56 理由
うーーん。
どうして、こうなった?
勇一は頭を抱える。
日が沈み、月と星が夜空を支配しだす頃。
吟遊詩人が語らい、それに聞きながら荒くれ者達が、所々で合いの手を入れたりしながら聞き入りながら酒を飲む。
少し離れたところでは、流しの踊り子が踊りを披露していたりする。そちらの周りに集まっている酔っ払いたちは、ヤンヤヤンヤと囃し立て手拍子して盛り上がっている。
屋台から肉を焼く良い芳ばしいにおいや、バフダと呼ばれる焼菓子の甘い香りが漂っている。
多分おしのびできているのだろう、いかにも貴族らしい貴婦人が顔を隠して、物珍しそうに周りを見廻しながら歩いていたりもする。
もう、ちょっとしたお祭りになっていた。
――――――――――
ダーヴァの街から王都までの旅はかなり安全、順調で、そして暇だった。
日が沈む頃には移動が止まり、王都へ向かう一行の、貴族も商人も、そして護衛の者も、時間を持て余す。
とにかく『暇』なのだ。
まずは交代で警戒業務をする護衛の者たちの中の噂好きの一部が、手が開いたときに『話題になってる鉄の箱舟を見に行こうぜ』とばかりに、集まってきた。
見に来た者が持ち場に帰って、鉄の箱舟の事を語ると皆が興味を示した。次の日には更に多くの者が鉄の箱舟を見学しに集まってくる。その数は日を増すごとに倍々に増えていった。
話題なのは、何も鉄の箱舟だけではない。
商隊の護衛をするような男達は、強者の話にも興味がある。そのうえ、荒くれ者が多いものの、みな人懐っこい。
酒を片手に勇一やディケーネの所にやってきて、気軽に声を掛けてくる。
「一緒に一杯やらないか。ぜひ、ドラゴン退治や、アドリアーンとの一騎打ちの話しでも聞かせてくれよ」
『聞かせてくれ』と頼まれても、勇一もディケーネも困ってしまう。
別に隠す気もないが、面白可笑しく話をして場を盛り上げる事など、到底できそうにない。もちろん丁寧に断わったのだが、次から次へと、同じような頼みを受ける。
毎回毎回、断るのも大変だし、なんだか申し訳無い気分になってくるな。
そんな事を考えている勇一に、甘い言葉をささやく人物がいた。
売れない流しの吟遊詩人ユーリク・ラーメ。彼は爽やかな笑顔を浮かべながら勇一達に提案した。
「"竜殺し"イオキベ殿。"光の剣使い"バルシュコール殿。
もし、良ければ私に一度だけ、竜退治とアドリアーン殿との一騎打ちの時の話を、お聞かせ願えませんか?
その後は、私が、イオキベ殿に代わって、皆に語って聞かせます。そうすれば、イオキベ殿の手を煩わせる事はなくなります。さらに長旅で疲れている周りの者達も、"竜殺し"の話を聞いて楽しみ、心を癒す事ができます。
とても、良い事だと思いませんか?」
なるほど。それは良い手かもしれない。
もちろん吟遊詩人のユーリクは、勇一達の話しを皆に語って聞かせる事でお金を稼ぐんだろう。だが、それはそれで、当然の報酬で、もちろん構わない。
勇一達にとっては『何度も頼まれて、それを断る』と言う苦行から解放されれば万々歳だ。ユーリクの話に乗った。
だが、それが間違いの始まりだったかもしれない。
『鉄の箱舟を見学し、"竜殺し"と"光の剣使い"の物語を聞く』
それが、王都への長い道程の間の、最大の娯楽と化した。
人が集まると、今度はそこで商売を始める者達がでてきた。
元々大きなキャラバンが連なる旅について行って、食品や酒を売る者達はいる。
だが、それに加えて、普段は旅中では商売しないような商人たちも、勇一達の周りに集まる人の数を見て『これは儲かる』と急ごしらえの屋台を始めたのだ。
さすがに騒ぎが大きくなってきて勇一も、若干戸惑いがでてきた。
だが、そもそも、街中以外の道端で屋台を出すのは商人の自由なので『別の所で商売してくれ』と、文句も言いづらい。
そのうえ、『店出させてもらって、騒がしくしてすいませんねえ。"竜殺し"ユーイチ殿。これ、少ないですけどもらってください』などと言って、お菓子を持ってきてくれる商人などがいて、しかも、そのお菓子をニエスとぐーちゃんが楽しみにしている。
すっかり、お菓子で餌付けされてしまったニエスとぐーちゃんも居るので、更に文句を言いづらくなってしまった。
ここまで来ると、もう後は、坂を転がる雪玉の如し。
日を追うごとに夜、勇一達のところへ訪れる人の数は増え、その噂が更に人を呼び、更に屋台が増え、踊り子たちまで現れた。
そうして、毎晩装甲指揮車の周りで、お祭り騒ぎが繰り広げられることとなってしまったのだ。
その光景を見て、勇一は頭を抱え、また呟いた
どうして、こうなった?
――――――
うーーむ。
どうして、こうなっちまったんだ?
俺は子守じゃねーぞ。
ゾンダ・アールデカスは、顎鬚をなでながら、苦虫を噛みつぶしたように顔を歪める。
彼は、王都ラーニアと、いくつかの地方都市の間を行き来している、ドーン商隊の護衛部隊の隊長だ。
元はそれなりに有名な冒険者だったが、膝に矢を受けて歩くのに若干支障がでるようになった為引退した。
生鮮食品などを扱い、遠く離れた街と街の間を比較的短期間で行き来するこのドーン商隊では、護衛部隊に馬を貸し出してくれる。
足の悪いゾンダにとっては、非常に都合の良い仕事だった。
それに、すでに家庭をもち二人の娘をもつゾンダにとって、決まったルートを定期的に移動するキャラバン護衛の仕事は、冒険者のような波乱万丈の人生は送れないが、その分、安定した収入が得られるのでさらに都合よかった。
そして、もうすでに10年近くもこの仕事をやっている。
街道のどの辺りが危険かも、わかりきっている。
だが、今回は話が違った。
王都ラーニアと地方都市ダーヴァを繋ぐ主街道は、今、大渋滞している。
アルフォニア王国の第二王子の、クルスティアル王子が一家総出で、奥さんの実家へ里帰りしていた帰り道だそうだ。
クルスティアル王子だけではない。普段王宮にいる彼に、この機会にぜひ会おうと多くの周辺貴族や、商人達がダーヴァの街におしかけてきていたのが、一斉に家に帰る途中だ。
生鮮食品を扱うドーン商隊は、そんな大渋滞の道をゆっくりと歩いていては、商売にならない。
主街道と平行している旧街道を突っ切る事になっていた。
旧街道は『唸りの森』を抜けなければならない。
道は森の中で、道は細くグネグネと曲がり、夜盗が襲撃するにはもってこいの街道だ。
護衛隊長のゾンダとしては、もちろん旧街道を使うことに反対したが、ドーン商隊を取り仕切る商人バッカは『王子のケツについてチンタラ歩いていたら、生鮮食品が腐ってしまう』と、強行に旧街道を使用することを決定してしまった。
ただ、旧街道を通るのは危険であること事態は商人のバッカも理解している。
その為、ゾンダが、臨時雇いの冒険者を雇い護衛部隊の人員を増やして強化することを提案したら、しぶしぶながら同意はしてくれた。
はあ。
ゾンダはため息をつく。
確かに臨時雇いの冒険者を雇って、護衛部隊の人員を増やしたのはいいが……
チラリと、横にいる、臨時雇いした冒険者に目をやる。
馬の上でニコニコと笑っているのは まだ成人すらしていない、少女と言ってもいい年齢の新人駆け出し冒険者だ。
「危険を伴う旅だと言うのに、やたらと嬉そうだな」
思わず皮肉をこめて、ゾンダが言う。
少女はゾンダの皮肉などには、気付かずに軽快に答える。
「はい。王都にいけるのがうれしいんです」
「ほう、王都へね」
黒髪をポニーテールにし、両手剣を背に背負った駆け出し冒険者。
もし、勇一達が彼女をみたら、ひょっとしたら覚えていたかも知れない。
彼女は、酒場でディケーネに土下座して弟子にしてくれと懇願した少女であった。
ゾンダとしてみれば、こんな駆け出しの新人冒険者を雇うつもりなど、毛頭なかった。
だが、ダーヴァの街では、最近ドラゴン退治に失敗したことが影響し、冒険者が圧倒的に足りていない状態になっている。
しかもドーン商隊と同じような事を考えて臨時雇いを募集している商隊が他にもいくつかいて、もはや冒険者争奪戦の様相を呈していた。
しかたなく、経験不足な新人冒険者からでも、それなりに実力がありそうな者を探し出して雇わざるを得ない。
文句など言っていられない状況だったのだ。
で、何とか見つけのが、この少女だ。
名は、キアラ・マルキテッリ
まったくのド新人冒険者。ただ剣は誰かから学んだらしく基礎はできており、センスもそこそこあり、まあまあの腕前であった。
「実は私、ずっと冒険者になりたいと思っていたんですが、家族は反対されてしまっていて、半分くらい家出みたいな感じで飛び出してきたんです。ダーヴァの街では冒険者やってると連れて帰られる可能性があるんですよ。だから王都に行って、冒険者として活動しようと思っているんです」
「ふーん。王都で、冒険者ねぇ」
若者は、なんとなく煌びやかな雰囲気のある王都へ行きたがる。
だが、どちらかと言うと、王都よりも、守備隊がしっかりしていなくて、魔物が多い辺境のほうが冒険者の需要は高い。
冒険者のメッカといえば、北の地方の、5つのダンジョンが近くにあることで有名な街"ジグルー"だ。
でも、まあ、この少女は、まだ駆け出し冒険者だからな。
都会で雑用こなして、一人前になるか……、あるいは一人前の冒険者なんかになる、その前に良い男でも見つけて結婚するのが、いいかも知れねーな。
年頃の娘のいるゾンダはそんな事を思う。
正直言うと、冒険者になるのを反対した家族の気持ちの方がよく理解できる。
まあ、自分の人生だ。他人の俺が口出しすることじゃない。好きにすればいいさ。
「それで、そっちのお嬢ちゃんも、王都で冒険者になりたいのかい?」
ゾンダは、もう一人の、新入り女性冒険者に声をかける。
「え、え、わ、私ですか。私はいえ、その、もうダーヴァの街で一応は冒険者やってましたので、別に、その、そういった理由ではないです」
「じゃあ、なんで、また王都へ行こうなんて思うんだい?」
「えっと、その、私は、"ある人"をずっと監視して…… いえ、追っていて、あの、その人とは最初に、一緒にパーティーを組む約束したんですが、その、私が裏切ってしまって、でも、もう一回、一緒にパーティーが組みたいな、と思って、でも、今はその人は、もうすっかり私なんか必要ないくらい立派になってしまって、その、私のことなんか必要ないとおもうんですけど、それでも、もう、諦めきれなくて、その、その人のことを、近くで見守っていたいな、とか、思って、別にその人が好きってわけじゃなくて、いえ、決して嫌いじゃなくて、男性としても好きだなとか、抱いてもらいたいなとか、妄想して、その、体がほってったり、眠れない夜とかありますし、近くにいつもいる、金髪の糞女は捻り殺してやりたいとか、それと、ねこみみの馬鹿女の、眼球をえぐりだしてやりたいとか、思って、その、眠れぬ夜もありますけど、そうじゃなくて、その、その人に純粋に憧れていて、私も、その人に見合うくらい立派な冒険者になりたいな、とか、その人を私だけのモノにしたいな、とか、思っていて、それで、その人が、王都に長期間行くと聞きつけて、私も、その、王都に追いかけてって訳じゃ無いですけど、行こうかなと、思って、その、行く事にしました」
話が長すぎて、ごちゃごちゃしてて、何が言いたいのかよく解らん。
だが、どうやら、男を追って王都に行くらしい。
見た目は、非常に背が低くちっこくて可愛らしい少女だが、中身はしっかりと、良い意味でも悪い意味でも、"女"だな。
女は年頃になってくると、向こう見ずになって、困る。
娘がいるゾンダは、やっぱりそんな感想を持つ。
彼女の名は、ウノ・パウ。
背が小さく、ちょっと歩くだけで体力が尽きるという冒険者としては、致命的ともいえる欠点がある。長距離を歩く商隊だったら絶対に雇わないだろう。
だが、このドーン商隊では、護衛部隊に馬を貸し出しているので、その欠点は問題にならない。
性格にもやや難がありそうだが、彼女にはその欠点を補って、なお、あり余る才能があった。
彼女の弓の腕前は、別格なのだ。
異様なまでの集中力で狙いを定めてから発せられるその矢は、ほぼ百発百中の精度を誇る。
ゾンダは知らぬことだが、ウノは、その弓の実力を買われて冒険者パーティーに加入しては、体力の無さが問題で首になる事を繰り返していた。
だが、もともと、体力の無ささえ問題に成らなければ、本当は優秀な冒険者なのである。
このウノって子、弓の腕は本物なんだよなぁ。実際、結構な掘り出しモノだぞ。
彼女なら、臨時雇いじゃなくて、俺の護衛部隊に正式に雇ってもいいな。王都についたら、一度話してみるか。
ゾンダは、ウノの実力をとても高く評価していた。
「で、最後のあんたは、どんな理由で、王都へ行くんだい?」
ゾンダが、三人目の臨時雇いの冒険者に声をかける。
だが、三人目の女冒険者は此方を見ようともしない。
聞こえなかったかな?
ゾンダが、もう一度、声を掛ける。
「おい三人目のお嬢ちゃん。あんたは、どんな理由で、王都へ行くんだい?」
聞こえているはずだが、無視された。
さすがに、"お嬢ちゃん"呼ばわりは、失礼だったか。
三人目の女冒険者の名は、確か、ローラ・ローロ・ロドリーロだったな。
「おい、ローラさん。あんたは王都に行くのに、どんな理由があるんだい?」
だが、ローラは、答えようとしない。
それどころか、鋭い眼でゾンダを睨みつけた。
睨まれたゾンダは、思わず身震いする。
彼女は、他の二人の娘に比べれば多少年上だが、それでもゾンダの半分も人生を生きてはいないだろう。
そんな若い女に、無言で睨みつけられてただけで、ゾンダの背筋に寒気が走った。
ゾンダも護衛部隊の隊長をする前は結構な期間を冒険者として過ごした。
危険な目にもあったし、強力な魔物と対峙したこともある。
あの有名な冒険者『紫檀の風』のアドリアーンと一緒に依頼をこなした事もある。
それなりに経験を積んでいるつもりだ。
だがそんなゾンダが、睨まれてだけで身震いしてしまった。
今まで、見たこともない、その眼。
ローラという女の眼は、あまりに悲しみと虚無と怒りと、そして途方も無い『狂気』を称えていた。
なんなんだ? あの娘?
まだ若い娘なのになんて眼をしてやがるんだ。
ローラは、ゾンダを無視して離れていってしまった。
ゾンダはそんな彼女の、独特なシルエットになる後ろ姿を、改めて見つめる。
剣の腕前はそこそこだったから雇ったが、ひょっとすると失敗だったかもしれん。
ぜったい何かあるぞ、この娘。
犯罪者の印はなかったが、冒険札は無くしたとか言ってたし……
ローラ・ローロ・ロドリーロなんて、いかにも偽名だといわんばかりの名を名乗ってるしな。
いったい、何者なんだ……?
……この片腕の女




