33 裏切
部屋の奥にある重々しい木の扉が開いた。
扉の奥には、お付の者を従えた、やたらと立派な髭を生やした中年の男が立っている。
『紫檀の風』と『水と炎の旅団』のメンバー全員と、ディケーネが、立ち上がり頭を下げて礼とつくす。
それを見て、慌てて、勇一とニエスも立ち上がって真似をした。
全員が立ち上がって礼をしているのを確認してから、ゆっくりとその男は部屋へと入ってくる。
年の頃は30代後半といった所だろうか。
体中に覇気と貫禄が満ちている。
彼こそが、今回の依頼者であることは間違いなさそうだ。
其の者の姿をみてから、『紫檀の風』と『水と炎の旅団』のメンバー全員と、そしてディケーネが緊張しているのが伝わってくる。
誰なんだろう?
もちろん、勇一には、解らない。
「私が今回、皆に依頼をださせてもらった、オーウェン・デニス・フォン・ベル・アガンタールだ」
それだけ言えば十分だ。そういわんばかりの短い挨拶してから椅子に座る。
それから、わざと一拍置いて、手を軽くかざす。それが『座ってよい』と言う許可なのだろう。
『紫檀の風』、『水と炎の旅団』両パーティーとディケーネが椅子に座る。
少し遅れて、あわてて勇一とニエスも座った。
名前を聞いても、勇一には、その人物が何者なのか全然わからない。
「なあ、ひょっとして、この人、すごい偉い人?」
こっそりとディケーネに聞いてみた。
「ああ、このダーヴァの街を治める公爵の長男。オーウェン次期公爵だ」
げ。この街で一番偉い人の息子か。
しかも跡継ぎ、次期公爵様か。
勇一はもちろん知らぬことだが、オーウェン次期公爵は、単なる一地方都市を支配する公爵家の跡取りと言うだけの人物ではなかった。
今、ダーヴァの街に来ている、アルフォニア王国の第二王子の、クルスティアル王子の妻アグリット妃。
そのアグリット妃の兄でもある。
もし、将来クルスティアル王子が王位を継ぎ、さらにその子供が王位を継いだなら……
オーウェン次期公爵は、『王の叔父』と言う立場になる人物なのだ。
将来の可能性も含め、単なる一地方都市の領主という枠では、とうてい収まりきらない影響力を持つ人物だった。
そのオーウェン次期公爵は、部屋の中にいる三パーティーをぐるりと見回す。
"宝石付き"と呼ばれる一流の冒険者パーティー達。
ダーヴァの街のには、もう1つ、"宝石付き"パーティー『月夜の戦士団』が所属している。
だが、彼らは一ヶ月程前から長期の依頼の出かけており、当分帰ってくる予定がない。
その為、急遽、隣街まで依頼をだして、『紫檀の風』にも来て貰った。
"今すぐ集められる精鋭冒険者"を集めた結果が、この3パーティーだった。
「君達には期待している。成功の暁には、莫大な報酬を約束する」
オーウェン公爵のその言葉に、『紫檀の風』のメンバーと、グルキュフが色めき立つ。
「ただし、この依頼は絶対に失敗が許されない。私の期待を裏切って、依頼に失敗した場合、それなりの覚悟をしてもらおう」
オーウェン次期公爵の眼が鈍く光る。
本気の眼だ。
うーん。
やっぱり、この依頼、かなりやばそうだな。
「時間も惜しいので、手早く説明させてもらうぞ。
今、このダーヴァの街には、アルフォニア王国の第二王子のルスティアル王子と、妻アグリット妃、そしてアリファ姫とベルガ姫が来訪している。
そのうちアリファ姫とベルガ姫がこの街に来訪する途中に、幼年期にお世話になった知り合いの所へお寄りになってから来訪された」
ここで、一旦言葉を切って、なぜかオーウェン次期公爵は、意味ありげに、勇一の方を一度見た。
何か、言いたいようだが……
何か解らん。
勇一は、困ってしまう。
「その際、両姫は正体不明の敵に襲撃を受けた。
この事は、正式には公表していないが、ひょっとすると皆知っているかもしれないな」
「はい、もちろん存じておりました」
「はい、知っております」
リーダーのアドリアーンと、ギュルキュフが、ちょっと自慢げに答える。
自分たちは情報に強いとアピールしたいのかも知れない。
グルキュフあたりは、実際には知らなくても、平気で知っていたと言いそうだ。
オーウェン次期公爵が、またこちらを意味ありげにみる。
ここで、勇一もピンときた。
オーウェン次期公爵は、もちろん勇一達が両姫を助けた事実を知っていて、あえて、こんな言い方をしたのだ。
ようするに『余分な事は、言うな』というメッセージだ。
「はい、知ってます」
勇一は、一言だけ答えておく。
その答えに満足したのか、オーウェン次期公爵は小さく頷いてから話を続ける。
「本来、直接この街に来るはずだった両姫が、寄り道をした。この事は、その時点では殆ど知るものがいないはずだった。
なのに、寄り道をして護衛が少ない所を、待ち伏せして襲われた」
「内部に情報を流した『裏切り者』がいる、と、言う事ですな」
アドリアーンが、話の先を読んで言った。
「そして、その『裏切り者』を私達が探しだし、捕らえる、と、言ったところでしょうか」
さらにグルキュフが続けて言う。
二人共、話の先を読んでみせて、自分の"読みの良さ"を見せ付けたいようだ。
勇一は、もちろん何も言わず黙っている。
「いや。『裏切り者』を見つける必要も、捕らえる必要も無い。なぜなら……」
アピールする二人を見て、オーウェン次期公爵は、口元をゆがめてニヤリと笑った。
でも、その瞳は、まるで笑っていない。
「その『裏切り者』は、この私だからな」
部屋の中に嫌な緊張が走る。
アルフォニア王国の第二王子のルスティアル王子の娘、アリファ姫とベルガ姫。
その二人の襲撃の為に情報を流したのが、ダーヴァの街を治め王子達一行の来訪を歓迎している公爵家の、次期当主だと言うのだ。
あまりの事実に、皆が言葉を失う。
そして、思わず想像してしまう。
王家を裏切った次期公爵が、此処にいる"星付き"のパーティーに依頼する『失敗の許されない依頼』の内容を。
ここまで聞いて、単なる魔物退治の依頼だとは到底思えない。
いったい、何を"倒せ"と言うのだろうか?
クックックックと声を殺して、オーウェン次期公爵が笑う。
「君達が、何を考えて緊張しているか、手に取るように解るぞ。だが、安心しろ。ここからが、本題だ。
わたしには、四人の娘がいる。その娘の一人が、誘拐されているのだ。
要するに、ある集団に弱みを握られていたのだよ。
本来なら、両姫の安全の為に、誘拐された娘など、見殺しにするべきなのだが……」
オーウェン次期公爵は、皆から眼をそらし、呟くように言った。
「私も、普通なら……、他の娘なら、王家への忠義の為に見殺しにする所なんだがな……
エイシャ、彼女だけは……」
少しの間、オーウェン次期公爵は、何かを考えこむように黙り込む。
勇一達は知らぬことだが、オーウェン次期公爵は三人の妻がいた。
正妻のリルナス
正妻の彼女は、王家の血を引いている。子供の頃から、王家と公爵家の両家によって結婚が決められていた相手である。
第二妻のファルーノ
彼女は、少し離れたダルダスの街を支配する伯爵家の娘だ。伯爵からの強い申し入れを受けて結婚した。
第三妻のハスナ
彼女のみ、出身が下級貴族である。だが、オーウェン次期公爵とは大学時代からの友人でもあった人物で、もっとも思い入れが深い女性であることは周知の事実であった。
数年前に、他界している。
そして、娘のエイシャは、ハスナとの間に生まれた、たった一人の忘れ形見であった。
本名 エイシャール・ダ・カシル・フォン・サムルル・アガンタール
今年十四歳になる、金髪の巻き毛の少女。
オーウェン次期公爵のエイシャへの愛情は、本物の父親のそれであった。
悲劇なのは、その愛情が本物だからこそ、エイシャが誘拐の対象になってしまったことであろう。
「私の密偵を使って、やっとエイシャが捕らえられている場所は見つけた。
その場所は、死の街バニアにある、大魔法使い『グリン・グラン』の館だ」
大魔法使い『グリン・グラン』!
その名を聞いて、部屋の中に先ほどとは違う緊張が走る。
「その魔法使いも、やっぱり有名な人?」
勇一が、またまた、こっそりとディケーネに聞く。
「私はあまり魔法使い等には詳しくない。それでも、聞いたことがあるくらいに有名だよ。
たしか、ここら一帯では”最強、最悪、最古”と噂されている魔法使いだ」
”最強、最悪、最古”の魔法使いか。
かなり危険そうだな。
特に、未だに魔法ってよく解ってないから不安なんだよな。
この前の敵の魔法はまだ解りやすかったけど、ゲームとかにもあるような精神攻撃とか即死攻撃とかあったら、どう対処したらいいんだ?
そんな勇一の不安をよそに、オーウェン次期公爵の話は続く。
「今の所、エイシャに関しては、表向きは病気で寝込んでいる事になっている。
やっと娘の居場所がわかったが、残念ながら、表だって私の私兵を動かす事はできない。
エイシャが誘拐されているなどと解ったら、そこから両姫の情報を流した裏切りが、私だったと明るみにでる可能性もあるからな。
だから、冒険者の中でも精鋭の君達に、依頼する。
全てを秘密裏に、素早く、そして絶対に、エイシャを救いだしてくれ!」
「はい、そういった事情であれば、このアドリアーン及び『紫檀の風』。
全員が、命に代えても、エイシャ様をお助けいたします!」
アドリアーンは、娘を愛する父親の愛に胸撃たれたらしく、感動した面持ちで立ち上がった。
オーウェン次期公爵に走り寄り、足元に跪いて、騎士のように忠誠を誓うポーズを取る。
「このギュルキュフ及び『水と炎の旅団』も右に同じ。かならずや、エイシャ様をお助けいたしましょう」
グルキュフも、アドリアーンに続きオーウェン次期公爵に走り寄り、足元に跪いて騎士のように忠誠を誓うポーズを取る。
その顔には 明らかに打算的な、オーウェン次期公爵に媚を売るための笑顔が浮かんでいる。
あれ?
それって、やらなきゃいけないのか?
跪く二人を見て、完全に出遅れて椅子に座ったままの勇一は、不安になってくる。
「座ってていいぞ、ユーイチ。あんなパフォーマンス、やる必要ない」
勇一の不安を察した、ディケーネが小声で教えてくれた。
別にわざわざ、あんなポーズを取る必要性はないらしいみたいだ。
良かった。
完全に俺だけ、出遅れてたもんな。
「ふむ、両者とも我が期待に、十分に答えてくれ」
オーウェン次期公爵は、足元に跪く二人に鷹揚に答える。
それから、座ったままの勇一を、やや睨みつけるような目つきで見ながら、言った。
「竜殺しユーイチと『名無き者』の諸君。
そなた達にも期待しているぞ」
期待されてもなー。
相手が魔法使いって、やばいよな。
勇一ははっきり言って、不安だ。
「オーウェン殿、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」
手をあげたのは、『紫檀の風』の、魅惑の魔法使いアマウリだった。
「質問を許可する。言ってみろ」
「ご許可、有難うございます。
大魔法使い『グリン・グラン』は、確かに凶悪で、過去の悪行の数々あげれば切りのない程の者であります。
なれど、俗世にはさほど興味なく、あまつさえ、エイシャ様を誘拐しアリファ姫とベルガ姫を襲う計画を立てるなどの政治に深く関わるような事をするような者では無いとも聞き及んでいます。
なぜ、そんな凶行を行ったご存知なのでしょうか?
もし、その後ろにいる"本当の敵"を、すでにお知りでしたら、お教えねがえますでしょうか?」
「そんな事を、お前達が知る必要はない」
オーウェン次期公爵は、やや不機嫌そうに答える。
「いえ、しかし、"本当の敵"の情報をお持ちでしたら、その内容をお教えいただけないと。敵に対してどのように対応してよいか、困ってしま……「うるさい。だまらんかアマウリ」
そう言って、アマウリの言葉を遮ったのはリーダーのアドリアーンだった。
食い下がるアマウリの言葉に、不機嫌そうな様子を隠さないオーウェン次期公爵に頭をさげる。
「私の部下、アマウリの不遜な言動、ご容赦ください。
この者も、エイシャ様が心配であるがゆえの言葉です」
それから、アマウリに対して厳しく言った
「アマウリよ! お前は細かい事を気にしすぎだ。我らはただオーウェン殿からの依頼どうりに、大魔法使い『グリン・グラン』を打ち倒しエイシャ様をお救いすれば、それで良いのだ。下手な詮索など、失礼だ」
リーダーであるアドリアーンの言葉を受け、アマウリは頭を垂れる。
「オーウェン様。不躾な質問、大変失礼いたしました」
「ふむ。許す。
今回の依頼に関して、"本当の敵"については、詳しく語るつもりはない。どこからどのような形で、情報がもれるかもしれぬからな。
だが、注意喚起の為にも、これだけは言っておこう。
不本意なれど、両姫様達を裏切ってしまった私が言うのもなんだが、周りの裏切り者には、気をつけろ……」
オーウェン次期公爵は、苦々しそう唇を歪めて言った。
「"奴ら"は、何処にでもいる」




