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34 不安

 明日の朝に集合する場所を確認した後、一度解散となった。

 それぞれのパーティーは明日の出発の準備を行う為に、自分達の住処へと帰っていく。


 勇一達三人も、宿屋へ一旦帰る事にした。

 だが帰り道、勇一は気持ちは晴れない。


 妙に嫌な予感がするし、正直不安だ。

 魔法と言うものが解らない。それだけでも、嫌な気分だ。

 できる事なら対策方法をググりたい。

 でも、もちろんこの世界にネットなど無い。ちなみに図書館なんかも無い。

 いや、正確には、図書館は貴族相手の物ならどこかに有るらしいのだが、勇一には使う事ができない。

 魔法について、調べる方法なんてないし、対策も思いつかない。

 非常に不安だ。


 まあ、一人で悩んでも仕方ないか。

 その不安をへんに隠さずに、正直にディケーネとニエスに相談した。

  

「魔法と言うものが解らないことが不安?私も魔法については詳しく知らないぞ。

 ユーイチが、魔法に対して不安になるのは解らんでもないが、心配しすぎじゃないか」


「私も魔法ってよくわかんないです。でも、なんとかなるんじゃないですか?」


 なんか二人とも、軽いな! 答えが。


 ダーヴァの街やその周辺には魔法学校も無く、多くの弟子を取るような魔法使いも居ない為、魔法使いの数が少ない。

 そして、魔法を使うような魔物も少ない。

 冒険者が"魔法を使う()と戦う"といった事態そのものがあまり無いのだ。


 その為、酷い話なのだが、ダーヴァの街やその周辺では『魔法使いなんて、呪文を唱えてる間に殴り殺せばいい』、そう思われているのだ。

 それが、この地方での"常識"だった。

 実際に殆どの魔法使いが、それで倒す事ができたのだ。

 ディケーネも、若干、その"常識"に捕らわれている節がある。


 この異世界には、テレビもネットも無い。

 遠くの出来事や、自分が見たこと無い物は、基本的に本を読むか、伝聞するしかない。

 相手の事が解らない。情報がない。それは当たり前の世界。

 敵の攻略サイトや情報を満載したウッキーペデアなど存在しないのだ。


 情報の重要性が理解されてない訳ではない。

 だが、情報を得る方法が少なすぎて、情報を集める事を半ば諦めているのだ。

 知らない相手にビクビクしていても、仕方ない。

 殆どの者が、自分の"経験"を頼りにして行動している。


 だが、その"常識"や"経験"の通じない相手がいたら、どうするのだろう?

 情報過多の現代日本から来た勇一にとって、相手が"よく解らない"だけで不安だった。


 ゲームの中の話だが、勇一の経験上、一番怖いのはいわゆる"初見殺し"だ。

 知らない敵、知らない攻撃を始めて見た時、対処できずいきなり攻撃を食らって死んでしまうことを通称"初見殺し"と言う。

 ゲームの中では、最初に攻撃を食らって死ぬことは仕方ないと諦める。

 その後に、何度も死にながら挑戦を繰り返し、その敵や攻撃方法を覚えて対処する。

 だが、この異世界では死んでしまった者が、生き返るような便利な魔法は、無いらしい。

 最初の一撃を食らった所で、すべてが終わりだ。


 この異世界では、"初見殺し"の怖さを理解している者が極端に少なかった。

 なぜなら、"初見殺し"を食らった者は、その怖さを伝えることなく死んでしまうからだ。


 これらの思いをどうやって、ディケーネとニエスに伝えたら良いものか。

 勇一はちょっと悩む。

 初見殺しについても、説明したが二人共いまひとつ反応が鈍かった。


「よし解った。ユーイチ」

 ディケーネが、そう言ってくれた。


「おおお、解ってくれたか」

「"知らない事が怖い"など、当たり前すぎて正直ユーイチが何をそんなに力説しているのか、いまひとつ解らん。

 だが、ユーイチが魔法に対して、どれだけ不安なのかは、よく解った。

 できる限りの魔法対策を行おう」


 うーん。

 若干納得がいかないが、まあ、いいか。


「でも、魔法対策って、何をするんですか?」

 ニエスが不思議そうに尋ねる。


「そうだな、とりあえず……」

 ディケーネが、腕を組んで、少しだけ考えた。

 

「金の力を使うか」

 

 世のなか、やっぱり金かー。

 思わず勇一はそんな事を考えてしまった。


 

  ――――――



 街へと、魔法対策を行う為に出かける。


 目的地は、魔法道具屋。では、無い。


 ダーヴァの街魔法道具屋で売っている、魔法道具は『ダーヴァの街で需要のある品々』ばかりだ。

 高等な魔法を使う魔法使いの数が少なく、魔法攻撃してくる魔物も少ないダーヴァでは、あまり高級な魔法具は需要がない。

 当然、店先に並んでいるのは、あまり高級でない、低級な魔法具ばかりだ。


 ゲームの中で、初心者の街で強い武器や魔法が売ってないのは、『ゲームのシステムの都合』だと思ってたけど、まさか異世界でも、本当にそうだとは思わなかったよ。


 ただ、このダーヴァの街には、まともな魔法具は売っていないが、ごく稀にとんでもない品は扱っている店が、一店だけあった。


 ――――――


「お久しぶりですユーイチ。貴方の活躍ぶりは私も聞いていますよ」

 お店にはいると何でも屋のフェー・フェー・フェーは、にこやかに挨拶してくれた。


「こんにちわフェーさん」

「やあ」

 勇一とディケーネも軽く挨拶を返す。


 二人の後ろにいるニエスにも気付いて、声をかけてくる

「そちらのお嬢様は、初めてのご来店ですよね。

 私はこの何でも屋を営んでいるフェー・フェー・フェーという者です。気軽にフェーと御呼びください。


「私は、ニエルエンス・スィンケルです。ニエスって呼んでください」

 ニエスも笑顔で答える。


「ニエスさんですね。こんな可愛らしいお嬢さんにぴったりの良い名前ですね。お知り合いになれて光栄ですよ。」

「可愛らしいなんて、そんなー、もう、フェーさんは口が巧いですねー」


「いえいえ、私は真実しか言いませんよ」

 フェーはさらりと真顔でそんな事を言う。


「フェーさんだって、いいお名前じゃないですか。

 フェー・フェー・フェーって、すっごくお洒落な名前ですよね!」


 横で何気なく聞いていた勇一はそのニエスの意見に、ちょっとずっこけそうになる。

 この名前ってお洒落なのか? 

 どう聞いても変な名前に思えるんだけどな。

 やっぱりニエスの名前のセンスはずれてるよな。

 勇一がそんな事をおもう。


 ちなみに、この勇一の認識は、半分(まと)を得ているが、半分間違っている。

 この異世界の感覚では、音の(いん)を踏んだり、似た言葉を繰り返したりする名前は"お洒落な名前"なのだ。


 ただ、さすがにフェー・フェー・フェーのように、まったく同じ言葉を三回も繰り返すのは、やりすぎだった。

 普通の街人がこの名前を聞いたら、あまりにお洒落にしようとして失敗した名前だと失笑してしまうか、あまりにわざとらしくお洒落にしているの為に"偽名"と感じるか、どちらかだろう。


「そう言えば、ユーイチにはお礼を言わないといけないですねえ」

 不意に、フェーがそんな事を言い出す。

「え? お礼?」


「ええ、あなたが売ってくれたスマホと言う魔法具ですが、王都から来ていたコネだけで商売するノータリン商人……おっと失礼、貴族ご用達の商人に、非常に高く売れましてね。かなり儲けさせて頂きましたよ」

「あ、あのスマホ高く売れたのか。良かった良かった。下手に買い手がいなくて、文句とか言われても困るしな」


「また、ああいった不思議な魔法具を手にいれたら、ぜひ私にお譲りください。もちろん高く買い取らせて頂きますので。

 ところで、本日は、どんな物をお探しです?

 スマホの件もありますから、サービスさせて頂きますよ」

「うん。実は魔法使いに対抗する為に、何か良い道具が無いかと思ってね」


「ほう、魔法使いに対抗ですか? 具体的には、どんな道具とか考えていらっしゃいますか?

 火避けの服とか、迷い消しの粉ならありますけど」


「いやー、正直言うとどんな道具があるかも解んないだよね。

 なんか、お勧めの品とかないのかな?」


 勇一のあまりに正直な言葉に、フェーは苦笑する。

「"解らない"なんて、素人丸出しの事言ってしまうと、まず間違いなく"紛い物"をお勧めされてしまいますよ。

 今後、他の店で買い物するときは気をつけなさいユーイチ」


 元の世界では、商品に詳しい店員(プロ)にお任せするのも、一つの手段ではあった。

 だが、騙せるものは騙してしまう"弱肉強食"な、この異世界では通用しない手段であるらしい。

 今後は気をつけよう。


「まあ、でも、そんなユーイチにちょうど良い、とっておきの品がありますよ。

 物の価値の解らない成金クソ野郎……失礼、大手商会の商人を騙くらかして、手に入れた品です」


 そう言ってから、フェーはカウンターの下から小さな小箱を取り出す。

 蓋を開けると、銀色の指輪が入っていた。

 

「これは、"贄妃(にえひ)の指輪"です」


「"贄妃(にえひ)の指輪"だって?! 本物なのか?!」

 後ろで会話を聞いていたディケーネが、急に驚きの声をあげた。


「ディケーネも、知ってる指輪なのか?」

「ああ、デイオロット王の伝説に出てくる指輪だ。即死魔法を使う暗殺者から、王を守ったのが"贄妃(にえひ)の指輪"だ。

 指輪をつけた者には、即死魔法だけでなく人の体に直接影響する魔法を封じる効果があると言われている」


「おおお、なんか凄そうな指輪だな」

「ああ、凄い指輪だ。

 だが伝説の中で、元々この指輪は、王を守りたいと願った王妃が、別の悪い魔法使いに騙されて作られた物だと語られているんだ。指輪の中には、だまされた王妃の魂が込められている。

 指輪をつけた者への即死魔法などを、指輪の中の王妃の魂が変わりに受けてくれるからこそ、無効化できると言われているんだ。

 もちろん、そんな恐ろしい由来のある指輪だから、つけた者を不幸にする呪いが有るとも伝えられているぞ」


「ええ? それは確かに思いっきり、呪いのありそうな指輪だな」


「まあ、とにかく、そんな伝説が語られる程の指輪だ。

 これは、本当の本当に、本物の"贄妃(にえひ)の指輪"なのか?」

 

 ディケーネは、フェーを問い詰める。

 フェーは、真顔で、しれっと答えた。


「ええ、本物ですよ。……たぶん」


 多分かよ!


「詳しくは、お話できませんが、王家の子孫の者が金に困って売ってしまった物が、流れ流れて私の所に舞い込んできたのです。

 だから、本物ですよ。……たぶん」


 全然 信用できねえ!


「その眼は、私を信用してない眼ですね」

「今の話で、信用しろと言うほうが無理だと思うぞ」


「まあ、出自の話はともかく、一応この指輪の効用は実験したので、間違いありませんよ」

「実験?」


「ええ、実験したんです。

 この指輪をつけた者に対して、とある大魔法使いに即死魔法を使ってもらったのですが、死ななかったのです」


「なに、その危険な実験?!

 指輪が偽者だったら、その指輪つけた人 死んじまうじゃないか」


「成功したので、問題ありません。

 とにかく、そんな訳で、これは本物の"贄妃(にえひ)の指輪"です」


 自信満々にそう語るフェーに、ディケーネが、反論する。


「その実験で"贄妃(にえひ)の指輪"だと証明できんだろう。

 その指輪って じつは単に"即死魔法無効化(レジスト)の指輪"なんじゃないのか?」


「ええ、可能性としては、その可能性もありますね。

 でも、これは本当に本物の"贄妃(にえひ)の指輪"なんですよ」


 全然理論的でないが、なぜか自信満々にフェーは、そう語る。


「ちなみに、お値段は本来、金貨500枚の所を、今なら半額の金貨250枚でご提供中です。

 さらに、それをユーイチ、貴方だけの特別価格金貨200枚ポッキリでお売り致しましょう。

 さらに、さらに、今なら、このルビーで宝飾された見た目もすばらしい指輪入れの小箱も付属しますよ」


 ディケーネが、勇一の手を引っ張って、カウンターから離れてお店の角へと連れて行く。

「おい、ユーイチ。あれは止めとけ。どう聞いても怪しい」


「うーん、確かに本物の"贄妃(にえひ)の指輪"では無い気がするけど……

 でも、即死魔法無効化(レジスト)の効力はある指輪なんだろう?

 それだけでも、無いよりはずっといいよな」


「いや、それも口だけの嘘の可能性もあるぞ」

「さすがに、フェーさんも、そこまで嘘を言わないだろう」

「まあ、確かにそうだが」


 うーーん、と、二人で腕を組んで悩む。

 一般的な武器や魔法具ならディケーネが経験で、ある程度目利きができて、良いものかどうかわかる。

 だが、こんな飛びぬけた魔法具に関しては、まったく解らない。値段だってぼったくられてるかも知れない。


 ゲームの中の、売っている道具の効果も値段も、ハッキリスッキリ全て解ってしまうお店がうらやましい。

 あんな都合のいい店は、実際の異世界には存在しない。


 ちなみに、ニエスは最初っから話についてきておらず、店の端っこにあるカエルを象った変な椅子や、三本角熊の剥製で遊んでいる。

 

「まあ、"信じる(つるぎ)は、聖剣(せいけん)にも勝る"とも言うしな。

 試しに買ってみるのもありかもしれんな」


 ディケーネがこの異世界の諺を引用する。

 もちろん、勇一はその諺を知らないが、なんとなく意味は推測できた。


 二人して悩んだ結果。

 結局、その"贄妃(にえひ)の指輪"は、買ってしまった。


 なんか騙された気がしないでも、無いけど。

 まあ、元の世界でもブラシーボ効果って言葉もあったしなあ。

 魔法に対して、ブラシーボ効果が効くかどうか怪しいけど。


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