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05 挨拶


「おはようディケーネ。待った?」

「いや、今きたばかりだ。きにするな」


 次の日の朝。

 宿の前の道端で、ディケーネが待っていてくれた。

 今日は、盾と剣は装備して腰に小さな革製のバッグと水筒をぶら提げているものの、大きな革製の背負い袋(バックパック)は背負っていない。昨日に比べるとかなり軽装だ。


 今日はディケーネとデートだ。


 もちろん改めて言うまでないが、嘘である。

 本当は昨晩、街のガイド兼護衛をお願いしている。

 もちろん、それに見合うの報酬は払う約束だ。この異世界で無料で何か頼むなんてありえない。

 昨晩にお願いした時、最初は、にべも無くディケーネには断られてしまったが、勇一も必死になってお願いした。


「まあ、ユーイチも見知らぬ街で、右も左も解らず困るのは解らんでもない。仕方ない。依頼として、受けてやろう。一日だけだぞ」


 そう言って、最後は諦めたような表情を浮かべて受けてくれたのだった。

 まあ、経緯はどうあれ、目的はどうあれ、ディケーネと二人っきりでお出かけである。

 昨日の疲れが抜けていないはずなのに、思わず足取りも軽くなる。


 でも、浮かれてばかりはいられない。やることはいっぱいある。

 昨日、晩飯を食いながらディケーネに色々と聞いたりしながら、今後の事を考えた。

 生きていくためには金が必要だ。働かざる者食うべからずだ。この異世界で、ニート生活などは無理なのだ。

 異世界にきたというのに、元の世界より真面目に努力しないと、生きていくことさえ出来ない。

 そして、てっとり早く稼ぐ方法は、冒険者ギルドに登録して依頼(クエスト)をこなすこと、らしい。

 まあ、異世界にきたら冒険者ギルドに登録するのは基本中の基本でもある。


 そんな訳で、今日はまず装備を整え、それから冒険者ギルドで冒険者として登録を行う。

 そして、さらに簡単な依頼(クエスト)を一つこなす所まで行う予定だ。

 ぼうっとしている暇など、本当に無い。


 朝のダーヴァの街には屋台が所狭しと並んでいた。

 まだ日が登ったばかりの、かなり朝早い時間なのだが活気に満ちている。

 街の、あちらこちらで熊をあしらった紋章の旗と、鹿をあしらった紋章の旗が風にゆれている。


「そこの角にある武器屋にはいれ。その店は手頃な価格の武器が多くてお勧めだ」

 ディケーネに薦められるままに武器屋に入る。


 店の入ったすぐのテーブルの上に、傷のはいった片手剣や斧が無造作にゴロゴロと置いてあった。

 試しにその中から、よさげな片手剣を手に取ってみる。


「おおお?!、重い?!」

 ずしりと重量が片腕にかかる。実際の重さとしては2キロぐらいなんだが、ゲームや漫画の中の頭の上から軽く振り下ろしたりする映像から、もっと軽い物だというイメージがあった。


「鉄製の剣なんだから、そりゃ重いだろう。

 なあユーイチ、お前は別に剣術とか習った事があるって訳じゃないんだろう?

 だったら、こっちにあるのを使ったらどうだ」


 ディケーネが手招きした先にあったの、槍だった。

 長い柄の部分は木で出来ていて、金属は先の部分しか使われていない。

 重いことは重いのだが、両手で持って構えてみると、剣に比べてずっと軽く感じる。


「槍は他の武器に比べて敵と距離を取れるので、戦闘の経験が浅い者でも戦いやすい。この槍なんかは値段のわりには、使いやすそうだし、結構いい品だぞ」

 勇一には、どの武器がいいのかなんてもちろん解らないし、何と言っても経験者のアドバイスは重い。

 武器は、ディケーネお勧めの槍に決定した。


 続いて防具屋でも、やっぱり、鉄の胸当ても、肩あても、予想するより重かった。

 もちろん身に着けるだけなら問題無い程度なのだが、これを身に着けた状態で走り回ったり戦闘したりするのは、やはりかなり大変そうだ。全身総鎧(フルプレート)なんて、試す気にもならない。

 そんな勇一の様子を見て、ディケーネは軽くため息をつき、やれやれと手を広げる。


「ユーイチ、これにしろ。魔法のローブとしては決して高級な物では無いが、ちゃんと防御魔法がかかっているから刃物で切れにくく、衝撃も少しなら和らげてくれる」


 そう言って、黒いローブを目の前に差し出してくる。

 全身をすっぽりと覆う形の黒いローブで、頭に被るフードもついている。

 まったく装飾は無く、地味な見た目で、さらにかなり着古されているのか、端のあたりは少し糸がほつれていたりもする。その分安くて、勇一にも買う事の出来る値段だったし、試しに着てみると、サイズは、ちょうど良い。

 けっきょくディケーネがお薦めしてくれた魔法のローブに決定したのだった。



 それから二人して、冒険ギルドへと向かう。


 重いドア木のドアを開けて中に入ると、目の前にいくつものテーブルと椅子が置いてある広間があった。知らなかったら、どこかの酒場かと勘違いしそうな光景だ。

 テーブルに座っている冒険者は、ごく僅かで多くの冒険者達は右手の壁近くにいる。

 右手の壁は、ほぼ全面が掲示板になっており、そこに張られた依頼の書かれているであろう紙が多く貼り付けてある。

 多くの冒険者達が、熱心にその掲示板をみているのだった。


 その冒険者達を横目に、ディケーネと勇一は、奥にあるカウンターに向かう。

 胸の大きい受付嬢が、非常に事務的な冷たい表情で挨拶してくる。


「おはようございます。本日はどのような御用でしょうか?」

「こちらのユーイチが冒険者として登録を行いたい」


 ディケーネの答えを受けて、受付嬢が冷たい眼で勇一を見る。

「そちらの方が、冒険者ギルドに登録なさるのですね。それではいくつか質問をしますので答えてください」

 名前、種族、年齢、魔法の使用できるか、鍛冶師ギルドなどの他のギルドに登録しているかなど、十種類ほどの質問をうけたので、それに答えていく。

 ちなみに、この異世界では十五歳で成人と扱われるらしい。十五歳未満は、保護者の承諾がないと冒険者にはなれないが、勇一は、十七歳なので問題なく冒険者として登録できる。


 色々な質問に答え終わると、最後に服の袖をめくって右手を出せといわれた。

 言われるままに、服の袖をめくり右手を差し出すと、手首をチェックされる。


「そう言えば、この右手を出すのって、何の意味があるんだ?」

 ディケーネにこっそりと聞いてみる。


「知らなかったのか!?! 犯罪者としてつかまると、右手首に魔法の印を刻まれる。その印がないか確認しているんだ」

 ディケーネに本気で驚かれた。どうやらこの異世界では常識中の常識らしい。


「手首に印が無いのが確認できました。問題無さそうですので、冒険者ギルドに登録させていただきます。

 こちらの(プレート)が、冒険ギルドへの所属と"ランク"を証明します」


 そう言って、一枚の(プレート)を差し出した来た。木製で、ちょうどクレジットカードくらいのサイズだ。

 表面には先程の質問時に答えた内容が書き込まれていて、隅には小さな穴が開いていて、首にかけられる様にチェーンが通してある。

「死体の身元判明に使ったりもしますので、冒険中は常に首にかけて置いてください。

 それでは、いくつか最初に説明をさせていただきます。」


 受付嬢が、慇懃無礼に淡々と説明をしてくれる。

 基本的に冒険者は、仕事の依頼を受け、それを成功することで報酬を得られる。

 また依頼とは別に、もともと魔物たちにはある程度の懸賞金が掛かっているとの事だ。まあ、よくある仕組みだった。


 また冒険ギルドの依頼を多くこなす事によって、上がる冒険者の"ランク"があるらしい。

 そのランクには八段階があり、それぞれを(プレート)の種類で分類されている。

 首から下がる(プレート)を見れば、そいつのギルド内での"ランク"が一目で解るという事だ。


 まず最初のランク すべての冒険者がここからはじめる。

 【木の札(ウッドプレート)

 これは見習い、仮免許みたいな扱いのものらしい。


 【銅の札(ブロンズプレート)】【銀の札(シルバープレート)】【金の札(ゴールドプレート)

 ここまでが、いわゆる一般的な冒険者扱いだ。


 ここから上の四段階は、金の札の右隅にそれぞれの"ランク"を表す宝石がつく。

 【紫の宝石付札(アメジストプレート)】【青い宝石付札(サファイアプレート)】【赤い宝石付札(ルビープレート)】【金剛石付札(ダイヤモンドプレート)】 

 この四段階は『宝石付き』と呼ばれ、一流の冒険者として扱われ、皆から尊敬を集めるそうだ。


 ちなみに、改めてディケーネの首元をみてみると、金の札(ゴールドプレート)を首から提げていた。


 その後も、規則やら禁止事項やらの説明が延々と続く。

 説明が長すぎて、勇一は、かなりゲンナリしてきた。

 長い。まじで長すぎる。

 なんか、スマホを買った時の注意事項の説明とそっくりだ。


「説明は以上です。」

 やっと終わりか!

 受付嬢のその言葉を聞いた時は、勇一は救われたような気分だった。

 受付けで貰った 木の札(ウッドプレート)を、首にかけてみる。

 これで俺も冒険者か。

 これからレベル上げていって ――――そして


「冒険王に、俺はなる!」


 そんな唐突に思いついて言ってみただけの勇一のネタは完全に無視して、ディケーネはさっさと依頼がはりつけてある掲示板へと向かう。


「これが良さそうだな」

 ディケーネが一枚の依頼の紙を掲示板から剥がした。

 覗いてみるが、勇一は字が読めないのでまったく内容がわからない。


「依頼の内容を説明するとだな……」

 横から覗き込む勇一に気付いたディケーネが依頼内容を説明しようとしてくれる。

 その途中に、勇一は後ろか見知らぬ男に、いきなり強引に肩を組まれた。


「いよぉぉおお、新人くぅぅん」


 顔のすぐよこで、髪型をモヒカンにした、いかにも下っ端悪役っぽい男がニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。

 体を離そうとしても、肩に組んだ手に力をいれて離れようとしない。

 気がつくと、その男だけでなく、数人に男が、周りを取り囲んでいた。

 全員、冒険者らしく、首には 銅の札(ブロンズプレート)銀の札(シルバープレート)やらを、ぶら提げている。


「おいおぅうい、ディケーネさんよぅ。忘れてないかぁ? こぉの新人くぅぅんの教育でさぁ、大切なことを、なぁあにか忘れちゃってないかぁああ?」


「なんのことだ?」

「とぼけても、だあぁぁめぇだぜぇえ。挨拶だよぅ、あ・い・さ・つぅう。

 新人なら、このギルドで二組しかいないの現役"宝石付き"パーティーのひとつ『水と炎の旅団』。

 そのリーダー、グルキュフ様に挨拶するのが常識だろうがぁ じょ・う・し・き」


「ふん。あんなロクデナシに挨拶などいらん」

 

 ディケーネーはまったく取り合わない。

 その態度に、モヒカンの男の顔が引きつらせながらディケーネを睨みつける。

 一触即発の危険な雰囲気が漂ってくる。


「ロクデナシとは、ずいぶん酷い言い方だな。ディケーネ」


 二人を取り囲む人垣から少し離れた所にあるテーブルから、その声は聞こえた。

 テーブルには六人の男女が座っている。

 半分の三人が青い鎧を着ていて、残りの三人が赤いローブを着ている。


 物凄いハンサムなのだがやや細身で頼り無さそうな雰囲気の男

 波打つ金髪と、色んな意味で迫力満点の肉体を持つ女性

 剃りあげた頭に刺青をいれたやたらいかつい感じの男

 この三人が青い鎧を着ている。


 背は低いのに、ちょっと丸っこい顔と体をした男

 顔には白い仮面をつけ頭からスッポリとフードを被った性別すら不明の者

 まったく同じ格好で、顔には黒い仮面をつけて性別すら不明の者

 こちらの三人は体全体をつつむ赤いロープを着ている。

 そして六人とも首からは、一流の冒険者の証である紫の宝石付札(アメジストプレート)を 下げている。

 彼ら六人が、さっき会話に出てきた『水と炎の旅団』だろう。


「新人君が怖がっているじゃないか。手を放してやれ。回りの皆さんも離れてくれないか」


 勇一に無理矢理肩を組んでいたモヒカンの男がしぶしぶといった感じで離れる。

 青い鎧を着た金髪碧眼で、やや細身で頼り無さそうな雰囲気の男が、デーブルから立ち上がる。

 ゆっくりとした足取りで、こちらに近づいてくる。


 最初はやや頼り無さそうに見えた細身の男だが、実際にちかづいてみると体には十分な筋肉がついている。

 細身にみえたのは、背が高い為だというのがわかった。

 勇一の前に立つと、グルキュフの方が頭一つ以上、背が高い。

 ハンサムな顔に、笑顔を浮けべて、勇一を見下ろしている。


「新人君、驚かして大変すまない。私が『水と炎の旅団』リーダー、グルキュフ・ヨーグ・ラーティンだ。

 この街の冒険ギルドの中では、なんとなく"まとめ役"の様な立場の者だ。

 何か困った事とかあったら、言ってくれ。相談にのろう」


 勇一も名乗ろうとしたら、それより先に目の前にグルキュフが右手を差し出してきた。握手を求めているようだ。

 この異世界でも握手ってあるのか。

 握手を断るのはさすがに失礼だよな。

 名乗るタイミングを逸っしてしまい、そんな事を思いながら、勇一も手を差し出す。


 その手を握ったその瞬間、ぐいっと物凄い力で引かれる。

 触れそうな位に体が近づけて、回りに聞こえないようにグルキュフは呟いた。


「おいゴミ屑。彼女に近づくなよ」


 すぐに手を放し、体を離す。

「じゃあ、新人君、がんばってくれ。君に"アルドニュス"の神のご加護があらんことを」


 グルキュフはそう言うと、さっさとテーブルに戻っていった。

 すぐさまテーブルにいる他のメンバー達と話し込む。

「けっきょく、奴は森の北にいるんだな」「そうことになるわね」「うむ」「絶好のタイミングになりましたな」「逃がさない。絶対に。準備して。しっかりと。そして。殺す」「殺す」

まるで、最初から勇一など、存在していなかったのような扱いだ。


 周りを取り囲んでいた男達は、どうしたものかと立ちすくんでいた。

 でも、もう、まったくグルキュフ達がこちらに興味を示さないと解ると、やがて所在無さげにバラバラと解散していった。


 去り際にモヒカンの男は、柄の悪い目つきで睨み付けならディケーネに向かって、両手のひとさし指で指差してきた。

 ディケーネも、負けずに同じように、両手のひとさし指で、相手を指差しかえしている。

 勇一の予想だが、その行為は、元の世界で言うところの『中指を立てる行為』なのだろう。

 ディケーネも負けずにやり返していたのが、あれだけど。


 それにしても、こんな新人いじめするような下衆な輩はどこにでもいるんだな。

 元世界の高校の部活動での出来事が、チラリと頭をよぎる。

 まあ、気にしていたら、きりがないか。


「おい、ユーイチ、あんなロクデナシ共と同じ空気を吸うだけで、嫌な気分だ。

さっさと依頼(クエスト)を決めて出かけよう。依頼(クエスト)は、この『ホーンウィーズルの退治』これでいいな?」


 勇一が、了解する前に、もうディケーネは歩き出して受付けで依頼(クエスト)を受託してしまう。

 あわてて勇一はその後をおった。


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