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28 眼球

 ダーヴァの街に帰ってきたのは、まだお昼を少し回っただけの午後も早い時間だった。


 冒険ギルドに行って、クエストの報告を行うと、胸の大きい受付嬢にかなり驚かれた。

 なにせ基本的に、依頼(クエスト)は最低でも丸一日かかる。

 目的地の遠い依頼(クエスト)なら1~2週間かけて行うなんて事も珍しくない。

 それが、電動バギー(ピェーピェー)で移動を行った為に、半日ですんでしまったのだ。


「さすが、"ドラゴレス"イオキベ様ですね。お見事です」


 胸の大きい受付嬢が、ニッコリ笑って、そんなお世辞を言ってくるくらいだ。


 でも、これなら近場のクエストなら、一日二件こなすことも可能だろうな。

 あるいは、遠くの場所のクエストも、今まで移動するのが嫌で、実は避けていたんだけど、今後は積極的に受けてみるかな。

 そんな事を勇一は考える。


 とにかく、時間が余ってしまった。

 今日はさすがに、今からもう一件、依頼(クエスト)をこなすと言う訳にもいかない。

 冒険者ギルドの中も、冒険者が殆ど誰も居なくて、ガランとしている。

 隅のほうのテーブルで、数人が昼真っから酒を飲んでいるだけだ。

 殆どの冒険者が、依頼(クエスト)をこなしている真っ最中なのだから、当然といえば当然だ。


「ねえ、あんたが、"ドレゴレス"ユーイチ・イオキベかい」


 いきなり、声をかけられて、勇一は驚いて振り向く。


 チョコレート色の肌に、黒い髪の女性がそこに立っている。

 黒い、闇のように黒い瞳で、こちらを静かに見ていた。 


 胸元が大きく露出する革製の鎧を身にまとい妖艶な雰囲気を漂わせている。

 思わず眼がいってしまうほど、その胸元は立派だ。

 勇一の目が、ついついそこに吸い付けられてしまう。

 そしてその胸元には冒険者の証である木の札(ウッドプレート)がぶら下がっていた。


 こんな立派な胸の人、いや普通に、こんな人、冒険者ギルドに居たっけ?

 二つの意味で疑問に思う。


 1つ目は、今まで、この冒険者ギルドで、この女性を見た覚えがない。

 2つ目は、さっきまでガランとしてこの冒険者ギルドの中に、こんな女性はいなかった(・・・・・)


 その妖艶な女性が、近づいてきた。

 高いヒールの着いた革製の編み上げブーツを履いているので、堅い床に当たり、カツカツと歩く音が響く。


「夕方まで待たないと会えないかと思ったんだが、意外に早く会うことが出来てよかったわ」


「俺になにか用事か?」

「いや、別に」


 用事は無いのかよ!

 思わず突っ込みたくなるが、初対面の相手にそんな事をいう勇一ではないので、黙っている。


「ライトドラゴンを倒した男が、この街にいると聞いたのでね。ちょっとどんな男なのか見てみたいと、興味が湧いたんだ。

 それで、ひさしぶりに街に出てきて、見に来ただけさ」


 そういうと、その女性の両手が伸びてきて、勇一の顔を左右から挟みこんだ。

 ギュッと力をいれられて、両手で頬がつぶされる。強制アッチョンブリケ状態だ。

 勇一の首を右や左に無理矢理回しながら、まるで医者が顔色を診断するかのように、しげしげと見つめてくる。


「ふーん、不思議ね。あまり見たことない民族の顔だわ」


 左右から顔を抑える手には、かなりの力が込められていて、勇一はなされるがままだった。


 妖艶な女性は、更に顔を近づけて、勇一の瞳を正面から覗き込む。

 香水とは違う、甘い香りが漂ってくる。

 闇のように黒い瞳に、少し戸惑った表情の自分の顔が映りこんでいるのが見えた。

 その女性が、目の前で、体の芯がとろけそうな色気があり、それでいて、ぞっとするような怪しい笑みを浮かべる。

 長い舌が、舌なめずりをする。その仕草が、妙に色っぽい。


「あなたの真っ黒な瞳も……、素敵ね」


 それから彼女は――――――


 長い舌で、勇一の左目の『眼球』を、ベロリと舐めた。


「何をする!?」

 ディケーネが、叫ぶ。

 バッと、女性が、後ろに飛んで距離を取る。

 ディケーネは腰から抜いた剣で牽制し、勇一の盾になるように立ちはだかる。


「ユーイチ、無理に目を開けるな! 手でも触るな! 唾液に毒を含ませている可能性があるぞ!」


 ディケーネの切羽つまった言葉に、女性は楽しそうに笑いだす。

 あはははっははと、乾いた笑いが、ガランとした冒険ギルドに空虚に響く。


「そんなに慌てなくて大丈夫よ。私の唾液は、毒なんか無いわ。

 あんまり綺麗な瞳だったから、ちょっと、唾つけた(・・・・)だけよ。安心しなさい」


 ディケーネは、もちろんそんな言葉で警戒を解いたりしない。


「ニエス! ユーイチを連れていけ。受付け嬢に水をもらって目を洗うんだ」

「はい。さあ、御主人様こっちです」


 ニエスがユーイチの手を引いて、奥のカウンターへと向かって歩きだす。

 ディケーネは、いつでも、飛び込んで妖艶な女性の首を跳ねれるような体勢で構え続ける。


「もう、お話しできる雰囲気じゃなくなっちゃたわね」


 その構えを見た彼女は、何も武器をもってない両手を広げて見せる。

 反抗の意思がないことを示す。

 そのまま、冒険者ギルドの出入り口まで、ゆっくりと後ずさっていく。


「"ドラゴレス"ユーイチ・イオキベ。次に、会う時を楽しみにしてるわよ!」


 ニエスに手をひかれ、カウンターへと歩いていく勇一の背中ににむけて、そう叫ぶ。

 それから、くるりと背をむけて冒険ギルドから走り去ってしまった。

 ディケーネも、無理に後を追ったりはしない。

 勇一とニエスの後をおってカウンターへと向かう。


 受付嬢に頼んで、水桶に水を借り、勇一は目を洗った。

 目を洗い終わって、顔を上げた勇一をみて、ディケーネとニエスが、『あっ』と小さな声を上げる。


 舐められたほうの左目が、紅色に変色していた。

 ごみが入って赤くなったとかでは無く、黒目の部分がまるで宝石のように紅い。

 明らかに見た目は異常だった。だが、痛みや、視界に異常は無い。


 冒険者ギルドの中には、冒険で呪いや毒を受けた者の為に、魔術師が常時待機している。

 すぐさま、勇一も、変化した目を見てもらった。

 だが、結果としては、"何も解らなかった"


「毒も、呪いも、何も反応は無いですね」


 魔術師の言葉はそれだけだった。

 ディケーネが食い下がって、何度も探知の魔法を行ったが、結果は変わらない。

 結局、何も解らない。痛みも視界に異常もないし、とりあえずは放っておくしか、無さそうだった。


 鏡は無いので、勇一は、水の入った桶に自分の顔を写して改めて見てみる。

 揺れる水面に自分の顔が移る。


 黒い右目と、紅い左目の、オッドアイ


「どこの中二病キャラだよ!」

思わず声に出して、叫んでしまった。


 ディケーネはいつもの『お前は、いったい何をいってるんだ?』といった表情を浮かべる訳ではなく、本気で心配そうな顔をしている。

 ニエスも、心配そうに青い顔をしている。


 其の後、受付嬢にさっきの妖艶な女性が、誰なのか聞いてみた。

「いえ、あんな女性の冒険者は、うちのギルドに登録された冒険者の中にはいません」


 冒険ギルドのロビーで座って酒を飲んでいた数人にも声をかけて聞いて回ったが、

 答えは皆『そんな色っぽいねーちゃんなんて、知らないし 見ても(・・・)いない』と言うものだった。

 結局、何の成果も挙げる事がないまま終わってしまった。


 もう、やる事もなくなったので冒険者ギルドを出る。

 外は陽は高く、時間はまだ明るい昼下がりだ。


「すまないユーイチ。私が油断したせいで……」

「いやいや、どう考えてもディケーネのせいじゃないだろう。俺が油断したのが悪いし、何と言っても一番悪いのはあの女性だよ。それに、まあ、別に呪いって訳でも無さそうだし、痛みもないし、ほっとけば2~3日で直るんじゃないか」


 『そうは言っても納得できない』ディケーネの表情はそう語っている。

 ニエスも変わらず、心配そうに少し青い顔でこっちをみている。


 なんとなく気まずい沈黙が、三人を支配する。

 目の前の表通りは、人通りが多いが、それでも朝や夕方に比べて活気はかなり欠けている。

 あまりやる気のなさそうな行商人が、ガタガタと音をたてながら馬車を引き、目の前を通り過ぎていった。


「まあ、あれだな、あれ。

 時間も中途半端に余ったし……、そうだ!

 ちょうどいいから豚の丸焼きパーティーでもやるか!」


 あえて明るくふざけた口調で提案してみた。

 その言葉の意図を、ディケーネはすぐさま察してくれる。


「ふむ、悪くないな。香辛料や、ついでに飲み物も買い込んで、豚の丸焼きパーティーをおこなうとするか」

 努めて、明るい口調でそう返事をしてくれる。

 ニエスが、青い心配そうな顔を止めて、笑いながら言った。


「あ、わかりましたよ。それって私達”パーティー”の結成記念パーティーと言うことですよね!」


 なんだよ、その駄洒落!

 勇一が心の中だけで突っ込みをいれる。

 まあ、とにかく、ちょっとだけ表情が明るくなった。


 それから、三人で、豚の丸焼きパーティーの為の買い物にむかって歩き出した。

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