35 気候
「な、なんだ、これは?!」
集合場所で、アドリアーンが、勇一達の装甲指揮車を見て驚きの声を上げている。
『なんだこれは?!』と聞かれても、勇一としても何と説明していいのか、困る。
「ええっと、俺達の乗り物です」
全然答えになっていない答えで、お茶をにごす。
集合地点としたのダーヴァの街の裏門を出て、少し街道からも離れた場所。
そこで、『紫檀の風』『水と炎の旅団』、そして『名無き者』が、集合していた。
馬に乗ったアドリアーンが近づいてきて、馬上からしげしげと装甲指揮車を見つめる。
「こ……、これは、すごいな。まるで"地上を走る鉄の箱舟"だな」
相変わらず、偉そうで、どこか皮肉っぽい口調なのだが、あまりに装甲指揮車に驚いている為なのか、まったく皮肉にはなっていない。
なにせ全長6.74m 全幅2.38m 全高1.85m 重量14.4tの鉄の塊である。
近づくと、見る者を圧倒する。
アドリアーンだけではなく、他のメンバーや、『水と炎の旅団』のメンバーも、同じような反応だ。
勇一達が、『馬なしの馬車』こと電動バギーに乗っている事は、多くの者が目撃して、街の噂になり、もうすでに皆が知ることとなっている。
だが、装甲指揮車は、殆ど森の中に隠していたので目撃者も少なく、あまりその存在を知られていなかった。
「ふん。こんな目立つ物を、これ見よがしに持ち出すとは。どうやら、この依頼の重要さを解っていないようだな」
そう嫌味を言ってきたのは、もちろんギュルキュフだ。
うーん。
確かに目立つよな。
電動バギーの時も目立ったけど、比較にならない程、目立つよな。
でも、装甲指揮車を持っていかない訳にいかないしなー。
勇一としては、目立つのはあまり嬉しくないのだが、装甲指揮車を出さざるを得ない事情がある。
今回の依頼の目的地である、姫がとらわれているグリングランの館がある死の街バニアまで、馬でも片道二日掛かると言うのだ。
電動バギーは、充電が必要だ。
二~三日ぐらいは平気なのだが、往路で二日、現地で一日、往復で考えると最低でも五日間の行程では、途中で充電が必須だ。
発電機能のついた装甲指揮車が、一緒に行かない訳にはいかない。
逆に装甲指揮車だけでも、いい気もするが、電動バギーを置いておく場所がないので、一緒に来ている。
電動バギーは、もちろんニエスが運転している。
あと、全然関係無いが、装甲指揮車を動かす時にもう一つ気になることがあった。
装甲指揮車の下に作られていた、 スリーポイントウサギの巣についてである。
やはり、動かすと巣が丸見えになってしまい、そのままにしておくのは、あまりに危険な感じだった。
その為、急遽装甲指揮車に掛けていたカモフラージュ用のネットをつかって、巣が隠れるようにしてきた。
「まあ、いい。とにかく時間がおしいから出発することにするぞ。
いいか、これから我らは、囚われの身であるエイシャ様をお助けするために、あの悪名高い大魔法つかいのすむ『グリン・グラン』の館へと乗り込む。
たとえ、どんな困難が待ち受けていようとも、決死の覚悟と勇気を持って、必ず成功させるのだ」
それから、アドリアーンは、手を空にかざす。
わざわざ、一拍おいてから、振り下ろす。
「出発!」
アドリアーンの芝居がかった掛け声と共に、一行が動きだした。
まずはアドリアーンを先頭に『紫檀の風』のメンバーが進む。
ちなみにメンバー五人、全員が馬に乗っている。
さらに荷物持ちだと思われる人物が二人も、同じく馬に乗り大きな荷物を乗せて後ろについていく。
その後を、ギュルキュフを先頭に『水と炎の旅団』のメンバーが進む。
彼らもメンバー六人、全員が馬に乗っている。
ただ、荷物持ちはおらず、それぞれ自分の馬に荷物も一緒に乗せている。
最後に、『名無き者』が続く。
ニエスが電動バギーを運転して、装甲指揮車の運転手には勇一、助手席にディケーネが座っている。もちろんタツタも居る。
総勢、十六名+ドローン一台の、レイドパーティーだ。
「全員、馬に乗っているのか。さすがに"星付き"だな」
助手席のディケーネがそうポツリと呟いた。
「馬に乗ってる事が、そんなにすごい事なのか?」
奴隷より、馬のほうが安いし、そんなに凄い事なのかな。
ちょっと不思議に思って勇一が聞いてみる。
「ああ、馬は冒険者にとっては、贅沢品だからな。
冒険者パーティーの多くが、ある程度お金に余裕が出来ると、荷物持ちの奴隷を買う。
もちろん奴隷一人と、馬一匹の値段をくらべれば、奴隷のほうが高い。
だが、奴隷なら一人を買えばパーティーの皆で活用できるのに対して、馬に乗る場合はパーティーの人数分の馬を買う必要があるので、逆に高くついてしまうんだ」
「なるほど。馬をメンバーの数だけ買うのは結構な出費かもな」
言われてみると、冒険ギルドでも馬に乗っている冒険者は、殆ど見た事がない。
荷馬車を馬に引かせたりするのは見たが、普通に馬に乗っていたのは、知っているかぎりでは、目の前の『水と炎の旅団』くらいだ。
「其の上、奴隷ならダンジョンや廃墟に入る際にも一緒に入れるが、馬は外に繋ぎとめておく必要がある。繋ぎとめられた馬が、主人のいぬ間に、魔物に襲われて食べられたりしてしまうことも多々あることだ。
細かいことをいえばキャンプする際や依頼の無い時の日常なども、奴隷には細々とした作業をさせることができるの対して、逆に馬は世話をする必要がある。
馬がいると確かに移動は速くなるし、楽になる。だが、今回のように、移動の速さが求められる依頼なんて稀だからな。
結果として冒険者にとって、馬は贅沢品になってしまうんだ」
なるほどねえ。
勇一は納得してしまう。
そんな話をしながら、馬に乗るパーティーの後ろについて、進み続けた。
――――――
人質のエイシャ様が捕まっている場所。
死の街バニアにある、有名な大魔法使い『グリン・グラン』の館
その危険な場所へと向かって、勇気と決意をもって旅立って、半日がすぎた。
暇だ。
暇でたまらん。
装甲指揮車の運転席で、勇一は、暇をもてあましていた。
道に沿って進むぐらいなら、タツタの自動運転で問題ない。
この状態だと、まったく、何もやる必要がない。
勇一は、なにげに窓の外の風景に目をやる。
「この辺って、どの当たりになるんだろう?」
「GPSが使用できない為、正確な位置は解りません。ですが、最初の基地より移動した方向、及び距離のログから換算することにより、大まかな位置は判明させる事は可能です」
実は勇一は別に誰に聞くともなしに、独り言として呟いただけだった。
だが、律儀にタツタが答えてくれた。
せっかく答えてくれたので、ついでに聞いてみる。
「前の世界、っていうのかな、とにかくタッタの中にある地図情報で、ここってどの辺りになるんだ?」
「ここは、矛ヶ崎から20キロ程南下した相撲湾の中になります」
「え? ここ、元は海の中なのか?」
「はい。地図情報では、元は海の中だった地点です。
地殻の変動により地形が変化した訳ではなく、海面が大きく低下しているために、今は地上になっていると思われます」
「どうりで、どこまでもダラダラと平地が続いていると思ったら、ここら辺、元は海の中かよ。
海面が低下してるのか。たしか元の世界では、地球温暖化で海面が上昇してたんだっけ。
じゃあ、逆に今は地球全体が寒くなってるってことなのかな」
「気候自体が、大きく変動してしまっている為に、その比較は無意味だと思われます」
「まあ、そうだよな。
たしか50万年くらい時間がたってるんだっけ? 完全に一回リセットされちゃってるだろうから比較する意味ないよなー。
実際に、こことか地理的には日本の筈なのに、気候も風土も、中世ヨーロッパっぽいしな」
「はい。この地域の現在の気候は温暖湿潤気候のままなのですが、湿度が低く、元の西ヨーロッパ地域の気候に、非常によく似た気候となっております」
「そうか、湿度が低いのか。
そういえば雨も少ない気がするな。そのせいなのか、元の日本って『安全と水はただ』って言うくらい水が豊富だった地域だったはずなのに、真水が足りてない感じがするんだよな。
前の世界であったはずのでっかい河が無くなってるし、水田とかも、まったく無いしな」
「はい。海面低下の影響で雨が減少し、大きな河川が無くなっていると思われます。
其の関係で真水が大量に必要な、水田を使った稲作が普及しなかったと推測できます」
「いや、それに気候だけじゃなくって、生き物とかも変わりすぎだよな。
なんか前に『100万年後の世界』って本とか、『マン・アフター・マン』とか、とんでもなく変な未来動物とかも見たことあるけどさ。
それでも、普通に考えたら、いくら50万年経ったからって、魔物がいたり、ドラゴンがいたり、ネコミミ少女がいる世界が出来るとは思えないよな。
いったい、この世界の進化論とかどうなってるんだ?」
「解りません。生物の進化に関しては、シェルター内からも観測できなかった為、まったく情報がありません」
まあ、そりゃそうなんだろうね。
解らない物はわからない。勇一は無理に追及するのをやめる。
もともと、それ程本気で進化論を追及したい訳でもない。
単なる暇つぶしの会話だ。
しかし、こんな暢気でいいのかね。
大魔法使い『グリン・グラン』の所へ、さらわれた公爵様の娘を助けに行くというのに、妙に暢気だ。
まあ、あんまり早くから気をはってても身体がもたないか。
あ、そう言えば。
ふと、勇一が思いつく。
今回、次期公爵の娘さんを助けるのが目的なんだよな。
前回に助けたお姫様達には、結局会うことも出来なかったけど、今回は救出するんだから間違いなく会えるよな。
しかも、あれだ、あれ。
捕らえられている窮地から助け出す訳だから、思わず、惚れられてしまうこともあるかもしれないよな。
聞くところによるとエイシャ様って、ふわふわした柔らかい金髪巻き毛の美少女らしいし。
よーし、今回こそ!
なんか、気合いはいってきたぞ!
勇一が一人、心の中だけで盛り上がったが、結局そのまま何事も無く、なんとも気が抜ける一日が終了したのだった。




