03 門
森を少し歩くと、けっこうすぐに街道に出た。
街道は土がむき出しで舗装されてはいないものの、歩く分には問題ない。
また、街道沿いは定期的に魔物狩りを行う為、襲われる危険も殆ど無いらしい。
最近色々あったせいで若干コミュ障ぎみになっていて、人とまともに話すのも久しぶりの勇一だ。
だが、質問さえすれば、ディケーネが少々口調はぶっきらぼうだが、それでも親切に色々と教えてくれる為、さほど会話に困ることもない。
「ここってどこなんですか?」
「ここは、ダーヴァの街の東にある"静かの森"だな」
「いや、うん、なんていうか、もうちょっと大きなスケールで教えてくれるかな。
どこの国とか大陸とか、この世界の名前もあったら教えてくださいませんか?」
「国? ここはダ・ルシア大陸の端にあるアルフォニア王国だ。
世界の名前と言うのは何のことかよくわからんな。世界は世界だろう。」
『世界は世界だろう』
うん、確かにそうだな。ある意味、深い言葉だよな。
とにかく、やはり、ここは元の世界ではない、完全な別世界であるらしい。
「そういえば、ディケーネさんって年齢はおいくつなんですか?」
「私は、今年で十七だ」
「え?!おなじ年ですか?!」
落ち着いていて、大人びているので、てっきり年上だと思っていた。
だが、高校二年生で十七歳の、勇一と同じ年だ。
「ほう、ユーイチは、同じ年齢だったのか」
むこうも若干、意外そうだ。
うん、これは、やはり、たぶん、まあ、年下に見られていたのだろう。
「そうか、同じ年か。それなら、なおさらなんだが、さっきから妙な畏まった口調で話しかけてきているが、そんな気を使う必要ないぞ。もっと普通に話してくれ」
「じゃあ、遠慮なく。ざっくばらんに話させてもらうことにするよ」
その後も、世界の成り立ちや、世界情勢、魔法についてや、ダンジョンについてなどについても説明をしてもらう。
特に魔法については興味があったが、残念ながら、ディケーネは魔法が使えないし、詳しくも無いとの事だった。
それでも、"魔法"が存在するだけでテンションが上がる。
話の内容は興味深く、しかも講師役は、金髪の美女だ。
人生でこれほど真剣に人の話を聞いたことは、無いというくらい真面目に聞いた。
学校の授業もこれくらい、真面目にきけばかなり優秀な成績を収められただろうと思うくらいだ。
だが……、それも四時間を過ぎたあたりから、苦痛になってきた。
「し、死ぬ…… 本気で 死ねる」
"すぐ近くの街"と、確かディケーネは、そう言ったはずだ。
部活をやっていた頃は毎日走りこんでいたし、これくらい平気だったかもしれない。
訳あって部活動を止めてから約半年間、基本的には登下校以外は体を動かしていない。
休日は休日で、部屋にこもってゲームばかりやっている。
最近は体重も5kg程増えていたし、完全に運動不足で、体は鈍りきっていた。
その状態で、いきなり四時間の徒歩はかなりきつい。
話しをしてくれる彼女の言葉が、昔流行ったギャグのように右から左へとながれていく。
勇一の口数はへり、質問そのものが減っていく。
疲れていた。
ただ、純粋に勇一は疲れていた。
異世界に来たからと言って体力や、特殊な対術を得ることもないらしい。
途中で、少し試してみたが特別走るのが速くなった訳でも、高くジャンプできる訳でもない。
体力も、前の世界と一緒だ。
普通に歩いているだけで疲れる。
「体力そのまま、ステータス変更とか無し! 魔法も使えなきゃ、ボーナスポイントとかも無いのかよ!
せめて特殊能力のひとつくらい選ばせてくれよ!」
思わず、見えない何かに向かって、突っ込みを入れてしまった。
もちろん、どこからか天の声が返事してくれることもない。
横から、またもディケーネに『何を言ってるんだ、お前は』的な冷たい目で見られてしまっただけだった。
更に二時間歩き、日もやや傾きかける頃に、やっとその街は見えてきた。
「やっと着いたか……」
ダーヴァの街は、周囲を壁にかこまれた典型的な城砦都市だった。
かなり大きい。
だがディケーネの話では、この付近では一番大きな街であるものの、アルフォニア王国内ではよくある城砦都市のひとつでしかないと言う。
ここから北の山脈を越えた所に大きな湖があり、その湖のほとりにアルフォニア王国の首都"ラーニア"がある。
その首都"ラーニア"はダーヴァの街の10倍程の規模があるとの事だ。
門の入り口にはそろいの胸当てをつけた衛兵らしき者達が数人立っていた。
その衛兵達が、街に入ろうとするものを二つの列に並ばせている。
一つの列は徒歩で歩く者が、もう一つの列は多くの馬や馬車が、並ばされていた。
半日かけてやっとたどり着いたダーヴァの街だったが、どうやらすぐには入ることが出来ないようだ。
ディケーネは、当然のごとく徒歩で歩く者達が列に並び、勇一がその後ろに並ぶ。
「街に入るときになにかチェックとかされるのか?」
「ダーヴァの街は入る時は、馬の背の荷物や馬車に乗っている荷物には税金がかかる。だが、人が持って歩ける分の荷物には税金が掛からない。だから、チェックと言っても、犯罪者がいないか顔を確認するくらいだ。すぐに入れる。
あ、ユーイチ、お前、犯罪とか、何か問題をおこして人相書きが回されたりしてないだろうな?」
「無い無い。犯罪なんて犯してないし、人相書きも回されていない」
あわてて、否定する。
「じゃあ、大丈夫だろう。両腕の服を肘までめくっておけ。
それが『武器をかくしていません。犯罪していません。』と言う意思表示になる」
言われるままに両腕の服を肘までめくっておく。
優一の後ろにも、後から来た人が次々と並んでくる。農民や、商人、旅人、リュートらしき楽器をもった吟遊詩人っぽい人もいる。
その中に、やたらでかい荷物をフラフラしながら担いでいる男達の集団がいた。
ある理由から、思わずその人物を勇一は凝視してしまう。
「あの首輪を付けている人たちって、ひょっとしてひょっとすると、奴隷だったりするのか?」
「ああ、そうだ。大きな商隊だと、荷物運びや護衛の一部が奴隷なのは良くあることだ」
あっさりと肯定された。
「奴隷か。こーゆー異世界だと、やっぱり奴隷っているもんなんだな」
「ふむ、お前の地元では奴隷はいなかったのか? こっちでは炭鉱労働者や、召使いの多くは奴隷だぞ。
私は一人だし金も無いので連れていないが、冒険者のパーティーでは、荷物持ちとして奴隷を連れていることは、珍しくもない。
普通のダンジョンで、こんな風に(彼女は自分が背負っている荷物を指差した)荷物を背負っていたら、魔物と戦うのに邪魔でしかたないからな。安い肉体労働用の奴隷なら金貨三十~四十枚くらいで買えるから、パーティーの皆でお金をだしあって買うんだ。
それ以外にも、冒険者のパーティーで、戦闘用奴隷を使うこともあるしな」
冒険者のパーティーにも奴隷を使うのか。
どうやら、勇一が予想する以上に、この世界では奴隷という存在は、一般的なモノらしい。
そんな話をしている間に、勇一たちがチェックされる番になった。
「よう、ディケーネ。調子はどうだい」
「いつもどうりだ。良くも悪くも無い」
白くなりかけた顎鬚を生やした初老の衛兵と、いかにも顔見知りという感じの軽い会話を交わしてからディケーネは、さっさと門の中へ入っていく。
それに続いて門に入ろうとしたが、なぜか勇一だけ止められた。
「お前さん、始めてみる顔だな。名前は?」
「えっと、勇一・五百旗頭です」
「変な名前だな」
衛兵は"うーん"などと唸り顎鬚をなでながら、勇一の顔や体を、上から下まで何度もジロジロと見てくる。
手にもっている何枚もの人相書きとも、かわるがわる見比べる。
なんだか、かなり不穏な雰囲気だ。
別に悪いことをした覚えはない。
じつは勇一は、異世界から来た、ある意味では"超不審者"なのだが、そんな事は解らないはずだ。
大丈夫。別に俺は何もしていないし、不審者でもない。
自分に言い聞かせるが、それでも、緊張してきて心臓がドキドキと大きくいやな鼓動を響かせる。
「お前さん、怪しい格好をしとるが何者なんだ? どこから、なにしに来た?」
そういえば、見た目からして"超不審者"だった!
内心、自分のアホさ加減に突っ込みたくなるが、それどころではない。
何て言って説明すればいいのか、勇一自身も解っていないのだから、答えるのに躊躇してしまう。
そんな勇一を見て、初老の衛兵は後ろに立っていた若い衛兵を呼び寄せて、なにやら相談まで始める。
まずい。なんか、完全に怪しまれている。
心臓が、震えるほどのビートを刻む。
そこへ、勇一がなかなか来ないのに気づいたディケーネが、門の中から引き返してきた。
「彼は、私の連れだ。悪いが通してやってくれ」
「ディケーネの関係者か……」
なぜか、初老の衛兵と若い衛兵は顔を見合わせて、微妙な表情を浮かべている。
「もういい、さっさと行け」
いかにも面倒ごとにまきこまれるのを嫌がる感じで、追い払われた。
若干、心の中にひっかかる物があったものの、なんとか無事にダーヴァの街に入ることが出来たのだった。