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04 屑

 ダーヴァの街の表通り(メインストリート)だと思われる通りを進む。

 石畳の通りの両脇には沢山の店が並んでいた。


 すでに日は傾きかけて、空は夕焼けで赤くそまりかけている。

 そんな時間のせいか、木でできた台の上に野菜や魚をのせて売っている小さな店などでは、すでに商品の大半が売れてしまっている所もある。

 酒場だと思われる店先からは、大きな笑い声や怒鳴りあう声など喧騒が漏れ聞こえてくる。

 通りは多くの人や、馬車が足早に行き交っていた。

 通りすぎる人々は殆どが見慣れた普通の人種(ヒューマン)だ。

 だが、頭の上に獣的な耳が載っている者や、髭がモジャモジャなのに身長が50センチ程しかない者や、どうみても蜥蜴にしか見えない頭の者など、人外の者たちも数は少ないが混ざって街を歩いている。


「すごい人だな」

「ああ。ダーヴァの街は普段から人は多いが、今は訳あって、特に人が多いからな」


「お祭りか何か、あるのか?」

「正確には祭りでは無いが、まあ、似たような物だ。

 後10日ぐらいで、この街に、アルフォニア王国第二王子の、クルスティアル王子が訪れる。妻アグリット妃と二人の娘 アリファ姫とベルガ姫も連れてくるとの事だ。そのときには壮大な歓迎式典が街中で行われる予定なんだよ」


「へえ、王子様が街にやって来るのか。ちなみに、何しに来るんだ?」

「主な用事は、アグリット妃の里帰りだろうな。妻のアグリット妃は、このダーヴァの街を支配する公爵家の出身だ。

 さらに、クルスティアル王子が公爵家に、より強い後ろ盾(バックアップ)をお願いしにくると言う意味合いもあるだろうな」


 アグリット妃の実家は、ダーヴァの街を中心に、交通の要所を多く押さえた広い地域を領土して統治しており、非常に力の強い国内有数の公爵家である。

 現状のアルフォニア王国国王、グアルオラ王は年々体調が悪くなってきており、第一王子のリオメリラ王子と、第二王子のクルスティアル王子の跡目争いは熾烈さを増してきている。

 国を不安にさせない為に、表では仲の良さをアピールしていたりもするが、裏では黒いまつりごとが日々、行われていると言われていた。

 その為、第二王子のクルスティアル王子にとって、後ろ盾となる、アグリット妃の実家の有力公爵家との友好関係は、非常に重要な事柄なのだとディケーネが説明してくれる。


 へー。やっぱり異世界って、王家の跡目争いとかあるんだな。

 まあ、俺にはまったく関係なさそうだけど。

 この世界に来たばかりの勇一にとって、王家の跡目争いなど、違う意味で別世界の話だ。


 よく周りの町並みを見ると、熊をあしらった紋章の旗と、鹿をあしらった紋章の旗があちらこちらに飾られている。

 勇一の知らぬことだが、それは熊をあしらったものはリオメリラ王子を表す紋章でが、鹿をあしらったものが公爵家の紋章だ。

 旗だけでなく、表通りに面したお店などは花や飾りつけもしている。

 それら全てが新鮮で、思わずキョロキョロと周りを見回してしまう。


「キョロキョロするのはいいが、ちゃんと付いて来いよ」


 そう言ってからディケーネが、ふいに表通りから一本裏の道に入っていった。勇一もあわてて後を追う。

 更に、角を曲がり細い路地に入っていく。

 人通りは減り、喧騒は遠のく。ひっそりとした薄暗い路地をディケーネは足早に通りぬけていく。

 周りの雰囲気はかなり怪しくて、目つきの悪い犬の顔をした獣人が、ジロリとこちらを睨んでから通り過ぎていったりする。更に入り組んだ細い路地裏への奥へ奥へと進んでいく。


「ここだ。入るぞ」


 入り口の上に小さな看板の掛かったドアの前でディケーネが足を止めた。

 看板には何か文字が書かれているが、勇一にはもちろん読めない。


 店に入ると、中は薄暗く、それ程広くない空間に多くの物が無造作においてあった。

 剣や盾や鎧などだけでなく売り物らしきソファーや裸の女性を象った彫像などがあり、壁には絵画も掛かっている。

 まったく統一感と言うものが感じられない。


 店の奥に木のカウンターがあり、一人の男性がひっそりと立っていた。

 銀色の髪、病的なまでに白い肌、黒に限りなく近い紺色のローブを羽織っている。

 額に青い石が埋め込まれている整った顔は、一見、美青年に見えるのだが、光の当たりかたで年老いた老人にも、まだ年端のゆかぬ子供にも見える。

 なんとなく人間以外の種族だと思われるのだが、何と言う種族なのかは勇一には解らない。


「いらっしゃいディケーネ。例の所へ行っていたんですよね? お宝は手にはいりましたか?」

「駄目だった。やはり難しいな」


「そうですか、それは残念でしたね。

 ところでそっちのお方は何方様(どなたさま)なのでしょう?。ひょっとして、貴方もやっと独身(ソロ)は止めて、パーティでも組んだのですか?」

「違う。"静の森"で偶然出会っただけの者だ。

 田舎から出てきたらしいのだが、一般的な貨幣をもっていない一文無しらしくてな。持っている硬貨を両替する為に、ここまで連れてきたんだ」


「と、言うことは"静かの森"から、わざわざお客さん連れてきてくれたのですね。有難うございます」


 男性は、ディケーネに軽く頭をさげてから、勇一の方へ向きなおる。

 その端正な顔にゆるやかな微笑を浮かべながら挨拶してきた。


「買取り屋のフェー・フェー・フェーです。気軽にフェーと御呼びください。

本日は私の店へご来店有難うございます」


勇一(ゆういち)五百旗頭(いおきべ)です。宜しく」


 勇一が挨拶を返すと、フェーは微笑むを絶やさずに、それでいてどこか油断できない視線で、確かめるように上から下まで見てくる。


「珍しい格好されていますが、どちらからいらっしゃったのですか?」

「え、あ、えっと、田舎のほうから来ました」


 思わずシドロモドロになってしまう。

 この質問を聞かれるの、もう何度目だよ!

 いい加減、もっと巧い言い訳を考えておけよ!

 勇一が心の中で、自分の失態に自分で突っ込みをいれてしまう。


「田舎、ですか。人には色々と事情がありますからね。変わった服装に少しばかり興味が湧いただけでして、けっして深くは詮索したい訳ではありませんのでご安心を。

 とりあえず、両替されたいと言う硬貨をお見せ頂けますか?」


 そう言われて、勇一は財布の中からありったけの硬貨をカウンターの上に並べる。


「見たこともない硬貨ですね。でも彫刻の絵柄がとても繊細で面白いです。

 両替はできませんが、珍しい硬貨を集めるのが趣味のクソ野郎……失礼、硬貨を集めるのが趣味の貴族がいますので、買取は可能ですよ。そうですね、全部で銀貨二枚で、どうでしょうか?」


 街まで歩いてくる途中に、この世界では硬貨の話は聞いていた。

 金貨、銀貨、銅貨、鉄貨があってそれぞれが、十枚ごとに繰り上がる。

 銅貨が十枚で、銀貨一枚。 

 そして銀貨が十枚で、金貨一枚だ。

 単位としては理解できていた。


 だが、銀貨二枚がどれくらいの価値かわからない。


「銀貨二枚だと、どのくらい生活できるかな」


 ディケーネにこっそり聞いてみる。


「食べ物ならかなりの量を買うことができるが……

ちゃんとした宿に止まる気なら、一晩でちょうど銀貨二枚くらいが必要だぞ」


 銀貨二枚で、宿屋で一泊分か。どう考えても心もとないな。

 勇一は悩む。

 右も左も解らん異世界で、たった一泊分の宿代で、この先どうしろっていうのだ。


「うちは元々買い取り屋です。お金にお困りでしたら、何でも買取いたしますよ」


 フェーは、その端正な顔にまた微笑を浮かべる。

 柔らかい微笑なのだが、どうにも信頼感と言うものを感じさせない。

 言葉使いも丁寧なのだが、どこか妙な印象を受ける。


 まあ、でも、笑顔や言葉遣いは置いておいて。その申し出は断る手は無い。

 先立つものはまずは、金なのである。


 ちっきしょー せっかく異世界に来たっぽいのに やっぱり金、金、金かよ!

 ファンタジー要素、皆無じゃねーか!


 そんな愚痴を呟いても、横からディケーネに『何を言ってるんだ、お前は』的な冷たい目で見られるだけだ。

 あきらめて、鞄の中に何か売れる物はないだろうかとあさる。


「これって、売れないかな」


 下校途中のコンビにで買った漫画雑誌、『ヤング○ガジン』を差し出す。

 勇一が差し出すそれを見て、フェーは露骨にいやそうな顔をした。


「本ですか。本なら普通に本屋で買取してもらったほうがいいんじゃないでしょうか? いえ、鑑定することは鑑定させて頂きますけどね」


 フェーは嫌そうながらも、勇一の手から雑誌を受け取ってくれる。


「妙に薄い紙ですね。 んんん?!」


 パラりとページをめくる。


「ほう! これは、すばらしい!?」


 フェーが驚きの声を上げる。

 手に持つ漫画雑誌の中では、グラビアアイドルがきわどい水着でにっこり笑っていた。


「これは素晴らしい絵ですね!この生き写しのような絵は、いったいどんな技法で描かれているんでしょうか。

 いや魔法を使っているのでしょうか? 不思議ですが、とにかく素晴らしい」 


 そのフェーの驚きように興味をそそられたのか、ディケーネも雑誌を覗き込む。

 そして、眉をひそめる。


「なんで、この絵の女性はこんな布地の少ない変な格好をしているのだ」

「それがいいじゃないのですか。これが芸術ですよ、芸術。

 この僅かな布からあふれ出すエロイオッパぃ……失礼、この魅惑的な胸部が愛と慈悲とを表現しているのですよ。そして、扇情的にこちらに向けられたこのデカイケっ……失礼、この豊満な臀部は、母性を表現しているのです」


 フェーは静かに、それでいて熱く語るが、ディケーネにはその熱意が伝わらないようだった。

 『これだから、男って言う生き物は』と言わんばかりに両手を広げて呆れて見せる。


 その後、フェーはさらにパラパラとページをめくると、急に冷静な意見を言い出した。


「残りの絵草紙は、神話か何かの物語りが書いてあるみたいですが、まったく解りませんね」


 漫画本編には、欠片ほども興味が無いらしい。


「でも、とにかくこの女性の絵は素晴らしい物です。

 この絵には、解る者には解る価値がありますよ。高く買い取らせて頂きます」


 勇一は、グラビアアイドルとかは好きだ。

 だがしかし、漫画雑誌のカラーページに載っているグラビアは、必要とは思えないタイプの人間だった。

 『なんで漫画雑誌の最初の方に水着のアイドルのグラビアとかが乗ってるんだよ。グラビアがみたいならグラビア雑誌とか写真集とか買うよ! 漫画雑誌のグラビアなんて中途半端で、いろんな意味(・・・・・・)で役にたたねえ代物じゃねーか!』とか、本気で思っていた。


 それがまさか異世界で、役立つことになるとは……。

 人生、何が役に立つか解らないものだ。


 更に、漫画雑誌だけでなく鞄の中にあったシャープペンなどの文房具も売る。

 これも大好評で、喜んで買い取ってくれるとの事だった。

 更に、手に持っていたダウンも売ってしまうことにする。


「これはまた暖かい割には、とてつもなく軽いですね。中には何を使われているのでしょうか?」

「えっと、確か中に羽毛が入ってるはず」

「ほう、羽毛ですか。貴族のクソ共……失礼、とっても高貴な貴族の方々が、喜びそうな品ですね。高貴な貴族な方々は、衣服や装飾品には、似合いもしないのにたっぷりとお金を出してくださいますからね。

先ほどの本と、文房具、そしてその服とあわせて、金貨八枚と銀貨五枚でどうでしょうか?」


「私にはあんな本や、柔らかくて防御力のまったく無さそうなその服の価値がよくわからんが……、

かなり良い額になったじゃないか」


 その金額を聞いてディケーネが感想を述べる。

 勇一にも異論はない。

 何と言っても、とにかく金が必要なのだ。異論を挟む余地がない。


「ついでに、まだ今の所は売る気が無いんだけど、これが幾らくらいになるか見てもらえるかな?」


 そう言って、勇一が鞄から取り出したのはスマホだった。


「ふーん、魔法具か何かですか?」


 スマホを見たフェーの反応は、今ひとつ鈍い。

 ディケーネも横から、やはりあまり興味なさげに見ている。


 まあ、見た目はあまり興味引かないよな。

 勇一は、反応の薄い二人を横目にスマホのアプリを起動して、動画を再生した。


 今まで静かだった店内に、軽快なリズムが、響き渡る。

 薄暗い店内で、鮮やかなスマホの画面が輝きを増す。

 そして、画面の中で多くの人々が不思議なスッテップを刻んでいた。


「ななな?!?!!!、なんじゃこりゃあああぁぁ!!??!!」


 フェーの驚愕の叫び声が、響き渡たった。

 大きく見引かれた目が、スマホの画面に釘付けになる。

 横を見ると、ディケーネは、声もださずに口をあんぐり明けて、あっけに取られている。

 今までずっとキリッと引き締まった表情をしていたディケーネの、こんな抜けた表情は始めて見た。ちょっとかわいい。


 ちなみに再生している動画は、勇一のお気に入りのインドの某有名ダンサーのミュージックビデオだ。

 あまりに二人がいいリアクションなので、ついでにもう一つ別の動画も再生する。

 日本のアイドルのミュージック動画だ。

 美少女達が、学校の制服を模した短いスカートの衣装で、クルクルと周る。


「おおお?!! こ、これは?! これはなんなんだあああ!!!」


 フェーの絶叫がさらに一段階ボルテージがあがる。

 ディケーネはそれを見て、若干冷静さを取り戻したらしい。いつもの引き締まった表情に戻る。


 つぎにカメラアプリを起動する。

 二人に向けて、シャッターボタンをタッチする。

 薄暗い店内でフラッシュが点灯したのに驚き、写しだされた写真をみて更に驚く。


「これも凄いですね?! あっ?! さっきの本の絵は、この魔法を使っていたのですか?」


 違う気もするが、写真という意味で一緒だろう。

 うまく説明もできないので、曖昧にうなづいておく。


 その横でディケーネが信じられないくらい落ちこんだ表情を見せていた。

 なんか信じていた物に裏切られたような、絶望しきった表情だ。

 どうやら、今みせた写真が原因らしい。


 写真の中のディケーネは、フラッシュに驚き目を閉じかけていて、僅かに開いた目は、白目(しろめ)気味になっている。

 ぶっちゃけ、かなりの"変顔"だった。

 この世界にはたぶん自分の姿をそのままに映す、精度の高い鏡がないのだろう。

 その為、写真の"変顔"が自分の本当の顔だと思い込み、ショックを受けているようだ。


 もう一度、撮りなおして、普通の顔のディケーネの写真を見せてみた。

 それを見てディケーネは、いつもの引き締まった表情で『ふむ』と小さくうなずいただけだった。

 でも、口の端の辺りが僅かに緩みかけて、むずむずと動いている。内心嬉しそうだ。ちょっとかわいい。


 更にその後はゲームアプリを起動して、ルールを教えて二人にやらせてみた。

 落ちてくるブロックをそろえて消す、あのゲームだ。

 元の世界ではよくあるゲームなのだが、二人で競い合うようにプレイして異様に盛り上がっている。

 フェーは、ゲームが初体験の筈なのに、巧くこなして高得点をたたき出す。

 点数で負けたディケーネは、口に出しては何も言わないのだが、少しだけ頬を膨らませている。明らかに悔しそうだ。かわいい。

 どうやらディケーネ、極度の負けず嫌いらしい。その後に、何度も再挑戦を繰り返す。

 放っておくといつまででもプレイしていそうな雰囲気だったので、きりのいい所で止めさせた。

 ネットが使えれば、もっと色々な事も出来たのだが、まあ、それは仕方ない。


「それにしても、この魔法具はすごすぎますね! 伝説にでてくる"歌う生首"にも、負けない魔法具ですよ。

 この品ならば、金貨九百枚、いや金貨一千枚払います。ぜひ買い取らせてください」

 

「いや、最初に言ったけど。売る気ないから」


 今の勇一にとって、スマホは最後の切り札といえる。すぐに売ってしまう気にはなれない。


「それとフェーさんは、ちょっと変だけど、どうやら悪い人じゃ無さそうなんで、騙すような事はしたくない。

だから先に言っちまうけど……実はこれ、充電が切れると使えなくなるんだよ」


「ジュウデン? 魔法の充填(じゅうてん)のことですか?魔法具で、充填してある魔法が切れたら使え無くなるなんて、珍しくないですよ。一回だけ使用できる使いすての魔法具だっていくらでもありますしね。

 ちなみにその魔法具はどれくらいの時間、使用できるのですか?」


「最新型の省電力タイプだし、充電用バッテリーで三回くらいフル充電できるから……さっきの動画再生なら、丸一日再生し続けることができるって所かな」


「なんだ、一日以上も使えるのですか。じゃあ御金持ちの方々に売りつける分には問題ないですよ」


 最初はそう安請け合いしたのだが、ハッと何かに気づいたようで、急に顔をしかめてみせる。


「いや、でも、あれですね、あれ。うーん。こまりましたねえ。約一日ですかあ。思ったほどは持たないですねえ。私なら転売するのに問題ないですが、他の商人では難しいでしょうねえ。それはきっと困るだろうことになるでしょうねえ。

 と、言うわけで買い取り価格は、金貨八百枚ですね。それでぜひ売ってください」


「だから、売らないってば」


 それに、なんで、さりげなく買い取り価格が下がってるんだよ。

 ちょっとでも弱みを見せると、値切ってくるあたりはさすがに商人ってことなのか。

 勇一は呆れるより、感心してしまうくらいだ。


 結局、フェーから受け取った貨幣は金貨八枚と銀貨五枚。

 それが勇一の全財産だ。

 これで、当座は生活したり必要な物を買ったりしなければならない。


「あ、そうだ。このお金で、まず買わないきゃいけないと思ってた物があった。

 これと同じものは、売ってます?」


 勇一が首に下げているネックレスを指差す。言葉を通じるようにしてくれる魔法具だ。

 今、首に掛かっているネックレスはディケーネからの借り物なので、返さないといけない。


「ありますよ。人種ひとしゅの言葉だけ解るだけの魔法具でいいなら、けっこう在庫があまってますから、サービスで金貨一枚で売って差し上げます」


 サービスと言われたが、その金貨一枚が高いのか安いのかわからない。

 まあ、疑っていても仕方ない。その金額で、取引を行う。

 差し引きして、手元に金貨七枚と銀貨五枚が残った。

 買ったネックレスを首にぶら提げて、借りていたネックレスをディケーネに返す。


「これ、有難う」

「なに、気にするな。それにお金のほうも何とかなって良かったな。それだけあれば、当座の金はなんとかなるだろう」


「ありがとう、本当に助かったよ」

「ああ。じゃあな、私は行く。街の外は危険だから、あんまりフラフラするのは止めておけよ」


 ディケーネは軽く手をふって、店を出て行こうとする。

 勇一は急に不安な気持ちになって、彼女を引きとめたい気分になる。

 でも、声がでない。


 勇一にとって、彼女は、現状ではこの世界で唯一の知り合いだ。

 その上、ぜひ仲良くなりたいくらいの、とんでも無い美人だ。

 引き止めたく無い、訳がない。

 だが、ディケーネにとって勇一は、"ちょっと風変わりな通りすがりの他人"でしかない。

 ここまで連れてきてくれたのだって、彼女の親切心なのだ。

 いったい何と言ってこれ以上彼女を引き止めればいいのかわからない。

 迷っているうちに、店の扉を開けて、彼女は外に出ていってしまおうとする。


「ちょっと待ってください」


 出て行こうとする彼女を引き止めたのは、勇一ではなくてフェーだった。


「ディケーネ、こっちに来て下さい。そしてユーイチも。二人に少し言いたいことがあります」


 なんか若干 怒ってる?

 店の中に戻ってきたディケーネと勇一が、フェーの前に並ぶ。

 先生の怒られる生徒のような構図だ。


「ユーイチ。あなたは屑です」


 なんか、いきなり屑あつかいされた。


「ユーイチ、あなたに聞きます。彼女は、身も知らぬ貴方に、最初は言葉すら交わせなかったであろう貴方に、ペンダントを貸し、それから"静かの森"からここまで連れてきて、この店を紹介してくれたんですよね? まちがい無いですよね?」

「ええ、そうです」


「だったら、紹介料として換金した一割くらいは差し出すのが常識です。世の中には、店を教えるだけでも、紹介料を取る輩もいます。さすがに、それはどうかと思いますが。

 でも、あなたはペンダントを貸してもらって、さらに遠い"静かの森"からわざわざここまで連れてきてもらったのでしょう。自分だけ金を得て、"はい、さいなら"って、どんな屑ですか」


 言われてみれば、確かにそのとうりだ。

 "無償で何かしてもらえる"なんてのは、元の世界の甘い考えなのだろう。

 このままでは、勇一はほんとうに"屑"といわれても仕方ない。


「すいません。俺、よそ者で本当にここの常識が解って無くって……。

教えてくれて有難うございます」


 勇一は、フェーに頭をさげた後に、ディケーネのほうに向き直る。


「本当に色々とごめん。お金だけど、一割といわず半分もらってくれ。

それとは別に、命を助けてもらったお礼も、いつか必ず返すよ。」

「いらない。別にそんなつもりで、ここを紹介したりしたわけじゃない」



「ディケーネ。貴方は格好つけているん場合ですか。 

貴方は男爵に嵌めれた借金があるでしょうが。このままだと借金が返せず、本当に奴隷落ちしてしまいますよ」


「余計な事を言うな!! その澄ました顔を刻まれたいか!!」


 本気の殺気をはらんだ目で、フェーを睨みつける。

 今度は、ディケーネが本気で怒り出してしまった。


「黙りなさい! とにかく貰えるもんは貰っておきなさい! 受け取らないということは、ユーイチの感謝の気持ちを拒否することにもなるのですよ。 

 そして、貴方が受け取らないと、ユーイチは常識無い奴として『屑』のままなんですよ!」

「そうそう、俺も『屑』のままだと困るんで、貰ってくれ」


 一触即発なムードの二人の間に、勇一が、割って入る。


「ディケーネ、頼む。俺を『屑』にしない為にも、ここは譲って、金を貰ってくれないか」


 必死でなだめようとする勇一をみて、ディケーネは一度ちいさく息を吐いて落ち着きを取り戻す。


「解った。ユーイチが、そう言うならば貰おう。ただし、あくまで紹介料の一割だけだ。

 ユーイチの命を助けた行為はあくまで私の信義にもとづいた行為だ。

 それに対して金銭を貰ってしまったら、私の信義が汚れる」


「ああ、命を助けてもらった恩を金で返すつもりなんか無いさ。そっちは、いつか必ず別の形で返す。

 今回は、紹介料だけ受け取ってくれ」


 その後、なんとか一割をディケーネに受け取ってもらった。


 色々あって、店を出ると、もう日は沈む直前で、辺りは暗くなり始めていた。

 薄暗い夜空には星もチラホラと見える。


 疲れた。なんかすっごく疲れた。

 この街にたどり着くまでにすでに歩き疲れていたが、さらに精神的にも、どっと疲れた。

 店を二人で並んで立ちすくしていたところで、ディケーネがポツリと言った。


「一応言っておくが、これがこの地方の常識だと思ってもらっても困るぞ。

 あのフェーが変わり者なだけだ」


 まあ、そうなのかも知れないし、違うのかも知れない。

 勇一には、この世界の何が常識なのか計る基準が無いのでまったく解らない。

 ただ、あのフェーと言う人物が"変わり者だが悪い人間では無い"ということだけは、間違いないだろう。


 その時、いきなり、ぐうぅぅぅと、お腹がなった。

 しかも、勇一のお腹だけでなく、ディケーネのお腹も同時になっていた。

 なんとなく二人で顔を見合わせる。


「あのさ、どっか美味しい店とか教えてくれないか。教えてくれたら、その対価として俺が晩飯おごるよ」

「ふむ、そういう"取引"ならば、喜んで乗るぞ。あっちにいい店がある。さあ、いこう」


 ディケーネと勇一が並んで、夜の街へと歩き始めた。

まだまだ中々話がもりあがりませんが、もう少しお付き合いください。

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