なんですよ。王宮に出入りしてるのは間違いなさそうなんですが……」
宿屋の管理人は、カウンターから身を乗り出すようにして、小声で話しつづける。
「巷の噂じゃあ、王宮にオンナとかクスリとか、何か怪しいモノを提供してるんじゃないか、とか……、ブレッヒェ自身が、王や王子の愛人なんじゃないか、とか……、まあ、色々と、言われてますよ」
うーん。
どうやら、かなり怪しい人物らしい?
でも、あくまで噂だからなあ。信じてしまうのは危険だよな。
「色々と教えてくれて有難う」
勇一は 礼を言って宿をでた。
とりあえず三人で、教えてもらったとおりに道を歩く。
一応、装甲指揮車はウラノスに置いてきたが、電動バギーは王都の中までもってきている。
だがやはり、電動バギーに乗っていると異様に目立ってしまうので、宿に置いておいて歩いて行くことにした。
ちなみに、王都では周辺から中心にある王宮へと繋がる主な通りには植物の名が、それに交差するようにある主な通りには動物の名前が着いている。その為、王都は非常に広いのだが、通りの名前さえ聞けば、あまり迷う事なくたどり着くことができて非常に便利だ。
街によっては、敵に侵略された時の事を考慮して、道を細くしたり、わざと曲がりくねった形にしたり地理を把握しづらく作る事も少なくない。
これだけ街の中が解りやすくキチンと区画整理されているのは王都がここ数百年の間、敵に侵略された事が無く、また、この先も侵略されないであろうと言う、自信の表れでもあった。
それにしても…… 綺麗な街だなあ。
勇一は道を歩きながら、思わず左右をキョロキョロと見廻してしまう。
通り沿いの道の建物はダーヴァの街に比べて一回りも二回りも大きく豪華だ。多くの建物の壁は白く、青い空と白い壁のコントラストが鮮やかだ。遠くには、巨大で荘厳な王宮と、三本の塔を持つ神殿も見える。
街ゆく人々は、皆が幸せそうで華やかだ。女性は色鮮やかでお洒落な服を着て、中には、大胆に肌を露出している物もいる。男性も、ダーヴァの街では実用一辺倒な作業服ばかりが目についたが、こちらでは洒落た洋服を着ている。
石畳の道すらも、綺麗な色のそろった石を使っていてデコボコも少ない。
歩いているだけで、観光気分になってきて、心浮かれてくる。
もちろん浮かれているのは、勇一だけではない。
ニエスなどは、浮かれてスキップとは微妙に違う不思議なステップを踏んでいる。
ディケーネだけは冷静だった。と、思いきや、よくみるとやっぱり、いつもより顔が僅かに緩んでいる。
彼女も内心では、浮かれているっぽい。
最終的には、細かい場所を道行く人に聞いて、無事にハルミア商会の本部建物に到着した。
だが、結果はあまり芳しい物ではなかった。
「大変申し訳ありませんが、ブレッヒェは本日、外出しております。もし宜しければ、明日の"夕方の四の刻"に来て頂けますでしょうかな? その時であれば、ブレッヒェもお会いする用意をさせて頂けます」
対応してくれた礼儀正しい若者は、申し訳なさそうな表情を浮かべながら、そう言った。
「じゃあ、明日の"夕方の四の刻"の時にまた来ます」
「お手数をお掛けして大変申し訳ありません。もし宜しければ、こちらに来て頂いた際に、お食事を準備させて頂こうと思いますが、宜しいでしょうか?」
"食事"と聞いて、ニエスがピクリと反応している。
期待に満ちた目で、此方をチラリと見る。
まあ、断る理由もないな。
食事くらいご馳走になっても問題ないだろう。
「それじゃあ、せっかくだがら食事はご馳走になります」
「畏まりました。準備させていただきます。
あと、食事に関して、なにか過敏症等はありませんでしょうか?」
「えっと、過敏症は、俺は無いです。ディケーネとニエスって、何か食べれないモノって、あったっけ?」
「無いな」
「何でも、食べられますよー」
結局、明日に再度訪問する約束をした後に、ハルミア商会を後にして街に出る。
「じゃあ、ちょっくら王都見学でいくか」
「ふむ、行くとしよう」
「いきましょー いきましょー」
改めて、三人で王都の街の中へと歩いていった。
――――――
「『名無き者』の皆様方、昨日は大変失礼いたしました。
ブレッヒェ婦人も、本日お会いできる事を大変喜んでおります」
次の日。
ハルミア商会本部へ行くと、昨日対応してくれた礼儀正しい若者が、また対応してくれた。
「此方へ、お越しください」
そう言って、建物の奥に通された。
若者に先導されて、建物の奥へと続く豪華な廊下を、歩く。結構な時間、廊下を歩き続ける。
確かに大きな建物だけど、どんだけ長い廊下なんだ。
どこまで行くんだよ。
勇一がそう思っていると、とうとう建物を突き抜けてしまった。裏通りにでてしまう。そして、その裏通りには一台の馬車が止まっていた。
「どうぞ、此方の馬車にお乗りください」
若者が馬車のドアを開けてくれる。
どうやら、別の建物にブレッヒェさんはいるらしい。
薦められるままに、勇一達三人は馬車に乗り込む。
「それでは、私はこれで失礼します」
そう言って、若者が馬車のドアを閉めてくれる。それと同時に、馬車がゆっくりと動き始めた。
馬車は非常に豪華なものだったが、その中は、妙に静かだった。外の音があまり聞こえない。石畳の道を進む振動も、殆ど感じない。
三人はしばしの間、無言で過ごす。
馬車の中を、沈黙が支配した。
その沈黙をやぶったのはディケーネだった。
「ユーイチ、気付いているか?」
勇一は、小さく頷く。
馬車に乗った瞬間から、勇一も気付いていた。
なにせ、この馬車、豪華な作りで見た目はいいし乗り心地も悪くないのだが……、窓が無い。
僅かな隙間すら無く、外の風景がまったく見えない。
逆に外からみても、誰が乗っているか解らないだろう。
ディケーネが、馬車の壁を指で叩く。
ゴンゴンと鈍い音が返ってきた。
見た目はよくある普通の木の板なのだが、壁の中は鉄板等で強化されているようだ。
それだけではない。
さっきから馬車は、やたらと左右に道を曲がりながら、進んでいるのが解る。
区画整理されたこの王都の中で、目的地にまっすぐ向かえば、こんなに頻繁に何度も角を曲がる事はありえない。
わざと何度も角を曲がって、道筋を解らなくしているのだろう。
「俺達を、誘拐でもするつもりなのかな?」
勇一の問いに、ディケーネは首を横にふった。
「誘拐するつもりならこんなメンドクサイことせずに商会本部で襲うか、食事に痺れ薬でもいれるだろう」
「じゃあ、何が目的なんだろう?」
「解らん、相手が何を目的としているのかまったく解らん。とにかく用心だけはしておこう」
そんな会話をしている内に目的地についたのだろうか、馬車の動きが緩やかになり、速度を落としていく。
ディケーネは殺気を身に纏い、腰のレーザー拳銃に手を掛け、何があってもすぐに反応できるように神経を張り詰める。ニエスも、頭の上の両耳をピンと立てて周りを警戒している。
勇一も肩に掛けていたレーザー小銃を、手に構えなおす。
そして、何処とも解らない場所に、馬車は止まった。




