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36 渦

「皆、見よ。あれが、グリン・グランの館がある、死の街バニアだ」


 アドリアーンが指さす先には、大きな丘が見えた。

 丘の周りをすべてぐるりと高い壁で覆われていて、その丘全体が一つの城砦都市となっている。

 元は街全体が強固な要塞となっていたのだろう。だが、今は周りを取り囲む壁のあちこちが崩れてしまっていてる。

 遠目からでも、崩れた箇所から、中の街が見えてしまっている状態だ。


 だが、そろそろ日が落ちようとしているのに、見えているその街にはまったく火の光が見えない。

 明かりのついてない真っ暗な街、死の街バニア。

 その死の街の中心にある丘の頭頂部に、改めて別の壁に囲まれた館が立っている。

 その館こそが、有名な大魔法使い『グリン・グラン』の館だった。



「元はこのバニアと言う名の街は、王国の前線基地として、国防の要になっていた時代もあったらしい。

 だが、百年程前から丘の上の館に『グリン・グラン』が住み着き、それと共に廃墟の街(ゴーストタウン)と化してしまったと言われている。

 我々が、エイシャ様を助ける為に丘の上の館にたどり着くには、まずは、あの死の街バニアを通り抜ける必要がある。

 皆、ここからは、気を引き締めていくぞ!」

 

 ちなみに、此処までの旅路の途中で、敵の襲撃は無かった。


 装甲指揮車(クーガースリー)のレーダー等を使って追跡者などにも注意を払ってはいたのだが結局、途中で邪魔はまったく入らなかった。


 勇一の知らぬ事だが――、

 敵はもちろん、ダーヴァの街からエイシャ様奪還の為に冒険者の一団が旅立った事など、気付いている。だが両姫様を襲撃した際に、手持ちの戦力を勇一のせいでほぼ全滅してしまった為、敵も手駒が不足している。

 そして「どうせ、たどり着いたとしても、大魔法使い『グリン・グラン』の前に皆殺しにされるだけだ」と放置されていたのだった。


 ――――――


 夜空に浮かぶ満月の月明かりだけが差す、死の街バニア。

 崩れかけた表門を抜け、完全に廃墟の街(ゴーストタウン)と化している街の中を、三つのパーティーが進む。


 しっかりとした石畳の道は、中心の丘へ向かってゆるい登り坂になっている。

 外から見たときは城壁や建物のせいでわからなかったが、この街全体が中心の丘の頂上へむけた斜面の上に建っているようだ。

 石造りのダーヴァの街に比べて、石と泥をまぜて作られた建物が非常に密集して建っていて、道幅もとても狭い。表通りでも、装甲指揮車(クーガースリー)がやっと通れるくらいの道幅しかない。

 しかも、その表通りはグネグネと曲がりくねりながら、中心へと向かってゆるやかにと登っていく上り坂になっている。

 もし、向かいから行商人の馬車でも来ようものなら、すれ違う事もできないだろう。

 だがもちろん、行商人の馬車など一台も現れないので、問題はない。


 表通り以外の横道などは、更に道幅がせまく左右に建物の壁がせまり、人が一人やっと通れる位の幅しかない。

 そんな細い道が、複雑に絡み合う蜘蛛の巣のように、街中に張り巡らされていた。


「まるで、迷路の中にいるみたいだな」

「もともと、このバニアの街はここら一帯の重要戦略拠点だったからな。

 敵の兵隊が大量に攻め込んで来てもいいように、わざとこんな複雑な作りになっていたんだろう」


「ああ、なるほどね」


 ディケーネが教えてくれた街の成り立ちに勇一は納得する。

 元の世界にも、そんな作りの街はいくつかあった。


 不意に、視界の角で、誰もいないはずの街の中に何かが動いた。

 ん? 

 今、何か動かなかったか?


「おい、タッタ。周りに何か反応はないか?」

齧歯類(げっしるい)だと思われ反応が多数と、猫科と思われる哺乳類の反応が一つ有ります。

 人と思われる反応は、周辺にはとくにありません」


 齧歯類(げっしるい)て、要するに鼠のことだよな。

 沢山の鼠と、野良猫が一匹いるだけってことか。

 じゃあ、さっきの動いた気がしたのは鼠かな。


 うーん。

 それにしても、沢山の鼠と野良猫が一匹いるだけって、本当に廃墟の街(ゴーストタウン)っぽいな。

 町並みにだけ見てると、元の世界だったら世界遺産にでも、登録されそうな綺麗な街なのに。


 月明かりに照らされる、周辺の街の建物を見る。

 また、視界の角で何かが動いた。

 今、動いたのって、かなり大きかった気がするけど……

 こっちの世界の鼠は、でかいのか?


 空に浮かぶ月に、雲がかかる。

 いままで月明かりで明るかった街の中が、急激に暗くなる。

 建物のシルエットすら、判別しづらくなるほどに暗い。


 ディケーネが、急にハッチを開けて上半身を乗り出した。

 暗い闇の中、前方に眼を向ける。

 装甲指揮車(クーガースリー)の前には、馬にのった『紫檀(したん)の風』『水と炎の旅団』がいる。

 更に、その前方に視線を向ける。


「敵が、待ち伏せしているな」


「え? 敵? おい、タッタ、周囲はどうなってるんだ?」

「前方に、生命反応、熱反応(サーモスタッド)反応、共にありません」


 どういう事だ?

 タッタが間違うとは思えんぞ。

 って、ことは、ディケーネの気のせいか?

 勇一も、ハッチから上半身を乗り出して、前方を見てみる。

 月に雲が掛かってしまっているせいで、真っ暗だ。その暗闇に眼をこらす。

 

 ん?! んんん!?

 確かに、いる! 敵がいるぞ!?


 『紫檀(したん)の風』『水と炎の旅団』の更に前方。

 道を塞ぐかのように立つ、黒い人影(シルエット)が見える。

 それも、一人や二人じゃない。

 何十人という、黒い人影(シルエット)


 その時、月に掛かっていた雲がとれた。

 地上へと降り注ぐ月光が、黒い人影(シルエット)の正体を照らしだす。


 目玉は落ち、千切れかけた腕をぶら提げている。

 全身の肉は腐り落ち、ぼろ布となった衣服を纏わりつかせている者達。


 それは大量の死霊(ゾンビ)だった。


 大魔法使い『グリン・グラン』。この地域において、最強、最悪、最古の魔法使い。

 魔法に詳しい者達の間に囁かれる 其の者の二つ名は……


 『死霊の支配者(ゾンビルーラー)グリン・グラン』だった。



「前方に、大量の死霊(ゾンビ)が現れたようだな」

 ディケーネが冷静に、前方の様子をさぐる。


 死霊(ゾンビ)か。

 たしかに死霊(ゾンビ)なら、タッタのレーダーだと反応しないかも知れないな。

 そしてゾンビと言うと、俺には、非常に気になることが、一つある。

 

 俺の知ってる、ゾンビって大きく分けて二種類あるんだよな。

 それは、『走るゾンビ』と『走らないゾンビ』

 個人的には、ゾンビ映画ならロメロ的古典"走らないゾンビ"が好きだけど……

 前方にいるアレは、どっちだろう?


「でたな! 魂を見失ない肉体だけで現世を彷徨う死霊どもめ! 

 この『紫檀(したん)の風』リーダー、アドリアーン様が、あの世へ送り届けてくれるわ!」


 集団の先頭にいたアドリアーンが、わざわざ大声で宣言している。

 道を塞いでいた、死霊(ゾンビ)が、その大声に反応する。

 死霊(ゾンビ)達が、一斉にこちらに向けて、走り出した(・・・・・)


 『走るゾンビ』のほうか!

 走らないほうが、対処も楽そうなのにな。

 勇一が、そんなくだらない事を考えいる間に、先頭の『紫檀(したん)の風』のメンバー達と、死霊(ゾンビ)の大群との距離が一気に狭まる。


 ハアアアア! 気合の入った怒号と共に、アドリアーンが両腕でもった大剣を横に薙ぐ。

 馬に乗ったままの足場の悪い状態から繰り出された一撃でありながら、数人の死霊が吹き飛ぶように破壊された。

 ハアアアア! 更に、返す一撃で、さらに数体の死霊を破壊する。


 おお、強い。

 見ていた勇一が、感嘆してしまう程の強さだった。

 あのアドリアーンって、偉そうにしてるけど、本当に強いな。


 強いのは、アドリアーンだけでは無い。

 碧眼のムトゥーはやはり馬にのった不安定な状態のまま、星球式鎚矛(モーニングスター)を振り回し、死霊を倒していく。

 狼のような亜人のライは曲刀を、少年のような見た目のルッカは両手にもった二本の短剣を、それぞれ巧みに操って次々と死霊を倒していく。

 単純に一人一人が強いだけではない。

 全員が連動して、大量にいる死霊を確実に洩れなく屠っていく。


 さすがだなあ。

 青い宝石付札(サファイアプレート)のパーティーってのは伊達じゃないらしい。

 勇一が、他の一流と言われる冒険者達の戦い方を、しっかりと見るのは、これが始めてだ。

 その流れるような動きに、見とれてしまう。


 ちなみに、魅惑の魔法使いアマウリだけ、手持ち無沙汰にしていた。

 魔法使いの出る幕は、今の所無いらしい。

 実際、勇一も後方からレーザー小銃(ゴーク)で援護射撃しようかとも考えていたが、まったく必要なさそうだ。

 『水と炎の旅団』のメンバー達も、道が狭い事もあり無理に前進して戦闘に参加したりせずに、見守っている。


 不意に、横の狭い路地から数体の死霊が飛びだしてきた。

 『水と炎の旅団』に、襲い掛かる。

 グルキュフが腰のレイピアを華麗に抜き、優雅に構えをとった。


 レイピア?

 グルキュフのその武器をみて勇一は、眉をひそめる。

 そのレイピアは、フェンシングで使うフルーレのように非常に細くい。

 敵を突いても"点"でしか、敵にダメージを与える事ができなさそうだ。

 この異世界で魔物と対峙するには、あまりに頼り無さそうな武器に見える。


 あんな武器で、どうやって魔物を倒すんだ?

 やっぱりグルキュフって口だけの奴だったんか?

 そんな事を考えていると一人の死霊がグルキュフに、襲い掛かっていった。


 グルキュフのレイピアが、死霊を突く。


「?!?! なんだ!?」

 思わず声に出して、叫んでしまう程の驚愕。

 渦を巻いて(・・・・・)死霊が四散する。

 バラバラと肉塊が地面へと散らばる。

 それを見ていたにも関わらず、勇一には、それがどんな攻撃で、いったい何があったのか、すぐには理解できなかった。


 別の死霊が、またグルキュフに襲い掛かる。

 勇一は、目を見開いて集中する。


 グルキュフのレイピアが、死霊(ゾンビ)を突いた。


 それは、一瞬の出来事だった。


 細いレイピアが、死霊(ゾンビ)の胸に突き刺さる。

 突き刺さった点を中心に、胸の辺りの皮膚が、()を巻み始める。

 その渦が、周りの衣服や皮膚を巻き込んでどんどん大きくなっていく。

 更に大きくなった渦が、周りの肉をグルグルと巻き込む。

 死霊の手や足を頭が、渦に巻き込まれていく。

 バキバキと背骨や体中の骨を砕き、内臓を掻き乱しぶちまけながら、渦に巻き込まれていく。

 とうとう死霊は、レイピアに疲れた点を中心に渦だけの存在(・・・・・・)になり、そして最後に弾け飛んだ。

 

「な……なんなんだ? あれは?」

 思わず、もう一度、声に出して呟いてしまう。

 単純な強さなら、『紫檀(したん)の風』の方が強いかもしれない。

 でも、そんな事がどうでもよくなるほどの戦慄が、身体を走り抜ける。

 驚愕する勇一に、横からディケーネが教えてくれた。


「あれが、グルキュフの得意技だ。

 魔法剣士である奴自身の魔法と、特殊な魔法具を組み合わせた、彼だけの固有(オリジナル)の攻撃だ。大きな魔物相手だと、体の一部を抉って終わってしまう事もあるが、人型生物との対戦では無類の強さを誇る。あの技のお蔭で、奴はダーヴァの冒険者達の頂点に立ったんだ。

そして、奴についた、二つ名は……」


 ディケーネは苦々しそうに唇を歪めて言う。


「"大渦(メイルストロム)”のグルキュフだ」


 いつの間にか死霊は全滅していた。

 レイピアを腰にしまったグルキュフが、勇一の視線に気付いたようだ。

 二人の視線が合う。


 『ふん』と鼻を鳴らすだけで、視線を無視するように、前を向いてしまう。


 勇一は今までどこか、ライトドラゴンと戦わずに撤退したグルキュフの事を"口だけの男だろう"と、侮っていた所があった。

 だが、それが大きな思い違いだったと思い知らされる。


 あれが、グルキュフの実力。

 "大渦(メイルストロム)”のグルキュフ

 ダーヴァの街を代表する、星付きパーティー『水と炎の旅団』のリーダー


  グルキュフ・ヨーグ・ラーティン。


 勇一は、彼が、怖いと感じていた。


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