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25 褒美

 翌朝から、勇一にとっての異世界は大きく変化していた。


 宿屋の一階にある食堂で、三人で朝食を取っていると、次々と見知らぬ人が声をかけてくる。


「ドラゴレス、あんたは街の英雄だ。本当にすばらしい」

「英雄様、よかったら、握手してください」

「これからもダーヴァの街を守ってくださいね 英雄様」

「ありがたや、ありがたや ドラゴレス様 ありがたや」


 最後の老人などは、勇一を拝んでいたりする。

 縁起物の神様か何かと勘違いしているかのようだ。

 とにかく後から後からやってくる。


「ダーヴァの英雄様、お願いです。お名前をお教えください」

「ええと、勇一(ゆういち) 五百旗頭(いおきべ)です」

「ユーイチ様と言われるのですね」

「みな、聞いたか英雄はユーイチ様と言われるらしいぞ!」

「ユーイチ様か、なんて変な……、いや独特な言葉の響き。さすが英雄になられる方は名前も違う」


「さあ、皆よ。ユーイチ様を称えようではないか! ダーヴァの英雄 ユーイチ!」

「「「「ダーヴァの英雄 ドラゴレス!ユーイチ!!!」」」」

「ユーイチ!」「ユーイチ!」「ユーイチ!」「ユーイチ!」「ユーイチ!」「ユーイチ!」


 とうとう食堂内で、ユーイチコールまで始まってしまった。

 やめて貰いたい。マジデ。


 昨晩、飯も食わず寝てしまってお腹がへっているのに、ゆっくり朝食を食べていられる状態ではなかったので、早々に逃げ出した。


「しかし、いったい何なんだあれは? 

 なんであんなに街の人は盛り上がってるんだよ」


「ユーイチ、お前は自覚が無いみたいだが、それだけ『ドラゴン退治』と言うのは名誉なことなのだ。

 退治したのがドラゴン種の中では最小最弱のライトドラゴンだから、この程度ですむのだぞ。

 最強種のアルティメイトドラゴンを退治しようものなら国王から表彰されたりもする。

 伝説の四大龍を倒したりするならば、吟遊詩人によって、永遠に語り継がれるだろうからな」


「そーですよ御主人様。ドラゴン退治はそれくらいすごいんですよ。

 それに、このダーヴァの街って、大きい割には何にも特徴もない、話題も少ない地方都市ですからね。

 みんな話題に飢えてるんですー。今、一番ほっとな話題が御主人様ですよ」


 それにしてもなあ。

 なんか、昨日の街の様子とか、さっきの酒場の様子とか、元の世界でも似たような様子をみたことがある。

 あれだな、ライトドラゴンを退治したのは、元の世界で言うと地元のサッカー選手がワールドカップの予選で活躍した時みたいな扱いだな。

 『街の英雄』って意味では、ちょうど同じくらいの感覚なんだろうか。



 それから三人でニルダムア奴隷商店へと向かう。


 おっと、そういえば、奴隷商店に到着するまでに確かめておくことがあった。

 勇一は大事なことを思い出す。


「ニエス、ちょっと相談があるんだけどいいか?」

「なんですか? 御主人様」


 ニエスは小首をかしげて、覗き込んでくる。

 

「実は、ニエスを買おうと思っているんだ」

「え? 私を買うんですか?」


 奴隷は、買われる主人によって、大きく人生が変わる。

 金持ちの主人に買われて、気に入られた奴隷などは、普通の農民などよりずっと豪華で贅沢な生活ができる。

 勇一などは、基本的に金持ちではない。贅沢な生活など望めない。

 さらに冒険家として一緒に行動する為、命の危険も伴う。


 ニエスの立場としては、勇一に買われることは嬉しい事ではないかもしれない

 奴隷には主人を選ぶ権利など無い。

 だが、彼女にとっては、大きな人生の岐路だ。

 そんなに軽々しく決められるものでもないかもしれないが、勇一としては、聞かずにはいられなかった。


「ニエス的には、俺に買われるのはどうかな?」


「私的にですか? 

 御主人様に買われるなら大歓迎ですよ。もう、ドカンと買っちゃってください。

 それにしても私に目をつけるとは、御主人様なかなか見る目がありますねー。

 自分で言うのもなんですけど、私ってけっこうお買い得な品だと思いますよ」


 な、なんか、か、軽いな。

 大きな人生の分かれ道だと思うんだが、 うーん

 まあ、ニエスがそう言うなら いいか。

 

 勇一の想像を、斜め上行く軽いのりで、ニエスを買うことが決定してしまう。

 さっそく、ニエスを連れて三人でニルダムア奴隷商店へと向かった。


 店の中に入るとニエスを借りる時に商談した若い男が近づいてきた。


「本日はご来店いただきまして有難うございます。"ドラゴレス"イオキベ様」

 いきなり"ドラゴレス"と二つ名付きで挨拶されてしまった。

 ちなみに、前回来店したときは、勇一は名乗った覚えもない。

 いや、それどころか前回の来店時は、この男性はディケーネに向かって話しかけて商談をしていて、勇一とは殆ど言葉すら交わしていなかった。


 それが、今回は二つ名付きで、この挨拶ときたもんだ。

 さすが商売人は、違うなあ。

 勇一が思わず感心してしまうが、さらにそれだけではなかった。


「そちらのソファにお掛けになって少々おまち頂けますか。

 当店の店主が"ドラゴレス"イオキベ様にぜひご挨拶をしたいとの事ですので」


 そう言って、店の奥へと入っていった。

 なんか、わざわざ店主さんが出てきて、挨拶までしてくれるらしい。

 こりゃまた、ずいぶん扱いが変わったもんだ。


 ソファで出されたお茶を飲みつつ、少し待つと痩せた老人が奥から出てきた。


「貴方様が"ドラゴレス"イオキベ様ですか。

 始めまして。自分はこのニルダムア奴隷商店の店主、ヨヒナム・アーセン・ベンゲ・ニルダムアといいます。宜しければヨヒナムとお呼びください」


 顔の皴などからかなり高齢だと思われるが、歩き方は年齢を感じさせない溌剌したものだった。

 それでいて、その喋り方には経験を感じさせる重さがある。


「このニルダムア奴隷商店以外にも、武器商店などいくつかの業種で商店を営んでおります。

 また、このダーヴァの街の商人ギルドの役員もやらせて頂いております。

 ぜひ、お見知りおきを」


 物凄く、政治的な繋がりを強調する言い方だった。

 単に奴隷取引だけでなく、自分との繋がりがどれだけ役にたつかもアピールしまくりだ。

 彼にしてみれば、一夜にして街の英雄となった勇一と、ぜひとも繋がりを作っておきたいという思いがにじみ出ているのを隠しもしない。


 もちろん、この世界の政治的な繋がりに興味のない勇一にしてみれば、ため息が出そうな程、めんどくさく感じるだけだったが。


「ところで、どうでしょうか? うちのニエルエンスは、お役に立ちましたでしょうか?」

「はい、とても役にたってくれて、大変助かりました。

 それで、ですね。実は彼女を買い取らせてもらおうと考えてます」


「おおお、そうですか。

 "ドラゴレス"イオキベ様にお貸しした奴隷を気にいって頂き、さらに買取いただけるとは……、

 我が商店としても自慢になりますよ」


 歯が浮きそうになる持ちあげ方だ。

 だが、これだけ高齢の店主の落ち着いた声で言われると、それなりに言葉に重みを感じてしまう。

 この店主、本当にやり手の商人なのだろうな。


「ただ……ニエルエンスの事を、単なる荷物持ち(ポーター)と思われているのでしたら、少々困ったことになってしまいます。

 彼女は、見て頂ければ解ると思いますが、まだ幼さが残りますものの非常に見た目は、麗しい。

 そして、ここ数年がかりで言葉だけでなく戦闘技術も教えこみ、経験を積むために荷物持ち(ポーター)としての貸し出し(レンタル)も行ってまいりました。

 来年、としが十五になった所で美しい女戦士として競売にかける予定となっております。

 更に、こう言ってはなんですが……」


 店主が、ニヤリと笑って、ちょっと嫌な目でこちらを見る。


「今回の事で、『"ドラゴレス"イオキベ様と共にドラゴン退治に参加した女戦士』として売り出すことも出来ます。

 多くの方々から引く手あまたの、人気奴隷となるのが必至でしょう」


「話はわかったよ。で、いくらなんだ?」


 勇一がズバリと聞く。

 この店主は、非常に言葉を選んで丁寧に説明してくれている。

 けど、ようするに『ニエスは、すごい商品だから安くは売らないよ』と、言っているだけだ。

 そんな勇一の態度に、店主は苦笑いする。


「価格は金貨二百三十枚と成ります」

「よし、買った」


 勇一の即答に、店主が少々慌てる。


「いえいえ、"ドラゴレス"イオキベ様にお買いいただけるなら、その、えっと、あれです、ずばり金貨二百枚にさせて頂きます」

「じゃあ、その価格で」

「あ、有難うございます」


 店の店主としてはニエスの値段は最初から金貨二百枚で売るつもりだったのだ。

 ただ、『金貨二百三十枚です』『高いなー』『では、イオキベ様にだけ特別に値段をお下げさせていただきます』的な会話を何度か交わして、言葉の上だけでも、勇一に恩を売るような形にしたかったのだ。


 それが、いきなり二百三十枚で良いといって、そのまま買われてしまうと、逆に困る。

 なにせ、街の英雄に高めの値段で、ぼったくって売りつけた事になってしまいかねない。


 勇一も、それらのやり取りが、この異世界では常識というか、いわゆる"お約束"的に存在しているのは理解してきていた。

 だが、もう色々とめんどくさくなってきていたので、すっ飛ばしてしまったのだった。


 朝飯がちゃんと食べられず、ちょっとイライラしていたのは、多分、関係ない。


 とにかく、

 これでニエスこと、ニエルエンス・スィンケルは、正式に勇一の仲間となったのだった。


 ――――――


 ニルダムア奴隷商店を出て、勇一にはまず最初にやることがあった。


「ニエス、ちょっとこっちきて」

「はい、なんですか?」


 ニエスに近づき、その首についていた奴隷の首輪をはずす。


「これでよし。

 あれ? 魔法の印がない?」


 奴隷の首には、首輪をはずしても刺青のような魔法の印が首についているはずだ。

 実際、今は薄緑色のスカーフで隠されているが、ディケーネの首にもある。

 なのに、ニエスの細い首には、それらしき物が何もない。


「魔法の印ですか? ありますよ。

 えっと……、ちょっとこっち来てください」


 ニエスに手を引っ張られる。

 建物と建物の間の、道とは呼べないような細い隙間へ、連れて行かれた。

 ニエスは、キョロキョロっと首を回して誰も居ないことを確認する。


 それから、おもむろにズボンを脱いだ。


 え?! ええええ?? なに? え? まじ?


 この異世界にも女性用の下着がある。

 元の世界のような伸縮性のある布地でできた物ではなくて、三角の布と紐を組み合わせただけの簡易な下着だ。

 だが、簡易な下着、それがゆえに、ある意味別のエロティックさが有る。

 簡易であるがゆえの エロス。

 シンプルイズ エロス。

 その下着が。ニエスの下着が丸見えである。


 え? ご褒美? ご褒美なのか? 

 異世界でがんばってドラゴンまで倒した俺への、神様からのご褒美タイムなのか?


「見えますか?」

「見える! 見えるよ!」


 もう もろ見えだ。しっかり見えている。

 下着は薄い布でピッタリしたサイズなので、色々な形もくっきりと解る。


「そうなんですよー。ここ。この太腿の内側の所に、私の魔法の印は、あるんですよ」


 え? 太腿? 魔法の印?

 勇一が、ちょっとだけ冷静になる。

 確かに、ニエスが指差している健康的な太ももの内側には、刺青のような丸い形の魔法の印があった。


「魔法の印って、首にあるのが一般的ですけど、術者の魔法が高レベルだと形や場所を変えられるんですよ。

ほら、私がいたニルダムア奴隷商店って、貴族向けで、見た目とかにも、こだわるお店じゃないですか。

 だから、魔法の印もこーゆー目立たない所にいれるんですよ」

「あああ、うんうん、なるほど、なるほど」


 勇一は説明など聞いていない。右から左に流れていく。

 視線は、魔法の印のある健康的な太腿と、そして下着に釘付けだ。


 しかし、説明が終わると当然のごとく、ニエスはすぐさまズボンを履いてしまう。


 あああ、残念。

 ご褒美タイムが終了してしまった。

 勇一は、絶望に沈む。


「さあ、行きましょか。御主人様」


 そんな勇一の気持ちを知ってか知らずか、何もなかったかのように、ニッコリわらって表通りにでていってしまった。





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