37 侵入
上り坂になっている表通りを、なおも丘の上にある館を目指して進んでいく。
少し進むと、小さな広場のような所にでた。
真ん中に噴水の小さな広場からは、四方に道が伸びている。
その広場にまた二十体程の死霊の集団が道を塞いでいるが、先頭にいる『紫檀の風』が、物ともせずに蹴散らしていく。
横にある建物と建物の隙間のような狭い路地から、湧き出るように三体の死霊が現れて、装甲指揮車にも襲い掛かってきた。
ハッチから半身を出した勇一が、落ち着いてレーザー小銃で狙いを定める。
一体の死霊は胸を。
一体の死霊は右足を。
そして最後の一体の死霊は頭を、それぞれに狙いを付けて十字を刻む。
胸を撃たれた死霊は十字型の穴を胸に開けたままで、右足を撃たれた死霊は右足がもげても地面を這いずって、こちらに向かい続けてくる。
頭を打たれた死霊のみは、そのまま動かなくなっていた。
やっぱり、頭を打ちぬかないと倒しきれないのか。
俺の知ってる死霊と基本は一緒だな。
後は、"ゾンビに噛まれるとゾンビになってしまうのか?"も、本当は検証したいけど、さすがにそれは無理だよなぁ。
とりあえず、検証し終わった勇一は、動き続けている二体の死霊の頭を打ち抜き、トドメを刺した。
前も見ると、広場の死霊もすでに『紫檀の風』のメンバーによって全滅している。
だが、なぜか、戦い終わった『紫檀の風』のメンバーが全員、勇一を見ている。
いや、『紫檀の風』のメンバーだけでなく、『水と炎の旅団』のメンバーも全員が、驚愕の眼で勇一を見ている。
なんだろう?
なんで、みんながコッチを見てるんだ?
俺が、なんかやっちまったか。
戦闘に殆ど参加していなかった、魅惑の魔法使いアマウリが、こちらに寄ってきた。
「素晴らしい! それが噂に聞いていた、竜を倒した光の魔法ですね!」
どうやら、皆は勇一が撃ったレーザーに驚いていたようだ。
勇一がグルキュフの攻撃を始めてみて驚いたのと同様に、周りの皆も勇一の攻撃を始めてみて驚いたのだ。『水と炎の旅団』のメンバーも、話には勇一のレーザーを聞いてはいたが、実際に見るのは始めてだ。
近づいてきたアマウリの、切れ長で色っぽい瞳には"好奇心"を満ち溢れている。
「ふーむ。私の知っている光魔法とは違う、なんとも変わった魔法ですなあ」
「カワッタ マホウ」「ヘンナ マホウ」
『水と炎の旅団』のメンバーの小太りの魔法使いティブラと、仮面をつけた二人リィとルゥも寄ってきた。
こっちも、興味深々といった感じだ。
「魔法具に充填している魔法を、なんらかの方法で射出してるようですね」
「ふーむ、威力も申し分なく、呪文の詠唱もまったく無くて、実戦では非常に使いやすそうさ魔法ですなあ」
「ツカイ ヤスイ」「イイ マホウ」
集まってきた魔法使い系だと思われる人たちが、そこで談義を始める。
どうやら、勇一の攻撃を完全に魔法だと思っているらしい。
それどころか、勇一のことを仲間、ようするに魔法使いだと思っているようだ。
ちなみに、この勘違いは、何も彼らだけではない。
ダーヴァの街の人々も、実はほぼ全員が、勇一のことを"魔法使い"だと思っている。
なにせ見た目からして、黒いローブを着て魔法使いそのものだ。
最初こそ槍を持ち歩いていたが、最近はレーザー小銃を肩にかけて、腰にレーザー拳銃を携帯しているだけで、物理系の武器は持ち歩かなくなっている。
そして、後ろに女剣士を二人、護衛のごとく従えて歩く姿は、どこからどう見ても"魔法使い"だった。
これで、勘違いするなと言うほうが無理である。
勇一本人は、まったく魔法は使えないどころか、よく解ってすらいないのだが。
「何をごちゃごちゃと話しておる! ここをどこだと思ってるんだ?! 戦地だぞ、敵地のど真ん中だぞ!
女どもの洗濯場みたいな、井戸端会議する場所ではないぞ!」
アドリアーンが、談義に夢中になりだした魔法使い達を一括する。
集まっていた魔法使い達は、怒鳴れても別に慌てる様子もなく、『仕方ないなあ』といった感じで、元の隊列にもどっていく。
色々とレーザー小銃について質問を受けていた勇一は救われた気分だ。
「まったく魔法使いどもは、これだから……。まあ、いい。いくぞ!」
改めて、丘の上にある館を目指して、前進する。
その後も、散漫に死霊の攻撃を受けたが、全てを難なく撃退していった。
不意に眼の前が開けた。狭い道が広場へと繋がっている。
「止まれ」
アドリアーンの指示で、広場にでる手前の狭い道で集団が止まる。
広場の向こう側、正面にはいかつい鉄の門が行く手をふさいでいる。
敵の大群の進行を塞ぐ為に作られたであろう鉄門は、錆付いているものの非常に強大で、破城槌など専用の攻城兵器でもなければ、とても壊せそうに無い。
その鉄門の左右には、ずっと向こうまで高い壁が続いている。丘の頭頂部の周りをぐるりと取り囲んでいる壁だ。
どうやら、目的地である大魔法使い『グリン・グラン』の館に到着したようだ。
周りには警備らしき者はまるでいない。
シンと静まりかえった広場と、その向こうにある厳つい鉄の門が、異様な空気を醸し出している。
「とりあえず正面には敵はいないようだな。では、ここで改めて侵入の準備をする」
全員が馬を降りて準備を始める。
馬はこの場で『紫檀の風』について来ていた荷物持ちの奴隷二人が、待機しつつ守るとの事だった。
それぞれが荷物を降ろし、武器や回復薬などの荷物の最終確認を行う。
勇一達も、準備を始めた。
装甲指揮車と電動バギーはここに置いていくことになる。
三人ともレーザー小銃やレーザー拳銃のバッテリーを確認する。
予備バッテリーも、多めに持っていくことにした。
「アマウリ、探れ」
アドリアーンの指示されて、魅惑の魔法使いアマウリが小声で魔法を詠唱する。
小さな光が、アマウリの両手の間に浮かびあがる。
少し時間がたつと、何もないまま、その光が消えていった。
「解りました。壁の中には、三つの建物が建っています。
その一番奥にある建物から、非常に強い魔法反応を感じます。そこに、"最強、最悪、最古"の魔法使いがいると思って間違いないでしょうね。
エイシャ様に関しては、残念ですが、発見することまではできませんでした」
「ふむ。エイシャ様が、どこにいるか解らんか」
アマウリの答えに、アドリアーンが、すこしだけ顔をしかめる。
「私の探索魔法でも、同じ探索結果になりましたなあ」
『水と炎の旅団』の小太り魔法使いティブラが、横からにこやかに言った。
その言葉を聞いて、さらにアドリアーンが顔をしかめる。
それから、なぜかチラリと勇一の方をみた。
「おい、ユーイチとやら。
お前は探索系の魔法は使えないのか? あの館の様子は解らんのか?」
俺は魔法使いじゃねーよ!
と、突っ込みを入れたい気分だが、黙っておく。
かわりに、タツタに質問する。
「おいタッタ。あの館の中がどうなっているか、解るか?」
「はい、"コの字"の形に三つの建物が建っています。
手前右の建物をA 手前左の建物をB 一番奥の建物をCと仮定します。
Aの建物には、人の反応はありません。
Bの建物の地下部分に、人の反応が3。
Cの建物の中に、人の反応が9有ります」
タツタの話す日本語は、周りの皆には解らないので、勇一が改めて説明を行った。
「手前右の建物は空。手前左の建物の地下に3人。奥の建物に10人程の人がいる。
やっぱりエイシャ様がどこに居るのかは、解らないな。
魔法使い『グリン・グラン』がどこにいるのかも俺達には解らない」
その答えに、『やっぱりエイシャ様の居場所は解らんか』とアドリアーンは渋い顔をする。
それとは別にアマウリと、ティブラは勇一の答えの内容に興味深々だった。
「なかなか個性的な『使い魔』ですね。そのうえ探索魔法の種類まで違うみたいです」
「ふうむ、人の数と居場所がそこまで正確に解るとは、なかなか興味深いですなあ」
また、魔法談義を始めそうな勢いのアマウリとティブラ。
その二人をアドリアーンがジロリと睨みを効かせて黙らせる。
アドリアーンは、顎に手を当てて、思案する。
ユーイチが言うには、手前左の建物の地下に3人程、居るらしい。
そこは多分、地下牢だろう。じゃあ、エイシャ様は、その地下牢にいるのか?
いや、それだと見張りが2人しかいないことになる。
それに大事な人質だ。わざわざ離れた地下牢に入れるより、身近な部屋にでも監禁している方が確立は高いだろう。
だが、可能性が低いとはいえ地下牢を無視する訳にもいかない。
チラリと、改めて『水と炎の旅団』のリーダー、グルキュフの顔と『名無き者』のリーダー、ユーイチの顔をみる。
グルキュフ。こいつは、昔から知っているが、非常に油断ならん男だ。
それに、ユーイチ。こいつも先ほどの光の魔法を見る限り、なかなか侮れんかも知れぬ。
さて、どうしたものか。
実は、アドリアーンには、依頼の目的である”エイシャ様奪還”とは別の思惑があった。
彼は、どうしても大魔法使い『グリン・グラン』の首を、自分の手で取りたいのだ。
もちろん名誉欲もあるが、それよりも、ごくごく単純な"強い者を打ち倒したい"という欲求が強かった。
子供の我侭の様な欲求だったが、アドリアーンにとっては、それは”生きる指針”と言っても過言ではないほどに重要な物だった。
「よし。こうしよう。
左の建物の地下は、地下牢だろう。ユーイチ、お前達『名無き者』は、そこを探れ。
奥の建物には、大魔法使い『グリン・グラン』がいると思われる。そこには左側から『水と炎の旅団』が、右側から我ら『紫檀の風』が潜入する」
「異存はありません。それで、いいかと思われます」
そう答えたのはグルキュフだ。
勇一にも、別に異存はない。承諾の意を示すために、黙ったまま頷く。
他の皆も、依存は無いようだ。
「では行くぞ」
アドリアーンの指示の元、三つのパーティーが行動を開始する。
正面の鉄門はとても開きそうになく、ここから入るのは無理であろう。
だが、館を囲む壁は、あちらこちらが崩れかけている。少しよじ登っていけば、侵入する分にはさほど問題なさそうだった。
壁を越える前に勇一が、一度振り返った。
「タッタ。留守番頼むぞ」
「はい。装甲指揮車と電動バギーの管理はお任せください。お気をつけて」
三つのパーティーは壁を越えて、大魔法使い『グリン・グラン』の館へと、足を踏み入れていく。
その先に、いったい何が待ち受けているかも知らぬままに、侵入していった。
バニアの街の中の話は、いわゆる状況の『説明回』で
なかなか盛り上がりそうで盛り上がらず、お待たせしてしまいました。
次回から、やっと盛り上がってゆく予定です。




