幕間 資格
幕間になります。
かなり救いのない暗いお話なので、苦手な方はご注意ください。
※投稿当初 章の名を、『別伝』と表記していましが 『幕間』に変更いたしました
「ダフネ隊長、次は私達が行きます」
ダフネが、馬を走らせながら声の方に顔をむける。
声をかけてきたのは、リリスンと、アナの二人だった。
リリスン・ケノール
『穢れなきバラ親衛隊』の序列十位
彼女は、地方にある剣術道場の娘だ。
何の特色もない田舎町の、小さな小さな剣術道場の娘だ。
近くの街で行われた剣術大会で優勝し、地方の剣術大会で優勝し、領主の行った剣術大会で優勝し、そして国王の前で行われた御前試合に出場した。
最後の御前試合では負けてしまったが、その腕前が買われ、スカウトされて『穢れなきバラ親衛隊』に入隊した。
単なる田舎剣術道場の娘が、姫様の親衛隊になる。それは異例の出世といえた。
彼女は、地元の何もない田舎町の英雄となった。
その町の子供達は、誰もがリリスンに憧れて木の棒をふって剣士ごっこをして遊ぶ。
町の大人達は、皆がリリスンの事を娘のように思っている。
彼女が親衛隊にえらばれたと知ったときは、みんなで手作りで質素ながら心のこもったお祝いの祭りを開催した程だ。
そんな話をリリスンは、愉しそうにダフネに話してくれた。
そして、ダフネは知っている。
親衛隊に入団後、田舎育ちの彼女は、宮殿の生活になかなか馴染めずにいる。
それでも町のみんなの期待を裏切るわけにはいかない。
夜、一人っきりで町の皆が送ってくる手紙を読んで、泣き忍んでいることを。
アナ・ダグナル
『穢れなきバラ親衛隊』の序列九位
親衛隊の任期は最低でも十年、除隊するまで結婚は許されない。
異性との交遊も基本的には禁じられている。
アナは、十五歳で成人すると同時に親衛隊に入団した。
それから約十年。今年二十五歳になっている彼女は、あとわずか数週間で除隊予定だ。
彼女には、こっそりとお付き合いしている男性がいる。
相手は、王都の端っこで小さな酒場を経営する男だ。
除隊後には二人で暮らそうと、色々と計画を立てているのは、じつは親衛隊の中では公然の秘密だった。
『地方にいる両親も呼んで、ちっさいけど結婚式もやる予定なんすよ。
その時は隊長も来てください』
そう誘われたダフネは、アナの花嫁姿を想像した。
ちょっと体のごつく大柄だが、美人の彼女には花嫁衣裳が似合うだろう。
腕っ節の強いアナのことだ。
さぞかし肝っ玉の太い居酒屋のおっかさんとなることだろう。
休日に、隊の皆で冷やかしがてら、酒でも飲みに行くのが楽しみだな。
ダフネはそう思っていた。
ダフネは、奥歯をかみ締める。
二人にかけてやりたい言葉は百でも、千でもある。
それでも"いつもの言葉"と"命令"だけを、叫ぶ。
「"アルドニュス"の神のご加護があらんことを! 行け!」
「はい!」「はい!」
二人が、手綱を操作して、馬のスピードを少しだけ落とす。
馬車と、馬車を守る他の親衛隊達から少しづつ後方へと離れていく。
黒い鎧を着て、頭にターバンを巻いた敵の集団が二人に迫った。
リリスとアナは、剣を振るい次々と敵を切り殺す。
だが多勢に無勢だ。
敵が放った矢がリリスの背中につきささる。
それでも、剣を振るい続ける。
更に数本の矢がリリスに突き刺さる。
それでも、なお剣を振る。
姫を救うため、僅かでも時間を稼ぐため、故郷のみんなの期待を裏切らないために、剣を振るい続ける。
だが、ゆっくりとリリスの体は動かなくなっていく。
敵の剣が次々とリリスの体を刻み、彼女は逝き果てた。
アナは、顔面に魔法の直撃をくらった。
眼がやられ、視力が殆どなくなり、馬から落ちそうになる。
もうすでに、体勢を立て直す体力もない。
一瞬だけ、脳裏に愛する酒場の男の姿を思い出す。
「ごめんよ」 小さく呟く。
それからアナは、自分を追い抜いて姫を追って行こうとする敵の馬の足元に向かって、身を投げる。
敵の馬の足がリリスの体にもつれて、転倒した。
他の親衛隊のメンバーは、二人の惨状を見てもいない。
誰も振り向かない。誰も何も言わない。
ただ前だけをみて馬を駆る。
誰もが自分の番がくれば、任務を全うするだけだ。
姫を逃がす為、僅か数秒という時間を稼ぐ為、自分の身を差し出す。
その覚悟は全員できている。
別の二人が、ダフネ隊長の元へと馬を寄せてきて、言った。
「ダフネ隊長。次は私達が行きます」
――――――
その襲撃は突然だった。
ダーヴァの街へと、アリファ姫とベルガ姫を護衛して向かう途中、いきなり襲われた。
本来は、クルスティアル王子と妻アグリット妃と共に、まっすぐダーヴァの街へと向かう予定だった。
それが急遽、幼少の頃にお世話になった養母が病気で死期が近いことを知った両姫様のたっての希望で、ルートが変更されることになる。
両姫様だけが、お忍びで養母へ会いにいく。その為、護衛の数も少なくなってしまった。
それを狙ったかのように、待ち伏せされて襲撃を受けたのだ。
情報が洩れたとしか思えない。
どこかに"裏切り者"がいるな。
ダフネは内心、姫様を陥れた裏切り者に怒りに震える。
絶対に探し出して、報いをうけさせてやる。
そう心に誓うが、今はそんな事を考えている時ではない。
なんとしても、この襲撃者達から姫を守りきらなければならない。
――――――
「ダフネ隊長。次は私達が行きます」
次に、ダフネに名乗りあげてきたのは、エレーナと、ノレルだった。
この親衛隊きっての問題児二人だ。
エレーナ・ラ・クルスン
『穢れなきバラ親衛隊』の序列八位
彼女は、実はクルスン伯爵家の次女になる。
本来なら今頃、舞踏会で殿方相手にダンスでもしている立場の人間だ。
だが、彼女は小さな頃から暴れん坊で、剣ばかりふるっていたらしい。
知り合いの有力貴族の息子を、木の棒でボコボコにしたこともあったそうだ。
伯爵家の中では、ずっと疎まれていた。
けっきょく社交界へのデビューも失敗し、嫁の貰い手のあてもなく、ほとほと困った伯爵がツテでこの親衛隊に放り込んだのだった。
しかし、彼女はまるで水を得た魚のように、この親衛隊の中で力を発揮した。
最初は、元貴族の高飛車な態度と、言いたいこと言い、やりたい事をやる率直さが、周りの反発を買い多くの問題をおこした。
だが、何と言っても、親衛隊の中は実力本位だ。
たとえ高飛車な態度でも、それに合う実力さえあれば問題ない。
そのうえ、彼女は、根は決して悪い娘ではなかった。
軟弱な貴族の言う事などまったく聞く耳をもたなかった彼女だが、自分より実力のある者の言う事は素直に聞いた。
いつの間にやら、親衛隊の中で確固たる地位を作り上げ、皆とも上手くやっていくようになっていた。
『隊長。わたくしは、生まれてからずっと家のなかで疎まれて、自分の居場所がなかったんですのよ。
でも、此処にきて、少しだけ、やっと自分の居場所ができた気がしますわ』
ダフネは、厳しい訓練の後に、そんな事を、ポツリとエレーナが呟いたのを聞いている。
ノレル・ノレルノレ
『穢れなきバラ親衛隊』の序列七位
入隊してまだ一年と経験が浅く、さらに指揮や統率能力に問題がある為、序列は七位だが、剣の腕は、部隊一だった。
はっきり言って隊長のダフネより強い。ずば抜けた強さを誇る。
そんな彼女の、二つ名は"死にたがりのノレル"
褐色の肌、黒い目、黒い髪を持つ彼女は、地方の少数戦闘部族の最後の生き残りだ。
彼女の部族は、最強の傭兵としてその名を王国中に馳せていた。
だが数年前、オルラ領の反乱鎮圧に参加した際に、友軍の失態から全滅した。
彼女を残し部族すべてが全滅した。
彼女の、父も母も姉も弟も、叔父も叔母も隣人も、幼き頃から競った強敵も、鬱陶しく言い寄ってきた男も、たった一人の親友も、すべて戦って死んだ。
病気で戦線を離れていた彼女だけが、のうのうと生き残ってしまった。
ダフネの所にきた、彼女の目が無言で語っている。
『やっと自分も、皆の所へ行く事ができる』
何度、彼女は自分も死にたいと思ったことか。
だが、彼女の部族の信じる、戦いの神『ガ』の戒律は厳しい。
絶対に諦めることを許さない。
自殺はもちろん、禁じられている。
たてえ手足が千切れても、這って相手に噛み付かなければならない。
最後の最後まで必死に戦ってから死ぬこと。
それが部族の信じる神『ガ』の、絶対の掟だった。
隊での彼女は、死への渇望からか訓練にやる気が無く、多くの隊員から反発をくらった。
それでいて、剣の腕は抜群だ。
特にノレルに対して、剣術で負けて悔しくてしかたないエレーナが、強く反発した。
何度も剣術の勝負を挑んだりもした。
「お前では、私に勝てない」
そう冷たく言い放つが、その挑戦を、ノレルはめんどうくさがらず、何度も受けている。
最近は挑戦の後には、少しづつだが、二人が剣術について語りあったりしている事をダフネは知っている。
ダフネは、そんな彼女だからこそ、死んでほしくないと心から望む。
エレーナと、ノレル。親衛隊きっての問題児二人。
その二人が、眼の前にいる。
二人にかけてやりたい言葉は、やはり百でも、千でもある。
それでも、いつもどうりに"いつもの言葉"と"命令"だけを、叫ぶ。
「"アルドニュス"の神のご加護があらんことを! 行け!」
「はい!」「はい」
二人が馬の手綱を操り、スピードを落とす。
馬車から離れた二人に、敵が襲いかかる。
二人の強さは、今までの騎士達と比べて、段違いだった。
次々と襲い掛かる敵を打ち倒す。
矢を弾き、魔法をかわす。
圧倒的な強さを見せる二人に、敵は方針を変更する。
二人が乗る馬が狙われた。
何本もの矢が馬に刺さり、力つきて膝をおる。
馬から転げ落ちた二人は、すぐさま立ち上がる。
道を塞ぐように、二人で並んで剣を構える。
そこへ、百騎近い数の敵が、二人に迫る。
状況は好転しない。最初から、そして今も、絶望しかない状況だった。
そんな状況で、エレーナは、叫んだ。
「さあ、ノレル、最後の勝負です。
どちらが多くの敵を倒せるかの勝負。今度こそわたくしが勝ちますわ」
「お前では、私に勝てない」
そう冷たく言い放つが、その挑戦を、ノエルはめんどくさがらずに受ける。
二人の剣が、襲い来る敵を次々と切り刻んでいった。
…………
…………
どれだけの敵を切り刻んだだろう。
もう、ずっと長い間、剣を振るい続けている気がする。
すでに隣に並んで戦ったいたはずのエレーネは、力つき、自分の足元に転がってピクリとも動かない。
自分の白い鎧は、あますところなく全て血で赤く染まっている。
手が重く、息が苦しく、心臓が破裂しそうだ。
意識も朦朧としてきている。
でも、まだ終わらない。
敵が眼の前にいる。戦わなければならない。
諦めることは許されない。
ただただ、闘争本能の赴くままに剣を振るい、敵を打ち倒していく。
苦しい。辛い。もう、終わりにしたい。
それでも、剣をふる。
敵の斧が襲い掛かってきた。避けきれない。
斧が兜にかすり、その勢いで兜が飛ぶ。
黒い髪が風に靡く。
他の敵の剣が次々とノレルに襲い掛かる。
ノレルの顔に、やわらかい微笑が浮かんだ。
『やっと死ねる』
この苦しみから解放される。
脳裏に思い出すのは、幼き日の父と母と姉と弟、家族みんなで過ごした日々。
周りには叔父も叔母も隣人もいる。幼き頃から競った強敵も鬱陶しく言い寄ってきた男もいる。
そして、たった一人の親友も……
部族の皆が、自分を待っていてくれる。
『やっと、私も、皆の所へ行く事が許される』
そんな、走馬灯を光の筋が切り裂いた。
斧を振り上げた敵の胸に、十字の穴が開く。
十字の穴から盛大に血を噴出しながら、大男が倒れていった。
さらに行く筋かの光の筋が、次々と周りの敵を打ち倒す。
ノレルは事態をまったく理解できず、呆然と立ちつくす。
そのノレルの脇を、見たこともない"馬無しの馬車"が、物凄い速さで、通り過ぎていく。
「受け取れ!」
二つの回復薬が自分に向かって投げられた。
胸に当たった後に、ポトリと地面に落ちる。
ノレルが、ノロノロと足元に転がった回復薬を拾う。
足下のエレーナを見る。
僅かに息がある。彼女は生きていた。すぐさま回復薬の一つを彼女に使う。
とりあえずこれで一命は取りとめるだろう。
それから、ノレルは、何かを必死に探すように、周りを見回す。
自分が殺した敵の死体が辺りに転がっている。
味方など誰もいないし、それどころか、息のある者すら、誰もいない。
回復薬を必要とする者は、どこにもいない。
彼女の体が、ワナワナと震えだす。
ノレルは、震える手で、自分も回復薬を飲む。
体の傷が癒えていくのが解る。
震える彼女の目の端から大粒の涙が、こぼれた。
「戦いの神『ガ』よ。
私は……、私はまだ死ぬことが許されないのですか?
私には、まだ仲間の所へ行く資格が無いと言われるのですか?」
体の力が抜け、その場に膝をつく。
「あああ、『ガ』よ。 私は……、私は、いつまで、戦い続ければよいのですか………」
それから、彼女は一人、静かに咽び泣いた。




