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48 栄光

 暗い部屋の中。

 死の街バニラの中心にある丘の上に聳え立つ大魔法使い『グリン・グラン』の館。その館の中でもっとも豪華で、そしてもっとも暗い部屋の中。

 立派なソファーに寝そべる、グランの姿があった。

 その身体には僅かな布を巻きつけているだけで、ほぼ全裸だ。だらけきっていて、身体にまいている僅かな布さえ片側の肩からはずり落ち、豊満な乳房が見えてしまっている。だが、本人はまったく意に介することない。

 すぐそばのテーブル上に立つ水タバコの硝子塔、そこから伸びる(くだ)の先についている煙管(きせる)を咥えていた。

 濡れた唇から甘い香りの煙を、けだるげに吐き出す。

 部屋の中には、水タバコの甘い香りの煙がたゆんでいる。


 部屋の隅、闇の中から一人の男が現れた。

 影のようなその男は、地面に跪き、恭しくグランに声をかける。


「グラン様。例の冒険者達が、ダーヴァの街へ帰還したのを確認してまいりました」


「ふむ、ご苦労」

 グランは振り返りもせず、煙を丸い輪の形にして吐き出しながら、生返事をする。


「グラン様、二つ程ご確認したいことがあるのですが、宜しいですか?」

「なんだ、言ってみろ」


「まずは、公爵の孫娘エイシャと、あの冒険者共を逃がしてしまったことです。本当に、宜しかったのですか?」

「別にかまわんさ」

 ソファーに寝そべったままの格好で、あいも変わらず興味なさげにグランは答える。


「元々、両姫様を襲う間だけエイシャとか言う小娘をあずかる、と、言うのが、"奴ら"との取引だったんだ。もう、とっくに約束の期間は過ぎてる。何か手違いがあったんだろうが、取りにも来ないでほったらかしにしていたのは"奴ら"の責任だ。

 我は知らん」

 そう言ってから、今度は煙の輪を三つ、ぽっぽっぽと、吹き出す。


「了解いたしました。二つ目のご確認したいことについて、宜しいですかグラン様?」

「言って見ろ」


 許可されても、なお男は少しの間、質問をすること躊躇する。男にとっては、それ程に聞きづらい質問であった。

 それでも、確認せぬままにしてはおけない問題である。

 覚悟を決めて、質問する。


グラン(・・・)様。地下牢にいらっしゃったグリン(・・・)様も、連れ去られてしまっておりますが……

 そちらは、宜しかったのですか?」


「…………」

 グラン(・・・)は、何も答えない。

 相変わらずソファーに寝そべったままのだらけきった格好だが、濡れた唇から吹きだしていた煙が止まる。

 沈黙が暗い部屋の中を支配した。

 そして、だらけきった格好からは想像できないほどの、殺気が漂ってくる。普通の街人であったならら、その部屋に漂う殺気だけで、恐怖で正気を失いかねないだろう。

 重苦しい沈黙が、続いた。

 その沈黙をやぶったのは、グランの笑い声だった。

 

 あははははっははははあははあはああああああはははっはは

 渇いた狂気の笑いが部屋を包む。

 笑いが落ち着いてからグランは、あえて興味なさげに言った。


「あいつなど、殺したくて、殺したくて、殺したくて、殺したくても、殺せずにいたのだ。

 いっそ連れて行かれて、人間共の欲望のおもちゃにでも成るほうが面白いというものだ」


「いえ、しかしですね、グリン(・・・)様は、グラン(・・・)様の…「うるさい、黙れ」

 何かを言いかけた男の言葉を、グランが無理矢理に黙らせる。

 男は、まだ何か言いたげだったが、結局何も言わず、黙り込んだ。


「そんな、くだらぬ事より……」

 グランは、ソファーから身を起こし、初めて男の方へと振り向いた。


「お前が連れてきた連中。結局は、すぐ殺されてしまったが、なかなか良い素材だった。

 褒めて遣わす……」

 手にもっていた煙管から煙を大目に吸い込んでから、ちょっとふざけるようにして男の顔に吹きかける。

「よくやったぞ、我が弟子アマウリ(・・・)よ」


 甘い煙を吹きかけられた男の顔。

 それは確かに『紫檀(したん)の風』のメンバー

 魅惑の魔法使い、アマウリ・デ・オリベーラだった。


「お褒め頂き、光栄です。グラン様」

「エイシャなどと言う小娘など、どうでもいいが、あの冒険者達を殺さずに生きたまま返したのは、もちろん後々で我が楽しむ為だ。あいつらはいい、おもしろい、気に入ったぞ」


 少し興奮気味のグランは、形のよい鼻の孔からも、勢いよく煙を噴出する。


「アマウリよ。次の素材候補は、あの『名無き者(ネームレス)』とか言う連中に決めたぞ。

 あいつらに近づいて、信用させ、潜り込み、我の元へとつれてこい」


 その言葉に、アマウリは恭しく頭を垂れる。


「ご命令、承りました。

 かならずや『名無き者(ネームレス)』達の身を、グラン様に献上さしあげます」



 ――――――


 

「あー、身体がだるい」

 勇一がテーブルに突っ伏した。

 『まぬけな子馬亭』の中、最近はかなり入り浸っており、すっかり専用のようになりつつある奥のテーブルに、勇一達三人は座っていた。

 皿に乗っている勇一の分の食事は殆ど減っていない。暖かいスープを2~3口飲んだだけだ。


「ユーイチ、無理する必要は無いぞ。もう1日、いや2~3日ぐらい寝ていても問題ないぞ」

「そうですよ御主人様。ぐーちゃんへ食事届けたり、必要な事はやっておきますから、体調が良くなるまで無理しないでいいですよー」


 向かいの席に座っているディケーネとニエスがそう言って心配してくれるが、そうそう寝てもいられない。

 なにせ、ダーヴァの街に帰ってきてからすでに3日間、ずっと寝ていたのだ。



 3日前。

 街の近くで装甲指揮車(クーガースリー)を隠し、そこに、いまではすっかり『ぐーちゃん』と呼ばれるのが当たり前になってしまっている銀髪の娘を匿ってから、ダーヴァの街へと歩いて帰ってきた。


 その足で、オーウェン次期公爵の所へと向かう。

 そこで勇一達を迎えたのは、オーウェン次期公爵本人ではなく、公爵の執事だと名乗る者だった。

 オーウェン次期公爵とエイシャ様の感動の再会はとっくに終わっており、次期公爵からの感謝の言葉や賞賛の言葉は全てグルキュフが一身に受けた後であった。


 多分、グルキュフは自分に都合の良い報告をおこなって、オーウェン次期公爵から絶大な信頼を得る事に成功したことだろう。

 もし、つぎに何か重要な事件が発生して冒険者パーティーに仕事を依頼する場合、まず最初にグルキュフの所に話しがいくはずだ。複数パーティーが必要な程の仕事でなければ、勇一達には声はかからず、そんな事件があった事実さえ知らずに終わってしまう事になる。

 冒険者にとって権力者からの信頼は、今後の大きな利益に繋がるだけでなく、様々な恩恵を受ける可能性がある。しかもその権力者が、将来は国の中枢にすら影響力を持つかもしれぬ人物なのだ。

 その恩恵は計り知れぬものがあるだろう。


 執事は淡々と、今回の依頼の、次期公爵からのねぎらいの言葉を伝えてきた。その後に、謝意を表す祭儀用の短剣と依頼(クエスト)の報酬の金貨の入った皮袋を手渡された。

 そして、それで終わりだった。


 とぼとぼと、三人で歩いて宿屋に帰る。

 受け取った豪華な祭儀用の短剣は空虚な輝きを放ち、千枚程の金貨の入った皮袋は、ただ単に重く感じる。

 エイシャ様を無事助け、依頼(クエスト)も成功し、報酬も手にいれた。

 別にグルキュフと競争していた訳ではないし、勝ち負けのあるような話でもない。

 それでも、心のどこかで『今回は、グルキュフに一本取られたなぁ』と、感じてしまう。



 しかも追い打ちをかけるように、宿屋に帰ると、勇一は熱を出して寝込んでしまった。


 最初は、死霊(ゾンビ)に受けた傷とかが元で、勇一が死霊化してしまうのでないかと慌てふためいた。だが、冒険ギルドの魔術師に出張してもらい身体をみてもらうと、どうやらただ単に疲れが一気に出て、発熱しただけのようだった。


「疲れが溜まっているんだ。とにかく何も考えず休めユーイチ」

「細かい事は私達がやっておきますんで、休んでください御主人様」

 ベッド脇で、やさしく二人がそう言ってくれるのに甘えて、勇一は目を閉じて、ゆっくりと眠りについた。



 それから三日が経っている。


「さすがに、そんなに寝てばっかりもいられないからなぁ」

 体力も復調しつつはある。テーブルの上にある、スープをもう一口だけ飲む。


 金は十分にあるから、前のように生活に追われて毎日冒険ギルドの依頼(クエスト)をこなすような必要性はない。

 それでも他にやることなら、いっぱいある。

 ぐーちゃんの事、電動バギー(ピェーピェー)の事、家も探そうと思っている。

 色々とメンドクサイ用件もあるが、体調は良くなってきて、気持ちもすこしづつ前向きになりつつある。


「まあ、明日からまた頑張るかな」

 勇一が笑って言う。


「ああ、そうするとしよう」

「そうしましょう、そうしましょう」

 ディケーネとニエスが、明るく笑顔で返事をしてくれる。

 二人の笑顔を見たら、それだけで、また少しやる気が湧いてきた。


 

 そんな感じで食事をしている店の奥の三人のテーブルに、誰かが近づいてきた。

 まだ若い女性。ニエスよりは、年上だが、ディケーネよりは若そうな年頃の女性だ。

 黒髪をポニーテールにして、剣を腰にさげ、あまり汚れていない革鎧を身に着けている。

 いかにも"駆け出しの冒険者"と言った感じの格好をしていた。

 その女性が、勇一達のテーブルのすぐ横まで来る。


 そして、いきなり土下座した。


 な? なんだ?

 女性のいきなりの土下座に、勇一は、引いてしまう。

 土下座したポニーテールの女性が、額を床に擦り付け叫ぶように言った。


「弟子にしてください!」


 で 弟子?

 なんだ、いきなり弟子って?

 最近、確かに勇一達は有名になり、『名無き者(ネームレス)』のパーティーに入りたいと言う者や、自分を売り込みに来る者は、何人かいた。でも、"弟子にしてくれ"などと言う者は、今までいなかった。


 なぜ、弟子なんだ?

 驚いている勇一が、さらに驚愕する言葉を、その女性は言い放つ。


「女性の身でありながら、新しく『十傑』に入られた"光の剣使い"ディケーネ様! 

 ぜひ、わたくしめを、貴方様の弟子にしてください!」


 『十傑』?! "光の剣使い"?

 なんだ、それ、いったい?


 訳が解らない勇一は、説明を求めてディケーネとニエスを見た。

 ディケーネが、何も言わず、ただ、うんざりとした表情を浮かべている。

 変わりに、ニエスが説明してくれた。


「御主人様が寝ている間に、すっかり噂がひろまってしまったんですよー。

 ディケーネさんに弟子入りしたがる剣士さんは、もう5人目くらいですよ」


 ニエスが説明してくれたが、いまひとつピンとこない。


 改めて説明を聞くと、こういった話の様だった ―――



 今回の依頼(クエスト)の本当の内容はもちろん極秘である。

 特にエイシャ様が誘拐されていたという事実は、絶対に知られてはいけない。


 だが、アドリアーンを含む『紫檀(したん)の風』が全滅してしまった。

 彼らは、非常に有名な冒険者パーティーであり、特に、"十傑"に入る実力の持ち主であるアドリアーンの死は、国中の注目を集めてしまうこととなった。

 彼らの死について何も公表しないと、逆に色々な憶測や噂が飛び交い、さらに真実を知ろうと調べる者すら出てきかねない状況となったのだ。

 その為にある程度の真実を含み、それでいて隠したい事実は隠した話が、必要となる。

 まずは冒険ギルドから最低限の情報が公表された。さらに、どこからともなく流れ出て噂がその情報を補完して、そして出来上がった”都合の良い噂話”が、あっという間に広まっていったのだ。


 いわく……、

 『紫檀(したん)の風』、『水と炎の旅団』、『名無き者(ネームレス)』の三パーティーに、ダーヴァの街の平和を脅かす可能性のある大魔法使いグリン・グラン退治が依頼された。

 しかし、大魔法使いグリン・グランは強く、三パーティーは返り討ちに合ってしまう。

 特に、『紫檀(したん)の風』のリーダー、アドリアーン、と、ムトゥー、ライ、ルッカの三戦士は『魔』に取り込まれ、化け物と化してしまった。

 大魔法使いを倒すどころか、ダーヴァの街にとって、新しい脅威が生まれてしまう結果となってしまったのだ。

 特にアドリアーンは、十傑に入る程の剣豪。

 その彼が『魔』に取り込まれたともなれば、ドラゴンにも負けず劣らぬ脅威となるであろう。


 だが、一人の女剣士が、化け物と化したムトゥー、ライ、ルッカの三戦士を、一方的に倒した。

 そして、爆風のアドリアーンとは、一騎打して、見事に打ち倒してしまったと言うのだ。


 その女剣士の名こそが、"光の剣使い"ディケーネ。

 『十傑』の一人を見事打ち倒し、新しく『十傑』入りを果たした女剣士。

 それは、新しい英雄の誕生に、他ならなかった。


 強い者への憧れはいつの時代でも、変わらない。新しく十傑に入った英雄の話を誰もが口々に噂した。

 隠したい事実を覆いかくす為、あえて大衆が好きそうな話へと大げさに加工されたその噂話は、見事にその目論見をはたし、瞬く間に周辺の街へと、そして国中へと広がっていっていた。


 ちなみに”エイシャ様を助けた冒険者グルキュフ”の名は、エイシャ様が誘拐された事実を覆い隠す必要が有る為に、噂の中では、必要以上に出てこない。今回の噂話では、居ないも同然の扱いだった。


 『英雄と呼ばれ、皆の賞賛を一身にあびる』

 その名誉を、グルキュフは心から欲している。

 だがその名誉はグルキュフの手からは零れ落ち、皮肉な事に、まったく望んでいなかったディケーネの元へと転がり込んで来る結果となったのだった。



「おおお、ディケーネ。その噂すごいな! 『十傑』に入っちまったのか!」

 説明を聞いた勇一は、素直に驚嘆する。


「御主人様、本当にすっごいんですよー。ここ2~3日、街はディケーネさんの噂で、もちきりですよ。

 もう、この街の有名人と言ったら"竜殺し(ドラゴレス)"の御主人様さまと、"光の剣使い"ディケーネさんが、ぶっちぎりのツートップ状態ですよー」


 だが、ディケーネは憮然とした表情している。本気で嬉しくなさそうだ。

「噂には嘘がある。三戦士は、私とニエスが二人で倒したのだ。それにアドリアーン勝ったのだって、私の力じゃない。

 私がアドリアーンに勝てたのは、ユーイチがくれたレーザー拳銃(レイニー)が強かったからだけだ」


「いやいや。俺なんかはレーザー拳銃(レイニー)持ってても、まったく使いこなせてないからな。

 あれだよ、あれ。

 レーザー拳銃(レイニー)と、ディケーネの実力、その二つが合わさったからの結果だよ」


 勇一の言葉を聞いて、ディケーネが少し考え込む。


「ふむ。ユーイチのくれたレーザー拳銃(レイニー)と、私の力が合わさった結果か。

 そうだな。二人の力で成しえた事だと考えれば……、うん、まあ、それなら、それ程悪くはない気分だな」

 ディケーネ的に納得がいったのか、表情は殆ど変わらないが口元がほんの少しだけ、嬉しそうにゆるんだ。



 後の世で……

 十傑の一人と言うよりは、"女教皇""狂気の鉄腕"と並ぶ『三大女剣士』の一人としてその名を語られることになる英雄。


  "光の剣使い"ディケーネ・ファン・バルシュコール


 本人の意思や性格とは関係なく、血と殺戮に(いろど)られ、恐怖と悲劇の代名詞として語られる事となる"光の剣使い”の伝説。


  その伝説は、街の小さな酒場の片隅で、ひっそりと幕を上げたのだった。



二章 終焉となります。

ここまで読んで下さった皆様方。本当に有り難うございました。


作者としては、二章は次の話への繋がりもある為すっきりと完結しておらず、また途中もダラダラと引き延ばしすぎたなど、色々と反省しております。

三章は良い物にするために、さらなる努力を決意しております。


もし宜しければ、皆様から二章までの、評価・感想・レビューして頂けると嬉しいです。

三章からの参考にさせて頂きますので、良かった点や悪かった点なども、ぜひ宜しくお願いいたします。

また、評価だけでも頂けると、非常に今後のモチベーションへと繋がりますのでお願い致します。



なお、すぐに二章のエピローグ的な話である『好機』を 週末投稿予定です。

そちらも合せてお読みください。

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