27 快走
三人で始めて依頼を受ける。
『ピットビッグピッグの退治』
報酬は金貨五枚
金の札ランクの依頼だ。
ちなみに"宝石付き"ランクの依頼は今日は張り出されてなかった。
さすがに、それほどの依頼は、ゴロゴロと毎日あるわけでは無いようだ。
電動バギー三人のりして、まずは近くの森の中に置いてある装甲指揮車のところへと向かう。
「タッタ 異常は無かったか?」
「はい、問題となるレベルの事象はありませんでした。なお、体長30cmほどのウサギに近いと思われる哺乳類が、装甲指揮車の下に巣を作っていると思われます。
もし移動をなさる予定でしたら、ご注意ください」
「ウサギの巣?!」
『装甲指揮車』の下を覗き込んでみると確かに、二匹ウサギっぽい動物が巣をつくっていた。
どうやら番のようだ。
「確かに、巣をつくってるな」
「ふむ、あれは、正確にはスリーポイントウサギだな。それほど害のない動物だから、放っておいて問題ない」
「わー、かわいいですねえ」
今回は装甲指揮車を動かす予定がない。
装甲指揮車は大きすぎて狭い道や場所に入れないし、下手に動かすと、帰ってきてからまたカモフラージュするのも大変だ。
ちょっと依頼をこなしに行く分くらいには電動バギーで三人乗りして行けばいい。
「まあ、とりあえずは、このままにしておくか」
ウサギの巣はそのままにしておくことにして、出かける準備を始めることにする。
電動バギーを装甲指揮車に接続して急速充電を行う。
その間に、三人はそれぞれ、レーザー小銃、レーザー拳銃の充電済みのバーテリーへの交換も行う。ついでに、予備のバッテリーもウエストバッグに入れておく。
準備が終わった後に、改めて依頼の目的地へと向かった。
草原の中の一本道を、軽快に電動バギーが走り抜けていく。
道は都市に近いところは石畳が敷いてあったものの、直ぐに土がむき出しでデコボコの道になってくる。
だが、タイヤの大きめの電動バギーは、少々のでぼこぼなど物ともせずに快適に走っていく。
「風が気持ちいいな」
癖一つ無い金髪を風に靡かせながら、ディケーネが愉しそう声を出す。
後ろに立ち乗りしているディケーネには直接に風が当たってしまっている。
それでも、その風が心地良く感じられるようだ。
すげー楽だ!
勇一は本気で感動していた。
歩いていた時は村などが遠くに見えてきてもなかなかたどり着かなかったものだが、電動バギーで走っていると、すぐに近づき、通りぬけ、はるか後方へと離れていく。
なにせ、この異世界に来て、何が辛かったかと聞かれれば、まず最初に思いつくのが
『とにかく歩くこと』だった。
どこへ行くにも、歩く。とにかく歩く歩く歩く、ひたすら歩く。
歩く以外の方法無し。
依頼をこなす時も、魔物と戦う時間の、数倍以上の時間を歩いて移動しなければならなかった。
そういえば、元の世界でも、昔の軍隊の歩兵なんかは、行軍で歩く事じたいが、仕事みたいな物だったと聞いたことがある。
とにかく電動バギーでの移動は、非常に楽で快適だ。
科学の力って素晴らしいね!!
周りに目をやると、街に程ちかい草原では、放牧された三角牛などが草を食べながらゆっくりと歩き回っている。
好奇心の強く人懐っこい、跳ね狐が、電動バギーに平行して走ってきたりもする。
すれ違う行商人達はみな、物珍しそうにこちらを見ていた。
途中で、小さな村を通過する。
村の中などを通りぬける時は人にぶつかると危険なので若干スピードを落とす。
ゆっくりと走っていると、好奇心の強い子供達が、周りに走りよってきた。
『なんだあれ!』『馬がいないのに走ってるよ!』
『おもしろそー』『すごいすごい!』
周りを取り囲むようにして、口々に感嘆の歓声を上げながら付いて来る。
「この電動バギーちゃんって、かっこいい?!」
ニエスが、周りの子供達に問いかけると、一斉に返事が返ってくる。
「「「「かっこいい!」」」」
その元気いっぱいの返事に、『にふふふふふ』と不思議な笑みを浮かべて、ニエスはすごくうれしそうだ。
村をぬけてスピードを上げると、子供達は付いてこれなくなる。
ニエスが振り返って手を振る。
「ばいばーい」
「「「「ばいばーい!」」」」
それに対して子供達も、見えなくなるまで、ずっと大きく手をふっていた。
それからアクセルを踏み込み加速する。
ますます軽快に草原を走りぬけ、橋を越え、丘を越え、目的地へと向かった。
結局二時間もかからずに、目的地に到着してしまった。
「ふむ、前にこの辺りまで歩いて来た事があるが、そのときは四時間以上時間がかかったな。
それが、今回は二時間掛からずに到着してしまった。
改めてすごいな、この電動バギーは」
ディケーネが電動バギーを褒めると、なぜかまたまたニエスが『にふふふふ』と不思議な笑い方で、自分が褒められたかのように嬉しそうに微笑んでいる。
もう、なんか、感情移入がかなりの度合いで加速してしまっているみたいだ。
電動バギーに乗ったまま、速度を落として、依頼の目的であるピットビッグピッグを探す。
ガソリン車と違って、電動バギーは、かなりスピードを出した時にのみキュイーンと言う高い音がするだけで、ゆっくり走ると殆ど音がしない。
其のため、魔物を探す場合なども、音が原因で逃げられたりすることは無いので、その点も便利だ。
少し木々が生い茂った林の中でピットビッグピッグを、見つけた。
群れで十七~八匹ほどいるだろうか。
ピットビッグピッグは全身にびっしりと棘を生やした、体長2mほどもある大豚だ。
パッと見た目は、豚っていうかイノシシっぽい。
剣や槍で攻撃しても、全身の棘が鎧となり、大きなダメージを与えるのが難しい。
そして、群れは密集して一団となり、巨体とその体を覆う棘を使って、突撃攻撃をしてくる。
その突進攻撃は、矢や少々の魔法攻撃では止めることさえ出来ず、盾で受けても体ごと吹き飛ばされてしまう。
一匹だとそれほど強い魔物でも無いのだが、集団になると、金の札の冒険者でも苦戦することがある、非常に厄介な魔物だった。
少し離れた所で、電動バギーを止める。
三人で横に並びレーザー小銃で狙いをつけ、安全装置をはずす。
もちろんレーザー小銃のモードは『バーストモード』にしてある。
「撃て!」
勇一が小さな声で指示すると同時に、三人で引き金を引く。
三本の光の筋が、ピットビッグピッグの群れへと襲い掛かる。
勇一の打ったレーザーは、一匹のピットビッグピッグの体のほぼ真ん中を十字に貫き、一撃でトドメを指す。と同時に、さらに後ろにいたピットビッグピッグの体にも十字を刻みこみダメージを与えた。
ディケーネとニエスの撃ったレーザーは、当たりはしたものの、背中や肩の肉を削いだだけでトドメをさすまでにはいたっていない。
間をおかず、引き金を何度も引き、更に何匹かのピットビッグピッグへレーザーを浴びせる。
攻撃に気付いたピットビッグピッグは、あわてて密集し、こちらに向かって突進攻撃を始めた。
地面を蹴りつけ地響きを鳴らし、土煙をあげながら怒涛のごとくピットビッグピッグが突進してくる。
その突進攻撃へ、正面から行く筋もの光の筋を、浴びせかかる。
矢や、少々の魔法攻撃を弾き飛ばしひたすら突進してくるピットビッグピッグだが、光の筋に、頭から十字に貫かれれば、脆く、地面に崩れ落ちていく。
それでも崩れ落ちた仲間の死体を踏みつけ後ろから別のピットビッグピッグが、怒涛のごとく突進してくる。
だが、騎士の突進と相対した事がある、勇一達である。
津波のような騎士の突進に比べれば、ピットビッグの突撃など、波の出るプールみたいな物だ。
三人で迫り来るピットビッグピッグに、光の筋を浴びせ続ける。
程なくして、ピットビッグピッグの最後の一匹が崩れ落ちた。
レーザー小銃を構えたまま、警戒しながらピットビッグピッグ達に近づく。
間違いなく全匹が打ち倒されている事を確認する。
「ふう、終わったな」
「ピットビッグピッグの突進を真正面から簡単に打ち破ってしまったな。
ライトドラゴンに対して使った時から解っていたことだが、このレーザー小銃の攻撃力は、本当に凄まじいな」
「私は豚さんがちょっと怖かったですよー。それに焦っちゃって、全然当てることができなかったですし」
ニエスは、少し青い顔をしていた。
剣術はかなりの腕なのだが、射撃に関しては、はっきり言ってしまうとかなり下手だった。
まあ、それでも、実はディケーネよりは巧いのだが。
「当たらなかったことは気にすることないさ。これから練習して巧くなればいいんだし」
「はい、がんばります」
それから手分けして、ピットビッグピッグの口の中の、右側の牙を取る作業を行う。
もちろん牙は、冒険ギルドへもっていく事で、ピットビッグピッグを打ち倒した証拠になる。
この作業に関しては、突出してニエスが手際がいい。
勇一がモタモタとしている間に、大きめのナイフを使って、次々と処理していく。ちなみにディケーネのやり方は、かなり荒っぽい。
うーん、人それぞれ得手不得手があるものだな。
「あ、そういえば、この死体って、牙を取って終わりなのか?
ライトドラゴンの死体はもって帰ったけど」
勇一の素朴な疑問に、ディケーネが答えてくれる。
「魔物によっては、角とか武器素材になる価値の高い部位があれば持って帰ることはある。だが、死体ごともって帰ることは少ないな。なにせ運ぶのが大変だ。
ドラゴンなんかだと鱗や肉や骨、全部が高い価値があるので無理矢理持って帰ったが、あれは本当に特別だ」
「そうなのか。ちなみにこのピットビッグピッグって、何か素材になる部位って無いのか?」
「肉が、料理の素材にはなる」
まあ、豚だもんな。納得。
「さっきも言ったが運ぶのが大変だから、あまり持ち帰ったりはしないぞ。
大変な割には、食用だからそれ程の金にならんからな。
だが、キャンプを張る時なんかは、よく丸焼きにして食ったりしたな。味はかなり良い」
「うお、豚の丸焼きか。いいな、ちょっと食ってみたい」
「私も、ちょっと食べてみたいです」
ニエスも賛同してくれる。
「ふむ。だが持って帰るのは、本当に大変だぞ」
たしかに、歩いて移動するのに、このでかい豚の死体を背負っては苦労するだろうな。
「あれ? でも、電動バギーなら積めるんじゃないか?」
「ふむ、確かに」
「あ、いけそうですね!」
そんな訳で、さっそく三人で電動バギーにピットビッグピッグを積む作業に取り掛かる。
なにせ体長2mもある豚だ。大仕事である。
椅子の後ろの荷物の置きの所にピットビッグピッグの死体を無理矢理載せて、落ちないようにワイヤーでぐるぐる巻きにして固定する。
乗せることに成功したが、電動バギーが後ろにひっくり返るんじゃないかと心配になるほど、不安定な見た目だ。
試しにニエスが電動バギーを走らせてみた。
なんとか、問題なく走ることが可能だった。
ただ別の問題があった。
ディケーネが乗る場所がない。来るときに、ニエスが立ち乗りしていた場所にピットビッグピッグの死体が乗ってしまっている。
「うーん、ディケーネの乗り場がないな。
今回はやっぱり無理か? 次回から荷車でも準備してくるかな?」
「いや、大丈夫だろう。とりあえず、ユーイチ、いつもどうり椅子に座ってくれ」
言われるままに勇一は、いつもどうりに助手席にすわる。
すると、ディケーネは、おもむろに勇一の膝の上に座ってきた。
「街まで、二時間かからんぐらいだったからな。
それぐらいの時間ならこれで大丈夫だろう」
ディケーネは、勇一の上に、何の遠慮もなく、深くしっかり腰を降ろしている。
ディケーネの背中が、勇一の胸の密着している。
ディケーネの癖のひとつ無い金髪が、目の前にある。風に靡いて、鼻をくすぐってくる。
そして、そして、
ディケーネのお尻が、勇一の腰の腰の上にのっている。
薄い布地をとおして、お尻の二つの丸みを、あそこの辺りに感じてしまう。
いや、大丈夫だけど。確かに走るぶんには大丈夫だけど。
大丈夫なんだけど、違う理由で大丈夫じゃない!
「それじゃ、出発しますねー」
ニエスが声高らかに宣言して、電動バギーを走らせ始める。
後ろにピットビッグピッグを乗せた電動バギーは若干不安定で、来た時よりもフラフラしている。
電動バギーが不安定に揺れるたびに、ディケーネのお尻が、勇一の腰に擦り付けられる。
布地を通しても、はっきりとわかる、形の良いお尻の二つの丸みが、あそこの辺りに、振動の度に擦り付けられる。
やばい。
嬉しいけど、やばい。
嬉しいけど、若き血潮の昂ぶり的に、やばい!!!
まてまて、冷静になるんだ、俺。
ここでナニガナニシテナニシテシマッタラ 大変だろうが!
えっと冷静になる時って、何をするんだっけ?
あれか 素数か?素数を数えるんだっけ?
えっと、素数ってなんだっけ?
自然数で、その数字自身と1以外で割ることが出来ない数字だったけ?
2、3、5、7、11、えーーっと13、17、 えっとえっと19、21、 いや 21は違う、23、29、えっとえっと、なんだっけ?
其の間も電動バギーは揺れ続け、ディケーネのお尻は、勇一の腰に擦り付け続けられる。
だんだん、自分でも何を考えてるのか不明になってきた。
「どうしたユーイチ? 重いか? 辛かったら変わるぞ?」
無理矢理な体勢で振り向いた、心配そうなディケーネの顔がすぐ近くにある。
薄ピンク色の唇からもれる吐息が、鼻に掛かるくらいに、顔は、すぐ近くだ。
「いや、もう大丈夫。大丈夫だから! 本当、大丈夫!」
二時間程の、ダーヴァの街までのドライブが、勇一にとっては天国でもあり、ある意味で地獄でもあった。




