45 紅蓮
街の中、細い石畳の路地を、電動バイクが疾走する。
石畳の道路は表面がデコボコで、電動バイクの車体を上下に細かく揺らす。
ハンドルが取られそうになることもあるが、それでも、速度は一切落とさない。アクセル全開だ。
勇一の着ている黒いローブが、風を巻き込んでバタバタとはためく。
勇一が、胸元のマイクに向かって叫んだ。
「タッタ。あの銀髪少女の所まで、道案内頼む」
「了解しました。まずは、20m先の路地を左へ90度、曲がってください」
この街の表通りは、ダーヴァの街に比べてかなり細い。タツタの指示で曲がった先は、更に細く暗い路地だった。
建物の壁が左右から迫り、電動バイクでギリギリ走れるくらいの幅しかない。
そして、その路地の前方には、死霊が四人、道を塞ぐように立っていた。
勇一に気付いた死霊が、狭い路地をこちらに向けて全速力で駆け寄ってくる。
電動バイクは、勇一が知っているガソリンで走る一般的なスクーターと、運転方法が殆ど同じだ。いわゆるギアやクラッチと言うものは無くて、右手でアクセルを回して加速して、止まる時には左右のブレーキを握るだけの単純な構造だ。
たが、微妙に違う点が一点あった。
それは、アクセルが自動では戻らない事だ。
その為、ハンドルから手を放しても、速度が落ちない。
勇一は、両足の太ももで車体を挟みこみ固定して、両手をハンドルから離す。
電動バイクを走らせ続けたまま、肩にかけていたレーザー小銃を構えた。
前方の死霊に向けて、光の筋を掃射する。
いく筋もの光の筋が、暗い路地を奔り抜け死霊の身体を引き裂く。
本当なら頭を打ち抜いて完全に動きを止めたい所だったが、さすがにデコボコの石畳の上を、電動バイクで走りながらの射撃では、そこまで精密な狙いはつけられない。
光の筋で身体を引き裂かれ、地面に上半身だけで這いずる格好になっても、それでも死霊はまだ動き続けていた。
その死霊を轢殺すかのようにして、電動バイクで走り抜ける。
「ごめんよ!」
あまり心の篭ってない謝罪を叫んで勇一は走り去った。
バニアの街の中の路地は真っ直ぐではなく、ぐねぐねと曲がりくねっている。
勇一は、身体を左右に倒し電動バイクを操り、その曲がりくねった道を走り抜けていく。
ふと、バックミラーで後ろを見ると、物凄い数の死霊が追いかけてきていた。
勇一が走り抜けた後の路地の横道や、建物の中からもどんどん死霊は溢れてきて、うしろから追いかけてくる死霊の数は尋常な数ではなくなっている。
まるで死霊の津波に追いかけれているようだ。
もちろん電動バイクの方が早いので、直ぐには追いつかれない。
だが、少しでもスピードを緩めるて、追いつかれたならば、成すすべなく死霊の波にもまれて溺れ死ぬことになるだろう。
その壮絶な場面を、少しだけ想像してしまい、勇一は身震いする。
思わず、アクセルを握る手に力が入る。
「次は40m先の三叉路を右へ七十二度曲がってください」
不意にタツタの声が胸元から響く。
タツタの道案内にしたがい、身体ごと投げ出すようにして車体を思いっきり傾け、スピードを落とさずに角を曲がった。
曲がったら、眼の前で、いきなり道が無くなった。
「ぬわあああああ?!!」
思わず、変な叫び声を出してしまう。
電動バイクが勢い余って空中に飛び出す。
正確には道が無くなったわけではなかった。そう見えたのは、眼の錯覚だ。
道が突然に、急角度な下りの階段になっていた為、電動バイクの上からは道がなくなったように見えただけだった。
一瞬だけ、空中に飛んでいた電動バイクは重力の法則に引かれ、階段の上へと着地する。
着地した衝撃の反動で、一度バウンドし、空中に浮かびあがってから再度、大きな衝撃と共に階段の上に着地した。
それでも勇一は、電動バイクのアクセルを緩めない。
ガタガタと上下に大きく車体を揺らしながらも、スピードにのってそのまま強引に階段をくだりきっていく。
後ろから全力で追いかけてきた死霊達も、急激に現れた階段に対応できずにいた。
集団の先頭にいた死霊が、階段に転げ落ち、その後ろの死霊達も将棋倒しのようにどんどんと圧し掛かる。
それでも、大量に下敷きになった死霊を踏み潰し、その上に道を作りだし、乗り越えて、死霊達は追いかけてくるをやめようとしない。
「タッタ! 階段があるなら、階段があるって言ってくれ!」
思わず、胸のマイクに向かって文句を言ってしまう。
「申し訳ありませんが、現状のレーダー機器では、地面の表面状態までは把握することはできません。
諦めてください」
まあ、そりゃそうか。
仕方ないな。
そう納得した、瞬間、眼の前に死霊の顔があった。
「なっ!?!?!」
声にならない叫び声をあげる。
路地の左右に迫る建物壁。その壁にある窓から死霊が、いきなり顔を出してきたのだ。
思いっきり電動バイクに身体を伏せる。
ギリギリで、伏せた身体の上を死霊の顔が通り過ぎていく。
なんとか避けることに成功した。
あっぶねえええええ。
もう少しで、死霊に全速力でキスする所だった。
安心したのも、つかの間。
次は死霊が、空から降ってきた。
左右の建物の窓や、屋上から死霊が飛び降りて、頭の上から襲い掛かってくる。
暗い路地裏を、光の筋が、空に向かって無数に奔る。
勇一が頭上に向けてレーザー小銃を連射し、頭上の敵を次々と切り刻む。
濁った血と共に、ちぎれた腕や足や肉片が、ベチャベチャと降り注いでくるが気にしていられない。
上に、気をとられすぎてしまっていた。
気がつくと、死霊の群れが前方の道に溢れている。全力で路地を駆け抜け、こちらに迫ってくる。
慌てて、先頭の死霊を光の筋で打ち抜くが、焼け石に水だ。倒れた先頭の死霊を踏みつぶし、後ろのいる死霊が此方めがけて走り迫ってくる。
ブレーキに手をかけるが、後方からも、津波のように死霊が押し寄せてきていることを考えると速度を落とす訳にもいかない。
止まってしまって、前後から押し寄せる死霊に挟まれ迫られたら、元々接近戦が得意でない勇一にとってはかなり絶望的な状況だ。
速度を落とさぬまま、壁のように道をふさぎ、押し寄せる死霊の群れに、電動バイクごと突っ込んでいく。
まずい! どうする?!
その刹那。
死霊が、紅蓮の炎に包まれた。
ぐおおおおおおおぉおおおお がぁあぐわあああああああ ぎぃげえええええ ぐがががが
あびゃびゃびゃ ぐがぁぁあああああ ぎじゃぁああぁぁぁ ぎげげげげぇげぇえええ
聞くに堪えない絶叫を上げながら、死霊達が突然に現れた炎に身を焦がし、もだえ苦しみ体を捩る。
死霊の腐った体が焼ける臭いが鼻をつく。
だが、前方の死霊達が燃え上がる事によって、密集していた集団にほころびができたのが、見えた。
このまま、つっきれえ!
心の中で叫び、勇一はアクセルを再度、全開にする。
燃え盛る死霊と死霊の僅かな間を、火の粉がまき散らせながら電動バイクで走り抜けていく。
炎で燃えさかる手が、いく手を遮ろうと目の前に伸ばされた。だが、勇一は魔法のフードを深く被り頭をさげて、そのまま加速を止めない。
目の前に手を、勢いで引きちぎり、燃えさかる死霊達の集団を突破した。
助かった! でも、何があった? 誰かが、助けてくれたのか?
勇一が首をめぐらし、後方を見る。右斜めやや上の空中に、電動バイクと同じ速さで併走して飛ぶ物体があった。
赤いローブを着た、赤い目の少女。
『水と炎の旅団』の、魔法使いリィだった。
「ルゥ タスケタ」
勇一と目があったリィが、無表情に言う。
「オマエ タスケル」
どうやら、『水と炎の旅団』のメンバーのルゥ達を助けたから、その礼として、助けてくれるらしい。
「有難う! 助かるよ!」
勇一が返事している間にも、前方にまた現れた死霊に対して、すぐさま紅蓮の炎を浴びせる。
非常に頼もしい。
勇一は、グリン・グランの館の外で、リィが助けを求めに来た時に、始めて仮面をはずした素顔を見た。可愛らしい見た目はいいのだが、近づいてみたら、ずっと小声で何かぶつぶつ言っている。
その時に、つい『この子、電波チャンなのかな?』などと失礼な事を思ってしまっていた事は、もちろん今は内緒だ。
勇一が、路地をまた疾走する。リィが、その斜め上方で、ぴったりと同じ距離を保ちながら飛翔する。
電動バイクの近くを併走して飛びながら、紅蓮の炎で攻撃するその姿をみて勇一は、ふと思った。
そう言えば、昔やったシューティングゲームで、こんな感じのオプションがあったな。
よし。心強いオプションも手に入れたし。
改めて、銀髪の少女を助け出すぜ!
「次は30m先の十字路を右へ八十四度曲がってください」
タツタが道案内が胸元のマイクから響く。
十字路へ飛び込むと同時に、体重移動して電動バイクを傾けて右へと急激に曲がる。
いきなり視界が、大きく開けた。
路地の右側は、相変わらず建物の壁が迫っているのだが、左側に壁がない。
と、言うか何もない。左側は、ほぼ垂直に切り立った崖のような状態になっていた。
崖の上からは、眼下に、月明かりに照らされた街並みが広がっているのが見えた。
別なタイミングで見たならば、なかなかロマンチックな光景だったかもしれない。
だが、もちろん勇一にはそんな風景をゆっくりと見ている余裕は無い。
手すりも何も無く、少し運転をミスして落ちようものなら、そのまま転げ落ちて数十m下の石畳に叩きつけられてしまうかもしれない。
実際、後ろから追いかけていた死霊達の多くが、急激な角を曲がりきれず、そのままの勢いで、崖にゴロゴロと落ちていく。
大量の死霊が崖の下に転げ落ちていったが、それでも追ってくる死霊は、まだ大量にいる。
崖沿いの細い道を相変わらず全速力で走りながら、追いかけてくる。
左の崖に落ちないように、右により過ぎると、壁にハンドルをぶつけそうになってしまう程に路地は非常に狭い。
細心の注意を払い、それでいてアクセルは緩めず、速度はまったく落とさぬまま、崖沿いの道を疾走する。
不意に、右側の建物の壁の扉が開き、死霊が数匹飛び出してきた。
すぐさまレーザー小銃で死霊達を打ち崩す。
だが、死霊達より、開け放たれた木の扉が道を完全に塞いでしまっていることのほうが、問題だった。
木の扉は分厚く、そのまま電動バイク突っ込んだら無事にはすみそうにない。
すぐさま、リィが手から紅蓮の炎を放射し、ドアを炎上させる。
木のドアは炎上することによって、少しは脆くなっているはずだ。
再びアクセルを全開にして、目の前で炎上するドアに、そのまま電動バイクが突っ込む。
勇一が頭を下げて衝突に備える。
バキィイィィと、派手な音と共に、燃えるドアを砕き電動バイクが走り抜けた。
ふう。またリィさんのおかげで、なんとか助かったな。
それにしても、銀髪の少女は、どこにいるんだ?
「タッタ。彼女の所にまだたどり着かないのか?」
勇一の問いかけに、すぐさまタツタの冷静な答えが返ってくる。
「目標は、左前方30mの所です」
左前方?
道は細く、左側は崖だ。
「おい、タッタ。左前方って、左側には崖しかない……あっ!?」
マイクに向かって話しかけている途中で、勇一は気が付いた。
左前方の、崖の下。
数十メートル下、やや前方に、確かに銀髪の少女がいる。
その手に猫を抱え、崖の下の道を駆けていた。
そして、そのすぐ後ろまで、大量の死霊の集団が追い縋っている。
少女は、その死霊の黒い津波から、必死に逃げている
だが、今にも死霊達に追いつかれ、波に呑まれ、押しつぶされ、陵辱されてしまいそうだ。
あまり、躊躇している時間はない。
左側の崖は、確かに切り立ってはいるが、完全な垂直でない。
僅かではあるが、角度がある。
集団の先頭少女に迫る。
その死霊の腐った手が、彼女の銀の髪にわずかに触れるのが見えた、その瞬間。
勇一は、電動バイクをハンドルを左に切った。
「うおぉぉおおおおおおお!!」
勇一が吼える。
少女に向かって、崖を斜め下へ突っ切るように、電動バイクが疾走させる。
崖の下の道を、猫を抱え必死に駆ける少女。
息を切らし、短い足で石畳の地面を蹴り、必死に逃げている。
その後ろから黒い津波と化した大量の死霊が襲いかかる。
ぐぅうぉぉおおおおおおおおあ ぐわえええ うぉおおおおおおおおおぉおおおおお うがぁああああ ぐぐぐぐううぅううぎぃあああああぁあ うぉおおおおぉおおん ぢぃあああああぐぎぃいいいぎいいいいい うぁあああああぁぁあぁああああうぉおおおおあ ぐわぁあああああ
うめき声をあげながら、少女にのし掛かるかのように追いすがる死霊達。
崖の壁の斜め上から、電動バイクが駆け降りてきて、死霊の津波を、頭の上から追い越す。
少女と、死霊の間に滑り込むように、崖から降り立った。
勇一が、少女に向かって右手を伸ばし、叫ぶ。
「こっちへ、来い!」
銀髪の少女は猫を抱えたまま、勇一に胸に飛び込んだ。
受け止める、その動きのせいで、僅かだが電動バイクの速度が落ちてしまう。後ろの死霊達に追いつかれそうになる。何十本という死霊の手が、勇一に掴みかかろうとせまってきた。腐って折れ曲がった指先が、勇一の魔法のローブの端に触れそうになる。
紅蓮の炎が、宙を舞った。
掴みかかろうとする死霊の群れに、リィが炎を浴びせかける。
寸でのところで、先頭にいた死霊の多くが炎上する。燃える身をねじり、苦しみの絶叫を上げ崩れ落ちていく。だが、それでも、後ろにいた死霊達が、すぐさま燃える死霊を押しつぶし、勇一達に迫ろうとする。
勇一が、再びアクセルを全開にする。
キュイイィィィンと、 モーターが高い音を上げた。
後輪が石畳を蹴り煙をあげ、一瞬だけ前輪を持ち上げた後、前方に向けて爆発的に加速していく。
電動バイクが死霊達を振り切り、月明かりの街へと走り抜けていった。




