26 齟齬
冒険者ギルドに到着した。
いつもなら、まず依頼の紙の張られた掲示板のところへ行く所だ。
だが、今日はニエスの冒険者登録と、パーティーへの登録をしないといけないので受付けへと直接向かう。
「あ、イオキベ様。お早うございます」
受付嬢に笑顔いっぱいで挨拶された。
いきなり イオキベ様かー。
受付嬢に名前を呼ばれたのって、これが確か初めてだよな。
そして、いきなりイオキベ様だ。
なんか、この世界の人って権威的な物に弱すぎないか?
勇一がそんな事を考えているとはつゆしらず、受付嬢は笑顔いっぱいだ。
あれ? そう言えば俺、彼女の名前知らないな。
はちきれんばかりの胸元に、名前プレートの様な物をつけているが、勇一は読むことができない。
後から、ディケーネにでも聞いてみよう。
とりあえず手続き処理が先だ。
ニエスの冒険者登録とパーティーへの加入は問題なく終わった。
最後に、冒険者の証として木の札を手渡される。
「やったー! 私ずっと冒険者札に憧れていたんですよー。
うれしーー! これを首から提げると"私も本物冒険者なんだ"って実感しますねえ」
今までは荷物持ちという立場でしか、冒険に出たことがなかったニエスは、冒険者の証である木の札が嬉しくて仕方ないらしい。
木の札を手に、その場で摩訶不思議なステップで跳ね回っている。
「あと、ついでですので、イオキベ様と、ディケーネさんも冒険者札を一度、提出して頂けますか?」
何の為に提出が必要なのかわからないが受付嬢に言われるままに、勇一の木の札とディケーネの 金の札を提出する。
二枚の札を手にもって、受付嬢が一旦奥に引っ込む。
そして、改めて別の札をもって出てきた。
「ライトドラゴン退治のポイントが加算されたため、ランクに変更がありました。
こちらが、お二方の新しい冒険者札になります。
まずは、こちらが勇一様の【金の札】となります」
「おおお! 金だ!」
「ちなみに、木の札から、金の札へ、三段階を一気に飛び級された方は、この冒険者ギルドではイオキベ様が初めてとなります」
差し出された、ぴっかぴかの新品の金の札を手に取ってみる。
なんか素直に嬉しい。
なにせ、つい最近まで、一人で木の札の依頼を、泣きそうになりながらをこなしていた。
『このペースだと、どのくらいで銅の札になれそうです?』
じつは、そう受付嬢に聞いたことがある。
その時は、『どんなにどんくさいペースの人でも、1~2年がんばれば、銅の札ぐらいには成れますよ』と、少し同情の笑顔と共に言われたくらいだ。
「そして、こちらがディケーネさんの新しい札、【紫の宝石付札】 になります」
差し出された札には、プレートの角に、誇るようにキラキラと光るアメジストの宝石が埋め込まれていた。
「おおお、ディケーネ、すげえ。"宝石付き"だ」
「すごい、ディケーネさん。"宝石付き"って、一流の冒険者の仲間入りじゃないですかー!」
勇一と、ニエスがすごいすごいと賞賛する。
だが、光輝く紫の宝石付札のプレートをみてもディケーネの反応はそっけない。
「ふむ」と、うなずいて終わりだった。
だが、よくみると僅かに口元が緩んでいる。内心かなりうれしそうだ。ちょっとかわいい。
「なお、三人が所属しているパーティー『名無き者』も登録上は、紫の宝石付札の扱いになります。
その為、紫の宝石付札ランクのパーティーとして、国にも登録されました」
ん? んんん?
今、なんか、引っかかる事を、軽く言わなかったか?
「今、なんて言ったか、もう一度教えてくれないか?」
「紫の宝石付札ランクのパーティーとして、国にも登録されました」
「いや、そのちょっと前の部分」
「えっと、三人が所属しているパーティー『名無き者』も登録上は、紫の宝石付札の扱いになります。」
「それだ! それ!
俺達の所属してるパーティーが『名無き者』?!」
「はい、そうですよ」
『何いってるんですか、あなたは?』といった感じの不思議そうな顔で、受付嬢がこちらを見ている。
「なんでだ? 俺達のパーティーは、まだ名前を決めてないはずなのに!」
確認してみると、確かに勇一達のパーティー名は『名無き者』で登録されてしまっていた。
ギルドでパーティー登録する時のことだ。
名前が思いつかなかった為に、”とりあえず名前をつけない”という意味合いで、パーティー名を『名無し』に、してくれと受付嬢に言っておいた。
それが、なぜかパーティー名が『名無き者』で登録されてしまっていたのだ。
この胸のおおきい受付嬢のねーちゃんが、勘違いしやがったんだな。
勇一は受付嬢のせいだと思っている。
だが、正確には受付嬢の勘違いというよりは、翻訳の問題だった。
勇一自身も慣れてしまって忘れがちだが、勇一はこの世界の言葉を理解している訳ではない。
この世界の言葉を喋っている訳ではなく、首にかけている魔法具の力を借りて意思疎通しているだけだった。
その為に、固有名詞や、独特な言い回しなどは正確には伝わらないことがある。
だから、今回のような『情報の伝達に齟齬が発生してしまった』のだった。
「別に、このパーティー名で、問題ないだろう」
「すごく、かっこいいじゃないですかー」
ディケーネは別に反対では無いらしく、ニエスには好評だ。
でも。
でもなー。
正直なことを言ってしまうと、恥ずかしいんだよ!
勇一はこの『名無き者』と言うパーティー名が、なんだか中二病っぽく感じてしまい恥ずかしくて仕方ない。
『レーザー小銃で十字を刻む』とか、叫んだりしたが、あれはあくまで他人がいない場所で言った冗談でしかない。
元の世界では、最近確かに色々あって部屋に閉じこもってゲームをしてばかりいた。
だが元々は体育会系の部活にも所属していたし、子供の頃から結構外にでて遊ぶのが好きだった。
さほどアニメとかゲームに、どっぷりつかる生活をしてきた訳ではない。
そんな勇一にとっては、この中二病成分は、気恥ずかしくて仕方ない。
ちなみに、こういった中二病的な物に過敏に反応してしまうことも、『高二病』と呼んだりもする。
もちろん、そのことは、勇一は知らない。
その後、もう一度、受付嬢にパーティー名の変更をお願いした。
「駄目です」
受付嬢につめたく一言で断られる。
普通なら、変更は可能らしい。
だが、『名無き者』は、”星付きパーティー”として、ダーヴァの街の冒険ギルドだけでなく、その上層部にあたる王国全体の冒険ギルドを統括する本部に登録されてしまった。
その為、変更できないとの事だ。
もう、諦めるしかなさそうだった。
仕方ないのでしぶしぶ諦めて受付を離れる。
それから依頼の張られた掲示板へと向かった。
掲示板のある広間は、なんとも微妙な空気だった。
そこにいる全員がこっちを見ている。
街の中や、酒場で受けたような、尊敬と畏怖と興奮とが混ざった視線ではない。
いや、一部には街の中で受けたような尊敬の視線を投げかける者もいる。
ただ、それらは大抵が首に木の札や、銅の札などを下げた、まだ経験が浅い、ある意味で純粋さを残した冒険者達だ。
多くの冒険者達、特に広場の中程にいる『水と炎の旅団』を中心として集団からは、警戒と好奇心と、そして疑念の混じった強い視線を投げかけてくる。
『あの男が、どうやってライトドラゴンを倒したんだ?』
皆の視線が、そう言っている。
その集団の中には、"ウロガエル"と呼ばれるモヒカンの男もいた。
勇一に気付くと、なぜかウインクしてきた。
何を考えているのかまったく不明だ。気持ち悪い。
勇一は、預かり知らぬことだが、その集団は、ちょうど死体回収パーティーの結成について話あっていた。
金の札の冒険者を筆頭にして、それ以外は比較的経験の浅い冒険者を中心にしたパーティーを組む。
もちろん『水と炎の旅団』は、参加しない。
死体回収など下っ端のやることだ。
そんな、グルキュフの指示を皆が静かに聞いていた。
思う所はある者はいても、正論なので、反対意見を言ったりはしない。
集団の輪の外のほうにはマリーリェもいた。
下を向いて座っているので、その表情は窺い知ることができない。
ただ静かにグルキュフの、その指示を聞いていた。
とにかく、あんまり関わりたく無いんだよな。
勇一はなるべくそちらの方向を見ないようする。
早足に通り過ぎ依頼の張られた掲示板に近づいていった。




