54 新人
「いよぉぉおおおおおおお、新人くぅぅぅううううん
ひさぁあしぃいぶりじゃあああん げんきぃいいいいい?」
勇一がその部屋に入ると、そいつは、ずかずかと近づいてきて、無理矢理に肩を組んできた。
「たまにゃあよぉおおお。一緒にぃい酒でもぉお 飲みにいぃい行こうぅぜえええ。
飲みにいぃい行こうぅぜぇぇえええええええ。
オッパィイでっくぁわい女が、いろいぃろと、あんなことやぁあ、こんなこぉおおおしてくれちゃぁう、良い店もしってるからよぉぉぉおおおおお。いこぅぜえええ。一緒にぃ行こぅぜぇぇぇえええ。
新人くぅぅうん、たっぷりぃいい稼いでんだろうぅう?
隠してもだめだぜぇええええ、しってるぜぇええええ、おごってくれょぉおおお。
今夜あたりぃいいい、どうよぉおおお? 暇ぁあぁああ? 今夜 暇ぁああああ?」
なんで、お前と酒なんか飲みに行かなきゃいけないんだよ。
勇一は、本気で嫌がった。
無理矢理に肩をくんできたのは、もちろん、"ウロガエル"と呼ばれているモヒカンの男だった。
って いうか。
なんで お前が此処にいるんだよ?!
――――――
朝、アマウリと合流してから、久しぶりに冒険ギルドに顔を出すと、受付嬢にいきなり言われた。
「宝石付パーティー『名無き者』の皆様ご指名で依頼が入っております。詳細等は、直接に依頼主が説明してくださるとの事ですので、前回と同じ場所へ向かってください」
またか。
勇一は、頭を抱えた。
そんな勇一の気持ちは無視して、受付嬢はニッコリと笑い、一言付け加える。
「なお、当然この依頼に関しても、ある筋から冒険ギルドに圧力が掛かっております。
『名無き者』の皆様には、拒否権はありません」
嫌な予感しかしない。
この嫌な予感は、絶対に外れない自信がある。
それでも、この街で冒険者をやっている以上、拒否権は本当に無いのだ。
嫌な気分まんまんで、指定の場所へと向かう。
ちなみに、アマウリさんは一緒に来ていない。
「さすがに私は顔を出しづらいので、遠慮しておきます。後から依頼内容など教えてください」
そう言って、どこかに行ってしまった。
アマウリと分かれた後、三人で指定場所へとやってきた。
そして、前回と同じ部屋に入ると、いきなり、この男だ。
嫌な気分が倍増だ。
勇一は、とりあえず、無言で無理矢理に組まれた肩の腕を外して、モヒカンの男から身体を離す。
「なんだよぉ。なんだょおおお。ノリ悪いなぁああああああ
友達だろぉおおお。 俺たちぃいい まぶだちぃいだろぉおおおお」
「いや、お前とマブダチになんかなった覚えなんか、無い。まったく無い」
勇一は、断固拒否する。
「ウロガエル。大人しく座っていろ」
そう言って、モヒカンの男"ウロガエル"を制したのは、グルキュフだ。
「へいへぇええい。旦那がそういうぅんならぁ、大人しく座ってぇえますよぉぉおおお」
モヒカンの男は、勇一から離れて、自分の席へ戻ろうとする。
だが、その途中で、何かに気付いたように、立ち止まる。
クルっと振り返り、改めて勇一の方を見て、ニヤリと笑ってから言った。
「あ、そうそう。俺さぁあ、新しくぅ『水と炎の旅団』のパーティーメンバーに、はぃったからぁあ。今回の依頼もぉ、ごいっしょぉさせてもらうぜぇええええ。 よぉ・ろぉ・しぃ・くぅうううううううう」
「ええ? マジデ?!」
勇一思わず、声を出して叫んでしまった。
「まじぃまじぃぃいい。まじぃだぜぇえええええ!」
モヒカンの男は、ぎゃはははははと下品に笑ってから、自分の席へと戻る。
勇一は、思わず、副リーダーのクラウディアさんの顔を見る。
目が合うと、クラウディアさんは、『肯定』を意味するようように、無言でうなずいた。
その横にいる、双子の魔法使いリィとルゥも、うんうんと肯いている。
どうやら、本当らしい。
このモヒカンの男が、『水と炎の旅団』の新メンバーだって?
本当かよ。
勇一としては、驚愕の事実だ。
だが、モヒカンの男"ウロガエル"の『水と炎の旅団』への入団は、必然といえば必然の人事だった。
『水と炎の旅団』は前回の依頼で、剃りあげた頭に刺青をいれた剣士ガズ・ドールズンと、ちょっと丸っこい体型の魔法使いティブラ・ハル・ティスタンの二人を亡くしてしまっている。
戦力が、大幅にダウンしてしまっていた。
本来なら時間を掛けてゆっくり吟味して新加入のメンバーを決める所なのだが、急遽、今回の依頼が入ってきてしまった。
その為に、身近にいる人材で慌てて穴埋めする必要が生じたのである。
まず前提として、ダーヴァの街ではドラゴン狩りに失敗した時に多くの有能な冒険者を亡くしてしまい、非常に人材不足だという現実的な問題がある。
そして"ウロガエル"は、元々グルキュフの派閥の中でも下っ端共のまとめ役をやっていた金の札の冒険者だ。悪い噂はあるものの、実力も間違い。
更にドラゴン狩りの時に、モヒカンの男のパーティーは全滅しており、ちょうど一人で浮いている状態だった。
色々と条件が重なり、ちょうど良い人材だったのである。
勇一も、モヒカンの男"ウロガエル"が、『水と炎の旅団』に入団したことに最初は驚きもした。
だが、冷静になって改めて考えてみると、納得できる所があった。
うん。ある意味、理解できる。
このモヒカンって、もとからグルキュフの腰ぎんちゃくだったし、実力は結構ありそうだもんな。
それはいいよ。
確かに理解できるよ。
だけど……
部屋の中には、モヒカンの男以外に、もう一名。
『水と炎の旅団』に新しく入団したと思われる人物が、椅子にすわっていた。
モヒカンの男以外のもう一人の男を、勇一は改めて、見つめる。
だけど、もう一人の人物だけは 理解できん!
勇一は、思わずその人物を、マジマジと見つめてしまう。
やっぱり、間違いないよな!
俺の見間違いじゃないよな!
神経質そうな表情で、椅子に座っている優男。
それは、自称『かの有名な剣聖"アレクサス・カサレス"様の、弟子の"イブラムダル・ダル・アーフェイ"様の、弟子の"サーエルダグルク・ボルフサス"様の、弟子の"モー・イーズ・ポックルド"様の所で、三ヶ月も剣の修行をしてきた将来有望な剣士』
ヤヌザイ・ヴァ・アルドナリンだった。
ヤヌザイは、勇一と眼が合うといきなり椅子から立ち上がり、神経質そうな顔を真っ赤にしながら早口でまくし立てた。
「この前は、せっかく僕がパーティーに入ってやるって言ってやったのに、よくも恥をかかせてくれたな。いまさら未練がましく、仲間になってもらいたいって言っても、もう手遅れだぞ。僕はまだ仮入団だが『水と炎の旅団』に入る事が決まったからな。
僕をパーティーに入れなかったことを、せいぜい後悔するがいい!」
口の端から唾を飛ばしながら早口で一気にまくしたてられ、勇一は呆気に取られる。
な、なんなんだ?
思わず目が点になって反応できずに、立ち尽くしてしまった。
驚いている勇一をよそに、部屋の奥にあるドアが開いた。
扉の奥には、お付の者を従えた、やたらと立派な髭を生やした中年の男が立っている。
部屋にいた全員が、サッと立ち上がり頭を下げて礼をつくす。
前回は、礼儀作法を理解していなかった勇一やニエスは1テンポ遅れたりしたが、今回はばっちりと遅れずに礼を尽くす。勇一とニエスは、ちゃんと成長する人なのだ。
全員が立ち上がって礼をしているのを確認してから、ゆっくりとその男性は部屋へと入ってくる。
年の頃は30代後半といった所で、体中に覇気と貫禄が満ちている男性だ。
オーウェン・デニス・フォン・アガンタール
このダーヴァの街の治めるアガンタール公爵家の長男であり、次期公爵でもある。
「よくぞ参った」
すでに前回の依頼で『水と炎の旅団』も『名無き者』も面識がある。
挨拶らしい挨拶もなく、部屋に集まった者達を軽くねぎらっただけで、椅子に座った。
正確には部屋の中にいる数名は、メンバーが入れ替わった為、初対面の者もいる。だが、彼にとってはそんな事は些事でしかない。
椅子に座った後に、わざと一拍置いて、手を軽くかざす。それが『座ってよい』と言う許可だった。
部屋に居た者が一斉に座る。
「前回の依頼では、皆の働きに満足している。
その為、今回も改めて新しい依頼を出す事にした」
抑揚を抑えた声で、今回の依頼について説明を始める。
「もうすぐ、このダーヴァの街に来訪してくださっていたクルスティアル王子とアグリット妃、そして二人の姫様 アリファ姫とベルガ姫が、首都にお帰りになる。クルスティアル王子は公務があるからな、当然、予定どうりに首都に帰る必要がある。
そこで、両姫様達だけダーヴァの街に残り、少し滞在期間を延長したいと希望をだされたそうだ。
なぜ、そんな事を願いでたかといえば、実は私の娘、エイシャが関係しておる。
我が娘エイシャと、二人の姫たちは同姓で年も近い、特にベルガ姫は同い年でな、一般的な友人と言う言葉では表現し切れぬほどに、とても懇意にさせて頂いている。
だが、今回の滞在中は、エイシャの体調不良が原因で、殆どお会いしている時間が無かった。だから、もう少しの間、両姫様達だけダーヴァに残りたいと願い出た訳だ。
その願いはもちろん却下された。当然といえば当然だ。両姫だけで行動して、色々あったばかりだからな。
そこでだ……」
オーウェン次期公爵は、小さくため息をつく。
「首都へ帰る両姫様が、エイシャに一緒に首都に来ないかと、短期間でいいから遊びにこないかと、誘ったんだ。
両姫にとっては、あるいは単なる思い付きだったからも知れない。『自分達が残れないないなら、エイシャが来れば良い』とな。
だが、それが単なる思い付きであろうと、両姫の要請とあれば、我が公爵家に断る法など無い。
急遽、首都にお帰りになるクルスティアル王子一行と共に、エイシャも首都を訪れる事が決まった」
オーウェン次期公爵は、また、ため息をつく。
「王都には一箇月程、滞在する予定になっている。もちろん私は公務があるので一緒に行けない。
そして、エイシャの護衛の為に多くの兵を送り込むことは、諸事情で行うことが出来ない。
なにせ、クルスティアル王子は第二王子で、今は国の中では非常に微妙な立場でおられる。
その王子が地方から首都へお帰りになるのと同時に、王子の協力者である我が公爵家所属の兵が大挙して首都に上京するなど『謀反の意、有り』と思われかねないからな。
そこでだ……」
ここで、オーウェン次期公爵が、部屋の中にいるメンバーを見回した。
まあ、ここまで話を聞けば、どんな内容の依頼か、馬鹿でも解るよな。
勇一は内心で、そんな事をおもう。
「お前達に、王都を訪れるエイシャの護衛を依頼する。
我が愛しき娘エイシャを守れ!」
「このグルキュフ及び『水と炎の旅団』。この命に代えてもかならずや、エイシャ様をお守りいたしましょう」
グルキュフは、オーウェン次期公爵に走り寄り、足元に跪いて騎士のように忠誠を誓うポーズを取る。
そのグルキュフに対して、オーウェン次期公爵は鷹揚な態度で声を掛ける。
「うむ、グルキュフよ。見事、大魔法使い『グリン・グラン』からエイシャを助け出したお前達の実力は評価している。今回も励めよ」
あ、なんか、このシーン、見覚えがある。
跪いたグルキュフの後ろ姿をみて、そんな事をおもう。
勇一はまたしても、飛び出すタイミングを逃して、椅子に座ったままだ。
まあ、いいか。
確か無理に飛び出す必要ないんだよな。
諦めて、勇一はそのまま席に座り続けている。
そんな勇一をギロリとオーウェン次期公爵は睨みつける。
自分に対して非礼な態度は取らないものの、決して媚びた態度を見せないユーイチ。
そのユーイチの人物像を、実はオーウェン次期公爵は掴みかねていた。
確かに大魔法使い『グリン・グラン』の隙を突いて、見事にエイシャを助けたのはグルキュフだ。
だが、詳しく聞くと、死の街バニアから脱出する際に、最も活躍したのは、このユーイチ率いる『名無き者』達だ。
両姫様への襲撃を撃退しているし、そもそも彼らが名を売る切っ掛けとなったドラゴン退治とて、グルキュフが街中のパーティを率いていながら失敗したものを、『名無き者』が成功させたものだ。
オーウェン次期公爵は勇一を見つめながら、改めて考える。
彼は、次期公爵として幼き頃から帝王学を学び、少年期は王都の学校へも通い、多くを学び見聞もしてきた。
この国でもっとも有名な冒険者パーティー『ノルダの戦士団』の屈強な戦士達と会ったこともある。魔法大学学長で、この国で最も権威ある魔法使いブンデル・ドル・ドルトムートとは、ちょっとした知り合いでもである。
しかし、眼の前にいる男ユーイチは、それらの今まで会った事のある者達すべてと、どこかが違う。
他では見たことも聞いた事も無いような、"陸を走る鉄の箱舟"と"馬なし馬車"を操っている。
こやつらの実力が掴みきれん。
単に冒険者と言った既存の枠でとらえていては見誤ってしまいそうだ。
こやつらの力が計り知れぬほど強大である可能性があるからな。
どうにか取り込んで、巧く利用したいものだ。
だが、それが無理そうなら……
早めに潰すべきか。




