46 爆風
装甲指揮車が死の街バニアの表通りを驀進し続ける。
通りの至る所で、死霊が自らの身体を盾にした死霊の肉の壁を作っていたが、すべて薙倒し、蹂躙し、踏みつぶしながら、突き進む。
もうすぐ街を囲む城壁の表門に到着するな。
このまま街を外にでたら、一旦停止して勇一が来るのを待つとしよう。
ディケーネが、そんなことを思案する。
そしてディケーネは、もし勇一が来なかったら、当然のように、死霊の闊歩するバニアの街の中へ、自分ひとりだけでも探しに行くつもりでいた。
そのまま装甲指揮車は突き進み、表門と、その門の手前にある小さめの広場が見えてきた。
「むっ? また何か、前方に現れたな」
月明かりに照らされた石畳の広場の中心に、夜の風景より、更に深く黒い"闇"が湧きでてくる。
まるで、広場の中心の空間に、深淵を覗き込むかのごとく、穴が開いていた。
その穴から、一人の巨大な男が出てくる。見覚えのある男だった。
『紫檀の風』のリーダー
"暴風"のアドリアーン・レイテ・リーベリアン
間違いなくアドリアーンなのだが、ディケーネの覚えている姿とはかなり違いがあった。
まず、大きさが違う。
確かにアドリアーンは、かなり大柄な男だったが、それでも常識の範囲内の普通の人間のサイズだった。
だが、目の前に現れたアドリアーンは、大きすぎる。身長が3m程もある。
その身体の皮膚は、とてもまともな人間とは思えない濁った紫色をしていた。
大きく裂けた口からは、牙を生やし、涎をたらしている。
そして、その眼は明らかに正気をなくし、濁り血走り狂気に支配されていた。
単純に死霊になってしまったと言う訳ではなく、まったく別の変化がアドリアーンの身に起こったようだ。
さらに、アドリアーンの後ろから、三人の男が姿を現す。
星球式鎚矛を構え、体中傷だらけで碧眼の男
"烈風"のムトゥー・ザ・アル。
半月のような曲刀を構え、狼のような顔をした亜人の男
"疾風"のライ・コスターヌ。
二本の短剣を構え、少年のような見た目をした男
"突風"のルッカ・トーニトロン。
『紫檀の風』のメンバー達だ。三人とも、アドリアーンと同じように、身体は二周り程大きくなっており、皮膚は紫色に変色している。
そして、やはり、その目には正気の色は無く、狂気に支配されていた。
その姿を見て、ニエスが呟く。
「ひょっとして……、あの人たち、魔物化しちゃってませんか?」
「ひょっとしなくても、そうだ。たぶん大魔法使いグリン・グランの呪法で、『魔』に取り込まれたのだろうな」
「どうした? 何があった?」
後方の席から、クラウディアが声をかけてくる。
「ああ、『紫檀の風』のメンバーが現れたんだが、どうやら、一緒にダーヴァへ帰るつもりは無いようだ。それどころか、完全に『魔』に取り込まれている」
「なんだと? 『紫檀の風』のメンバーがか?」
魔物化した『紫檀の風』のメンバーが、武器を構えて立つ。
そして、アドリアーンは、行く手を阻むかのように、装甲指揮車の前に、進み出た。
時速約70kmで走る全長6.74m 全幅2.38m 全高1.85m 重量14.4tの鉄の塊。
大量の死霊達を、吹き飛ばし、突き飛ばし、踏み潰し、蹂躙しながら突き進んできた、その鉄の塊の前で、アドリアーンは大きく両手を広げた。
「わわわ。今度こそ、本当ぶつかるー!」
ニエスが、またも目を覆いながら叫んだ、つぎの瞬間。
ドゥンと、重い衝撃が車内に走った。
なんと、アドリアーンが、装甲指揮車を正面から受け止めた。
14.4tの鉄の塊を、その巨体と怪力で、真っ正面から止めてしまった。
前進しようと装甲指揮車が更にタイヤを回転数を上げる。
だが、六つのコンバットタイヤは石畳の上で空転し嫌な煙を上げるだけで、その車体は1mmも前に進まない。
ディケーネは頭の上のハッチを開けて、椅子を蹴って車外へと飛び出す。
「迎え打つ! 行くぞニエス!」
「はい!」
ニエスも、同じように頭の上のハッチを開けて、椅子を蹴って飛び出した。
ハッチから、飛び上がるようにして出た二人は、空中でクルリと回転して体勢を整えて装甲指揮車の上に着地する。
急に外へと飛び出していった二人の様子をみて、慌ててクラウディアも、加勢しようと車体中央のハッチの梯子をのぼろうとする。だが、足に力が入らず、梯子を踏み外してしまい、おでこをぶつけてしまった。
震える太ももを自分の拳で叩き、なんとか梯子を登り、ハッチを開けて上半身を乗り出す。
装甲指揮車の上に並んで立つ、二人が見えた。
ディケーネは両手にそれぞれ、レーザー拳銃を、構えている。レーザー拳銃の二刀流だった。
ニエスの右手にも、もちろんレーザー拳銃が握られている。
満月から指す月光が、二人のシルエットを浮かび上がらせる。
勇ましく、猛々しく、そして美しい。
その姿にクラウディアは、王国につたわる"伝説の戦乙女アーシュとマリア"を連想してしまった程だ。
二人のその姿に、クラウディアはしばしの間、思わず見とれてしまう。
まともな人間が、その姿をみたら、確かに目を奪われずにはいられなかっただろう。
だが、"烈風"のムトゥー "疾風"のライ "突風"のルッカの目には、それは、単なる"獲物"としか見えていない。
三剣士は、雄たけびとも呻き声ともわからぬ声を発しながら、地面を蹴って飛び上がった。
魔物と化した三人は、人間とは比べ物にならない跳躍力を見せる。
装甲指揮車の上の二人の、更に高い位置まで舞い上がった。
"烈風"のムトゥーと"疾風"のライ、二剣士が左右から同時にディケーネに襲い掛かり、"突風"のルッカが、ニエスへと襲いかかる。
そのスピード、パワー、技、どれもが人を超越している。
たとえ、どんな有能な冒険者でも、その攻撃からは逃れられそうにない。
「危ない! 逃げろ!」
クラウディアが思わず叫ぶ。だが、当然のように二人は逃げたりしない。
ハッ! フッ! ディケーネとニエスが同時に小さく短く息を吐く。
光の剣と化した光線が、死の街バニアの宙に、奔る。
ディケーネの右手の光の剣が、"烈風"のムトゥーを真っ二つに切り裂く。
左手の光の剣の攻撃を、"疾風"のライは超人的な反射神経でなんとか反応し、体を捻って避けようとする。だが、完全に避けることはできずに、左手を切り落とされた。
ニエスの光の剣の攻撃を受けた"突風"のルッカも、なんとか反応して空中で身体を捻り避けようとする。だが、避けきれず下半身を切り落とされてしまった。
真っ二つに切り裂かれ、二つの肉塊と化したムトゥーは地面にベチャリと落ち、ピクリとも動かない。
だが、左手を失くしただけのライは、地面に着地すると同時にすぐさま構えなおし、再びディケーネに襲いかかる。
下半身を失くしたルッカも、上半身だけの状態で短剣を口にくわえ、内蔵をまき散らしながら両手で地面を蹴って、ニエスに襲い掛かってくる。
再び、光の剣が奔り、ヒュンヒュンと空気を切る音が鳴る。
瞬きする間も無かった。ディケーネの光の剣が"疾風"のライを、ニエスの光の剣が"突風"のルッカを、切り刻み、肉片と化す。千切れた手や足や頭が、べちゃべちゃと嫌な音をたててと地面へと零れ落ちていった。
「なっ!?」
なんだ、この二人の攻撃は?
強い。いや、強すぎる。
二人の、余りに圧倒的な攻撃力に、クラウディアは言葉を失ってしまう。
ふむ。
やっぱり、利き腕でない左手では、精度が落ちてしまうな。改善せねば。
利き手の右手で、見事に"烈風"のムトゥーを一撃で二つに切断したものの、逆手の左手では、"疾風"のライを一撃では討ちそびれたディケーネは、内心で冷静に自分を分析などしている。
クラウディアの驚愕など知る由もない。
ぐぐああわああああがあぁぁああああああああああああぁぁぁああああああ
地を叩き砕くような雄たけびが、街の中に響いた。
アドリアーンの雄たけびだ。
「おおおおおおおおお おもぃろぃいいい! おもしろいぞぉおお お前達!
良くぞ、良くぞぉおお! 我が仲間を打ち倒した!
人として死した後、グラン様の呪法によって圧倒的な『魔』の力を得た、我が仲間を! よくぞぉ 打ち倒した!!
素晴らしい。素晴らしいぞ!
認める。認めてやるぞ! その力を! その光の剣と、その剣捌きを!」
その眼は、歓喜と狂気で血走っている。
アドリアーンは『魔』の力によって得た巨体と怪力で装甲指揮車の受け止め続けている。
数千、いや万にも届きそうな死霊達の海を掛けわけ、さらにどんな騎馬突撃ですら止めてしまうであろう死霊の肉の壁を、無造作に正面から突っ切った装甲指揮車を受け止め続けている。
14.4tの鉄の塊を最高速度120km/hまで加速させる小型核融合原動機、人類の最新鋭科学が発するその動力を、正面から、純粋な力だけでねじ伏せている。
その力をもってすれば、あのライトドラゴンをも、捻りつぶし殴り殺せることすら可能だろう。
もはや、人とか魔物とか、常識とか非常識とか、そんな物は簡単に超越してしまった力だった。
牙の生えた口の端から涎をたらし、そして、まるで地の底から響く呪いの様な人の声とは思えぬ声で、叫ぶ。
「お前達を認めてやるぞ!
人の身で『十傑』と呼ばれるまで剣と力を極め、更に、『魔』の力によって総てを超越せし力を得た、我、"暴風"のアドリアーン・レイテ・リーベリアン。
その我と、一対一の対決をする名誉を、お前達にくれてやろう。
まずはそっちの金髪の女、たしかディケーネとか言ったな、お前からだ」
アドリアーンの血走り、濁った、狂気の目がじろりとディケーネを睨みつける。
「"総てを超越せし力を持つ我"と"光の剣を使う女剣士"の一騎打ち。
我の新しい伝説の、最初の場面に相応しい、素晴らしい戦いとなるであろう。
さあぁぁあ、光の剣を使う女剣士ディケーネよ!
我と尋常に立合えぇぇぇええええ!!」
アドリアーンからの申し入れには答えず、ディケーネは無言のまま光の剣を振る。
光の剣が、全身で装甲指揮車を受け止め、身動きのできないアドリアーンの頭部へと奔った。
完全な不意打ちだった。
戦闘中に無駄口を叩いて、さらに御前試合でもないのに一対一を求めるアドリアーンの方が悪い。
敵は倒せる時に、躊躇なく倒す。当たり前の攻撃だった。
だが、その攻撃を、アドリアーンは人間ではありえない角度に首をぐにゃりと曲げて、かわす。
さらにディケーネは、左右両手にもつ、二本の光の剣が奔らせ、追い討ちをかける。
さすがのアドリアーンも、受け止めていた装甲指揮車から体を離し、地面を転がるように避けた。
いままで、前進を阻止していた障害物が無くなり、装甲指揮車のコンバットタイヤが地面を蹴り、再びバニアの街の外へ向けて、驀進する。
その装甲指揮車から、ディケーネは、地面へと飛び降りた。
その行動を見て、クラウディアはまたも目を疑う。
「な?! 正気か? あのアドリアーンとやりあうつもりか?!」
ニエスも叫ぶ。
「ディケーネさん、そんな奴の相手しなくていいのにー!」
「私に構わず、街を抜けろ! 安全な所まで離れて、ユーイチが来るのを待っていろ!」
装甲指揮車は門を抜け、地面へと飛び降りたディケーネだけが取り残される。
広場の囲むように集まってきていた死霊が、一斉にディケーネへと襲い掛かろうとしていた。
「死霊共よ! 私の獲物に手を出す事は許さんぞぉおおおお!」
アドリアーンの地から響くような声に、死霊は動きを止める。
「はっはっははっはははぁあああぁぁああ。ディケーネよ。良い覚悟だ。
死んでも、"アルドニュスの館"で、このアドリアーンと一対一で戦ったことを誇らしげに語るがよい!」
月明かりのさす広場の真ん中に、ディケーネが一人、立つ。
ディケーネとしても、こんな化け物みたいな、いや、化け物を超越したようなアドリアーンとやりあいたいとは思わない。
できるなら、無視して通りすぎたい。
だが、ユーイチが此処を通る。
後から来るユーイチの為に……、私が、アドリアーンを倒す。
ディケーネは両足を肩幅に開き、両手にレーザー拳銃を構える。
アドリアーンが両足をしっかりと踏ん張り、腰を落として大剣を構えた。
「行くぞ」
『ぞ』の声が空中から消えぬ間に、 いきなり、
何の前触れもなく、アドリアーンが、すぐ目の前に現れた。
?!!?
ディケーネが一瞬、混乱する。
そのディケーネに向け風を切って大剣が真横に振られる。当たればもちろん真っ二つにされるだろう。
必死に、後方へと身を投げ出すように飛び退って大剣をかわす。
飛んでなんとか剣先をかわしたが、着地する地点目掛けて、さらに大剣が振り下ろされる。
着地せず、地面をつま先で蹴り、横に転がり、距離を取ろうとする。
だが、そこへ大剣を振り翳し、アドリアーンが迫る。
地面を転がりながら、ディケーネは、必死になって、狙いも何もなく無茶苦茶に、光の剣を振る。
そのまま石畳に体を撃ちつけながら、無様に転がり、なんとかアドリアーンから一旦距離を置いた。
膝を付いて、起き上がる。
なんだ今のは? 信じられない速さで、間合いを詰められたぞ。
更に、腹部に鈍い痛みを感じた。見ると、横に一文字に線が入っていた。
線にそって傷口を開き、血が滴り落ちてくる。
"かわした"と思った初撃が、かわし切れていなかったようだ。
本当ならば、相手の攻撃を寸での所でかわして反撃したい所だ。だが、体ごと大きく跳び退って、なお、かわしきれていない攻撃に対して、どう反撃すると言うのだろうか。
「ふうぅぅうむ。なんとか、最初の攻撃は凌いだかぁああ。予想以上に、楽しませくれるわ」
そう言って、牙が飛び出し涎が垂れる口元をゆがめて、ニヤリと笑う。
それから、アドリアーンは、また大剣を構え、腰を落とす。
「行くぞ」
『ぞ』の声が空中から消えぬ間に、ディケーネは横へと飛んだ。
だが、その動きは、読まれていた。
動いた先へと、アドリアーンが大剣を振るう。
完全には、避けきれない!
ディケーネは、身を捻りながら、必死に後方へと身を投げ出すように飛び退る。
またも着地する地点目掛けて、さらに大剣が振り下ろされる。
やはり着地せず、地面をつま先で蹴り、横に転がり、狙いも無しに無茶苦茶に光の剣を振る。
先ほどと同じように、距離を置いて、立ち上がる。
今度は、右わき腹に、鈍い痛みを感じた。
だが、皮一枚切られただけの初撃とは違い、右のわき腹はバックリと傷口が開いている。大量の血が溢れだし、僅かに内臓すら見えていた。
「ふぅううむううう。今度はかなり本気で踏み込んだのだが、倒しきれなかったかぁあああ。
二撃目まで、かわすとは、真に見事だぞぉお。
その見事さに免じて、回復薬を使う事を許す。その傷のままでは楽しめぬからなぁあああ」
げひげひげひ、と下卑た笑いを漏らす。
ディケーネはその言葉に対して、遠慮なく腰のバッグから回復薬を取り出し、わき腹にゆっくりと振りかける。
これだけの怪我だと、回復薬で完全に回復するわけではないが、とりあえず傷口は閉じていく。
そして、あえてゆっくりと作業するその間に、頭の中をフル回転させる。
あの化け物に、どうやったら勝てる?
あの巨体に、あの速度、そして、あの力、あまりに人間を超越しすぎている。
ユーイチよ。ここで死んでしまったら、恩が返しきれてなくて、すまんな。
心の中でユーイチへと謝罪しながら、手の中のレーザー拳銃を見つめる。
ユーイチにもらった、この光の剣は、間違いなく伝説級の武器だ。
私がアドリアーンに負けるのはかまわないが、ユーイチからもらった、この光の剣が、あんな化け物程度に通用しなかったと思われるのは辛いな。
…………。
アドリアーンのあの速度、そしてあの力。
確かに、私の速度と力では、まったく対抗できない。
だが、光の筋の速さは負けているか? それに力なんて、レーザー拳銃には関係ないだろう……
ふうぅぅぅ。
ディケーネは、空になった回復薬の瓶を投げ捨て、小さく息を吐く。
「もう良いか? では、まぁた、始めるとしよ
『う』を、アドリアーンが、言い終わらぬうちに、先にディケーネが仕掛ける。
右手の光の剣で、首を狙う。だが、アドリアーンは、ひょいと屈んで軽くかわされる。
左手の光の剣を、縦に真っ二つに切り裂こうと振り下ろす。それも、軽く横にステップしてかわされる。
違う!
心の中でディケーネが叫ぶ。
鋼で出来た剣じゃ無いんだ。首を狙う必要なんか無い。剣のように腕を大きく振り下ろす必要なんかも無い。
もっと、小さな動きで! もっと早く!
右手の光の剣で、アドリアーンの右肩口から左腰へと抜けるように斜めに切りつける。
と、同時に、手をクロスさせるようにして左手の光の剣を、逆に、左肩口から右腰へと抜けるように切りつける。
普通の剣なら、体重が乗らず手打ちになってしまい、当たったとしても、対してダメージを与えられないような無茶な攻撃だ。でも、光の剣なら関係ない。
クロスする動きの二本の光の剣は、小さく横に動いても、縦に動いてもかわせない。
アドリアーンは、人では考えられない程、大きく跳びあがり、その攻撃をかわした。
だが、アドリアーンが着地する所を狙って、さらに手首の動きだけで、光の剣の奔らせる。
アドリアーンの、ブーツの足先を光の筋が走り抜けた。
革製のブーツの先が切り取られる。
先のなくなったブーツの箇所からは、五つの丸い、足の指の断面が見えた。
黄緑色に濁った、血なのか体液なのか解らぬ液体が、にじみ出てくる。
「ぐううぅぅううう。なかなか、やるなぁああああ! この小娘がぁぁあああああ!!!」
アドリアーンが踏み込み、大剣を振りぬく。
だが、足の指先が無いため、踏ん張りが利かず、大剣がしっかりと振り抜けていない。
ここだ!
ディケーネはその攻撃を、大きく後ろに飛び退くことなく、僅かな後退だけで、交わす。
と、同時に、二本の光の筋を交差させた。
アドリアーンの巨体に、×が刻まれる。
一撃では、その巨体を切り裂けなかった。だが、ディケーネは手を緩めない。
ヒュンヒュンヒュンヒュンと、光の剣が風を切る音が鳴り響く。
大剣を振り上げようとするアドリアーンの巨体を切り刻む。
「があぁあああああああ」
大剣を取り落とし、断末魔をあげながらのたうち回るが、更に光の剣で切り刻まれていく。
濁った液体を垂れ流しながら、ちぎれた肉塊へと化していき、地面へと崩れ落ちていった。
すでに、人の形が無くなり、ただの肉塊と化したアドリアーン。
その肉の塊に対して、それでもディケーネは攻撃を止めなかった。
"ひょっとしたら、アドリアーンが復活して、再度、襲いかかってくるかも知れない"
その恐怖が、ディケーネの手を動かし続けていた。
レーザー拳銃で、執拗なまでに、石畳の上の肉塊を切り刻む。
レーザー拳銃のバッテリーが切れて、やっとディケーネは手を止めた。
改めて、元アドリアーンだった肉塊を見る。もう、ピクリとも動いていない。
深呼吸して、少し自分を落ち着かせる。
腹部に激しい痛みを感じた。目をやると、やはり腹部がパックリと切れて傷口が開いている。
最後の攻撃も、僅かな後退だけでは交わしきれていなかったようだ。
回復薬をバッグから取り出そうとする。その時、いきなり死霊に襲い掛かられた。
周りから一斉に死霊が襲い掛かってきていた。
アドリアーンの怒声で動きを止めていた死霊達。
その自分たちの動きを止めていたアドリアーンがいなくなった事で、死霊達が、一斉に襲い掛かってきたのだった。
ディケーネが、死霊にむけてレーザー拳銃をふったが、レーザーが出ない。
バッテリー切れしているので、出なくて当然だった。
すぐ目の前に迫っている死霊に対して、もうバッテリーを入れ替えている暇は無い。
くそ!
レーザー拳銃を投げ捨て、腰の長剣を抜き、襲い掛かってきた死霊を叩き切る。その動きで腹部の傷から血が溢れ、更に激しい痛みが走った。
一人の死霊を切り倒しても、すぐさま、次から次へと死霊が襲い掛かってくる。
周りから何十本と言う死霊の腐った腕が、ディケーネに掴みかかってきた。
振り上げる剣の動きが明らかに鈍い。
駄目だ、間に合わない。
死霊の腐った手と絶望が、ディケーネを押しつぶしそうになる、その瞬間
うすぐらいバニアの街の広場に、光の筋が奔った。
光の筋が、暗闇の中を何本も奔りぬけ、次々と周りにいる死霊達を打ち倒す。
さらに紅蓮の炎が舞い、大量の死霊の群れを焼き殺す。
「ディケーネ! 大丈夫か?!」
ディケーネを危機から救ったのは……
もちろん、電動バイクにのった勇一だった。




