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55 諺

 「き、貴様はアマウリ!?」


 集合場所でグルキュフが、勇一達と一緒にいる魅惑の魔法使いアマウリ・デ・オリベーラを見て驚嘆の声を上げる。

 グルキュフだけではない、副リーダーのクラウディアと、双子の魔法つかいリィとルゥも、もちろん驚いている。


「お久しぶりです」

 アマウリは平然として、挨拶を返す。

 その表情には、柔らかく魅力的な微笑さえ浮かべていた。


 集合地点としたのはダーヴァの街の正面門を出て、少し街道からも離れた場所。

 『水と炎の旅団』は公爵邸から直接にエイシャ様の乗る馬車と、身の回りの世話する従者たちの一団を護衛してきていた。

 装甲指揮車(クーガースリー)が街に入れない勇一達は、その集合場所で一行に合流した。


 そこで、勇一達と一緒にいるアマウリを見てグルキュフが驚愕の声を上げたのだ。


 まあ、そりゃ驚くよな。

 勇一も、思わず納得する。


「アマウリ どうして貴様が此処にいる?! いや、そんな事より、どうやってあの『グリン・グラン』の館を生き延びたんだ?」

 グルキュフが、当然の疑問を投げかける。


 その疑問に対して、アマウリは下を向き、小さな声で呟くように答えた。

「実は、私は……、浮遊魔法が使えるんです」


 !! 

 グルキュフは、言葉を失う。もう、その一言だけで、だいたいの事情を想像してしまう。

 なにせ、グルキュフは『グリン・グラン』の館で絶対絶命の状況に追い込まれ、浮遊魔法の使えるリィに一縷の望みを掛けた、当の本人だ。

 自分達は運良く助かった。だが、僅かな差で全滅の憂き目に会っていたことは、もちろん解っている。

  その一言を聞いただけで、クラウディアと、双子の魔法使いリィとルゥもやはり同情的な表情を浮かべていた。


 ちなみに、その後ろいる二人。モヒカンの男"ウロガエル"と、自称"天才剣士"のヤヌザイは、事情を知らない為だろうが、まったく興味無さそうな表情を浮かべている。


「だいたい事情は察する事ができる。詳しい事は聞かぬでおこう。だが、なぜ此処にいるんだ?」


「実は、魔に落ちた仲間を、彼ら『名無き者(ネームレス)』が討ち倒し、魔から解放してくれたと聞き入りました。

 それで、感謝と弔いの意味もこめて、少しの間『名無き者(ネームレス)』のお手伝いをさせて頂くこととなったのです」


 美しい顔に憂いを浮かべ、悲しみを押し殺したように繰り出されるアマウリのその言葉に、皆がさらに同情し、理解を示したいた。自分も同じ立場になったら、同じ事を考えるかも知れない、と冒険者ならば誰もがそう思うことだろう。

 特に大事な人を亡くしたクラウディアなどは、アマウリの言葉に心打たれて、感動さえしていた。


 まさかその言葉が、大嘘などとは 想像すらできない。


「なる程、手伝いか」

 アマウリの言葉に、グルキュフだけが、若干違う反応を見せる。

 別にアマウリの事を疑ったりしている訳では無く、まったく別のことを思案していた。


 わざわざ"手伝い"と言ってるのだから、正式に『名無き者(ネームレス)』の一員になったわけでは無さそうだな。

 アマウリ・デ・オリベーラ。元紫檀(したん)の風、青い宝石付札(サファイアプレート)の魔法使いか。

 いいな。非常にいい。

 こいつが欲しい。

 グルキュフの眼が、獲物を狙う獣のように怪しい光を放つ。


 こいつなら…… 俺にとっての、良い駒(・・・)になりそうだ。


 ちなみに銀髪の幼女ぐーちゃんもその横に居たのだが、彼女を見ても、誰も何も言わなかった。

 冒険者が長期間かかる依頼(クエスト)をこなす時や、商隊(キャラバン)が長距離を移動する際には、身の回りの世話や、性処理の相手として奴隷を連れて行くのもさほど珍しい事ではない。

 一人ぐらい戦力にならぬ少女を連れていても、誰も何も言わない。

 ただ、勇一は気付かなかったが、ある程度事情を知っている元からの『水と炎の旅団』メンバー以外の者達からの視線は、微妙に冷たい。

 この異世界では、幼女の奴隷に口に出せないような行為をおこなう屑のような輩も、少なからず存在する。

 なにせ、ぐーちゃんが幼すぎてどう見ても召使いとしては役に立ちそうに無く、その上で、見た目かわいい幼女であるがゆえに"あえて聞かない"と、言った微妙な雰囲気が漂っていた。


「おい、冒険者共。無駄話はいい加減にしろ。行くぞ」


 ちょび髭の男が、苛立ちを隠しもしない様子で、声を掛けてくる。

 その男の名はパランツィアーノ・フォン・デ・ペッレーノ

 お目付け役として、今回のエイシャ様の王都訪問に付いて来た貴族だった。


 グルキュフは、後ろから掛けられたパランツィアーノの言葉に言葉に対して、見えない角度で馬鹿にしたように、小さく鼻で笑いながら答える。

「パランツィアーノ男爵様、申し訳ありません」


 爽やかな笑顔を浮かべなおしてから振り返り、軽快な声で言った。


「メンバーも皆揃いました。

 さあ、王都に向かって旅立つとしましょう」



 ――――――




 エイシャ様一行の先頭を、威風堂々としたグルキュフと共に『水と炎の旅団』が進む。

 少し距離をおいてパランツィアーノら数人の貴族が騎乗して進み、その後ろにエイシャ様の豪華な馬車と、身の回りの世話をする者達を乗せた数台の馬車が続く。

 最後に、ニエスの運転する電動バギー(ピェーピェー)と、装甲指揮車(クーガースリー)が続いていた。


 移動中は基本的に、別にやる事がない。

 もちろん護衛が仕事なわけだが、なにせ今回エイシャ様の一行は、王都へ帰るクルスティアル一行の後ろにくっつく様に、付いて行っている。

 そして、そのクルスティアル王子の一行には守備隊として一万近い兵士が護衛についていた。

 "数は力"である。

 一万近い兵士に守られる一行が敵の襲撃を受ける可能性は、実際の所かぎりなく"(ゼロ)"だった。



 ダーヴァの街から王都まで、徒歩で13~15日程かかり、馬でなら7日程で着く事が可能だそうだ。

 だが、王子達一行は、日が沈む前に大き目の宿に入って進むのを止めてしまう。

 大きめの宿がない場合などは、夕方に進むのを止めて、巨大な宿泊用のテントと組み始めてしまう。

 遅々として進まない。そのため片道に掛かる日程の予定は約20日。

 王都で約一ヶ月滞在する予定なので、全工程としては約三ヶ月近い旅となる。


 なんか、気が遠くなりそうだな。

 タツタの自動運転で走る装甲指揮車(クーガースリー)の運転席に座っている勇一は、気が滅入りそうになる。


 ただ、今回は、ちょっと違うぜ。

 この長い時間を使ってやろうと思っていることがある。

 それは『魔法』についての知識の習得だ。

 魔法を使う敵に対処する為に、知識を得たいし、やっぱり、あれだよ、あれ。

 本音を言うと、自分でも魔法を使ってみたい!

 異世界に来て、実際に魔法が存在しているんだ。そりゃ使ってみたいと誰でも思うだろう。

 その為の先生として、魅惑の魔術師アマウリさんがいる。実に心強い。


 何と言っても、俺は異世界から来たいわゆる転移者だ。 

 あれ? いや 正確には違うのか? 俺って時間跳躍者(タイムスリッパー)だっけ? 

 まあ、細かい事はいいや。

 とにかく、俺はこの世界とは別の世界から来た者だ。

 ひょっとすると隠れされていた才能が開花して、すっごい魔法使いになる可能性だって有る、はずだ。

 

 後部席を見るとアマウリとぐーちゃんが、ダグスと言う遊びをやっている。

 ダグスは三本の紐を使い、二人の手を絡めながら複雑な造形を作り出す、『あやとり』の超高難易度版のような遊びだ。

 ぐーちゃんとニエスもダグスが得意で、二人が行うと指と指が複雑に絡み合い、その指の間を紐が行き来し、見事ととしか言いようのない素晴らしい造形を作り出す事が出来る。

 ちなみに、勇一もぐーちゃんに教えてもらいながら挑戦してみた。

 だが、すぐに紐がコンガラがって、訳が解らないどころか、ありえない方向に指が引っ張られて、指が折れそうになってしまった。


 すっかり仲良くなってるなぁ。

 勇一は、その二人の姿をみて、思わず笑ってしまう。

 なにせ、ぐーちゃんは最初、装甲指揮車(クーガースリー)に乗り込んできたアマウリさんをみて、真っ青な顔をして異様に混乱していた。

 温和そうなアマウリさんを見て、なぜにそんな混乱したのか解らないが、たぶん、知らない人が急に自分の家である装甲指揮車(クーガースリー)に入ってきた為だろう。

 そんな混乱するぐーちゃんを相手に、アマウリさんは、驚くことに、例の”良く解らない言語”でやさしく話しかけたのだった。

 少しの間、会話を交わしたら、今度は急にぐーちゃんはニコニコとご機嫌になった。


 その様子をみて勇一は当然不思議に思い、聞いてみた。

「ぐーちゃんの喋ってる言葉がわかるんですか? 何て言ったんですか?」

「彼女が喋っているのは、古代エンシャント語とルーン語がまざった言語ですね。独特の訛りが強くて、実は私もよく解りませんでした。ですが、とりあえず『仲間』だと言うことだけは、伝わったようですね」

 

 まあ、結局。

 アマウリさんとぐーちゃんは、その後は妙に打ち解けて、今では指をくんずほぐれずしながら、ダグスを遊ぶような仲である。


 遊びの邪魔をするのは申し訳ない気もするけど……

 それでも勇一は後部席でぐーちゃんの相手をしているアマウリに話しかける。

「アマウリさん。ちょっと魔法について聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」


「ええ、もちろん構いませんよ。時間もありますし色々と話し合いましょう」

 アマウリは、その綺麗な顔に柔らかい微笑を浮かべ、快諾してくれた。


 アマウリは、ぐーちゃんに何か言って、一端、ダグスを中止する。

 勇一は運転席から後部席に移動して、アマウリに向かい合うようにして座る。


 二人で正面から向かい合い、そして真剣な面持ちで問いかけた。


「魔法って、何なんですか?」

 それは、あまりにも素人丸出しの、ざっくりとした質問だ。


 だが、アマウリの方は勇一の事を魔法使いだと思いこんでいる。

 しかも、自分が知りもしない『光の魔法』や、見たこともない魔法具や使い魔を自由自在に使いこなす高位の魔法使いだと思いこんでいるのだ。

 その為、アマウリとしては、最初から魔法について高度な知識の交換や談義をするつもりで会話をしている。

 当然、その意識の違いは大きな齟齬を生む出す。


 勇一の素人丸出しの質問を、自分より高位の魔法使いから『魔法の真理とは何か』といった哲学的な問いかけを受けたと勘違いしてしまったのだ。


 これは、これは。いきなり凄い挑発的な質問ですね。

 この質問に対する返答で、私の魔法の知識や志向性を計ろうと言うつもりですか。

 ある意味、私に魔法論議の挑戦状を叩きつけてきたと言う事ですよね。

 ユーイチ殿は、どうやら見た目と違ってなかなか好戦的なようだ。

 アマウリは、口元ゆがめてニヤリと笑う。


 嫌いじゃないですよ、その性格。

 その笑いはいつも浮かべている作られた微笑に比べると、顔をゆがめてしまっていて見た目の良い表情とはいえないものだ。

 だが、本心から出た本物の笑いだった。



  ………………

  ………………


 その後、熱く二人で魔法について話し合った。

  だが、困った事になってしまっている。

 なにせ、とにかく会話がまったく噛み合わないのだ。


 噛み合うはずが無い。


 アマウリは、魔法使いの始祖とも言われるリーデンが発見した『マナと闇とリンの法則』と、あまりに非人道的で危険である為に禁止された『アーマデル暗黒闇魔法』を元に、己と経験と独自の視点を盛り込んだ魔法に関する持論を延々と語った。

 だが、勇一にまったくチンプンカンプンだ。

 なにせ、勇一は魔法についてはズブの素人だ。まったく使う事ができないし、基本すら解っていない。

 例えるなら、パソコンのマウスのダブルクリックすらやったことない人間に対して、マシン語やアセンブリ言語についての新しいアプローチ方法を語るようなものだ。

 理解できるはずがない。


 だんだん、アマウリも、何かがオカシイと思い出す。

 逆に、勇一に対して色々と質問をしていく。

 そして、とうとう勇一がズブの素人であると、気が付いた。


「え? 本当に、基本魔法の明かり(ライト)も、火の玉(ファイア)も使えないのですか? それどころか魔法の入門書といわれる『マリノスの魔の書』も、『ショウナとクリエとマナについての12の法則』も読んだ事ないのですか? 本当に? 私をからかっている訳ではなくて? 本当なんですか?」


 アマウリの詰問に、恥ずかしさで、消え入りそうな小さな声で答える。


「はい、魔法はまったく使えないし、本も一冊も読んだことありません」


 アマウリは、驚愕する。

 あまりの勇一の無力さ、無知さ、に驚愕せざるを得なかった。

 だが、無知な者を見下すような低脳さは、アマウリは持ち合わせていない。

 それよりも、勇一に対して猛烈な興味が湧いてきた。


 面白い。面白いぞ!

 実に面白く、興味深い!!

 これだけ魔法に無知でありながら、あれだけの『光の魔法』を使えると言うのか?

 いや、今まで私が知っていた魔法とは、根本的に何かが違うのか?


 この異世界には『好奇心、魔法使いを殺す』と言う諺があった。


 この異世界で、殆ど不死に近いような強大な力を持つような魔法使いは、寿命で死ぬ事や敵に殺されたりするよりも、危険な魔法や禁忌の魔法に手を出し、自ら命を落としてしまうことの方が圧倒的に多い。

 それ故にできた諺だ。

 富や名声などに興味が無く、真実の究明ならば、我が身を滅ぼしても構わない。

 魔法使いには、そう言った偏った性格な者のほうが、圧倒的に多いのだった。


 そしてアマウリも、そんな魔法使いの一人である。

 いや、その中でも、特に際立って好奇心の強いタイプの魔法使いであった。


 勇一を見るアマウリの眼が変わる。

 アマウリの眼が、興味心でいっぱいになり、子供のように光を放つ。


 今まではアマウリにとって勇一は、ある意味で、攻略すべき対象物でしかなかった。

 だが今は違う。

 今のアマウリの眼に、勇一は……


 たまらなく面白い実験対象(おもちゃ)に見えていた。


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