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57 地図

「うお、すごい眺めだな」


 王都の手前にあるバックス山。

 そのほぼ頂上にある街ウラノスから見渡すその風景に、勇一は感嘆の声をあげる。


 バックス山の麓から広大な平地が広がり、その先には対岸が見えないほどの巨大な湖がある。

 そして、その湖のほとりに面するようようにアルフォニア王国の首都"ラーニア"があった。


 王都の北側を湖に面していて、それ以外の三方を白い城壁がぐるりと囲っている。そして南、東、西のそれぞれの方面には、個々で形が違う巨大でそれでいて美しい三つの門がそびえ立つ。

 さらに王都の中心には、それぞれが"平和""武力""文化"を象徴する三本の白い塔が屹立しているのが見える。


 三本の塔や城壁だけでなく王都の建物の多くは白色に塗られている。その為、普段の王都は、全体が白く見え、別名”純白の乙女の都”とも呼ばれているそうだ。

 だが、今は、その白い巨大な王都が、湖に沈もうとしている夕日に照らされて、真っ赤に染まっていた。

 

 その風景は雄大で美しく、まさに"絶景"の一言だった。

 装甲指揮車(クーガースリー)のハッチから上半身を出した、勇一は、しばしその風景に見蕩れる。


 湖に面した王都ラーニアか。

 本当に綺麗だな。

 そういえば、やっぱりあの湖って元の世界で言う所の『琵琶湖』なのかな?

 琵琶湖といえば、たしか織田信長が作った安土城って、琵琶湖沿いにあったはずだよな。

 地理的にも日本の中心に近くて、交通の要所でもあって、色々都合が良かったから、そこに城を作ったはずだ。

 時代が変わっても、同じ事を考える人がいたって事か。


「なあ、タッタ。この王都ラーニアって、やっぱり織田信長が作った安土城と同じ場所なのかな?」

「いいえ、違います」

 タツタの答えは無情だった。

 

「違うのかよ? じゃあ、ここって、元の世界では、どの辺りだったんだ?」

「元は副井県 尾浜市から北へ30キロ程進んだ海中となります。

 なお、蛇足かもしれませんが、前方に見える湖は元は日本海と呼ばれていた海域になります」


「えええ?! あの湖って元は日本海なのか?」

「はい、海面の低下及び地面の隆起によって、日本列島とユーラシア大陸が地続きになっている為、"湖"と呼称されているものと推測されます」


 マジか?!

 勇一は、ハッチから頭を引っ込め、助手席に座っているディケーネに声をかけた。


「ディケーネ! 世界地図って書けるか?」

「か、書けない事は無いが、いったいなんだ?」

 興奮気味の勇一に、やや気圧されながらディケーネが答える。

 ちなみに周りの国の情勢など、一般のダーヴァの人達で知っている者は殆どいない。

 元貴族のディケーネは、幼少期にかなり高いレベルの教育を受けている為、周辺国の地形や歴史その他について知識があるのだった。


「とにかく、書いてくれ、ついでに周辺の国とか説明してくれ」

 丁度良い紙とペンが無かったので、助手席ダッシュボードを開けて、コンピュータのディスプレイ部分にタッチペンを使って書いてもらうことにする。


「まずは、世界の中心とも言うべき、ダ・ルシア大陸がある」

 ディケーネが、ざっくりとディスプレイの左上四分の一以上を、大陸を表すように曲線で囲む。

 これがたぶん、元ユーラシア大陸だろう。



「ダ・ルシア大陸の北は、氷の大陸に繋がっている。さらに、そこから東に向かうと新大陸と繋がっているらしいが、新大陸は未開の地なので、詳しい事はよく解っていない」

 氷の大陸って言うのは、ロシアから北極に掛けてのことだ。

 新大陸は、たぶん北アメリカだろう。南アメリカについては、認識すらされてないらしい。


「ダ・ルシア大陸の西の奥地については、亜人たちが支配する地域なので、私は詳しく知らない」

 元ユーラシア大陸の西側、いわゆる中東やヨーロッパの地域は、この異世界では"奥地"、いわゆる辺境あつかいのようだ。さらに アフリカ大陸も、これまた認識すらされて無いようだ。


「そして、世界の中心であるダ・ルシア大陸には、三つの大きな湖、北アイル湖、中アイル湖、南アイル湖がある。

 その一つの北アイル湖の東側が、今いるアルフォニア王国だ」

 彼女が、先ほど書いた大陸に三つの湖を書き込んだ。


 えええ、マジか?!

 勇一の覚えているいる世界地図と照らし合わせると、ダ・ルシア大陸は、間違いなくユーラシア大陸だ。

 そして、三つの湖はそれぞれ、

 北アイル湖は、元は日本海。

 中アイル湖は、元は東シナ海。

 南アイル湖は、元は南シナ海だ。

 日本列島から、朝鮮半島経由で大陸に繋がって日本海が湖になっているだけではないらしい。九州から沖縄、台湾経由で大陸に繋がっている。

 そこから更に、フィリピン、インドネシア、マレーシア経由でも、大陸に繋がっているようだ。


 彼女が、ディスプレイの下部に平べったい形の大陸を書き込む。

「さらに、南へ向かうと"竜の道"を通って、魔人が支配する大陸、ヴァ・ウノグ大陸に繋がる」


 な?! なんと?!

 ヴァ・ウルグ大陸は、間違いなく元オーストラリア大陸だ。

 と、言う事は、ユーラシア大陸とオーストラリア大陸が繋がっている?!


挿絵(By みてみん)


 うーん。

 けっこう、元の世界と地形が変わってるなあ。

 とにかく、海面低下が大きく影響してるみたいだ。


「ちなみにそれぞれの海と湖は、強大な海竜に支配されている。

 小さな船を使って沿岸部で漁をするくらいならできるが、大きな船で乗り出すことはできない」


 ああ、それはあれだな。

 異世界の海って大抵そうだよな。


「国家情勢についてだが……」

 大雑把な地理の説明が終わった後に、今度はそれぞれの国の情勢を教えてくれる。

 ペンの色を変えて、先ほど書いた大雑把な地図にそれぞれの国を書きこんでいく。


「ダ・ルシア大陸の中央部に、もっとも強大な国『中央ルシア正統皇帝国』がある。まあ、文化でも武力でも経済でも、今は世界の中心と言っていいだろう」


 位置的には、元中国の位置だ。

 世界の中心ね。

 そういえば、元の世界の過去にも、その地域が世界の中心だった、そんな時代があったよな。


「もともとダ・ルシア大陸には、十数もの国家が乱立しいたのだが、それを武力で統一したのが『中央ルシア正統皇帝国』だ。

ちなみに、国名にわざわざ"正統皇帝国"などとつけているのは、今の皇帝家が、もともとの正統な皇帝の血筋と繋がりがないからだ。だからこそ、あえて"正統”などと名乗っているのだ。まあ、五百年ほど前に、一人の男が武力政変(クーデター)を起こして、当時の皇帝から国を乗っ取って作った国、と、言うのが実情らしい」


 へー なるほど。

 血筋の正統性がない皇帝だからこそ、正統皇帝と名乗ってるってことか。面白いな。

 この世界の歴史も、そのうちしっかり勉強したい気持ちが湧いてくる。


「百年程前にはアルフォニア王国にも攻めてきている。その時は撃退しものの、いまだに両国の間には平和協定をむすでいない。国境が接する場所、北アイル湖と中アイル湖に挟まれた細い陸路、通称"愚か者の道"で、今でも小競り合いを繰り返しているぞ」


 いわゆる紛争地帯と言うやつだな。


 ディケーネは説明を続けてくれる。

「北には、一国だけで皇帝国に対抗できるほどの武力強国『キエル・ルーシ大公国』がある」

 位置的には元ロシアの位置だ。


「南西には、非常に長い歴史を誇る『ノリスル神聖国』がある」

 位置的には元インドの辺りだ。


「皇帝国の南、南アイル湖北部から西部には、『アイル六都市同盟国』がある」

 位置的には、元は、ミャンマー、タイ、ベトナム、マレーシアと言った辺りか。


「六都市同盟国って変わった名前だな」

「名前の通り、元はバラバラの都市国家だったが、皇帝国の侵攻に抵抗する為に、集まって作られた同盟国家だよ。ちなみに、元はちゃんと六都市の集合体だったが、今は、一つの都市国家が消滅してしまった為、所属している都市国家の数は実際は五しかないがな」


 うーん、実際は五しか都市国家がないのに、名前は六都市同盟国か。

 歴史はほんとに面白いな。


「さらに南。南アイル湖の南東側は、数百年ごとに"竜の道"を通って魔族が攻めて来ることもある為、大国があまり積極的は支配下に置こうとしていない。その為に無数の小国家が乱立している状態だ。下手すると、盗賊の親分みたいな奴が勝手に独立宣言して国を建てたりしていて、群雄割拠しているぐらいだ」

 位置的には、フィリピン、インドネシア、パプアニューギニアの辺りだな。


「そして、さらに"竜の道"を通って、魔人が支配する大陸、ヴァ・ウルグ大陸に繋がる。

 そこでは、七人の魔王がそれぞれ自分の国を作り、血で血を拭う争いを延々と続けているらしい(・・・)

 正直、ヴァ・ウルグ大陸の詳しい情勢は、嘘か本当か解らないような話が多すぎて、よく解らない」


 七人の魔王とか、怖すぎるだろう。

 本音をいってしまえば、あんまり関わりたくない。

 まあ、でも、かなり遠くにあるし、実際に関わる事は無いだろうな。

 そんな事を勇一は暢気に考える。


 そこで、ディケーネの話が終わる。

 どうやら、この異世界で言う所の"世界"は、ユーラシア大陸の東部分だけで、本当に終わりらしい。

 




「さて、世界地図や歴史の話もいいが、勇一。それよりも、どうする気だ?」

「何がだ?」


「もちろん、ぐーちゃんのことだ。彼女は王都に入れないぞ」

 あ! そうだった!

 ぐーちゃんの右手には犯罪者の印が、しかも五本線が、入っている。

 そのせいで、ダーヴァの街には入る事ができなかった。

 当然、王都にも入れないだろう。


「ひょっとして、忘れてたんじゃないだろうな?」

「いや、忘れていた訳じゃない。忘れてた訳じゃなくて、つい、うっかり、あれだ、油断してた」

 ディケーネが冷めた目で、見てくるが、とりあえず無視しておく。


「ユーイチ。それに問題はぐーちゃんだけじゃないぞ。装甲指揮車(クーガースリー)も、やっぱり王都の中に入れるには大きすぎる。 

 先に言っておくが、王都の周辺でこんな巨体を隠したり、野宿したりなんてできないぞ。

 王都の回りはぐるりと強大な壁が囲み、その周りには広大な平野が続いているから隠すような大きな森なんて無いし、何と言っても、盗賊や魔物対策に兵士が定期的に見回りをしているぞ」


 ぐぐぐ。それは困った。

 勇一は腕を組んで考えこんでしまう。

 本当に困った。


 そんな困り果てている勇一をみて、ディケーネがいきなり頭を下げた。

「あー、ユーイチすまん。今の言い方は、私が悪かった。申し訳ない」

「え? 何をいきなり謝ってるんだよディケーネ?」


「私がとっくに対策を考えていた。別に、そんな困る事じゃない。

 その、あまりに暢気そうなユーイチを困らそうと、ちょっと意地悪を言ってしまった」

 ディケーネは、真摯に謝る。

 なぜ、勇一に意地悪な事を言おうなどと、思ったのかディケーネ本人も実は不思議だった。


「いやいや、謝らなくていいよ。暢気にしすぎていたのは確かだから。

 それより対策ってどうするんだ?」

 

「王都の手前にある最後の街、ここウラノスで、一ヶ月間倉庫と宿を借りればいいだけだ。

 そこに装甲指揮車(クーガースリー)を置いて、ぐーちゃんも宿に泊まってもらうんだ」


装甲指揮車(クーガースリー)は、それでいいけど……

 ぐーちゃん、ひとりで、宿に一ヶ月も泊まるの無理っぽくないか?」

「確かにそうだが……、それ以外に方法も無いだろう」


「うーん。エイシャ様の護衛任務に支障が出ない程度に、交代で誰かが、ウラノスの宿までやってくるしかないかな?」

「まあ、そこら辺は、なんとか考えて工夫するしか無いだろうな」


 勇一とディケーネが二人で、頭を悩ます。


「私が、彼女と一緒に、このウラノスに残りますよ」

 そう、後ろから声をかけてきたのはアマウリだった。


「え? いいんですか? アマウリさん」

「ええ、いいですよ。遠慮しないでください。『名無き者(ネームレス)』の皆さんはエイシャ様の護衛任務がありますが、私は、そのメンバーには正式には入ってませんから、居なくても問題ありません。

 私は、ここでぐーちゃんのお守りでもしていますよ。


 

 もちろん、アマウリとしては、なるべくなら勇一達と離れたくない。

 だが、別に焦っても仕方ない。まずはゆっくりと勇一達の信頼を得る為の行動をとるべきだ。


 さらに、アマウリには、実は別の事情もあった。

 アマウリは昔、王都で活動していた時期がある。

 その時期にアマウリが所属していたパーティーが、彼を除いて全滅する事が二度あったのだ。

 例え、アマウリ以外の者が全滅する事が連続しても、二度までなら、偶然だろうと済まされる。そして、三度目が起きる前に、アマウリは王都を離れていた。

 その為、当時アマウリに疑惑の目が向けられたりした訳ではない。だが、そのことを覚えている者は、まだ王都にいる。


 ディケーネが、『紫檀(したん)の風』のアドリアーンを倒し、十傑に入った話は王都でも話題になっているはずだ。

 話題に上がる可能性だって十分にある。

 もし、過去を知っている者が、アマウリが勇一達と一緒に居るときに、出会ったら……、

 そして、アマウリが所属していたパーティーが、彼を除いて全滅する事が、合計三度(・・)も、あったことを知ったなら……

 あらぬ疑惑を受ける可能性がある。


 もちろん、そんな疑惑を受けるのはアマウリにとって、非常に面白くない。

 それ以外にもいくつかの事情があり、色々と検討した結果で、アマウリは『ここに残ったほうが得策だ』と判断していた。


 ちなみに、アマウリを除いて彼のパーティーが全滅する事は、正確には三度ではなく、実は六度も有る。

 だが、その事実を知る冒険者は、この世にはいない。


「あの、それじゃあ、お願いしてもいいですか?」

「ええ、もちろんです。ぐーちゃんと装甲指揮車(クーガースリー)のことは私に、お任せください」


 勇一の言葉に、アマウリは、最高に魅力的な微笑を浮かべながら答えたのだった。


本年もどうぞ宜しくお願い致します。



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