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47 帰路

「ぼわわわわわわわわわわわわ」

 

 正面から来る風に対して口を大きく開けて、意味のない発声をする。

 意味の無い発生を止めてから、今度は上半身をおもっきり伸ばした。

 はああああ


 勇一は、走り続ける装甲指揮車(クーガースリー)の上に、ひとり座って、無駄な事を気ままにやっていた。


 本当は周りを警戒する意味合いで、外にでて周りを見ているのだった。

 本来ならば殆どの敵は、タツタのレーダーで感知できるので警戒はあまり必要ない。

 だが今回、敵となった死霊(ゾンビ)はタツタのレーダーに反応しなかった。

 また、勇一は直接見てはいないのだがディケーネ達の話では、『魔』に取り込まれたアドリアーン達は、突然装甲指揮車(クーガースリー)の前に現れたそうだ。

 どうやら離れた所に突然現れる、"転移系の魔法"が、この異世界には存在するらしい。

 ただ、聞いた説明では、この魔法は非常に珍しい上にあまり万能ではなく、距離がかぎられたり、特定の場所でしか使えないなど、かなり使用条件が限定されるのが普通らしい。

 だからと言って、油断は禁物だ。周りへの警戒を緩める訳にはいかない。


 勇一は、改めて、周りを見廻す。


 装甲指揮車(クーガースリー)は草原の一本道を、快走している。

 周りは見渡すかぎりの草原である。この異世界では、見慣れた風景だった。

 左手の、ずっと遠くには、雄大な山脈が雲を称えている姿が薄っすらと見えていた。

 遠くに、縞柄ヤギの群れが走っていたりもするのも見える。


 なんとも長閑で平和な風景が、どこまでも続いているのだった。



 ――――――



 帰りの行程は、単純そのものだ。


 勇一と銀髪少女とリィ、そしてディケーネ。

 全員がバニアの街の門を抜け、装甲指揮車(クーガースリー)と合流した後は、ただただひたすらに、ダーヴァの街を目指して、走り続けた。

 帰路に、敵がエイシャ様を奪い返す為に襲撃してくる可能性だってある。

 途中にあった小さな村で、飲み物と食べ物を補充したが、それ以外はノンストップでダーヴァの街を目指し、装甲指揮車(クーガースリー)は走り続けた。

 運転はタツタの自動運転に任せ、狭い装甲指揮車(クーガースリー)の中で交代で睡眠を取りながら、周りを警戒する。


 狭い空間に閉じ込めれた状態になるので、特にエイシャ様は辛そうだった。

 だが、その隣にはグルキュフがずっと寄り添い、退屈させないように自分の華々しい冒険談を面白おかしく聞かせ、時にはやさしく励ましたりしていた。

 


 勇一は、屋根の上で、周りを警戒していた。

 とは、言ったものの、すでに一昼夜走り続けて、死の街バニアは遠くなり、ダーヴァの街の方が近いくらいだ。

 若干、気もゆるもうと言う物だ。


 風がきもちいいなあ。


「ぼわわわわわわ」

 またも、正面から来る風に対して口を大きく開けて、意味のない発声など、してしまう。


 ん?

 『何をやってるんだ、お前は』的な冷たい目で、いつの間にかハッチから顔を出したディケーネが、こっちをじっと見ていた。


「わわー、わあああー、あー、あー、うん、なんか喉の調子が悪いな」

 などと、くるしい言い訳をしてしまう。


「ユーイチ、リラックスするのはいいが、周りの警戒は怠るなよ」

「あああ、もちろん。大丈夫、大丈夫さ。それよりディケーネ、お腹の傷はもう良いのか?」


「ああ、問題ない」

 回復薬(ポーション)は万能と言うわけではないので、まだ完全に直った訳ではない。血を大量に流した関係でからだ全体にけだるさもある。それに、今回は、傷跡もお腹に残るだろう。

 しかし、そんな事を勇一に言っても余計な心配をさせるだけだ。

 余分な事は言わずに、ハッチを上がり、勇一の隣へと座った。


「確かについつい気が緩むほどに、いい眺めだな」

 ディケーネも回りの風景に目を移す。

 そのまま、なんとなく、二人で並んで座って風景を眺める。空は青く、白い雲が東の方角へと風にのって流れていく。

 ディケーネが、ほんの少しだけ、ユーイチにもたれ掛かる。僅かにふれあった肩から、彼女の体温が感じられた。

 

「おっと、いかんいかん。そう言えばユーイチと話す事があって、上がってきたんだった」 

 急に思い出したように、ディケーネが言い出した。


「話す事って、なんだ?」

「あの地下牢から連れてきた、銀髪の少女のことだ」


 彼女とは、片言で意思疎通(コミュニケーション)は取れているが、何者なのか今の所、全くわかっていない。

 名前を聞いても、何て発音しているのかすら理解できないような言語で、聞き取ることすら難しい。

 なんとか最初の音が"ぐぅ"と発音しているのだけは判別できるので、ニエスなどは、『グーちゃん』と呼んでいる。


「ダーヴァの街にかなり近づいてきたが、彼女をどうするつもりだ? 

 彼女は、右手首の犯罪者の印があるから、街の中に入れないぞ」

「そうなんだよなぁ」

 街に入るときに、犯罪歴を確認する為に必ず右手首をチェックする。

 彼女は一発で衛兵に連れて行かれるだろう。


「たとえ捕まっても、もし彼女が刑期を終えていることが確認できれば、開放されるだろう。

 だが、一番怖いのは、"彼女が何者かわからない"ときだ。街の役人や衛兵なんか、結構適当だからな。正体不明の"五本線"なんて、問答無用で処刑してしまう可能性もあるぞ」

「うーん、それは避けたいよな」

 勇一は頭を抱える。


「あと、『水と炎の旅団』のメンバーにも、もう誤魔化しきれないぞ」

 うーん。と、勇一は、更に頭を抱える。

 犯罪者を匿うのは、もちろん犯罪になる。

 その為、銀髪の少女の手に犯罪者の印があることは、『水と炎の旅団』には内緒にしていたのだった。

 

 グルキュフなんか、彼女が犯罪者だと知ったら、普通に衛兵に突き出しそうだもんな。

 勇一はそんな心配もしている。

 幸運な事に、そのグルキュフはエイシャ様にばかり興味がいっていて、銀髪の少女は眼中に無い。

 その為、まったく気付いていないらしい。

 ただ、どうも他の『水と炎の旅団』のメンバー、クラウディアや、リィ、ルゥは何かしら気付いている感じだ。

 だが、見て見ぬふりをしてくれている。


「とりあえず、街の外に装甲指揮車(クーガースリー)を置いて、そこに少女に匿おう。

 タッタもいるし、危険は無いと思う。飲み物とか食べ物とか準備して少しの間はそこに寝泊りしてもらうおうとかんがえているんだけど、どう思う?」

「まあ、それが一番、妥協だろうな」

 ディケーネも同意する。


「あとは、この依頼(クエスト)の報酬の大金が入ったら、郊外に家でも買おうかと考えているんだ」

「ふむ、家か。なかなか良い案だな。確かにあると便利かもしれん」


「ボロくても構わないから、ちょっと大きめな家でさ。さらに倉庫とかある物件を探そうと思うんだ」

 装甲指揮車(クーガースリー)や、その中に置きっぱなしになっている機材を置いておく、拠点がほしい。その為に、街の郊外に、倉庫つきの家を買おうと元々考えていた。

 銀髪の少女も、そこで匿えばいいだろう。

 

 そんな事を話しあう二人を、いつの間にか、ハッチから顔をだしたクラウディが見ていた。

 二人と、クラウディアの、目が合う。

 クラウディアは、かなりバツの悪そうな表情をうかべた。


「すまん。二人の語らいを邪魔するつもりは無かったんだ。その、一応、見張りの交代の時間になったんでな。いや、上に二人居る事は解ってたんだから、気を効かすべきだったな、本当にすまん」


 明らかに何か勘違いしている。

 まあ、若い男女二人が、"家を買う話"なんかしているのを、聞いてしまったのだ。

 勘違いするな、と、言うほうが無理だろう。


「いやいや、なんか勘違いしてるだろう。別にそんな気を使う必要ないから」


「別に隠す必要もないさ。それより邪魔をして本当にすまなかった、ゆっくり話をしてくれ。

 話が終わったら呼んでくれ」

 クラウディアは、申し訳なさそうな表情を浮かべて謝罪する。


 それから、彼女は、胸元に入れた梟の形をした木彫りのお守りに服の上から触れる。

 悲しみに押しつぶされそうな表情を、勇一達には見られないように気をつけ下を向いて、装甲指揮車(クーガースリー)の中へ引っ込んでいってしまった。




 ――――――



 ダーヴァの街、近郊。

 街が近いので、街道には、行商人達も行き来している。

 装甲指揮車(クーガースリー)は、行商人の行き来の邪魔にならないような街道沿いの空き地で、一旦停車していた。

 その空き地で、『名無き者(ネームレス)』のメンバーと、グルキュフ達『水と炎の旅団』が相対して立っている。勇一の横には銀髪の少女が、グルキュフの横にはエイシャ様がいた。

  

 そこで勇一は、『水と炎の旅団』のメンバーに、装甲指揮車(クーガースリー)はここから道をそれて移動して森に隠す事と、そして、銀髪の少女をそこに置いていく事を説明した。


「貴様は、その銀髪の少女を街へと連れて行かず、自分達の物にすると言うつもりか?」

 当然の疑問を、グルキュフは口にする。


「ああ、そうだ」

 『こちらからは、下手な言い訳を言わないほうがいい』そう考えている勇一は、簡潔に答える。

 "自分達の物にする"という言い方が、いかにもこの男(・・・)らしい、言い草だな。

 そんな事も、思うが、もちろん口に出しては何も言わない。


 グルキュフは、ジロリと銀髪の少女を見ながら、何かを考え込む。

 この少女が何者かは、解らない。

 ユーイチと言う男が、所有欲だけで、この少女を手に入れようとするとは、思えない。

 "何かしらの理由"があって、こんな事を言い出すのだろう。

 理由なんて、どうでもいいが、この少女にどれだけの"価値"があるのだろうか?

 そして、どうすれば、その"価値"に見合う利益を自分が得られるだろうか?


 人の弱みをつけこんだり、自分の利益を得る事に関しては、グルキュフは異様に才能があった。

 頭の中で、損得や、貸し借りをすぐさま計算する。


「よし、解った。仕方ないから、お前達の為(・・・・・)に、こうしようじゃないか」

 ニヤリと嫌な笑みを浮かべたグルキュフが提案してくる。


「お前達、『名無き者(ネームレス)』の連中は、その少女を連れて、この"鉄の箱舟"を隠しに行け。

 その間に、我ら『水と炎の旅団』はエイシャ様を連れて、一足先にオーウェン次期公爵の元へ行く。

 少しでも早くオーウェン次期公爵の元へ、エイシャ様をお届けするのが、我らの義務だからな。

 お前達は、後からゆっくり来ればいい」


 装甲指揮車(クーガースリー)を隠した後に、遅れてオーウェン次期公爵の所へ行っても、報酬は変わらないだろう。

 だが、エイシャ様をつれて、先にオーウェン次期公爵の元に訪れた『水と炎の旅団』、いや、グルキュフが、エイシャ様救出に関する賞賛や賛辞を一身に受ける事になるのは間違いない。


 ようするに、『少女はやるから、そのかわりエイシャ様を助け出した名誉は、すべて俺に譲れ』

 そう言っているのだ。


「ああ、その提案で構わんよ」

 勇一が即座に答える。

 誰も文句は言わない。

 思う事はあっても、口には出さない。


「よし、決まりだな」

 グルキュフは、ほくそ笑む。


「さあ、エイシャ様。ここからは少しだけ歩きになりますが、ご辛抱ください。ダーヴァの街はすぐそこです」

 そう言って、エイシャ様を連れて、ダーヴァの街へ向けて歩き出していった。

 勇一達は、何も言わず装甲指揮車(クーガースリー)に乗り込む。

 装甲指揮車(クーガースリー)は、その大きな身体から想像しがたい軽快な動きで向きを変え、街道をそれて、森の中へと入っていく。


 グルキュフは、一度振り返り、森の中へと入っていく、その強大な後姿を見送る。

 あまりに巨大で力強い"鉄の箱舟"を、少しだけ妬ましく思う。


 ふん。まあ、いい。

 とにかく……


「これで、一勝一敗だな」

 グルキュフは、誰にも聞こえぬ小さな声で呟きながら、唇をゆがめ満足気に笑った。


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